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piano  作者: 永島大二朗
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Slowtime(三)

 その夜、ウィーンで最初の食事は、日本食だった。美紀は増田の作ったご飯に味噌汁、そして芋の煮っ転がし。早苗はおかゆに、梅干を食べている。

 何の病気なのか。美紀は聞けずにいた。あまり他人の過去に、踏み入ってはいけないのだ。

 しかし早苗は、おかゆを食べる病人にしては、明るかった。増田もあまり、心配していない様に見える。きっと直りかけだったのだろう。美紀は二人の笑顔を見て安心し、そして羨ましく思った。


 食事をしながら美紀は、春香の日記と、祐次のことを話した。あまり興奮させてもいけないので、ゆっくりと話した。

「その日記、私も読んでみたいわ」

 早苗は興味深げに美紀に言った。そう言われても、美紀は困る。

「話してみます」

 苦い顔をして、そう答えるしかない。


 その夜、美紀は異国の地で夢を見た。婚姻届を祐次に見せると、祐次はカンカンに怒って、それを破った。美紀に日記を投げ付けた時の様に、大きな声で叫びながら。

 美紀はびっくりして飛び起きる。とても怖かった。そして、夢であって、ホッとする。しかし、自然と涙が出て来てしまった。

 あの時、謝ることすら、させて貰えなかった。今ここでしていることは、許される行為なのか。再び、余計なお世話をしているのか。とても不安になる。

 もう一度寝たが、また同じ夢を見る。美紀が汗びっしょりになっていたのは、寒かろうと、ストーブの炎を強くしただけではない。美紀は、もう寝るのが怖くなって、窓の外を眺めていた。


 翌日、美紀は早苗と、市内観光を楽しんだ。昨日までとは違い、早苗はすっかり元気になっていた。それは美紀にとってみても、嬉しいことである。

 早苗は、精神的ショックで床に伏せていた様だが、美紀と話をしている間に、元気になっていくのが判った。それでも、どんな精神的ショックだったのか、美紀は聞かなかった。人の過去には触れられたくないものがある。それを身をもって、体験したのだから。

 早苗と美紀は、まるで姉妹の様に街を探検する。あちらこちらの街角を訪れ、まるで子供の様に、ガラスに張り付いてみたりした。そして、買い物袋を沢山ぶら下げて店に帰った。楽しい一日だった。

 笑いながら帰って来た二人を見て、増田がとてもホッとした顔を見せた。そして、今夜の食事を作ると腕を捲くった時、早苗と美紀はそれを止める。二人は仲良く夕飯の支度を始めた。


 その後姿を、増田は少し感傷に浸りながら眺めていた。早苗の手を引いてみのり園に連れて行ったのは増田だった。そこで見たのは、事故の悲しい現実だ。

 春香は早苗の顔を見ると、事故と父母を思い出して泣いた。決して早苗に近付かなかった。

 それが早苗のトラウマになってしまったのか、春香が施設を出ても、早苗は遠くから見守るだけだった。ずっと一緒に住みたいと、思っていたのに。

 ある日、増田と早苗は、とても上機嫌な春香を見たことがあった。それは、とても暑い、お盆の日だった。

 顔からは影が消えて、不器用な笑顔も時々見せる。二人は嬉しかった。もしかしたら、もう直ぐ普通に逢えるのではないかと思えて、期待した。

 しかし、春香を見たのは、それが最後だった。


 きっと春香が生きていれば、こうして早苗と一緒に、笑ったりしていたに違いない。増田は少し涙ぐむと、頬杖をする振りをして、窓の外を見た。


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