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piano  作者: 永島大二朗
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ディアノの行方(十三)

 佐藤の運転でテレビ局にやってきた新田と山田は、入り口でボディーチェックを受けた。そしてライブラリ室へと向う。予め予約をしてあったので、入室はスムーズ。誰も居ない薄暗い部屋を、新田と山田は歩いていた。

「編集長、荷物、全部取上げられちゃいましたね」

「当たり前だ。録画装置なんて持って、入れる訳ないだろう」

 新田と山田は、テレビ局のライブラリ閲覧許可を取ると、電子機器の一切を預けて入室していた。膨大なライブラリから、早苗が収録していたと思われる媒体を、探しに来たのだ。

「おーい、あったか?」

「ありませーん」

 山田の間の抜けた声がライブラリ室に響く。広い部屋には二人の他に、誰もいなかった。

「ありましたー」

 また山田の間の抜けた声が響いた。

「あったか!」

 新田が山田の所に駆けつける。そこには、年末特番を収録したDVDが並んでいた。

「これですよね」

 山田がDVDを指差す。新田は、ポカンと山田の頭を小突く。

「違うよ。それは放送された奴だろ。放送しなかった奴を探しに来たんだろうが」

 山田はラベルを確認した。

「そうでしたね。えー、でもそうすると、結構な数のDVDがありますよ」

 山田が指差した先には、二十本程のDVDがあった。新田は山田の頭を、今度はポンポンと叩いた。

「いいか、頭を使え。ラベルがないのが怪しい奴だ。じゃぁ、これ行ってみるか」

 中身を見られたくない時、人はラベルを張らないものだ。新田はラベルがない、一番新しいDVDを取り出した。そして窓際まで行くと、並んでいる再生機にセットする。


 新田はブラインドの角度を少し変える。そして、ディスプレイの向きも、少し変えた。椅子に座って、ポケットからオペラグラスを取り出すと、窓の外を見る。そして、再生機に向き直った。

「よし、準備OKだな。再生するか」

「判りました」

 山田が再生ボタンを押すと、編集済みの番組が流れ出した。

「ビンゴ!」

「流石編集長!」

 二人は机の下でハイタッチをした。そこには、早苗の姿があった。実際に放送された番組はもう確認済みだ。当然そこには早苗の姿はなかった。これは未放送分に間違いない。


『結構真剣に演技しています』

「何かドラマの撮影しているみたいですね」

 DVDの様子を見て、山田が言った。新田が指示を出す。

「時間がないから早回しだな」

「OKボス!」

 山田が早回しをすると、字幕がサラサラと流れて行った。最近の番組は字幕が多いので、早送りしても大体の確認が出来る。

『とりあえずダメ出し』

『またダメ出し』

『今度は結構真剣に作ってきたみたい。でもダメ出し』

『監督から、主役交代を示唆されて、落ち込んでいます』

 早送りをしながら見ていたが、どうやら映画の撮影をしている様だった。主役は早苗で、主題歌も早苗が歌うというものの様だ。しかし、監督から何度もダメ出しを受けている。

「ひょうひょうと帰って行きますね」

「何か人が良いなぁ。気が付かないのかな」

 早送りをしたまま、編集部分が終わった。

 最後に記録されていたのは未編集部分だ。山田は、その部分の再生をスタートさせた。


『嘘だったんですか!』

 突然大きな音がして、山田は慌てて消音ボタンを押した。画面には早苗が怒って暴れている様子が映っていて、机を叩きながら絶叫しているのが判った。二人は顔を歪める。音を消して見ていても、痛々しい様子は判った。

 その内、カメラの外から沢山のスタッフが出てきて、泣いて鼻水を撒き散らして暴れる早苗を押さえ込む。人間、ここまで怒ることがあるんだ。というのを、見せられた気がする。

 テレビカメラは回り続け、その一部始終を記録していたが、どう編集しても、お茶の間で流せる様なものではなかった。

 新田は鞄から空のペットボトルを取り出す。そして、ペンライトをブラインドの所で点滅させると、直ぐに振り返った。

「ここを録画して行こう」

「え? どうやってですか?」

 山田は新田に聞いた。電子機器は何もない。

「これだからデジタル人間はダメだよな。人間、創意工夫で何とか成るものだよ」

 新田はにやっと笑った。そしてペットボトルに針をセットすると、スイッチを入れる。ペットボトルが回り出し、針が音を刻んでいく。単純な構成だ。新田はDVDの再生ボタンを押した。

『嘘だったんですか!』

 少しボリュームを小さくしていたが、悲痛な叫びだった。

『何度も作曲したのに!』

『あぁ、あの曲は君の作風じゃないので、別の人に歌ってもらうことにするよ』

『そんな!』

『じゃぁ、この増田雄大って、誰なんだね?』

 監督風の男が、早苗が書いた楽譜を指差している。

「誰なんでしょうね」

 山田が新田に話しかけた。新田は山田の頭をコツンと叩いて、小さく「シッ」と言った。


 一通り録画が終わると、DVDを片付けて二人はテレビ局を出た。何か後味の悪い、もやもやとした感じがある。外に出ると、佐藤が車で迎えに来ていて、二人は車に乗り込んだ。

「どうだ、バッチリだったか?」

 新田が佐藤に聞いた。佐藤はハンドルを回しながらにっこり笑うと、指でOKサインを出した。

「何がバッチリなんすか? 編集長」

 山田は新田に聞いた。

「あぁ、佐藤にな、天体望遠鏡で撮影してもらったんだ。ほら、それだよ」

 後ろを指差すと、バズーカー砲の様なものがあった。山田は驚いた。

「まじすか? すげぇ! それでブラインドを少し開けたんですね」

「そうだ。まぁ、画面全部は撮れないからな。音はペットボトルに記録した。音は悪いが何とかなるだろう」

 ハンドルを回しながら佐藤が頷く。そんな二人を見て、山田は不思議に思った。

「でも、どうやって連絡とったんすか?」

 山田は新田に聞いた。新田はペンライトを取り出してチカチカさせた。

「モールスだよ。お前知らないのか? 覚えておけよ」

 同調する様に、佐藤がうんうんと頷いた。山田はまたびっくりした。

「知らないっすよ! 俺、そんなオタクじゃないっす!」

 山田にモールスは無理だとは思いつつも、新田は呆れた顔をした。

「お前はダメだなー。ONとOFFの二つが確認できれば、通信が出来るんだよ。セキュリティーが厳しい所では常識だろ。手話とかも覚えておけ。あれはいいぞ。ホームの向こうとこっちで、『アイラブユー』とか言えるんだ」

「なんすかそれー」

 山田は呆れて新田を見た。


 その後は早苗の話になったので、今の話のどこまでが本当で、どこからが冗談なのか判らなかった。新田は時々平然と冗談を言う。判りやすいおやじギャグならまだしも、真面目な顔をして言う冗談ほど始末の悪いものはない。


 しかし山田は、雑誌社に帰って認識を改めた。そこには社外秘と書かれたノートがあって、モールス信号と暗号解読表があった。

「今日はN252だったんですよ」

 佐藤がページをめくって指差す。山田は口をあんぐりとしたまま、動けなかった。


 翌日、佐藤が画像と音声を合成したDVDを完成させたので、新田、山田、佐藤、田中の四人は会議室に篭った。早苗は依然行方不明である。しかし自殺を図った理由は判った。この事実を、記事にするかどうか。まずはそこからだ。

「テレビ局が仕掛けたビックリ企画が、彼女を深く傷つけたみたいですね」

 佐藤が絶叫する早苗のDVDを見ながら言った。音声の復元、画像との合成及び調整は、完璧だ。

「これ、かなりブチ切れるなぁ」

 何度も見ている山田は、笑いながら他人事の様に言う。他の三人は山田の方を見て、山田はそういう奴だと思った。

 新田の反応は、少し違っていた。

「これが表沙汰になったら、本人、お嫁に行けないだろうなぁ」

 同じ娘を持つ親として意見だった。怒りにまかせて理性無く暴れる姿を、恋人が見たらどう思うだろうか。普段大人しい娘も、こんな風に怒るのだろうか。いや、娘を騙した奴がいたら俺が許さない。

 新田は娘のこととなると、考えがグルグル回ってしまう。だから田中が言った一言に、直ぐに追従できなかった。

「そうですよねぇ。インターネットに流れてるから、本人には厳しい状況ですよね」

 ボソッと言った。

「えっ?」

「ええっ!」

 山田と佐藤が叫んだ。

「なんだって!」

 少し遅れて新田が叫んだ。田中は驚いて三人の方を見た。そして言葉を続ける。

「いや、動画サイトに出てますよ。それに、本人のブログでは、もう結婚して、引退するって書いてありました」

「まじ?」

「ホント?」

「それは良かった」

 最後に発した新田の言葉に、他の三人が振り返る。新田は自分が何を言ったのかを再確認して、言い直す。

「結婚できたのは、良かった」

 他の三人が頷く。結局早苗のことは記事にせず、そっとしておくことにした。編集長の決断は絶対だ。


 今回の調査結果は規定の箱に入れられ、資料室送りとなった。昨日佐藤が編集したDVDは、四人が見守る前で裁断され、ただのプラスティック片となった。

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