ディアノの行方(十二)
週明けの月曜日。新田は少し冷静になっていた。再び会議室にメンバーを集めた。早苗については、色々な憶測が飛び交っている。中には、死人に鞭打つような酷い表現や、元のメンバーとの金銭トラブルとか、恋人の奪い合いとか、そんなありもしないことが、平然と書き綴られていた。
新田の雑誌では、そんなことを書くつもりはない。真実だけを記事にするつもりだった。
「どうだ、斉藤早苗について何か判ったかね?」
新田がメンバーの顔を眺めながら聞いた。
「全然ダメですね」
「お前が言うな! 馬鹿!」
新田が山田を叱咤した。何のことだか判らない佐藤と田中は、ただ驚いた。しかし、きっと何時もの調子で何かやらかしたのだろうということは容易に想像がつく。
土曜日、話が中途半端で追い出されてしまったので、これで斉藤早苗の妹からの情報は、途絶えてしまった。
あの喫茶店で見た写真についても、判らずじまいだ。新田は朝から何度か店に行って、訪れる客にそれとなく聞いてみたのだが、マスターは空気の様な存在だった。住所はおろか、誰も名前を知らないのだ。そんな馬鹿なと思ったが、そう言われてみると、自分が良く行く蕎麦屋のオヤジの名前、果たして何と言う名前か。気にしたこともなかった。
しかし、新田は釈然としない。せめて、あの写真を持ってきた男を捕まえていれば……。新田は悔しがった。
「テレビ局の方は、何か判ったか?」
新田は佐藤に聞く。佐藤はここの所、テレビ局を渡り歩いている。
「全然ダメですね」
佐藤が答えた。早苗が、一体最後に何の仕事をしていたのさえ判らなかった。
「何日に、どこの局に行ったのか位、判るのか?」
「それは判ります」
そう言って佐藤が、早苗のスケジュール表を出した。新田とメンバーはそれを見てうんうん唸る。
「おい、もっと前からのを持ってこい」
新田が佐藤に指示した。佐藤は会議室を出ると、暫くして手帳を持ってきた。そして、会議室に並べられたカレンダーに丸を付け始める。
「アルバム発売日に丸を付けろ。それと局を書け」
新田の指示が飛ぶ。そう言われて佐藤は、アルバム発売日に丸を付けた。そしてテレビ局を追記した。三十分程で、早苗のスケジュールがカレンダーに書き込まれた。
「うーん。これで歌番組出演にバツを付けろ。それと、スタジオ収録か、ロケで分けろ」
新田は両手でカレンダーを指差しながら佐藤に言った。佐藤は手帳を見ながらバツを付けた。そして判っている日付には『ス』と『ロ』を付けた。直ぐにカレンダーは記号だらけになった。その中で新田は、丸印だけの日付を見つけた。
「おい、ここの期間連続して行ってるけど、ここは何やってたんだ?」
指で丸だけの期間を新田が示す。
「そこは不明ですね」
佐藤は手帳を見て即答した。カレンダーに目を向けると、その日付以降ぽつぽつと丸だけの日がある。いずれも同じテレビ局だ。新田はピンと来た。これは何かの収録だ。しかも長い番組の。例えばドラマの様なものだ。
「おい、この局の番組表持ってこい」
佐藤はまた会議室を出て行った。新田はもう一度早苗のスケジュールを眺め、収録に時間が掛かるようなものがないか、確認した。
「持って来ましたー」
佐藤がテレビ局の番組表を印刷して持ってきた。新田はそれを見て佐藤に聞く。
「これ、いつのだ?」
「いつのと言いますと? 放送されたものですから最新ですよ」
それを聞いて新田は頷いた。正しい。しかし、今欲しいのはこれじゃない。これじゃダメなんだ。新田はメンバーの顔を見ながら質問した。
「おい、誰かテレビ番組雑誌持ってないか? 年末特集とか出てる奴」
新田がそう言うと、直ぐに席を立った者がいた。山田だった。
「探してきます」
思い当たるものがあるのか、そう言い残して山田が会議室を出る。
開きっぱなしの扉の向こうで、机の引き出しをひっくり返しているのが見えた。そしてお目当ての物を探し出し小走りに戻って来る。
「クロスワードは、解いちゃってますよ?」
開口一番、山田は新田に念を押す。
「馬鹿。お前は仕事中に何やってんだ! 貸せ!」
昼休みですよ。という山田の声を無視して、新田は雑誌を開く。十一月に発行された年末特番を紹介する雑誌だった。それの十二月分を開くと、新田はメンバーに、これから行う作業の説明をする。
「いいか、この雑誌と、この放送結果で、変更になった物を探せ。ディアノが出演するはずだった奴があれば、それがビンゴだろう」
新田は丸印だけが付いたカレンダーを指して、一同を見渡した。
「判りました」
直ぐ作業に取り掛かった。新田・山田・佐藤・田中の四人で、放送予定と実際の放送結果の比較を始める。十二月一日から三十一日まで、二時間程かかって番組の比較が終わったが、出演者が変更になったり、差し替えになった番組はなかった。予想が外れた新田は頭を抱えた。
「ダメかー。おい、何か見落としてないか?」
細かい作業が終わって、ぐったりする佐藤が答える。
「ドラマに出ていた訳でもなさそうですし、思い出しても、そんな予告、見なかったですよね」
「そうですね。そんな記憶はないですよね。といっても、あんま有名って訳でもないしね」
田中が補足する。確かに早苗は特別美人という訳でもないし、何か顔に特徴がある訳でもない。渋谷のスクランブル交差点を歩いていても、誰が気が付くだろうか。そんなキーボード奏者だった。
「そうだよなぁ」
山田も答えた。三人は頭を抱えた。しかし、新田が言う。
「お前ら、よく考えてみろ。いいか、こっからここまで、何日もテレビ局に行っていて、一度もオンエアされてないんだよな? ドラマにも出てないんだよな? じゃぁ、何しに行ってたんだ? 年末年始の特番でも撮ってたんじゃないのか?」
「そうですねぇ。でも、こんな時期から撮影しないですよ?」
佐藤がカレンダーをトントンと叩いた。
「だから、考えろと言うんだよ」
新田も頭を振り絞った。その時、山田がテレビ欄を見て、スットンキョな声を挙げる。
「あーっ。こんな所で、再放送してる! 見れば良かった」
何事かと思って、山田が指差した箇所を新田が覗き込む。それは、子供用アニメの最終回だった。
「お前、こんなの見てるのか?」
呆れた顔をして山田を見た。しかし山田は新田に言い返す。新田はきっと流行に鈍感なのだ。それは雑誌の編集長として、致命的である。
「これ、人気あるんですよ? フィギアも売り切れ続出で、大変なんですよ?」
そう言いながら山田は、主人公の決めのポーズを取った。
「馬鹿タレ!」
新田は左手を机に付いて体を支えて伸ばすと、反対側にいる山田の頭を右手でポカリとやった。しかし、ふと、そのアニメの枠が赤く塗られていないことに気が付いた。
「おい、ここマーク忘れてるぞ?」
「どこですか?」
佐藤が雑誌と比較したが、雑誌には載っていない番組だった。
「おや? おかしいですね」
佐藤はもう一度雑誌と見比べたが、その再放送はなかった。予定にないアニメの再放送だったのだ。新田は山田が何か言っているのを無視して叫んだ。
「おい! 何が消えたんだ?」
新田の声に、佐藤は番組表を見比べたが、放送された番組数は変わらなかった。しかし、放送時間が短くなっている番組を発見した。
「これだ! これに違いない!」
新田は出演者が一切書かれていない、二時間番組を指差した。それが実際に放送されたのは十二月三十日で、九十分番組に短縮されていたのだ。
「おい、明日テレビ局に行くぞ!」
新田は山田に声を掛けた。そして佐藤にも何か記号を言って、準備を指示した。




