ディアノの行方(十一)
どこかで聞いたことのある地名だった。その住所は、この前立ち寄った喫茶店の近くだったが、つい最近引っ越した後だった。二人は一度会社に戻ることにした。
泣く子も黙る十三日の土曜日。新田と山田は、中島祐次という男が住んでいたアパートの大家さんから、何とか新しい住所を聞きだすことに成功した。そして車で近所まで来ると、適当なコインパーキングに入れて付近を捜し回る。
探すのを土曜日にしたのには理由がある。中島が何をしている男かは知らないが、土曜日なら自宅に居る確率が高いと思ったからだ。依然早苗は、行方不明のままだった。
新田と山田は、墓で山本家の墓を探した様に、今度は中島という名前を捜し回った。どちらかと言うと中島も、ありきたりな名前である。しかし、今度は中々見つからない。最近は表札を出していない家も多く、探すのに難儀していた。
それでも執念が実って、中島とだけ書かれた表札に辿りつく。
「ここですね。編集長」
「間違いない。呼び鈴押せ」
新田は住所を書いた紙と照らしたが、番地までは照合できない。大家さんも、そこまでは覚えていなかったのだ。
「了解です!」
ピンポンと、ありきたりの電子音がして、中から女の声で「はーい」と聞えた。やった。どうやら人がいる様だ。新田と山田は顔を見合わせて頷く。そこへ、勢い良くドアが開いたので、二人はビックリした。なんと無用心な奴だ。
「はい。いらっしゃい。どちら様?」
そう言ってラフな格好の女が出てきた。新田が話しかける。
「私、雑誌社の者ですが、山本春香さんについて、お聞きしたいことがあります」
「はいはい。どうぞ」
女は何の躊躇もなく答えた。
「あ、失礼ですが、中島祐次さんはご在宅ですか?」
「今寝てます。お聞きになりたいことは何ですか?」
女はちょっと中を覗いて、直ぐに新田達を睨みつける。腕を組んで立つ姿は、玄関を開けてはいるが、中には入れさせない決意を表していると見た。新田は、山本春香の名前を出したことを少し後悔しながら質問を続ける。
「えっとですね、斉藤早苗さんという方を、ご存知だったか知りませんかね?」
「判りませんねぇ。春香さんに、そんなお友達がいたとは聞いていません」
それを聞いて新田は、この女が春香とも早苗とも関係がない人物であると理解した。
「いえ、友達ではなくて、姉に当たるというか、正確には違うんですけど、そういう人なんですが」
「んー。知りませんねぇ」
この女が誰だか判らないが、知るはずもないとは思った。だから新田は女に頼んだ。
「あのー、申し訳ないのですが、中島さんを起こしてもらう訳には行きませんかね?」
すると女は、腕組みをしたまま壁に寄りかかって、通せんぼをしながら答える。
「それはダメです」
「なぜですか?」
「それは、貴方たちが春香さんのことを聞くからです。春香さんのことなら、私が代わりに伺います」
新田はここまで来たので、どうしても中島と話がしたかった。この扉の向こうにいるはずの中島祐次に会いたかった。お前じゃない。何だこの邪魔な女は。そう思いつつも丁寧にお願いするしかない。
「そこを何とかなりませんかね? 早苗さんは行方不明なので、探しているんです」
それを聞いても、女は動じる様子も無く、言い返して来る。
「それは警察の仕事であって、雑誌社の仕事ではありません。一雑誌社の都合で、祐次さんがまた傷付くのは、本意ではありません。春香さんのことは私が伺います」
一般市民が抱く雑誌社の評価を感じ取って、新田は少し悲しくなった。そのまま質問をするしかなかった。
「早苗さんと会っていたとか、住所とか、いつも行っていた場所とか、そういうことが貴方に判るのですか?」
新田は聞きたいことを一度に並べた。この女の記憶に少しでも引っ掛かるものがあれば、それを聞き出すしかない。
「判ります。ですが、その様な場所はありません。少なくとも祐次さんと一緒に住んでいた時は、その早苗さんとは会っていません」
女は言い切った。新田はあっけに取られて聞き返す。
「なぜ断言できるのですか?」
「それについてはお答えできません」
女は腕組みをしたままサラリと答えた。新田は手帳を振りながら女に質問をする。
「みのり園にも行ってきたのですが、そこでも住所は判りませんでした。こっそり連絡とか、してなかったのですか?」
みのり園という知らない単語が出てきて、その女は少し動揺した様に見えた。しかし直ぐに質問に答える。
「そういうこともありません。早苗さんの存在を示すようなこともありません」
新田は話題を変えた。
「携帯電話とか、残っていませんか?」
「祐次さんの携帯電話にもそんな人は登録されていませんし、春香さんの携帯電話は、パスワードが掛かっている上に破損しています」
真っ直ぐに見る女の目を見て、新田はダメかと思った。
「そこまでお調べになっているのでしょう?」
少しイライラした調子で女が言った。女は、春香が滑落したことを知っている様だった。それを知りながら、新田が春香の遺品について言及したことに、怒りをあらわにしていた。
すると、今まで新田の後ろで黙っていた山田が、一歩前に出て女に確認する。
「春香さんを殺した時のことですか?」
すると女は血相を変え、左足を一歩前に出すと右手を大きく振りかぶって山田をひっぱたいた。山田はよろけた。
「だから祐次さんは呼べないのよ! 帰って!」
寝ている人も起きてしまう様な大声で叫ぶと、女はくるりと背中を向け、玄関の中に消えた。そして、扉が閉まる大きな音と、カチャっという鍵の掛かる音がする。
突然のことに、新田は首をすくめていた。
「馬鹿野郎!」
新田は、弾き飛ばされてよろよろしている山田に振り返ると、その使い様のない頭を、ゲンコで殴った。
本当にダメな奴だ。新田は怒って車の方へ向って歩き出したが、何処が駐車場か判らなかった。それに怒った新田は、電車で帰ることにした。
扉を思いっきり締めた美紀は、鼻息も荒く居間に戻って行った。居間のこたつで祐次が、目を擦りながら天気予報を早送りしている。
「あら、起こしちゃった?」
「むにゃ。誰か来たの?」
祐次の質問に美紀は、さっきの様に、さらりと答える。
「新聞の勧誘よ」
その答えに祐次は頷いた。
「そうか。もう新聞は要らないよな」
「そうよね」
二人は笑った。
美紀がいない間に、祐次は新聞屋の泣き落としにあって、四社と契約していたからだ。こたつの上には、今日読まなければいけない新聞が山の様に積んであった。




