ディアノの行方(十)
それっきり、春香は帰って来なかった。みのりは涙を浮かべて、上の方を指差した。
「ほら、あの写真の子ですよ」
黒い額縁に飾られた、春香の写真があった。春香は数ある写真の中から一番のお気に入りを持参して、その写真をみのりの所に置いて行ったが、それが、そのまま遺影になっていた。
「へぇ、綺麗な子ですねぇ」
「わたしゃ、あの子にコルク抜きを渡すの忘れましてね。ちゃんと栓が開けられたか心配してたんですよ。それが、あんなことになるなんて。うぅ……」
「その、春香さんのお相手の名前は?」
山田が聞きたかったのはそっちだ。新田は同じ娘を持つ親として、ただ涙ぐむだけの、使えないオヤジになってしまっていた。
みのりの言葉は冷たかった。
「名前なんて忘れちまったよ。でもふざけたことに、あいつはノコノコと葬式にやってきたんだ」
「ほう?」
「春香はね、そいつに殺されたんだよ。絶対そうだよ。一緒に住んでいた癖に、邪魔になったんだよ。あんなにかわいい子だったのに。うぅ。かわいそうに。親がいなくて、貧乏だから捨てられたんだよ」
「いや、そうとは限らないのでは?」
慌てて新田が話を遮る。しかし、みのりの話は止まらない。
「そうに決まってるんだよ! 私は見たんだよ。あの子がね『運命の赤い糸』だって言って持ってきたザイルはね、こんなに太かったんだよ。それがバッサリ切れて、あの子は滑落して死んだんだ。おかしいじゃないか! あの男がナイフで切らない限り、切れないんだよ」
みのりはバンとこたつを叩いた。湯呑みの中からお茶が空中に飛び出し、それが元の湯呑みに戻って行くのを新田は見ていた。
みのりは両手をこたつに入れると、背中を丸めうつむき加減になると呟くように話しを続けた。
「あそこはね、私が春香を連れて行った所なんだ。知ってるんだよ。『お母さんと私だけの秘密の場所』なんて言っていたのに、男を連れて行くなんて……。あの男は山頂直下で滑落したなんて言うけど、絶対嘘だよ」
みのりの言葉は、段々と怒りが込上げてきたのか、大きくなって来ていた。それに、みのりには『絶対』と言うだけの確信があった。現場に行ったことのない、新田と山田には判らないだろう。
「どうしてですか?」
「どうしてですか?」
二人が聞いたのは同時だった。
みのりは目を吊り上げると、両手をこたつから出し、二人を交互に見ながら、身振り手振りで話始める。
「だって、あんた、山頂直下は細い尾根になってるんだよ? そこで一人が滑落したら、一緒に落ちるか、一人がザイルを切らないと助からないじゃないか。それに、反対側に飛んでザイルが切れたんなら、あいつも滑落しているはずなんだよ! おかしいじゃないか。細い尾根でザイルが切れて、片方だけ生き残るなんて……」
それ以上は言葉にならなかった。みのりは、春香の最後の瞬間を想像してしまったのか、いま振っていた両手を顔につけると泣き出した。
新田はこたつから出て、みのりをなだめる。するとみのりは、何とか冷静さを取り戻し、春香の葬儀で使われた過去帳を出してくれた。新田と山田はその中から、みのりの記憶を頼りに、中島祐次という男の名前と住所を書き写した。
礼を言ってみのり園を後にした二人は、その足で中島祐次なる男を捜しに行った。




