ディアノの行方(八)
当時のことを話して、みのりは溜息を吐いた。両親を失った春香は、暫く祖母と暮らしていたが、結局ここにやってくることになったのだ。
「あれはかわいそうな事故でしたねぇ。春香ちゃんのおばあちゃんと、早苗ちゃんから聞きました」
みのりは再びため息を吐いた。ここにいる子供たちは、皆事故で両親を失った孤児である。肉体的精神的に、何かしらのダメージを負ってくるのには違いないが、春香は両親を失ったことを、理解できていなかった。
新田はメモも取らずにこの話を聞いていた。みのりは話を続ける。
「春香ちゃんは、ご両親のお通夜が自分の誕生会だと思っていたみたいでねぇ。黒い服を着て『ケーキはまだ?』なんて無邪気に言っていたそうですよ」
新田は、ため息を吐きながら話す。
「私がまだ駆け出しの時に取材に行きましてね。覚えています。あれは辛かったですね」
みのりと新田はしんみりと話をした。山田だけが能天気だった。出されたお茶を、ズズッと音を立てて飲む。そして聞いた。
「それで、早苗さんはここに来たことがありますか?」
「ええ、ありますよ。事故から何ヶ月か経った時でしょうか。まだ手に包帯を巻いていてね。痛々しかったですよ」
それを聞いて山田の目が光った。
「加害者は、交通刑務所に入っていたと思いますが、誰が連れて来たんですか?」
みのりは首を捻った。随分昔の話だ。
「えーっとね、山本とも斉藤とも名前は違うけど、春香ちゃんのお母さんとは、親戚だって言っていましたね。まぁ、早苗ちゃんもお母さんの子供であることには、変わらないからねぇ」
「名前とか、住所とか判りませんかね?」
「いやぁ、そこまでは。でも早苗ちゃんは、高校に行くまで、その家にいたみたいですよ。お父さんが出所しても、一緒には住みたがらなかったみたいです。まぁ、当たり前ですよね」
それを聞いて新田は、その家に、何故春香も引き取れなかったのか、不思議に思った。自分ならそうするだろう。しかし、その考えを直ぐに打ち消す。人の家庭の事情など、他人が理解することなどできないだろう。
山田は手帳にメモを取ると、みのりに聞く。
「そうですか。すると、大きくなってからも、こちらに来ていたんですか?」
山田に聞かれて、みのりは首を縦に振った。しかし、直ぐに横に振った。
「ええ、だけど、春香ちゃんとは、あまり逢って欲しくなかったので、陰からそっと見てもらいました」
「そうなんですか」
山田は手帳に記録した。そして何か丸を付けて、ボールペンで手帳をトントンと叩いた。
「春香ちゃんは、明るくて、元気で、そりゃぁもう、かわいい子でねぇ。でもやっぱり、事故のことを思い出すと、嫌みたいで」
ここは交通遺児が集る施設である。事故のことを思い出すのは嫌だろう。みのりは下を向いて春香の話を続けた。
「毎月誕生会をやるんですけど、いつも春香ちゃんは、この部屋に入って、出てきませんでした。かわいそうに」
そう言ってため息を吐いた。みのりにとって、春香を含め、ここにいる子供達は、実の子供同然だ。
みのりが話をしたいのは春香のことだったが、しかし、山田が聞きたいのは早苗のことだった。山田は話を切って、早苗のことを聞いた。
「そうですか。早苗さんが最後に来たのはいつ頃ですかね?」
みのりはまた首を捻った。
「んー、いつかなぁ、あ、そうだ。春香ちゃんが死んじゃった年のお盆ですよ。あの時は泣いてましたね。やっとアルバムが出ることになったのにって」
「え? いつですか? 何年ですか?」
「んーとね。春香ちゃんが死んじゃったのは二〇〇四年の大晦日だから、二〇〇五年かな」
早苗のファーストアルバムが発売になったのは、二〇〇六年四月一日である。それを手帳で確認したが、新田と山田は何かメモが間違っている様に思えてきた。
春香が亡くなったのは七月だったはずだ。墓にまで行って確認した新田と山田は、顔を見合わせる。新田が、みのりに聞き直す。
「え? あの、大晦日に亡くなって、翌年のお盆まで判らなかったんですか?」
年寄りの孤独死みたいなものなのだろうか。一瞬そう思った。しかし、新田に責められたと感じたのか、みのりは声を荒げて叫んだ。
「あの子はね、殺されたんだよ!」
「えっ?」
「ええっ!」
みのりの目が釣り上がり、激しい怒りを表していた。こたつをバンと叩いて放たれた言葉が、狭い寮母室に響く。新田と山田は、母親の迫力というものに驚いた。みのりは春香について語り始めたが、新田と山田はそれを聞くしかなかった。




