表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
piano  作者: 永島大二朗
28/143

ディアノの行方(八)

 当時のことを話して、みのりは溜息を吐いた。両親を失った春香は、暫く祖母と暮らしていたが、結局ここにやってくることになったのだ。

「あれはかわいそうな事故でしたねぇ。春香ちゃんのおばあちゃんと、早苗ちゃんから聞きました」

 みのりは再びため息を吐いた。ここにいる子供たちは、皆事故で両親を失った孤児である。肉体的精神的に、何かしらのダメージを負ってくるのには違いないが、春香は両親を失ったことを、理解できていなかった。

 新田はメモも取らずにこの話を聞いていた。みのりは話を続ける。

「春香ちゃんは、ご両親のお通夜が自分の誕生会だと思っていたみたいでねぇ。黒い服を着て『ケーキはまだ?』なんて無邪気に言っていたそうですよ」

 新田は、ため息を吐きながら話す。

「私がまだ駆け出しの時に取材に行きましてね。覚えています。あれは辛かったですね」

 みのりと新田はしんみりと話をした。山田だけが能天気だった。出されたお茶を、ズズッと音を立てて飲む。そして聞いた。

「それで、早苗さんはここに来たことがありますか?」

「ええ、ありますよ。事故から何ヶ月か経った時でしょうか。まだ手に包帯を巻いていてね。痛々しかったですよ」

 それを聞いて山田の目が光った。

「加害者は、交通刑務所に入っていたと思いますが、誰が連れて来たんですか?」

 みのりは首を捻った。随分昔の話だ。

「えーっとね、山本とも斉藤とも名前は違うけど、春香ちゃんのお母さんとは、親戚だって言っていましたね。まぁ、早苗ちゃんもお母さんの子供であることには、変わらないからねぇ」

「名前とか、住所とか判りませんかね?」

「いやぁ、そこまでは。でも早苗ちゃんは、高校に行くまで、その家にいたみたいですよ。お父さんが出所しても、一緒には住みたがらなかったみたいです。まぁ、当たり前ですよね」

 それを聞いて新田は、その家に、何故春香も引き取れなかったのか、不思議に思った。自分ならそうするだろう。しかし、その考えを直ぐに打ち消す。人の家庭の事情など、他人が理解することなどできないだろう。

 山田は手帳にメモを取ると、みのりに聞く。

「そうですか。すると、大きくなってからも、こちらに来ていたんですか?」

 山田に聞かれて、みのりは首を縦に振った。しかし、直ぐに横に振った。

「ええ、だけど、春香ちゃんとは、あまり逢って欲しくなかったので、陰からそっと見てもらいました」

「そうなんですか」

 山田は手帳に記録した。そして何か丸を付けて、ボールペンで手帳をトントンと叩いた。

「春香ちゃんは、明るくて、元気で、そりゃぁもう、かわいい子でねぇ。でもやっぱり、事故のことを思い出すと、嫌みたいで」

 ここは交通遺児が集る施設である。事故のことを思い出すのは嫌だろう。みのりは下を向いて春香の話を続けた。

「毎月誕生会をやるんですけど、いつも春香ちゃんは、この部屋に入って、出てきませんでした。かわいそうに」

 そう言ってため息を吐いた。みのりにとって、春香を含め、ここにいる子供達は、実の子供同然だ。

 みのりが話をしたいのは春香のことだったが、しかし、山田が聞きたいのは早苗のことだった。山田は話を切って、早苗のことを聞いた。

「そうですか。早苗さんが最後に来たのはいつ頃ですかね?」

 みのりはまた首を捻った。

「んー、いつかなぁ、あ、そうだ。春香ちゃんが死んじゃった年のお盆ですよ。あの時は泣いてましたね。やっとアルバムが出ることになったのにって」

「え? いつですか? 何年ですか?」

「んーとね。春香ちゃんが死んじゃったのは二〇〇四年の大晦日だから、二〇〇五年かな」

 早苗のファーストアルバムが発売になったのは、二〇〇六年四月一日である。それを手帳で確認したが、新田と山田は何かメモが間違っている様に思えてきた。

 春香が亡くなったのは七月だったはずだ。墓にまで行って確認した新田と山田は、顔を見合わせる。新田が、みのりに聞き直す。

「え? あの、大晦日に亡くなって、翌年のお盆まで判らなかったんですか?」

 年寄りの孤独死みたいなものなのだろうか。一瞬そう思った。しかし、新田に責められたと感じたのか、みのりは声を荒げて叫んだ。

「あの子はね、殺されたんだよ!」

「えっ?」

「ええっ!」

 みのりの目が釣り上がり、激しい怒りを表していた。こたつをバンと叩いて放たれた言葉が、狭い寮母室に響く。新田と山田は、母親の迫力というものに驚いた。みのりは春香について語り始めたが、新田と山田はそれを聞くしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ