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piano  作者: 永島大二朗
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ディアノの行方(五)

 仕事始め。やや寝ぼけ眼で会議は始まった。今日は木曜日。明日は金曜日。今日明日を年休にして、来週から出社という人も多かったので、雑誌社は閑散としている。家に居ても、することがない仕事に飢えた鬼達は、正月も三日になると、仕事を求めて手が震えるものだ。餅はもう食い飽きた。


 山田は忘却の彼方へ旅立った去年の記憶を、手帳を捲りながら手繰り寄せていた。そして、それをホワイトボードに纏めた。

 キーボード奏者で歌手でもある『ディアノ』本名・斉藤早苗は、去年のクリスマスに飛び込み自殺を図り、一命を取り留めたものの行方不明である。

 父・斉藤秀雄は余り家に帰って来ない様で、もしかすると娘の早苗を庇って隠匿しているのかもしれない。

「ね、編集長。娘ならそうしますよね」

 そう山田に言われ、新田は顔を上げた。

「いや、それはないな」

 新田はそう言うと、右手を顎にあてて再び下を向いた。山田はいつも新田が『娘が娘が』と言っていたのに、その答えには少し不思議に思った。


 斉藤と離婚した早苗の実の母親、山本亜希子の墓に、最近花を供える人物がいたが、それは亜希子ではなく、娘の春香向けであると推測した。しかし、墓に刻まれた誰の命日とも一致しない。故に謎が残る。

 早苗の交友関係は余り知られていないが、年も近い妹である春香は、早苗との交流があったと推測でき、その交友関係を洗えば早苗へ繋がる線が、見えるかもしれない。

 そして、墓の近所にある喫茶店に、早苗が来たことがあること、それを常連客が写真に収め、持ってきたことを書いた。そしてその店が、実は早苗の店であったことも追加した。芸能人が店の一つも持っていることは、今時珍しくもない。

「結構儲かってるんですね」

 佐藤が何気なく口にした。ディアノは、それ程売れている訳ではなかった。多分、新田位の年齢の人達に聞いたら、殆どが知らないと答えるだろう。しかしディアノはまだ若いが、芸暦は結構長い。確か、中学かそこいらで、キーボード奏者としてデビューしていた筈だ。

 新田は記憶の糸を手繰った。ディアノのデビュー当時の写真があれば記憶は繋がるだろう。


 ふと新田は、斉藤秀雄と早苗親子は、ディアノとは無関係の、別人なのではないかと思った。何故か、そうであって欲しかった。

 人には、思い出したくない出来事の、一つや二つはあるものだ。新田は昔を思い出したが、直ぐに蓋をする。自殺未遂の場所が、その店の、すぐ近くであることを新田は追加しようとしたが、山田が写真を配り始めたので口を閉ざした。


 山田はコピーしてもらった写真をホワイトボードに張ると、エプロンをしたチョビヒゲの男に「マスター」と追記した。しかし素性は謎である。しかし、早苗と同時期に行方不明になっており、この人物が早苗の行方を知ってる可能性が高い。

 新田は右手で顎を擦りながら、鋭い目をマスターの写真に向ける。きっとこの人物が、全ての真相を知っている筈だ。それを確かめたかった。

 いつの間に撮影したのか、山田がお姉さんの写真もホワイトボードに張った。そして、マスター代理と追記する。

「えーっと、スリーサイズは……」

「馬鹿者!」

 佐藤と田中はメモの用意をして、お姉さんについて詳しく聞きたがったが、新田がそれを一喝したので固まった。そのまま会議は終了となった。


 父違いの妹である山本春香、喫茶店のマスター、写真を持ってきた男。多少遠回りになるが、この三人を調べて、早苗に辿り着く可能性を探ることにした。もちろん平行して、テレビ局にも行く。


 とりあえず、簡単に探せそうな所から調べることにする。山本家の墓がある寺を訪ね、二年前に執り行われた春香の葬儀を調査した。

 春香の葬儀は、浜田みのりなる人物が挙げ、更に調べると『みのり園』という、交通事故遺児を預かる施設を運営していたことが判った。新田と山田は、早速『みのり園』へ行って見た。


 見た目には、少し大きな一軒家という感じで、本当にここかどうか迷った。しかし、『浜田』という表札と、その下に『みのり園』という表札があったので、間違いではない。

 新田は呼び鈴を押そうとしたが、ふと見ると、奥の方で年賀状を持っているおばさんがいたので、そちらに声を掛けた。

「ごめん下さい」

「はい。こんにちは」

 正月早々誰だろうと思ったのだろう。おばさんは少し警戒して新田達を見た。新田は営業スマイルで名刺を出すと、おばさんに渡した。

「私、雑誌社の者です。斉藤早苗さんを探しているのですが、こちらにいらした山本春香さんが、同じ母親と聞いたものですから、何かご存知ではないかと思いまして、お尋ねしました」

「へぇ。雑誌社の人ねぇ。まぁどうぞ、汚い所ですけど上がってください」

 気さくなおばさんという感じになって、二人を小さな寮母室へ案内した。どうやらこのおばさんが、浜田みのりの様だ。


「どっこいしょー」

 みのりが大きな声でこたつに入った。そして点けっ放しだったテレビを消した。

「あ、お楽しみの所すいませんねぇ。それ家の女房も好きで観てるんですよ」

 新田が声を掛けると、みのりは手を振りながら「いいのよ。再放送だから」と言って笑った。

 新田と山田はペコペコと頭を下げた。そして手帳を取り出すと、みのりに最初の質問をした。

「早苗さんと春香さんは、ご姉妹なんですよね?」

 新田がボールペンをカチカチやりながら聞いた。みのりは答える。

「そうです。お母さんが一緒でね。早苗ちゃんは、前のお父さんと住んでいて、お母さんが再婚して生まれたのが、春香ちゃんです。二人は苗字が違うけど姉妹ですよ」

「なるほど。お二人はここで逢っていたんですか?」

 春香は既に亡くなっているが、二人が良く行っていた場所、春香が住んでいた場所に何か手掛かりがあれば良い。しかし、帰ってきた返事は意外な言葉だった。

「いえ、ここで逢ったのは一度だけかな」

「え、そうなんですか?」

 両親を失った春香にとって、義理の姉は頼りになっても良いはずだ。それなのに何故一度しか逢わなかったのだろうか。新田は不思議に思った。早苗と春香は仲が悪かったのだろうか。もしそうだとしたら、春香から早苗には辿り着けない。

 新田とみのりはため息を吐いた。新田はこたつの下に手帳を持った手を降ろした。みのりは、春香がここに来ることになったあの日のことを話始めた。

「あれは……かわいそうな事故でしたねぇ……」

 その事故の話は、新田も知っていた。しかし、みのりから聞いた話は、取材では得られない内容だったのだ。

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