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piano  作者: 永島大二朗
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ディアノの行方(四)

 テレビ局はもう、年末特番モードで人が閑散としている。調査は年明けにした方が良いだろう。住所の調査も難航している。事務所の口は固い。何か弱みでも見つけて、つっついてやりたい。

 山田がテーブルにあるメニューを見ながら言った。そこには山田が見ても、変なメニューばかりが並んでいる。

「絶対仕事上のトラブルっすよね」

「ああ、絶対そうだろう。間違いない。それでだな……」

 新田が次の作戦を話そうとしたが、そこへコーヒーとケーキが運ばれて来た。新田は会話を途中で止め、お姉さんに確認する。

「いや、ケーキ、注文してないけど?」

「はい。コーヒーにはケーキが付いてます。伝票こちらに置いておきます。ごゆっくりどうぞ」

 山田の目が輝く。

「やったぁ、お得な店ですね」

 そう言うのと当時に、山田はフォークをケーキに突き立てる。その姿を新田は微笑ましく思ったが、何気なく伝票を見て噴く。

「どうしたぁすか? へんしゅちょ?」

 口にケーキをほお張ったまま、山田が聞いた。新田は伝票を山田に見せる。

「コーヒー一杯千円だよ。お前」

「ごちです!」

 山田の反応はとても速かった。そして明瞭だった。しかし、新田も、なかなかの反応をする。

「だったら、ケーキは俺のだろ?」

 そう言われた山田は、一瞬そうかもしれないと思ってしまった。

「だめっすよ、もう食っちゃいましたから!」

「まだ間に合う。あ、こらお前、待て!」

 確かに一口目は食べたかもしれない。しかしまだ、見る角度によってはケーキとしての体裁を保っている。山田は危険を感じた。ケーキに深くフォークを突き刺すと、そのまま持ち上げた。

「お、これ結構うまひすよ」

 山田は一口でケーキの大半を食べた。新田は苦笑いして、山田を見る。

「しょうがない奴だなぁ……」

 新田は、何か言い掛けていた様な気がしたが、何を言おうとしていたか忘れてしまった。


 二人は調査のことはひとまず忘れて、ケーキを食べる。やがて沈み行く、太陽の日差しを浴びながら、暖かいコーヒーを飲む。仕事納めに相応しいのんびりとした時間である。

 二人は、まだ名残惜しかったが、お勘定に立った。

「お姉さん、お勘定!」

 レジに誰もいないので、新田は大声でお姉さんを呼んだ。「はーい」と言う返事が聞こえて、直ぐにカウンターの所に来た。

「ケーキの『お代わり』よろしいのですか?」

 それを聞いて、山田は席に戻ろうとしたが、新田に首根っこを掴まれる。

「グエッ」

 鈍い声がして山田は後ろ向きに戻ってきた。その様子にお姉さんはクスッと笑う。そして、新田が差し出した伝票を見て聞く。

「ご一緒ですか?」

「はい」

 直ぐに返事があった。お姉さんから見て、返事をしたのは新田に見えたが、声の主は、新田の後ろにいる山田である。新田は振り返って、山田の笑顔を確認すると、サイフからしぶしぶ二千円を出し、お姉さんに渡そうとした。

 その時、カウンター奥に置いてある写真に目が行った。さっきの男が置いて行った物だろう。目が行ったというより、六つ切りになっていれば、自然と目に入る大きさだった。

「あっ!」

 新田は二千円を持ったまま大きな声を上げた。

「どうしたんすか! 編集長! 小遣い足りなかったすか?」

「馬鹿、そうじゃない。お姉さん、あの写真ちょっと見せて! 早く!」

 新田は顔を真っ赤にして写真を指差した。届かないのに身を乗り出して、自分の手で取ろうとさえした。

「は、はい。どうぞ」

 お姉さんは新田の迫力に押されて、お金も受け取らず、急いで写真を持ってきた。

「ありがとう」

 新田は丁寧に礼を言ったが、その写真を激しく奪い取ると、上下を直し、大きな声で叫んだ。

「斉藤早苗だ!」

 そこには、薄化粧でカウンターに座り、ピースサインをしている斉藤早苗が写っていた。カウンターからピースサインを出しているチョビヒゲの男。そのエプロン姿に、新田はどこか見覚えがあった。新田と山田は慌てた。

「こ、これ誰だ? いや、その前に、さっきの男だ! 探せ!」

 いつものビシッとした新田の声に反応した山田は、入り口のドアまで走る。そして、扉を開けて冷たい風に吹かれると、冷静さを取り戻したのか、風に押し返されるように扉を閉めると、引き返して来る。

「いや、もう行っちゃいましたよ」

「馬鹿! お前がケーキなんか食ってるからだろ! しまったぁ」

 新田はパチンと膝を叩くと、悔しそうに上半身を揺すった。コートが派手に揺れて、バサバサと音がした。お姉さんはレジ前でオロオロするだけだ。この二人は刑事なのだろうか。するとさっきの男は犯人? お姉さんは怖くなったが、仕事をしなければならない。

「あ、あのぉ、二千円……」

 そう言われて、手に持った二千円を、新田はお姉さんに手渡す。無事仕事を終えたお姉さんは、手順書を見ながらレジを叩いた。

「お姉さん、この人誰?」

 新田は、写真に写っている男の方を指差した。お姉さんは不慣れなレジ操作をしながら、首を傾げる。矢継ぎ早に新田は、質問を浴びせた。

「じゃぁ、さっきの男は誰?」

 その質問にも首を傾げる。しかし、お姉さんは、さっきの男に言われたことを復唱してくれた。

「常連だと言ってました。その写真をマスターに渡して欲しいと」

 お姉さんはおどおどしながら答えた。そしてレジの蓋を締める。新田は、写真の男がこの店のマスターであると確信した。

「マスターの名前は?」

「判りません」

「どこにいるの?」

「判りません!」

 写真を持ってきた男にも、そう答えていたのだろう。新田が聞いても、声が少し大きくなっただけで、返事は同じだった。店員なのにマスターの名前も知らないのか。

 新田は映画で良く見る様に、お札をポケットに突っ込めば、話して貰えるかも知れないと思った。しかし千円札は、今、全部出て行った所だった。年末に備えて、一万円札だけは死守すべきだと思った。新田は財布の紐を締めた。

 しかし、この店が早苗の行き付けの店であったことは確かだ。新田には確信があった。写真嫌いの彼女が、プライベートで撮影を許したこと自体、意外なことである。

 写真を持ってきたあの男とも、親しい間柄であろうことが想像できた。なにせ早苗が撮影を許したのだから。あの男が無理でも、写真に写っているマスターの居所を探すことが、早苗にたどり着く道に見えた。

「お姉さんいつからこの店にいるの?」

「きょ、今日からなんです……」

 新田は頭を掻いた。そして、財布の紐を締めたことは正解だったと思う。新田は写真のコピーを貰うと、写真の裏も確認する。どうやら写真店でプリントしたものの様だ。あまり見ない印画紙だったが、ここから追うのは、警察でないと無理だろう。


 新田は写真を持って店を飛び出す。道路を渡り、目の前の土手を登って行くと、一番上にはサイクリングロードがあって、目の前に川原が広がった。

 冬の太陽が西の空に沈みかかっていて、一面がオレンジ色に染まっていた。風は冷たいが、気にしては居られない。

 新田は、太陽の下に川和田大橋を確認する。逆光で黒いシルエットしか判らなかったが、間違いない。ここは、早苗が飛び込んだ所だったのだ。頭の中で地理を確認すると、早苗が車を停めたのは橋の向こう側だった。

 早苗はこの店に、来ようとしていたのではないか。しかし、来れなかった。来れない理由があった。コピーした写真を見ると、とても自殺を図る様な感じはしない。新田はこの写真から、クリスマスまでの間に、何が起きたのかを考えた。


 マスターと早苗が恋人同士で、早苗が振られたのかと考えた。しかし、その考えを直ぐに否定する。ありきたりではあるが、それ位で今時の若者は、自殺なんてしないだろう。そう考えて新田は、早苗を病院から連れ去ったのは、この男に違いないと確信した。騒ぎを聞きつけた『知り合いの男』が、そう都合良く現れるはずもない。事務所も、まだ居場所が特定できていないのだ。


 新田が土手の上で考えている間、山田は引き続きお姉さんと話をしていた。新田は土手を降り、道路を渡ってくると、手を振って山田を呼ぶ。山田はお姉さんに手を振り、直ぐに店を出てきた。


 会社の車なので、一度会社に戻る必要がある。その車中、新田と山田は考えた。

「くっそぉ、惜しかったなぁ」

「入れ違いでしたね。それに、あの店員、ネットの応募でオーナーと一度も会っていないなんて、すげぇ怪しいっす」

 新田は驚いて、山田の方を見た。

「そんなの、映画の世界だけかと思っていたよ」

「今、携帯電話でバイト先も探しますからねぇ。無職でも携帯電話は手放せない。そんな時代っすよ」

「凄い時代になったもんだよな」

 新田は感心して頷くと、前を向いた。丁度川和田大橋を渡り、早苗がMiniを停めていたとされる場所が見えた。

 そこは本当に小さな場所で、スクーターが二台程停められるかどうかの場所だった。山田はそれに気が付くこともなく通り過ぎる。新田は、間違いではないかと思って振り返ったが、もう見えなくなった。

「ですよねぇ。俺なんか、面接官の人柄を見て会社決めましたから、携帯で仕事先なんて、決めたくないっす」

 何の話をしていたのか、新田の意識は現実に戻って来た。山田のその言葉に、新田は少し嬉しくなる。山田の面接をしたのは、新田だったからだ。

「俺か? 俺の人柄に惚れたか?」

「かわいかったですよねぇ。秘書の女の子」

 新田は助手席で意気消沈した。控え室から面接会場に案内した女の子も、面接官に含まれるようだ。いや、実際そうなのだが。

「あの店のオーナーを、調べれば良いんじゃないすか?」

 山田が前を見たまま冷静に聞いてきた。新田は破壊された精神状態を、一瞬で元に戻す。

「そうだな。登記簿を見てみるか。それが一番確実だ」

「そうしましょう」

 山田は時計を見て、車の進路を法務局支局に変えた。新田は少し嬉しかった。しかし、写真を持ってきたあの男について考えると、悔しさが滲み出る。

「クソッ、今から思えばあの男、あの店に紅茶がないって知っていたんだ。だから俺が『紅茶』って言ったとき笑ったんだ」

「そうだったんですか。良く見てますねぇ」

 新田が突然大きな声で怒ったので、山田は一瞬ビックリしたが、感心しながらハンドルを回す。

「人間観察力だよ。山ちゃん。判る?」

 カーブの先を追いながら、新田が山田に聞く。

「いえいえ。私は慣性の法則に従うだけです。それより編集長、墓の花も気になりますね」

「うーむ。あれこそ早苗本人だった可能性もあるなぁ」

「本人ですかねぇ。俺、年末に親の墓参りなんて行かないっすよ」

「そうだなぁ。遠いし、俺もいかねぇや。命日とかだよなぁ」

 山田の意見に新田は同調した。墓に行けば判ると言ったのは新田だったが、今日は謎が多すぎる。

「誰だろうなぁ……。編集長、春香って子、何で死んだんですかね?」

 山田は女の子の名前は、直ぐに覚える様だ。

「しらねぇよ」

「でも、二十四歳で死んだとすると、両親が死んだのって、五歳くらいっすよ?」

「そりゃそうだろう」

「五歳の子供も、勝手に大きくはなりませんぜ」

 新田の目が光った。山田も口元が緩んだ。どこかで聞いたセリフだったが、目の付け所は正しい。

「お前、段々勘が冴えてきたな。判った、春香の関係者か? 親戚、育ての親、二十四歳なら彼氏って線もあるな!」

「それっすよ。きっと」

「でも、命日とも合わねぇなぁ」

「調べますかー」

「お前も仕事熱心だな。いつから御用納めの日に、仕事する様になったんだ?」

「えへへ。編集長に言われたくないっす。俺は昔っから仕事の鬼っすよ?」

 新田が山田の買っている所があるとしたら、それは元気が出てくる所かもしれない。新田は、悪戯っぽく笑う山田に向って言い放つ。

「お前が鬼なら、俺は閻魔大王だよ!」

 二人は時間ギリギリで法務局支局に到着した。走って玄関ホールを駆け抜け、ツルツルの床を一メートル程滑る。

「セーフ!」

「セーフセーフ!」

 カウンターの中で職員が怪訝な顔で二人を見たが、二人は両手を上げて、決めのポーズを崩さなかった。

「よし行くぞ!」

「OKボス!」


 二人は登記簿の閲覧室を探し出し、メモを片手に店のオーナーを探しあてた。しかし、登記簿に記されていた持ち主の名前は、十五年前から『斉藤早苗』だった。手掛かりを失って、二人は頭を抱えた。


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