ディアノの行方(三)
土手沿いの道に出て、スピードを上げ様としたとき、ログハウス風の喫茶店が目に入った。新田は山田に提案をする。
「あそこで、お茶でも飲んで行こうや」
車の中はちょっと暖かくなっていたが、店の方がもっと暖かいに違いない。
「おごりっすか? いよっ編集長!」
「馬鹿。経費節減だ。お前には死んでも奢らん」
「ひどいっすよー」
ライターの火すら惜しいのに、奢る訳ないだろう。新田はじろりと睨んだが、山田は笑いながらハンドルを回し、気にする様子もなく駐車場に車を入れた。二人は車を降りると、襟を立てながら喫茶店に飛び込んだ。ドアを開けるとカランカランという音がした。
「いらっしゃいませー」
出迎えたのは少し低い声の女の声だった。
二人はこの店が、雑誌に出てくる様な小洒落た店だと思った。木の温もりが感じられる暖かな店内。扉を閉めるとそこは春の様で、窓辺には花が飾られている。なかなか感じの良い店だ。こういう店では、店員が席を案内するものだ。しかし、二人は少し待ったが案内されないので、勝手に奥へ歩いて行くと、窓辺の席に腰掛けた。新田は奥の方に陣取り、今通り過ぎたカウンターと、店の奥を交互に眺めた。
カウンターは緩やかなアールを描いて九十度曲がり、曲がった所にはアベックが座ったら似合いそうな距離で、椅子が二つあった。
奥にはグランドピアノがあって、誰でも弾いて良い感じで置いてある。新田はピアノに詳しい訳ではないが、それが三十年以上昔のピアノであることは判った。古い友人が教えてくれた特徴があったからだ。古いとは言え、そのピアノはよく手入れされているものであると一見して判ったし、インテリアではなく、楽器として機能していることが判った。
だからと言って、二人はピアノを弾くつもりはなかった。例え弾けたとしても、手がかじかんでいたからだ。そんな店内の様子を眺めながら、二人は店員が来るのを待ったが、なかなか来る気配がないのだ。
何故なら、カウンターでそのお姉さんを口説いているのか、額縁の写真を見せながら、しつこく質問をしている男がいたからだ。店員も困った様子だった。
新田と山田が店に入ったので、逃げる様に会話を打ち切った様に見て取れる。女をしつこく口説くなんてみっともない。新田は鼻で笑った。
そそくさとお姉さんがカウンターから出てくると、窓際のテーブルの方に来た。するとその男は、お姉さんの後姿に声を掛ける。
「ここに置いておきますね」
そう言って男は、カウンター席から立ち上がった。
まだ何か聞き足りないのか。新田はちらっと男の方を見る。氷の様に、冷たい無表情な男だ。何を考えているのか読めないタイプ。新田はその男を分析した。
お姉さんはちょっと振り返って「はい」と言うと、新田と山田の方を向き、オーダーを聞いた。
「ご注文、何になさいますか?」
「俺、コーヒー」
外を見ていた山田が振り返り、お姉さんを見上げながら答えた。
「じゃ、俺、紅茶」
新田の地声はでかい。新田が紅茶を頼むと、カウンターを立った男は、新田の方をちらっと振り向き、くすっと笑って出て行った。何か気持ち悪かった。その直後、お姉さんから意外な言葉があった。
「申し訳ありません。当店、紅茶はやっておりません」
「え? そうなの? 喫茶店なのに?」
新田は聞き返しながらタバコを取り出し、灰皿を貰おうとした。
「申し訳ありません。あ、それと店内禁煙です」
「え? 喫茶店なのに? タバコもお茶もだめ?」
新田は変な店に来てしまったと思った。しぶしぶタバコをしまいながら、オーダーを変更する。
「じゃぁ、コーヒーでいいや」
「かしこまりました」
ペコリと頭を下げて、お姉さんはカウンターへ小走りに戻って行った。お姉さんの後姿を追って、山田が振り返った。カウンターに戻ったお姉さんは、何か手順書の様な物を見ながら、コーヒーを淹れ始める。それを見て、山田が新田の方に向き直ると、話し掛けた。
「何か、変な店に来ちゃいましたね」
山田もそう思ったらしい。しかし新田は直ぐに山田に突っ込む。
「お前よりましだよ」
「酷いな、編集長!」
二人はコーヒーが出てくるまで、今後の調査について検討した。




