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piano  作者: 永島大二朗
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プロローグ(二)

「なんだよ、帰ったんじゃなかったのか?」

 玄関で迎えてくれたのは和夫、正行、智也の三人。会社でチームを組んでいる後輩である。悪戯好きで、ずうずうしい和夫が、帰る訳がなかったのだ。祐次は、流石、和夫、と思った。

「どうぞ上がって下さい」

「遠慮なくどうぞ」

「良いもの、沢山ありますから」

 三人はそれぞれ好き勝手なことを言って、この家の主を出迎える。

「俺の家だよ!」

 狭い玄関に、靴が沢山ある。それを足で除けて、自分のスペースを作って靴を脱ぐ。祐次は、三人に自宅を案内されて、後に付いて行く。


 キッチンを通り抜けてリビングへ行くと、四人掛けの四角いテーブルがあって、そこには丸いケーキが、何時でも点火出来る準備を整えて置いてあった。それを見た祐次は、思いがけず開催された自分の誕生会を喜んだ。さっきまでの不機嫌がすっかり直っている。

 奥へ目をやると、由記と美紀の記紀コンビが、ソファーに並んで座り『キャーキャー』言っていた。主賓の登場に『一応』手を振ったものの、我関せず、な様子で、ソファーを離れようとはしない。

 彼女達のマイペース振りも、何時ものことである。気にしてはいけない。楽しそうな二人の世界に気を使って、祐次は野郎三人と共に、四角いテーブルを囲んで座った。


 祐次は手に持っていた銀箱を床に置き、ふと見つけた、肩にくっ付いている紙ふぶきを取ると、丸めてその辺に転がした。どうせ暫くはゴミだらけである。気にしない。

「祐次さんも、これ被って下さいよ」

 和夫が差し出したのは、赤い帽子とヒゲが付いた眼鏡だった。祐次は三人を改めて見ると、各々が赤い帽子を被っている。智也は鴨居に帽子をぶつけて後ろに落としかけていたが、気にしている様子も無い。祐次は、何だか適当な奴らを前に苦笑いすると、それを受け取った。しかし、苦言は忘れない。

「なんだよこれ、これじゃクリスマスじゃないか。俺の誕生会じゃないのか?」

 祐次は上機嫌で嫌味を言いながら、帽子を被り、ヒゲの付いた眼鏡を装着した。その様子を和夫、正行、智也の三人はニヤニヤしながら見ていた。

「サンタさん、遅かったじゃないですかー」

「プレゼントまだですか?」

「もう出来上がってまーす」

 三人から返ってきた言葉に、一日遅れでやってきたサンタは、あいにく『白い袋』を持ち合わせていなかった。サンタは営業外のプライベートタイムにまで押し掛けた三人に、苦言を呈したが、酔っ払った三人には聞こえていない様だ。

 見ると、空になったシャンパンの瓶があって、更にもう一本、開け様としているではないか。

「いきまーす」

 智也はそう言って栓を抜くと、景気良く「ポンッ」という音を立てた。コルクが勢い良く飛んで真新しい壁に当り、床に転がる。

 それを、誰も拾いに行く様子はない。

「お、いい音だねぇー、俺にも一杯くれよ!」

 祐次は笑顔で席に着いた。グラスにシャンパンを注いでもらう。そして、遅れませながら、主賓と乾杯をする。

「うまいっ!」

 祐次は一気に飲み干すと言った。既に出来上がっている連中から歓声が挙がった。久しぶりに賑やかな誕生日だ。何となく、一日遅れのクリスマスパーティーの様であるが。そこは気にしないことにして、祐次はケーキを覗き込む。

「なんだよ、このケーキ『メリークリスマス』って書いてあるぞ! おい、『お誕生日おめでとう』のチョコはどうしたんだよ!」

 三人は笑うだけだ。

「前々から予約してたんですけど、何故かそれになってました!」

 正行が、シャンパンを飲みながら勢い良く言った。何とでも言え。そんな感じだった。

「ちゃんと言ったんですけどねー。でも、ほら! ロウソクは貰ってきましたー」

 それを見た和夫が、テーブルの端に置いてあったロウソクを両手で持ち上げると、祐次に見せて懸命にフォローした。そして、小さな袋からロウソクを取り出すと、和夫が祐次に、悪戯っぽく聞く。

「何本立てましょうか?」

 知っている癖にと、祐次は思った。しかし、和夫はにやっと笑って祐次を見た。すると奥の方から「二千本!」というコールが掛かった。祐次はそっちを見て言い返す。

「おいおい! そんなに挿さらないだろう。それに俺は、そんなには長生き出来ないぜ」

 きつく言いながらも、笑いながら祐次は答えた。すると、和夫が言う。

「じゃぁ、ぶっといのを二本にしときますかー」

 そう言うほど太くはない、少し太めのロウソクを二本取り出すと、クリスマスケーキに挿した。そして、すっと立ち上がって音頭を取った。

「じゃ、皆さん、ディアサンタさんで!」

 和夫はロウソクに火を点けると、他の四人に指示を出した。

「いや、祐次! 祐次! 今日は、俺の誕生日だよ!」

 だいぶ酔っているのか判らなかったが、祐次は慌てて両手の人差し指を自分に向け、訂正を求めた。


 ソファーの二人も、一緒にお誕生日の歌を歌った。要求通り、名前はちゃんと祐次になったし、ロウソクも祐次が吹き消した。

「これを着けていると、ケーキが食えん」

 そう言って祐次は眼鏡を外す。そして、包丁を探しにキッチンへ行った。

 キッチンの食器棚には、もうちゃんと食器が入っている。それを見て、祐次は記紀コンビに感謝した。そして流し台下の扉を開ける。ドアの裏に、包丁があるはずだからだ。包丁を取りながら、祐次はふと思った。いつもそこにあったシャンパンの瓶が、二つなくなっている。

「あいつら、これを開けたのか」

 祐次は呟いた。それはちょっと残念そうな、でも『いいや』という顔だった。パタンと扉を閉めると振り返り、薄暗いキッチンを後にする。

「包丁持ってきたでー」

 祐次が戻ってくると、ケーキの責任者らしい正行が、サンタをバリバリと食べている所だった。祐次は包丁で正行を指す。

「ちょっと、それは、主賓のじゃないのか?」

「いえ、主賓はこの『メリークリスマス』です」

 包丁に怯えることもなく、正行が笑いながら言った。祐次も、今更首のないサンタなんて、欲しくない。

「主賓自ら、ケーキを取り分けます」

 仰々しくそう言うと、祐次は包丁を水平にして、ゆっくりとクリスマスケーキの横に当てる。

「ちょっ、違います! 縦! 縦にお願いします!」

 甘党の智也が、手を縦に振りながら口を挟んだ。そのやり取りを見て、直ぐに反応した人達がいる。

「私達は、上半分でいいでーす」

 記紀コンビだった。言われて祐次は、カッティングパターンを頭の中で数通りイメージする。しかし、このままだとイチゴに有り付けない。そう考えると、素直にカットしたほうが良いと、帰結した。

「じゃぁ、六等分で」

 祐次は勢い良く包丁を入れる。しかし、最初に入れた包丁が斜めに入って、『等分』は不可能になった。

「何やってんすかー」

 智也が祐次から包丁を取上げると、カットし始める。祐次は照れ笑いをしながら席に戻って、シャンパンを飲み干した。すかさず和夫が、祐次のグラスにシャンパンを注ぐ。気が利く後輩だ。


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