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piano  作者: 永島大二朗
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謎の調律師(十一)

 そうこうしている内に、常連客と思われる人達が、ポツリポツリと入ってきた。増田は「いらっしゃいませ」と言うのと同時にコーヒーを淹れて席に持って行く。何か、問答無用だ。真由美も初めて来た時のことを思い出し、いい加減な店だなぁと、思った。


 そして、ラストオーダーの時間が来る。真由美はまるで、コンクールに出場する時の様に、緊張していた。そんな真由美にはお構いなしに、増田はボールペンをクルクル回しながら、店内を歩いて回る。やはり、今日も使われなかったボールペンを胸のポケットに突っ込むと、近くにあるよろい戸を閉めた。すると、それを見た常連客が、一斉に、いや、正確には順番に、よろい戸を閉め始める。

 その時、カウンターに座っていた客が、店にある電話の受話器を勝手に上げたのを、真由美は見た。

「何? どういうこと?」

 小さな営業妨害を目にして、仮にも店の従業員である真由美は、苦言を呈そうと思った。しかし、増田から目で合図が来る。真由美は電話の件については見逃すことにして、ピアノに向かって歩き始める。


 店内はやはり緊張感に包まれていた。勘の良い真由美には判る。みんな真由美の方を見ていなかったが、注目している。増田はカウンターに行ってしまった。

 その瞬間、店内には真由美の靴音しか響いていなかったが、動揺が広がっていくのが判った。何か嫌な感じだ。しかし、そんなことはお構いなく、真由美はピアノの前に座った。そして、深呼吸をするとピアノを弾き始める。


 大きな音を出しても良いと言われていたので、遠慮はしなかった。無論、普段から遠慮なんてしたことはない。昼間Slowtimeで奥様達の会話を、邪魔しない様にする時だけだ。

 真由美が弾き始めると、さっきまでの雰囲気が一転、した様に、真由美には感じられた。肝心の増田はカウンターに居るのか、その様子が判らない。結構上手く弾けたはず。少なくとも、ミスなんてなかったはずだった。

 しかし、一曲目を弾き終わった所で、拍手はなかった。何にも反応がない。真由美は対応に困った。しかし、いつも増田が弾いている様に、二曲目を弾き始める。


 すると、誰かが本をパタンと閉じると、携帯電話を見て席を立つ。それを合図にしたかの様に、次々と客が席を立った。一時間も前のコーヒーを一気に飲み干すと、カップをカウンターへ持って行き、カランカランとドアを開けて、帰って行く。

 それでも真由美は、弾くのを止めない。二曲目を弾き終わった時、誰もいなくなっていた。しかし時計を見ると、いつもの消灯時間だったので、常連客が気を利かせて帰ったのだと、真由美は受け取った。

「一曲目が長すぎたのね」

 別に、居残る客に向けて、弾いた訳ではない。増田に聞いて貰って、批評を受けるのだ。しかし、それでも真由美は、自分の演奏中に客が帰ったのは、ショックだった。三曲目は弾かず、カウンターへ行く。

「あれ、もう終わりですか? まだ良いですよ」

 増田は時計を見ながら言った。

「いえ、もう誰もいませんし、思いっきり弾くなら、家でも出来ますから」

「そうですか。じゃぁ電気を消しましょうかね。お疲れ様でした」

「お疲れ様でした」

 増田からの評価は何もなかった。


 以前真由美に対し『教えられることは何もない』と、言っていたことを思い出す。本当に、何も教えてくれないのだろうか。真由美は奥へ行くとバックを取ってきた。そして増田に「失礼します」と言って帰ろうとする。

「明日もお願いしますね」

 増田に言われて、真由美はハッとなった。これは、私に対する挑戦なのだ。増田の息の掛かった常連客に、私のピアノを評価させているのだ。そうに違いない。真由美は振り返って増田の目を見る。

「判りました」

 負けないわ、という目で、真由美は増田を睨んだ。

 そこで二人の視線がぶつかり合い、火花を散らしても、おかしくはないだろう。しかし増田は、にこにこしているだけだった。


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