表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
piano  作者: 永島大二朗
11/143

謎の調律師(七)

 まるで自分を信用して貰えない様に思えて、真由美は食って掛かった。

「いえ、エリーゼでした。そんなの、間違え様がないじゃないですか。私、一応プロなんです」

 その一言に、店員は全く驚かない。少しだけ真由美の方を向くと、直ぐに手元に視線を戻す。そして、哀れみの表情を浮かべた。

「じゃあ、今日私が弾いた、エリーゼのためにと、聞き比べた訳ですね」

 それを聞いて真由美は、何か悪いことをした様な感じになったが、別に責められる理由はない。

「はい。お上手だと思いました」

「でも、斉藤のよりは、下手だと思ったのでしょう?」

 真由美の回答に、店員はノータイムで返してきた。真由美は答え辛くなって沈黙し、言葉を捜す。


「いえ、上手とか下手とか、そういうことじゃなくて、曲想が違うと思いました」

 うんうんと店員は頷く。それを見て、真由美は正解を導き出したと安堵した。空になったアイスコーヒーのストローを見つめ、左手でそれを軽く掴んだ。そこに、店員からの声が突き刺さる。

「それが判るのであれば、私が貴方に教えることは、何もありません」

 真由美は驚いて顔を上げる。店員は真由美の目を見ながら言葉を続ける。

「斉藤の演奏を聞いたのは、運が悪かったと言うことで、忘れて下さい」

 店員は冷たく、そして、少し気の毒そうに言う。しかし、そう言われて、真由美が納得する筈もない。

 真由美はカウンタに両手を付いて、立ち上がる。

「そんな! やっと探してここまで来たと言うのに、忘れろですって!」

 真由美は、普段からカッカする方ではない。寧ろ大人しい方だ。少なくとも、自分ではそう思っていた。そんな真由美に、もう一度冷静な店員の声が届く。

「そうです。貴方はまだお若い。自分の音は、自分で探した方が良い。音の探求に近道はないんです」

 何処かで聞いたフレーズが入っていた。

「待って下さい。斉藤さんは、ここに来れば『悪いようにはしない』そう言って下さいました。それなのに『忘れろ』と言うのは、あんまりなのではないですか?」

 店員は困った顔をした。店員は斉藤から『ピアノを見てやれ』と言われただけで、まさか斉藤の演奏を聴いたなんて、聞いていなかったのだ。

 しかも偶然にも、同じ曲を聴き比べてしまったのだ。どうしろと言うのだ。店員は洗い終わったコーヒーカップを並べて、手を腰に当てる。

「多分、貴方にとって、それが一番良い様に思います」

 もう一度店員は言った。しかし、真由美は食い下がった。店員はとても困った顔をして、しかめっ面になって頭を掻いた。

「判りました。では、それなりの覚悟をして下さいね」

 店員はエプロンを取るとカウンターを出る。そして振り返った。

「こちらへどうぞ」

 促されて真由美は、カウンターの椅子の間を抜けて後に続いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ