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piano  作者: 永島大二朗
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プロローグ(一)

 古い張り紙を見て、二〇〇六年が『オリンピックイアー』であったことを思い出した。しかし、夏を通り越して今はもう冬。まるで、去年の出来事の様である。

 新しい自宅へと続く商店街を、祐次は銀箱を担いで歩いていた。今日は朝から穏やかに晴れて、この季節にしては暖かい一日だった。しかし辺りが暗くなってくると、やはり今が冬であったことを、思い出させる。

 屋根のない商店街で上を向けば、看板と電線の隙間から星空が見える。祐次は星座に詳しくはないが、オリオン座位は判る。昨日は下を向いていた祐次は『三連星』を確認すると、まだそこにあったので、少し安心した。


 商店街は昨日まで、クリスマス一色だった。しかし今日は、イルミネーションは取り払われて、一足早く正月が来ていた。祐次は星空を見た時にそれに気が付いた。

 いつものことだが、いつもそれが気に入らない。今日は祐次の誕生日だが、既に正月を迎えたかの様な街を見ると、自分の誕生日が飛ばされた気分になる。誰からも注目されていないのは、まぁ、仕方ないとして、存在さえ認められていないかの様な気がしていた。だから、昔から誕生日は、余り好きではない。

 それでも今年は、気持ちが晴れ晴れとしていた。少なくとも一人は、自分の誕生日を祝ってくれる人がいた。今はもう居ないが、楽しかった頃の思い出と、悲しい過去に別れの挨拶を済ませ、新たな一歩を踏み出すのだ。そう決意して、前のアパートを出て来た所だった。そうなるはずだった。

 今日は朝から、会社の同僚が引越しの手伝いをしてくれた。予めダンボールに荷物を梱包しておいたので、簡単に済む筈だと思っていた。しかし、割れ物がそのままダンボールに入っているのがバレて、女の子達に顰蹙を買った。彼女達は、散々文句を言いながら、それでも新聞紙に素早く包むと、梱包し直して運んで行ってくれた。感謝。

 しかしどうだろう。大家さんへの挨拶をしている間に、彼らは荷物と共に、走り去っていたのだ。祐次は翌日も彼らに逢うことが無ければ、窃盗団と間違えたに違いなかった。誰も居ないのを肩を竦めて確認すると、祐次は少し拗ね、一人、遠回りをして、新しい自宅へ向ったのだった。


 駅で電車を待っていると、和夫から電話が掛かってきた。

「おい! 置いて行くなよー」

 開口一番に言ってやる。

「先輩、荷物搬入、終わりましたー」

 和夫は祐次を置いて行ったことを詫びもせず、そのことに触れもしなかった。第一声はとにかく作業が完了した報告だった。祐次は電車が入ってきたので、少し大きな声で話を続けた。

「有難う。じゃぁ駅前で飯食ってくれ。今、電車に乗る」

 駅前のファミレスを思い浮かべる。中華でも良い。

「あ、飯は遠慮します」

「何だって?」

 祐次は思わず聞き返した。いつもの和夫じゃない。奴はもっと、ずうずうしいはずだ。

「じゃ、うちら、今日は失礼しますー」

「えっ、本当に? じゃぁ明日ね。有難うねー」

 そこで電話は切れた。



 祐次は電車に乗りながら、携帯電話を見つめて首を傾げた。帰ったのは和夫だけだろうか。他の奴らはどうなんだろう。

 祐次は電車に揺られながら、使い慣れないメールを打とうとしたが、下を見ていると吐きそうになるので、止めた。それより、明日の昼飯について考えることにした。

 会社前の回転寿司を思い浮かべる。中華でも良い。


 電車に揺られること十数分。電車は場内再加速をすることもなく、滑らかに停車する。しかし、祐次の心は穏やかではなかった。

「ご馳走するって言ったのに」

 人影も疎らなホームに、祐次は呟きながら、一人降り立つ。今頃は、自分を除いて、みんなで楽しく飯でも食っているのだろうか。いつも賑やかな昼飯の様子を思い浮かべて、祐次はヘソを曲げた。

 明日も会社だから、早く帰りたかったのだろうか。だったら引越しの荷物を開けて、赤ん坊時代のアルバムを開かなくても良かろう。小学校時代の通知表とか、見なくても良かろう! 下手糞な絵とか引っ張り出したり、丸めた表彰状とか、出さなくても良かろうっ!

 思い出して祐次は、ブツブツと一人不機嫌になりながらも、明日の昼飯は何が良いだろうかと考える。

 鰻、焼肉、スキヤキ、自分が食べたいものを思い浮かべた。


 商店街から、少し裏通りに入った所が、新しい家だ。やっと帰ってきた。というより、辿りついた。

 そこには真新しい「中島」とだけ書かれた表札がある。間違いない。祐次は月明かりを頼りに、財布から鍵を出すと、キラリと光る細長いものを手にとって、鍵穴に差し込む。

「鍵が合わなかったりして」

 ふと、一人でニヤけた。しかし、少なくとも鍵穴には入ったのだ。正解で無くとも、惜しい位は評価出来るだろう。後は右か左に回すだけだ。

 祐次は前の鍵の様に、少し上に上げながら回した。癖になっていた様だ。


 だからという訳ではないが、その時、新しい鍵を右に回したのか、左に回したのか、祐次は覚えていない。思ったより簡単に開いた鍵を財布にしまい、扉を開けた瞬間だった。

「お誕生日おめでとうございます!」

「おめでとうございまーす」

「先輩! お誕生おめでとうございますぅ」

 真っ暗な玄関が不意に明るくなった。そして、火薬の炸裂する音がする。

 クラッカーの音だった。目の前に紙ふぶきが飛んでくる。何が起きたのか、理解するのに数秒掛かった。

 何事かと思って固まっている祐次を、したり顔で、和夫達が見ているではないか。

 紙ふぶきの間からその様子が見えて、直ぐに笑顔を取り繕った。

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