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第17話

「オオオオオオオオ!」


 倒した男に一瞥もくれず、周囲の敵をあゆむは襲った。


 飛びかかり、殴り飛ばし、投げ飛ばし、踏み潰した。


 自身も攻撃に晒されていたが、ダメージをまるで意に介さず、一瞬も怯むことなく襲い続けた。


 その目からは生まれつき持っていた優しさは消え、凶暴な獣の本能が宿っていた。


「こ、この~!」


 恐怖から涙目になった北尾が、スタンガンを構えて突っこんだ。


「危ない! あゆむ!」


 千代の声のおかげか定かではないが、北尾への反応は特別速かった。


 背後の死角にいたはずの北尾のスタンガンは、フルスイングしたバットのような腕に払われた。切り札のスタンガンは宙を舞い、手首の骨が折れていた。


「ひぎゃあああぶっ!」


 痛みに叫んだ北尾の顔面をあゆむの拳が捉えた。

 鼻や前歯といった骨が砕かれ、体がふっ飛び、動かなくなった。


「……すげぇ」

「こいつ、こんなに強かったのか?」

「早乙女……」


 時間にして一分ほどの出来事だった。


 武装した男たちは倒れ、立っているのは荒い息を吐くゴリラだけだった。

 目の前で起きた信じられない大立ち回りに、数々の乱闘を繰り広げてきた信一らも驚きを隠せなかった。


「……やるじゃねぇか、ゴリラ」


 だが、まだ終わりではなかった。


 最も危険で凶悪な敵。


 絶対に倒さねばならない男が残っていた。


 この状況下で、水谷は笑っていた。

 やられた男たちのことに怒りを抱いていなければ、心配すらしていなかった。


「ほら、俺がムカつくだろう? 思いっきりやろうぜ。久々に楽しめそうだ!」


 狂気的な笑みを浮かべ、水谷はあゆむに襲いかかった。


 八メートルある下半身が、凄まじい速さで地面を這った。蛇行し、フェイントを交えながら距離を詰め、あゆむの顔面を殴る算段だった。


「オオオ!」


 あゆむは水谷の考えなど関係なく、近づいてきた上半身に思い切り殴りかかった。


「シャア!」


 しかし、水谷はしなるように攻撃をかわし、予定通りあゆむの顔面に拳を叩きこんだ。


「ブッ!」


 自分から突っこんだ勢いもあり、ダメージは大きかった。

 鼻から血が流れ、今まで怯むこともなかったあゆむの体が、仰向けに倒れた。


「いくぜぇ!」


 水谷の体が、鎌首を上げるように持ち上がり、絶え間なくあゆむに拳が降り注いだ。


「シャシャシャシャシャシャ!」


 それは獲物に何度も噛みつく蛇のように、あゆむに反撃の隙を与えなかった。

 蓄積されるダメージは、毒のように体の自由を奪っていった。


「ウゥ……」

「あゆむ!」


 身動きが取れなくなったあゆむの首を蛇の体が縛り、無理やり立ち上がらせた。


「おいおい、もう終わりかよ。ほら、殴ってこいよ」


 水谷の言葉に、あゆむはなにも反応を示さず、締めつける尾になされるがままだった。


「もういいわ、お前。つまんねぇから、彼女がヤられる横で寝てろ」


 蛇の尾が、さらに強く首を絞めた。


「もうやめてー!」

「やめろ、水谷!」


 千代たちはこの先に待つ絶望を感じ取り、悲痛な叫びを上げた。

 だが、尾にこめられる力は緩むことなく、むしろ面白がるように力を強めた。


 同時に、叫びに応えるように、あゆむの腕が渾身の力で水谷の尾を掴んだ。


「あん?」


 掴んだ指は肉を押しこみ、多少の動きでは離れることはなかった。


「痛ぇじゃねぇか。なら、このまま腕も折ってやるよ」


 蛇の尾があゆむの腕にも巻きついた。 


「オオオオオオオオオオ!」


 締め上げられた喉から、再び雄叫びが上がった。

 そして、掴んだ水谷の体ごとハンマー投げのように回り始めた。


「うおおおお!」


 余裕のあった水谷から、悲鳴にも似た声が発せられた。


「く、クソが! 離せこらぁ!」


 水谷は巻きつく力を緩め、遠心力が増すこの状況からの脱出を図った。


「オオオオオ!」


 だが、あゆむは自ら蛇の体に巻きつき、握る力をさらに強めて回転を続けた。


「や、やめろ! このクソゴリラぁ! い、いいぜ、締め殺してやる!」


 再び下半身に力をこめた水谷だったが、目が回り、今にも投げ出されそうな遠心力もあって、あゆむの動きを止めるまでには至らなかった。


「うわあああああああ!」

「ウホオオオオオオオオ!」


 ゴリラの肉体で発揮することができる最大の力で投げ飛ばされた水谷は、プレハブの壁を突き破り、そばに生えていた杉の大木に衝突した。


 肉は悲鳴を上げ、骨は砕け、水谷は完全に意識を失った。

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