バッドでグッドなビーフシチュー
うるさい声が聞こえてくる。それに眩しい。目を
瞑っているはずなのに。
「早く起きて下さーいっ‼」
あまりの声の大きさに僕は驚いて目が覚めてしまった。
自室の出入り口の方を見ると同居人の女性が
呆れた様子の顔で立っていた。
「もう朝です。ご飯作ったので、早く顔流して
冷めないうちに食べて下さい。」
そう言うと女性はその場から立ち去った。まだ
眠いんだけどな。でもキッチンから漂ってくる
美味しそうな匂いを嗅ぐと自然と身体は洗面台へと
動く。ちゃちゃっと洗顔済ませて、キッチンへ行くと
食欲を刺激する匂いがより強くなる。
「おはようございます。今日はスクランブルエッグに
野菜スープ。パンケーキを作りましたよ。」
おおー…朝からパンケーキか。いただきますと女性と
共に言って、食べ始める。
僕ミライヤは今年15歳になる普通の男の子。両親とか
そう言うのはいないし記憶にない。ずっと住んでいる
この家は正直狭い。だってキッチン、風呂、トイレ、
洗面所と3つの部屋しかない。それと平屋だ。
二人で暮らしてるから、まだ何とかなる。
僕の向かいに座ってる女性はアリス。まあさっき
同居人って言ったけど僕の育ての親みたいな人。
あ、でもそんなに年齢は離れてないよ。18歳だから。
身長は僕より高いけど細いから、ちょっと心配になる。
赤茶色の長髪で長さは具体的に言うと胸までは
隠れるんじゃないかな。あとウェーブがかかってるよ。
いつもヘアバンドをしてるからオデコが凄く目立つ。
んで性格は基本的には優しいよ。うん。でも
さっきみたいに厳しくなる事もあるね。ん?それは
さっさと起きない僕のせいだって?
「今日の夕食は僕が作るから任せてねー。」
「何を作るか決めてるんですか?食材は足りそう?」
「食べ終わったら、ちょっと冷蔵庫見てみるよ。」
何作ろうかな~?アリスの喜んだ顔が見たいから
アリスの好きなビーフシチューでも作ろうかな~。
「秘密。でも楽しみにしてて?じゃあ行ってくる~。」
そんな事を言ってミライヤは外へ出ていった。
楽しみにしてて言うぐらいだから私が好きな物とか?
冷蔵庫見た次に調味料置き場見てたけど一体何だろう。
食器を洗い終わったので次は服の洗濯だ。洗面所に行き
洗濯物置き場の中身をぽぽっいと洗濯機に入れる。
その途中で異様に濡れている衣服があったので
見てみるとミライヤのパンツだった。
「おねしょ…ではないよね?」
裏返して内側に鼻を近付けて匂いを嗅いでみたけど
よく分からなかった。イカ臭くもなく本当に何?
気になるけど洗濯機に投げ入れ、スタートを押す。
続いて掃除に手をつけて、終わったと同時に洗面所から
洗濯終了のアラームが聞こえてきた。
「よし。グッドタイミング。私。」
ベランダにミライヤと私二人分の洗濯物を干して
ひとまず家事終了。ミライヤが帰ってきたら
パンツの事ちょっと聞いてみようっと。
「さて…出掛けますか。」
私は庭に座り胸の前で手を組んで目を閉じ静かに
深呼吸を始めた。心の中で今から行きたい近場の海辺を
イメージする。だんだんと波の音が聞こえてきたので
私は言った。
「ワープ」っと。
「アリスー…はいないのかな?」
いないなら、ちょうどいい。帰ってくる前に作ろう。
ちょっと早いかもだけどシチュー寝かせればいいや。
使う食材をキッチンテーブルに一纏めに置いておく。
適当なコップに水が溢れるギリギリまで入れる。
「天の上の神様さん。空から我らが住む大地へと
授けてくれたこのコップ一杯の水。有り難く
使わせて頂きます。神の水よ。汚れ多きこの物を
清き物に…あっ、したまえ~。」
こんな長い呪文みたいなのを言い終えると
コップの中から全ての水が空中へと舞い上がった。
僕がその浮いてる水を見ながらテーブルの方を指指すと
水はシチューのために用意した野菜達を包み込んだ。
「神の水さん。あとよろしくお願いします。」
野菜が綺麗になるのを待ちつつ僕は残った
食材の牛肉の切り方に入る。あっ…そういや
忘れてた。再度コップに水を入れて
今度は違う呪文みたいなのを唱える。
「天で鍛えられた圧の力。その力で水を刃に変えよ。
そして切り刻め。水道水…いや神の水よ。」
これで野菜の洗いとカットは大丈夫だね。とっても楽。
牛肉だって一口サイズに切る分なら、そんなに時間は
かからない。量も四人分だから。ん?さっきから
水使って、よく分からない事してるなって?
それは僕が聞きたい。牛肉を野菜より先に炒める。
今日は何か油が凄い手に跳ねてくるから暑いし痛い。
「神の水さん。切り刻み終わったら、もう大丈夫だよ。
お疲れ様でした。」
「アリスさん。今日は結構拾ってきたんだな。
いつもより倍近く多いぞ?」
ゴミが大量に入った袋が乗っている計量計を見て
おじさんはそう言った。
「ええ。ちょっと頑張っちゃいました。」
今回は海辺だけでは少なかったから浜辺周辺を
歩いてると次から次へと見つかり見つかり逆に
大変だった。でもその分報酬はちょっと
期待出来るでしょう。計量が終わるのが楽しみ。
「ほいアリスさん。今回の金だ。特別にちょっと
ボーナスつけといたぜ。じゃあな。」
報酬を受け取り、おじさんに別れの挨拶をして
家へと歩く。おじさんの姿が見えなくなった事を
確認して、すぐに紙袋の中身を出して札を数える。
「これで10で…8、9、10…20!?」
1枚1000円の札が何と20枚。いつもより倍だ。
これは頑張ったかいがあったと言えるでしょう。
海辺にゴミを捨てるのは褒められた行いではないけど
私…アリスからしたら助かる。あのおじさんもだ。
ゴミ拾いで金を頂けるなんて他の人は思わないし
知らないだろう。本当に良い収入源だと思う。
多めに貰ったから、ちょっと買い物行きたいけど
我慢して、まっすぐ帰ろう。
「ワープ。」
ベランダに座って日向ぼっこ中…。シチューはあと
煮込んで寝かせるだけ~。アリス何時頃戻るのかな?
…ん?何さ画面の向こう側の人。
えっ?僕がどんな外見してるだって?
それとあの水は?
わかった…わかった言うって。面倒臭いな。
僕はだらしない格好って、よくアリスに言われる。
腕より袖が長いから指先まで隠れちゃうね。それと
僕の視線の高さは常にアリスの胸。だからって、ずっと
見てないよ。髪はショートって言って、色は…黒。
猫目でちなみに左目だけ緑なんだけど、これは
何故かは不明。パーカー大好きで結構着てるよ。
外見はもう良いよね?
じゃあ水の呪文みたいなのについてだけど、これは
生まれつき使えるだけ…それだけ。
「ワープ。」
目の前の庭にいつの間にかアリスがいた。まだ
シチュー煮込んでいる最中なのにな。
「はぁー…バッドタイミングな僕。…おかえりアリス。」
「ただい…もう夕食作っていたの?ミライヤ。」
うんと言う僕の横を通り抜け家に入ったアリスは
キッチンへ向かった。窓を閉めて僕もキッチンへ行くと
何とアリスがシチューが入ってる鍋の蓋を
触ろうとしていた。
「アリス?手洗わないと駄目なんじゃないかな。」
危ない危ない。アリスが石鹸を泡立てているうちに僕は
鍋に近付き蓋を取って中身を見た。アリスに
見えない様に。いい感じに煮込めてるので火を止める。
「ミライヤがビーフシチュー作るなんて久しぶりね?」
ぐっ…せっかく夕食直前まで秘密にしようかと
思ってたのに匂いでバレたか。悔しそうな表情を
しているであろう僕を見ながらアリスは笑う。今すぐ
食べたいだろうけど夕食まで寝かすからとアリスに
伝える。
「ご機嫌だねアリス。」
私に寄っ掛かる様に湯船に入るミライヤがそんな事を
言う。貴方がシチュー作ってくれたからですよと返す。
「それは分かるんだけど、ちょっとだけ腕緩めて?」
無意識に力強くミライヤを抱き締めてたみたいだ。
ごめんなさいと謝り両手から力を抜く。
「そう言えば聞き忘れていましたが、今朝ミライヤが
脱いだパンツの内側が結構濡れてましたが何か
ありました?」
「ん?…んー…!。」
身体を震わせながらミライヤは頬を赤らめていた。
もしや?と思い一つの質問をする。
「まさか昨夜変な夢とか見たんですか?例えば裸の
女性が出てくるとか。」
返答はなかった。まあミライヤも思春期だからね。
パンツについてはもう忘れよう。
風呂上がりのミライヤお手製
ビーフシチューが楽しみだな。