お見舞い
立派なお屋敷を前に立ち尽くして、私はゴクリと唾を飲んだ。
……ついに、来てしまった。
ブレイズ公爵邸に。
よし、行こう。
私は覚悟を決めて屋敷に足を踏み入れた。
控えていた執事に事情を説明すると、彼は変な顔をするでもなく、エヴァン様の部屋に案内してくれた。
「クローディア!?」
私が部屋に入るなり、ベッドに横になっていた彼はこちらに気付くと驚いた表情で体を起こした。
まあ、そうなるよね。
だって、シンシアが来るはずだったのだもの。
「シンシアは今朝になって風邪を引いて寝込んでしまったんです。だから、私が代わりに……」
「そう……」
花束を差し出すと、彼はありがとうと言って受け取った。
そして、なんともいえない沈黙が流れた。
執事は私を案内すると部屋を出ていってしまったし、気まずい。
「お体は大丈夫なんですか?」
「ああ、少し体調を崩しただけだから心配ない。別に君の顔が見たくなくて屋敷に行かなかったのではないから、気にしなくていいよ。あの日は僕も言いすぎた」
「!!」
「あの、あなたが謝ることはないんです、私が悪いの。ごめんなさい。指摘されたことが、図星だったからついカッとなってしまいました」
慌てて私も謝った。
今まで彼は屋敷で会う度に私に対して嫌味ばかりを言ってきた。
だから、私も彼が嫌いだった。
でも、今回のことで彼は悪い人ではないことがわかった。
だが、また沈黙。
私達が二人で話すことは滅多になかったし、こうなるのもしょうがないことだった。
シンシアと三人でお茶の時は、彼女が基本的に自分のことばかりを話しているため、私達はほぼ相槌を打つだけだったから。
故に、私はエヴァン様のことはほぼ何も知らない。
彼もそうだろう。
沈黙に耐えきれず、そろそろお暇します、と言いかけたその時だった。
バン!!!
「!?」
大きな音を立てて急に部屋のドアが開いた。
びっくりして音の方向を見ると、そこには、70代くらいの女性が立っていた。
年を召してはいるが、ピンと伸びた背筋や表情、顔つきには気品が窺えた。
若い頃には相当モテただろう。
とんでもなく美形のおばあちゃんだ。
しかし、誰だろう?私が首を傾げた時だった。
「おばあ様!!!」
エヴァン様が焦ったような声をあげた。
「えっ!?」
私も思わず声を上げた。
ま、まさか……
エヴァン様のご存命の祖母といえば、あの方しかいらっしゃらない。
「ヘンリエッタ様!?」
二人がこちらを向いたので、私は手で口を抑えた。
思いのほか大きな声が出てしまった、いけないいけない。
でも、それもしょうがない気もする。
この国、ローヴィリアは魔法国家だった。
だがそれは昔々のことで、今この国で魔法を使いこなせる人間は王族と、高位の貴族。
あと、これは大変レアなケースだが、先祖返りするものがいるのでその三つのケースのみだ。
うちも先祖は魔法使いだったらしいが、代を重ねるごとに能力が弱まり、今魔法使いは存在していない。
そして、ヘンリエッタ・ブレイズ様といえば、先の戦争で大活躍し稀代の魔法使いとして名を馳せたこの国の英雄だ。
国民で彼女を知らないものはいない。
そのくらいのすごい人物なのだ。
だが、彼女は表舞台には滅多に出てこないため顔はあまり知られていない。
「ああ、私がヘンリエッタだけれど……」
しゃ、しゃべったああ!
私は彼女がこちらを向いて言葉を発したことに感動していたが、彼女は私を見ると一瞬大きく目を見開き眉間に皺を寄せた。
……少し引かれてしまったようだ、それもそうか。
平常心、平常心。
私は大きく深呼吸した。
「それでおばあ様、どうされたのですか」
私達の様子を黙って見ていたエヴァン様が溜め息をついてヘンリエッタ様に問いかけた。
すると、彼女は私とエヴァン様を交互に見てにこりと笑った。
「可愛い孫の婚約者が見舞いに来ると聞いてな、私もお目にかかろうと思って」
……ああ、違うんです、ヘンリエッタ様。
私は肩を落とした。
彼の婚約者は私の妹なのです。
「彼女は私の婚約者ではないですよ。その姉のクローディア・ハワードです」
エヴァン様が私の紹介をし、妹が来られなかった理由を説明すると、ヘンリエッタ様は明らかに落ち込んだ様子だった。
ごめんなさい。
申し訳なくて、私も少し落ち込んでしまった。
「それはそうと、エヴァン、体調はどうなんだ?あのくらいの魔法で魔力枯渇を起こしてぶっ倒れるなんてまだまだだぞ」
魔力枯渇?
ということは、エヴァン様も魔法が使えるということだろうか?
私は初めて知ったし、多分シンシアも知らないことだろう。
お父様はどうか知らないが。
「おばあ様」
エヴァン様がヘンリエッタ様をじろりと睨みつけたことで、彼女は気づいた様子だった。
「おっと、これは秘密だったか。エヴァンは実は魔法が使えるんだ」
結構重要な秘密ではないだろうか。
私などに言ってしまっても大丈夫なのかな。
彼女は思ったより大雑把な性格のようだ。
「さようですか、このことは誰にも言いませんのでご安心なさってください」
「そうしてもらうと助かる」
エヴァン様が苦笑して頷いた。