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初恋の彼

 

「今日はやけに機嫌がいいね」


 変なものを見るような目を向けてくるエヴァン様に、私は失礼なと、返しはしたものの、内心上機嫌だった。

 今日も迷惑なことに2人とのお茶に誘われたのだが、誘ってきた当の本人であるシンシアはお母様に呼ばれて少し席を外していた。


 婚約が解消されてから今まではお父様がすぐに次の婚約者を見繕ってきていたが、私のよくない噂が広まっているのだろう。

 ひと月ほど経つが、私はフリーのままだった。

 よくない噂とは、多分疫病神とかそんな類のものだろうが、私に非は無いし、嬉々とその噂を主となって流している人物が誰か予想がついている。

 別に、それはもういい、諦めているから。


 私が上機嫌な理由。

 それは、指輪をくれた彼に会えたから、それに他ならない。


 二日前の事だった。

 侍女のイリーナと街を歩いている時に見つけた蜂蜜色。

 初恋の彼の髪色と同じ色。

 もうあの時の子供ではないのだし、正直彼と再び出会うことは奇跡に近いものだと分かっている。

 それに、私は貴族の子女であるから、出会えたとしても彼と添い遂げられることは不可能であろうことも。

 だが、未練がましくも私は街でごくたまに見かけるその色に目を奪われてしまうのだ。

 今回もどうせ彼ではない、そう思いながらもすれ違う時に彼の顔をちらと見た。


 すると、彼と目が合った。

 途端、驚愕の色に染まる記憶の中の彼と同じ空色の瞳。

 それを見た時、私もまさか、と思った。

 だが、彼の唇が私の名前を紡いだ。

 二人でその場に立ち止まる。

 突然止まった私を、イリーナが後ろから不思議そうに覗き込んだ。


「イリーナ、少し一人にしてもらってもいい?」


「え、お嬢様?」


「お願い、少しの間だけでいいから」


 頼み込んでイリーナとは一時間後に目当ての店で待ち合わせをすることになって、私は彼と向き合った。


「あ、あの、貴方は」


「ここではなんだから」


 そう言った彼に連れて行かれたのは、あの公園だった。

 同じ色彩、公園。

 顔は……うん、思い出の中の彼は恐ろしいほど整っていたけれど、私がただ勝手に美化していたのだろう。

 それか、成長に伴って……いや、失礼だから、これ以上はやめておこう。

 目の前の彼だって、不細工な訳では無いのだ、並である。


「やっぱり、あの時の……」


「覚えていてくれたんだね!」


 彼は嬉しそうに笑った。

 やっぱり、そうだったんだ!!!

 その時の気持ちは形容しがたいものだった。

 信じられなくて、でも現実で、私は言いようもなく泣きそうになった。

 私達は久しぶりに色々な話をした。

 指輪のことは言わなかった。

 彼も聞いてはこなかったし、私はもらったその日に妹に取られたなんて口が裂けても言えなかったし言いたくもなかったからちょうど良かった。


 一時間はすぐで、別れは名残惜しかったが、イリーナを待たせる訳にはいかない。

 私達はまたここで会う約束をして別れた。


 ―――……


「初恋の彼に会えたんです」


「はあ?」


 嫌っている妹の婚約者にこんなことを言うなんて、私もだいぶ浮かれていたらしい。

 彼はそれを聞いた途端、何とも言えない気の抜けた声を出した。


「もう会えないと諦めていたんですけれど、奇跡ってあるんですね」


「……へえ」


 彼の声がワントーン下がったように聞こえて、体がビクリと震えた。

 怒っているのかと思った。

 今の話で彼が怒る要素などないから、勘違いだろうけど。


「君って、しっかりしてそうに見えて結構チョロいよね」


「は……?」


「ちなみに次ってその彼といつ会うの?」


「エヴァン様には関係のないことですが……」


「いつ会うの?」


 有無を言わせぬ口調でそう言われ、私は正直に約束した日にちや時刻、場所を吐いてしまった。

 するとそれを聞いた彼は、大きな溜め息を吐いて疲れたような様子でのそりと立ち上がった。


「体調が悪いから今日は帰るよ」


「え、えぇ……?」


「シンシアにそう伝えておいて」


 それと、と彼が付け足した言葉が何故か私の胸にしこりとなって残った。


 ―――……その彼って、君の記憶の中の彼と、本当に同一人物なのかな?


 もやもやとした気持ちがが晴れないまま、約束の日が来てしまった。

 こんな気持ちで彼と会いたくはないが、行かなければ。

 今回イリーナには、私が彼と会っている間街での用事をすませてもらうことにした。


 公園に着くと、彼は既にベンチに座って待っていた。

 私に気付くと、右手を上げてにこにこと笑いかけてくる彼に私は一度でも疑いの気持ちを抱いたことを後悔した。

 そして、彼と話しているとたまに感じる記憶との差違を塗りつぶして見ないフリをした。


「クローディア、君にしか頼めないことがあるんだ」


「どうしたの?」


 真剣な表情をする彼に、私も思わず唾を飲んだ。


「あの、少しだけでいい。……お金を貸してほしいんだ」


「え……?」


 思考が停止した。

 その間にも彼はつらつらと言い訳を連ねた。

 彼はこの間再会して話した時に、あまり裕福ではないようなことを言っていた。

 しかし、これは……


「なあ、頼むよ。君は伯爵家なのだし、僕を助けると思ってさ。僕のことが好きだろう?」


 ……彼は、こんなことを言ってくるような人間だっただろうか?

 いや、きっと例え裕福ではなかったとしても私にお金を貸してなんてきっと言ってこない。

 自分で何とかしようとする、そんな人間だ。

  この人は、本当に私の初恋の人なのだろうか。

 エヴァン様の言葉が頭の中で浮遊した。


 私が無言でいるのを、彼はもう少し押せばお金を取れると思ったらしい。

 説得に段々と熱が入ってきていたが、私は反対に気持ちが冷めていくのを感じていた。


「お金は貸しません。失礼致します」


 きっぱり言い切って立ち上がった私に、彼は慌てたように私の腕を掴んだ。


「離して!!!」


「チッ」


 横から舌打ちが聞こえて、彼の空いた片方の手が私の頭の上で振りかざされた。

 殴られる、そう思って思わず目を瞑った。


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