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妹とその婚約者

 

「クローディア、聞いているのか」


「はい、お父様」


 眉間に皺を寄せたお父様が訝しげにこちらを見ていた。

 シンシアを見習えから始まるお父様の話の内容はいつも同じなので、右から左に流している。


「……まあいい、エヴァン様がいらっしゃっている。ご挨拶しておきなさい」


「はい」


 嫌な名前を聞いた。

 彼はまた我が家に来ているらしい、熱心なことで。

 私は思わず顔を歪ませた。


 ……エヴァン・ブレイズ公爵。

 シンシアの婚約者である。

 彼は若き敏腕公爵として名を馳せ、見目も抜群によく、引く手数多だろうに、とくに見目以外特筆したものもない伯爵令嬢であるシンシアに婚約を申し込んだ。

 お父様が彼女を見習えと言ったように、彼はシンシアに夢中、である。

 我が家には数日と空けず訪れ、2人の仲は良好。

 公爵ってそんなに暇なのかとも思ったが、頑張って仕事を早く終わらせたり暇を見つけては来ているらしい。

 私はそんな彼を得意としていないため、あまり会いたくないのだが。


 書斎を出ると、中庭に向かう。

 彼に挨拶をするためだ。

 蜂蜜色の髪がちらりと見えて、私はため息を吐きそうになるのを堪えた。

 どうやら、彼は今一人らしい。


「……エヴァン様、ご機嫌よう」


「ああ、クローディア。元気にしていた?」


 彼は端正な顔立ちに胡散臭い笑みを浮かべた。


「はい。エヴァン様もお元気そうで。では失礼致します」


 少し感じが悪いだろうがかまわない、目的を終えたので私はさっさと彼に背中を向けた。


「また、だって?」


 愉快そうな声が背中にかかる。

 なんの事かはすぐ分かった。

 どうしてこの男が知っているのだ。

 私はふつふつと怒りが沸いてくるのを感じていた。


「だからなんですか。エヴァン様には関係のないことです」


「君って本当に男運というものがないんだね」


「……っ」


 可哀想、彼がそう紡いだ時、私は思わず彼の方に向き直った。


「貴方はっ……」


「お姉様?」


 しまった。

 ふわふわとした金髪を風に靡かせて妹が歩いてきた。

 彼女が来る前にここを去ろうと思っていたのに。


「大丈夫なの?」


 その一言が全てを物語っていた。

 私の婚約破棄の件を彼に話したのはシンシアだ。

 心配げに私の顔を覗き込む彼女から顔を逸らした。

 その瞳の奥に、嘲笑うような色が見えた。

 彼女はいつもこうだ。

 私を心配して優しいフリをする。

 所詮フリなのだ、だが周りはそれに騙されて彼女は優しい、まるで天使だと持ち上げた。

 嫌い、きらいだ、この妹も、彼女を慕って私を馬鹿にするその婚約者も。


「ええ、心配ありがとう。では、私はこれで」


 今度こそこの場を去ろうとしたその時だった。


「ねえお姉様。私ね、お菓子を作ったの。よかったら一緒にお茶しない?三人で」


 最悪。

 握り締めた拳が震えた。

 私が嫌がるのを知っていて、言っている。

 婚約者を別の女に取られた私の前で、自分達の仲の良さを見せつけたいらしい。


「それはいい考えだ」


 彼が賛同した時点で、私の拒否権はなくなっていた。


 ―――――……


「本当にひどいわね!誠実な方だと思っていたのに!」


 話題は思っていた通りのものだった。

 シンシアは怒っているような口調でその件に関して追求し、私の傷口をぐさぐさと抉った。

 もうやめてほしかった。

 何故放っておいてくれないの。

 彼女は間接的に私を詰ることに、優越感を抱いてるらしい。

 口元がたまにひくついているのは、笑うのを堪えているせいだと、私は知っている。

 どうしてこんな分かりやすい女に周りは騙されるのか。

 私は目の前の男をじとりと睨み付けた。

 それに気付いた彼はまたにこと笑って見せた。


「それに比べて、二人はとても仲がよろしいようで、とても羨ましいです」


 ほぼ棒読みだった。

 だが、彼女は気付かなかったらしい。

 本気で照れている。

 馬鹿じゃないの、何だこの茶番は。

 気持ち悪い。

 早く部屋に返してほしいのだが。


「私達は早く結婚したいのですけれど、お父様とお母様がまだ寂しいから家にいなさいとおっしゃって」


 はじまった、自分は愛されてますアピール。

 シンシアは次女なのでエヴァン様のところへお嫁に行く。

 それが両親は寂しくて、まだ婚約期間中とそういうことらしい。

 イライラが頂点に達して、テーブルの上の彼女が作った焼き菓子を握りつぶしてやりたくなった。

 そう思うのも仕方がないだろう。

 怒りでふるふると震える私に、彼は、あっ、とさも今何かに気付いたかのように声を上げた。


「クローディア、そういえばベルが君を探していたよ」


 ベルとは侍女の一人である。

 このタイミングで言い出したということは私を逃がすための嘘だろう。

 忘れていてごめんね、としおらしく謝る彼に鼻で笑いそうになった。


「そうですか、では私はこれで失礼致しますね。エヴァン様、ごゆっくりして行ってくださいね。シンシア、お菓子美味しかったわ、ありがとう」


 早口でまくし立てるように言うと、私はその場を後にした。


 エヴァン・ブレイズ公爵は、私が幼い頃に会った彼に似ていた。

 初対面の時はとてもびっくりしたが、なんてことはない。

 彼もシンシアの信者だった。

 頻繁に妹に会いにやってくる彼と妹と、私は何故かお茶を共にすることが多い。

 それがとても憂鬱で仕方がなかった。


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