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回想3

 

 家に帰るといつも通り誰も私のことなんか気にしてはいなかった。

 使用人達は忙しなく働いていたし、お父様は書斎に籠っていて、お母様は刺繍をしていた。


 なのに、


「おかえりなさい!」


 シンシアが笑顔でてとてとと走ってきた。


「あ、ただいま……」


 挨拶を返すと、彼女の視線が私の左手に注がれているのに気付いた。

 まずい、そう思って視線から逃れるように右手を咄嗟に左手の上に被せた。

 だが、もう遅かった。


 私と同じ母譲りのアメジストの瞳がきらきらと不穏な光を宿していた。


「お姉様、そのゆびわきれいね、シンシアにもみせて?」


 ほらきた。

 ここからの展開は目に見えている。

 でも……


「いやよ!これは私のなんだから!」


「ちょっとみるだけじゃない!おねがいよお姉様!」


 おねだり攻撃が始まった。

 ちょっと見るだけ?

 それで終わるわけがないと私は今までの経験で知っていた。


「っいや!やめてよ!」


 玩具もお人形も、ドレスもアクセサリーも、お父様やお母様だって、あなたにみんなみんなあげるから。

 だから、これだけは―――……

 私は両手を後ろに回すと右手でぎゅうっと左手を掴んだ。

 見られたら、終わりだ。


 今まで彼女が欲しがって、手に入らなかったものはないのだから。


「ひどい……少し見せてと言っただけなのにっ、お姉様はいじわるだわ!!!」


 彼女は大きな瞳に溢れんばかりの涙をいっぱいに溜めて叫んだ。

 少しして、聞きなれた足音が近付いてくる。


「何事だ」


 声を聞き付けてか、使用人の誰かが告げ口をしたのか、お父様とお母様が歩いて来た。

 シンシアの顔が見る見る間に、ぱあっと明るくなったのが分かった。

 対称的に、私の気分は下降していくばかり。


「お父様!お姉様がきれいなゆびわを持ってるから、シンシアはみせてと言っただけなのに、お姉様はいじわるしてみせてくれないの!!!」


 お父様は私の方を向くと眉間に皺を寄せた。


「クローディア、見せてあげなさい」


「……っはい」


 私には肯定することしか許されていなかった。

 指輪を抜いて、右手の手のひらに載せるとおそるおそるシンシアの前にそれを出す。

 瞳を輝かせて指輪をまじまじと見たシンシアは、俯いて震える私の顔を覗き込むと満面の笑みで言った。

 それは、私が一番恐れていた言葉だった。


「お姉様、このゆびわ、シンシアにちょうだい?」


「い、いやよ!これだけはぜったいにだめ!」


 指輪を胸の前で握りこんで私は首を何度も横に振る。


「シンシア、新しいものではだめなのか?」


「これがいいの!」


 横から聞こえた溜息に私は体を震わせた。

 待って、待って、言わないで。


「……クローディア、お前は姉なんだから、譲ってあげなさい」


 頭が真っ白になった。

 結局父は絶対的な存在であったし、私は反論など出来るはずもなく、指輪はシンシアにとられてしまって、私にはあとから新しい指輪が買い与えられた。

 もちろん買ってもらった指輪は私には意味の無いものだったから、一度もつけたことはない。

 彼女はそれから私から奪った指輪を毎日身につけていたが、少しするとそれに飽きてしまったらしくいつからか身につけなくなった。

 それなら返してと妹に言ったが、あれはもうわたしのものだから、それにまたつけるもの、と言われ指輪は彼に貰ったその日に私のものではなくなってしまったのだ。


 指輪を持っていたらいつか会えると彼は言った。

 でも、それはもうとられてしまった。

 じゃあ、もう彼には会えないの?

 考え出したらキリがなくて、私は毎晩枕を濡らした。



 その日からだった。

 私が全てを諦めたのは。

 だって、全て彼女に取られてしまうから。

 執着は意味の無いことだと気付いたから。


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