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ブラック オブ ブレイド  作者: 夕月 遥
8/9

絆の歌

~~~



「いちまーい、にまーい……ふぅ」

 はてさて何度財布を見ても、どう数えたとしても今月の給料日まで持つような金額ではない。

 軽くて寒い自分の懐を恨みつつ、俺はどうこの状況を打破するかを思索していた。

 冒頭からクライマックスで申し訳ないが、ぶっちゃけ今の俺は窮地に立たされている。

 それは例えるなら合コンで知り合って口説こうとした女性が、実は自分が英語教諭として勤めている学園に通っている大学部の生徒。しかも教頭の孫娘だったとかで

『ああ、世間というものはこんなにも狭いものだな~。縁は異なものとは、上手く言ったものだ』

 などと恨めしく思っていた所へ追い討ちをかけるように自分の教え子にその現場を1000万画素のデジタルカメラに収められ、そしてそれをネタに脅されるくらいの窮地だ。

 ――ちなみに例えに聞こえなかったのであればそれは気のせいだ、そういう事にしておいてくれ。

 とにかく、この先の三度の飯はぅまぃ棒やヘビースター・ラ・メーンを煮込んだ物が良いかな、とか。

 はてまた学園の中等部や小等部の給食室にお邪魔して(俺が担当しているのは高等部)残り物をタッパに詰めてもらおうかを半日くらい考え込んだ末に、

『よし、残りの金で新しいタッパを買おう』

 などと自分でも情けなく思える決意をした所へ、救いの電話が入ったのだ。


 電話の相手は俺の元上司、国連軍の――名称や活動詳細すら詳しくは教えられない部署のお偉いさんからだった。

 ここでは仮称として『J』と呼ばせてもらおう。

 それから何故俺の前の現場が軍なのかも、ここでは省略させてもらうのであしからず。

 最も、いずれ語る時が来るかもしれんが。


 そして今、俺は朝っぱらから水練町駅前のホテルの一室でJの代理人なる人物を待っていたのだった。

 その1階部分ではドラマの撮影と称した元現場の――特に交流の無かった同僚や後輩、つまり『よく訓練された軍人』が警戒態勢に入っている。

 どうやら一筋縄ではいかない仕事になりそうだと肌で感じつつ、俺は先に部屋に来ていた顔馴染みに声をかける。


「で? 何でお前がここにいるんだ、ミオ」


「……たぶん。あんたと一緒よ」

「そうか」

 その部屋の中央にあるソファーに腰掛け、普段は支給される制服ばかりで滅多に着ないのを引っ張り出してきたような私服をなんとか着こなし――

 不機嫌なのか落ち着かないのか、はてまた両方なのか判別しづらい仕草をとっている女性が、そう応えた。

 滝谷たきたに みお。俺の元同僚で、今は水連警察署刑事課の警部を勤めている。

 いつもならこういう時は、こいつのことを『みおりん』などと呼んでからかいつつ落ち着く所ではある。

 のだが、全室に監視カメラや盗聴器がデフォルトのように設置されていそうなこの状況でそれをするのはどうかと思い、とどまっておく。

 と、ミオが入り口のほうを見る。それに合わせるように俺も入り口のほうへ向き直り、そして


 ――ガチャリ――


 と、ドアノブを回す音がした。

 キィと、少し控えめな音を立てながら姿を現そうとする人物。

 部屋へ迎え入れる準備をしようと立ち上がった俺達だったが、現れたのは意外な人物だった。


「…………」


「「え?」」


 俺とミオは同時に顔を見合わせる。小さな男の子がそこに立っていたのだ。なるほど、ノックも無しにドアが開くわけだ。

 見た目だいたい10歳前後。黒と茶と金を混ぜたような、それでも綺麗な色をしたボサボサの髪。

 白を基調とした子供らしくない正装、そして無愛想な表情のままでこちらに視線を向けている。

 部屋を間違えたのか迷子なのか。

 どちらにしろこういう事を対処するのにうってつけの人物、ミオにこの子を任せようとして、ミオも既に自分から男の子の相手をしようとして――


 俺は即座にドアの反対側、後ろの窓のほうへ向き直り、懐に忍ばせた銃に手を添えて臨戦態勢に入った。


 感じ取ったのは一瞬の殺気。防弾ガラスらしき窓が鈍い音を立て、一瞬でクモの巣状の大きな白い筋を窓一面に作る。

 そしてその中央から飛び出してきた『何か』を、俺は取り出した銃のグリップで弾き返した。

 銃の安全装置を外しながらふと、横目でドアのほうを見る。

 ミオはそのまま既に男の子の目と耳と口をふさぐようにして、庇いに入っている。

 そのまま俺は窓のほうへと向き直り、射的場の的のように広がるクモの巣の、高得点ど真ん中に空けられた小さな穴へと狙いをつける。

 目視で見る限りはギリギリ、弾が通るか通らないか。

 そしてトリガーに指を掛けた所で


「うんうん。やっぱり君達に任せるのが正解のようだね」


 と、声がした。聞き覚えのある懐かしい声。

 そこへ気の無い声を出しながら現れたのは顔馴染みの、やはり俺の元同僚だった。

 そいつはくるくると弧を描く先ほどの何か――ナイフを地面に落ちる前に受け取り、いつの間にか俺とミオの間に割って入っていた。

 一瞬の出来事、何処から現れたのかはすぐには俺にもわからない。

 そんな意表をついた登場をやってのけた人物は貼り付けられたような笑顔、整えられた顔立ち。ダークブラックのスーツ着用した青年。

 俺達の元同僚……K。

 Kの姿を確認した俺は銃の安全装置を再び掛けた、Kもナイフを収めミオも男の子を解放する。まったく、とんだ再会だ。

「さて、早速で悪いんだが君達を呼んだ理由を話そうか。あまり時間が無いんでね」

 ニコニコ笑顔のままソファーに座り、そう言いながら自分達もくつろぐよう促すK。

 まったく、だったらこんな真似するなっての。再会を喜びたいのはお前だけじゃないんだからよ。

 まぁ俺達の場合、グラスで乾杯しながらの再会なんて方が断然似合わないか。

「さて、と。まずは何処から話そうか」

「あの?」

 Kが会話を切り出そうとして、ミオがそれを遮った。

 ミオの傍らでは先ほどの男の子がミオの服の裾を掴んでいる。

 なるほど、この子をどうするか、この子に話を聞かれてもいいのか。そっちのが先だな。

 しかし、こいつがそんなことを考えていないはずもあるまい。つまり

「そうだね。まずはその子の事から話そうか」

 この、いかにも危険そうな予感のする仕事に、この子も一枚噛んでいる。という訳か。



~~~


 さて、今起こっていることをありのままに話そうか。

 今俺達は水練町から少し離れた人気の無い緑豊かな、もとい緑しかないような寂れた自然公園に来ている。

 ミオは拍子抜けしたのか何故自分なのか納得がいかないような微妙な表情で男の子――ルーチェの相手をしている。

 当のルーチェは無表情。

 いや、どちらかというと不機嫌な様子で俺達を無視するように自分の親友だと主張する元軍用犬であろうペットにエサをあげている。

 人間に換算すれば百歳近いであろう老犬の名前はラファエル。いかにも、というか今にも天に召されそうな名前だ。

 それにしても妙な雰囲気だ。見る人が見れば

『不穏な空気を感じ取っている子供と、もうすぐ離婚なので最後に子供との思い出作りに来た夫婦』

 みたいに邪推されそうな、そんな感じだ。

 もっとも、俺とミオがもうちょい歳をとっていたら。と仮定した場合の話だけどな。

 ちなみに話の展開が急だとか手抜きだと思う方もいるかもしれないが、Kとの会話の詳細内容は都合上というか軍事機密ということで勘弁してくれ。

 とりあえず話せる範囲で会話の要約をするとだいたいこうなる。


 ひとつめ。あの子の名前はルーチェ・リア・エルファルト、表向きは売れ始めた歌手の卵。らしい。


 ふたつめ。ルーチェは明日、水練町内で小さなコンサートを開く予定になっており、それまでの間とある連中からルーチェの命を死守するように。との事。


 みっつめ。なぜ『死守』なのかは、ルーチェが特殊な力を持っており、それが軍にとっても敵連中にとっても有益となるものだから。


 よっつめ。その間、K達はJの指揮の元、全勢力を持ってその敵連中の殲滅作戦を展開する。

 よってルーチェは別の誰かに預けなければならなくなり、俺達に白羽の矢が立った。


 いつつめ。この任務に当たるに際し、報酬とは別の軍資金と任務終了までの発砲許可証および限定殺人許可証が俺とミオに渡されている。

 ちなみに退役軍人に対してこの措置は俺の知る限り異例ともいえる。


 おおむねこんな感じだろう、他の事については必要とあれば話そうと思う。

 さて、Kとの再会を終えてすぐ、俺とミオの頭にはこの任務を手伝ってもらうのに打ってつけの人物が描かれていた。

 攻守共に異常なほど優れた戦闘力を持ち、また、その外見や口調からは想像出来ないにもかかわらず子供の相手すらも何故か上手いという、謎だらけの完璧超人な学生。

 そして俺の教え子の一人にして天敵にして歩くルール・ブレーカー。俺が顧問を務める同人研究会所属。

 もはや俺も何を言っているのか解らなくなりそうだが、そのくらいこいつについては特筆すべき事が多すぎるのだ。

 その人物の名は、月神つきがみ 九龍くりゅう

 そして、俺は気が進まないながらもそいつに連絡を取りつけようとして――


「あ~……その、なんだ。九龍か? 実は――」


『断』


 ――と、『る』が聞こえるか聞こえないかの内に携帯の電源を切られてしまった。

 電話の向こうでけたたましい騒ぎが聞こえてきた当たり、向こうは向こうで大変なのだろう。

 そんなことを手伝うくらいならこっちを手伝ってくれ!

 ……と頼めればいいのだが、生憎と、九龍の気まぐれに口を挟むだけの勇気と命の覚悟を俺は持ち合わせていない。

 ヘタレと呼ぶなら呼べ、慣れている。畜生。

 ともあれ、頼みの綱を一本失った俺達は周囲の警戒をしつつも、ルーチェの我侭に付き合う事となった。

 まったく、ホテルで大人しくしてくれればこちらとしても嬉しかったのだが、このVIPなお坊ちゃんはそうはさせてくれそうになさそうだった。

 まず手始めに『遊園地に行きたい』などと言い出し、そんな物はこの水練町にはないと再三の説得の末、この自然公園で我慢してもらっている。

 この分では、この後々どんな気苦労が待ち受けている事やら。まったく、胃が痛くなりそうだ。

 うん? そういえばこの状況、俺の知り合いとどことな~く似ているような……



~~~


 さて、九龍に情け容赦無く一刀両断で切り捨てられた俺が公園のベンチでこれからどうルーチェの相手をするかの脳内作戦会議を開いていると、聞きなれた鈴を転がしたような声がした。


「あ、あの。矢島先生? どうかされたんですか? 再婚相手の連れ子さんと上手く馴染めずに途方に暮れてる父親の顔になってますよ」


 ちょっと待て、そういう見解に至るとは思わなかった。じゃなくて

「ん、四季野か」

 見るとそこには両手を組み、紙袋一杯に荷物を抱えた俺の顔見知りが立っていた。

 腰まで届きそうなほどの長いストレートな黒髪を揺らし、ミオでは絶対に着こなせないであろう清楚なロングスカート姿。

 俺の教え子、クラスのまとめ役。四季野しきの 夏羽なつは

 いかにもぽやっとした箱入り娘のお嬢様風――実際、この町旧家のお嬢様――なのだが、それで終わらないのが四季野だ。

 アフタースクールに弓道部に顔を出して入学時から続く連続命中記録を更新してると思えば、吹奏楽部の臨時メンバーを見事に努めるなど、文武を問わずのマルチタレントぶりを見せている。

 さらにヘルプの無い普段は普段で、九龍や別の俺の教え子にして同人研究会部長、相馬そうま 志保しほと行動を共にするというアクティブな一面を持っているあたり、なかなかに侮れない。

 だがそれも四季野のほんの一面でしかない。もう一つの意外な一面はなんといっても勘の良さだろう。

 四季野の実家がこの町に古くから伝わる神社で、時々そこで巫女の手伝いをしているからその辺が関係ありそうだが、その辺はさて置いておく。

 とにかく、四季野の霊感というか察しの良さは占い師としても成功を収められそうなレベルなのだ。

 実際、俺は九龍と連絡を取るためにミオやルーチェとは少し離れた位置に居る。四季野の方も、まだミオ達には気付いていない様子だ。

 にもかかわらず、上記のようなセリフが出てくるのだから本当に侮れない。

 さて、十分なポテンシャルを持った教え子を目の前に、俺は今回の仕事を手伝ってもらおうかどうか一考して……ものの数秒で諦める事にした。

 さすがに九龍はともかく、九龍が手伝ってくれるのならともかく、良家のお嬢様たる四季野をわざわざ危険な目に遭わせるわけにもいくまい。それに……

「九龍達に差し入れか? 四季野」

 ぱっと見た紙袋の中身は、いかにも九龍や相馬が好みそうな菓子や軽食が詰められていた。

 どうやら今ここで四季野に手伝ってもらうと、後々あの二人の抗議を受けかねないようだ。

 どんな些細な事であれ、あの二人を敵に回すのは俺のクラス、いや学園全体で考えたとしても、あいつら以上に敵に回したくない人種はいないだろう。

 最も、それは目の前のお嬢様にも当てはまりそうだ。たぶん四季野を含めたあの三人を敵に回すぐらいなら、学園長やPTAとかを敵に回した方がはるかにマシだ。

 これは比喩ではない、俺のクラスでアンケートを取れば全員の賛同を得られる自信がある。なんか嫌な自信だが。

「ええ。お二人ともかなり追い込んでいるようなので、少しばかり……」

 いやいや、それは十分に有難いとも言える量だぞ。俺なら一週間分の食料にする自信がある。

 まったく、九龍とは逆の意味での完璧超人だな、四季野は。

「それで、矢島先生はいったい何を?」

 聞かれて、俺はミオ達を指差し「子守を頼まれた」とだけ答えておいた。別に嘘は言ってない筈だ。

 そして四季野はラファエルと遊ぶルーチェの姿を見るなり(良い意味で)ゾッとしそうな、背筋の凍りそうな笑みを浮かべる。

「そうでしたか、それでは私はこれで失礼します――矢島先生、あの子に良くしてあげてくださいね。多分あの子、不安で一杯でしょうから」

 それだけを言うと、四季野はこの場を去っていった。

「わかってる」と答え、俺もミオ達の所へ歩き出す。にしても四季野……一目でルーチェが置かれた状況を察せるとは。

 あの場所を離れたとたん体感気温が1℃ほど上昇したのは、気のせいだという事にしておこう。

 あとついでに、四季野に何か誤解されてない事も祈る。



~~~


 俺がミオの所へ戻った後もずっと、ルーチェはラファエルの相手をしていた。

 ……こうしてみれば、普通に子供が老犬とじゃれている図にみえるんだがな。ラファエルが元軍用犬だということを考慮しても、だ。

 さて『昔取った杵柄』とはよく言ったもので、軍を退役したとはいえ俺は広範囲に渡って拳銃の引き金に手を掛ける音や火薬の匂い等を嗅ぎ付け、即座に反応出来る自信がある。

 そして俺が索敵出来る範囲で、そんな敵意を得られるものは感じられなかった。だが、考えてみればそのスキルはミオにも備わっており、どうやら俺は別の範囲を警戒するべきだったようだ。

 即ち、


『クキエェーーーーーッ!』


「ちぃっ、上かよっ!」


 突然響く悲鳴のような騒音。それが聞こえてきたのと同時に見上げた空から見えたのは、目視でたいたい全長4~5メートルはありそうな大怪鳥が降下してくる姿だった。

「え、えっ?」

「っ! 何、この声。どこから……」

 完全に頭上から聞こえてきたであろうミオ達は、どうやら何処から響いてきた声なのかすぐには解っていないようだ。

 降下し、そのままルーチェの肩を鷲掴みにして飛び去ろうとする物の怪に気づいたのは俺と――

「ぐおぅ!」

 ラファエルだけだった。すぐさまラファエルはルーチェの肩に上がったかと思うとそのまま真上に跳躍し、迎撃に打って出た。

 一方のルーチェはラファエルとは逆に、反動でその場にへたりと座り込む。

 匂いで解ったのか長年の勘か。とにかく、ラファエルがとっさに怪鳥とルーチェの間に割り込んだおかげで奴の奇襲作戦は失敗に終わる。

 それに向こうが気付いた瞬間だろうか、相手は翼を打ち空へとって返した。

 怪鳥が一度距離を取った為、飛びかかったラファエルの爪が空を掻き、ラファエルは地面へと落下を開始する。

 それを確認した俺は支給されていたブラックホーク四四マグナムリボルバーを――なんでそんな凶銃が支給されるのかは気にするな――懐から取りだした。

「テメェの血は何色だぁーーっ!」

 銃は他にもいくつか支給されたが、今回こいつを選んだのは流れ弾の行方を気にする必要がなく、相手を倒す事だけに集中出来るからだ。遠慮なく撃ち込める。

 あ~、こんな事になるんだったら銀の銃弾シルバー・ブレッドも支給してもらえばよかったな。どうせ経費は向こう持ちなんだし。

 そんなことを頭の片隅で考えながら俺は合計5発。残弾1になるまで怪鳥のササミとかモモとか胸肉辺りを狙い、上空への片手撃ちを決める。

 それにしても、腹減ってきたな。別にアレを食べたいとは思わんが。

『クィーーッ!』

 銃から発生した轟音よりも早く、怪鳥の胴体横数ミリを掠めた一発が一瞬遅れでその体を僅かに裂いた。緑と紫と青と黒を足して白を引いたような色の血飛沫がした。うげ。

「こんのっ!」

 それからワンテンポ遅れて敵の姿を確認したミオも、ルーチェに近づけさせないよう守りながら反撃に入る。

 こっちはふだん使い慣れた自動小銃を使用しているようだ。よし、ミオはそれでいい。奴を狩るのは俺の役目だ。

 静寂に包まれていたはずの広い公園内に、どごぉーん、とか、ぱん、とかの発砲音が響く。その数は十回にも満たない程度だが。

 そしてラファエルはルーチェの傍らで、自らの主の守護を最優先にするかのように待機していた。

 それら一連の動きが一通り済むころ、怪鳥はふらふらとその辺の樹木に向かって降下した。

 そして幹にぶつかる直前に、怪鳥の背から人影が飛び出し地面へと降り立つ。

 明確な敵意、殺気を剥き出しにした状態で……



~~~


『………………』

 声だか音だか解らないものを口走りながら、そいつはこちらへと向かって来た。

 不気味に笑う西洋でも和風でもない仮面を付け、怪しげなローブをまとっている。

 僅かに見えるその肌は褐色で、なにやら干からびて見えた。

 歳は俺より食ってそうだが、体格そのものは小柄でルーチェとたいして変わらない。

 あの様子だと、対して重い武器は持ってないだろう。さぁ、どう来る。

 といっても、こちらには待つ義理も義務もない。

 怪鳥がぶつかった木が直線上にあるのを確認して、俺は片手で構えたブラックホークの引き金に指を掛けてその残弾を0にする。

 その瞬間、小さな暴風が吹き抜けた。

 多分後一秒足らずでこの公園の木が一本駄目になるだろう。すまん、請求なら国連軍に頼む。

 あと、そのころにはどでかい怪鳥が樹木の下敷きになってると思うがそっちの処理も願うとしよう。

 ちなみに今撃った銃弾は相手に狙いは定めていないし、もとよりコイツを当てるつもりはない。一応、威嚇射撃のつもりだからな。

 そして弾切れの銃を持つ理由は無い、せいぜい盾として使うぐらいだ。

 最も、そんな気などサラサラない俺はブラックホークは手から放してその反動のままに後ろへ飛ばす。

 どのくらい飛んだのかは見ていない、多分数メートルだろう。

 最初から空いていた手は既に次の銃を用意しており、俺はその銃に持ち替える。相手は俺の起こした暴風で一瞬、態勢を崩していた。

 安全装置まで外し終え、俺が装備したのはM4自動小銃・二重ドラム式百連発弾倉付き――なんでそんな(以下略)――だ。

 ついでにどうやって隠し持っていたのかも伏せておく。

「こいつでゲームオーバーだ。コンテニューならねぇぞ、クレジット・ゼロだ」

「いや、金が無いのはアンタの方でしょ」

 それを言ってくれるな……みおりんよ。つーかなぜ知ってる。いつものことだからか? それはそれで情けないな、俺。

 ともあれ、俺は奴に銃口を向けたまま睨み合う。

 俺たちの言ったことが通用していたかどうかを別にしても、ハチの巣になるかどうかのこの状況がわからないほど相手もバカじゃないだろう。

『………………』

 前言撤回、結論から言おう。あいつは“バカ”だ、この状況下でもまだルーチェを狙って来やがる。

 しかも相手が手にしたのは旧式の手榴弾。強い衝撃でも簡単に爆発しそうなシロモノだ。

 一体そんなもんでどうする気だ、ソレをこっちに投げても100%、空中で打ち落とす自信があるぞ、俺とミオには。

 だが、それに一番反応したのはラファエルだった。

「ぐぁぅ!」

「ラファエル?!」

 これまでルーチェのそばを離れようとしなかったラファエルはルーチェの制止を振り切り、どういうわけか突然の猛ダッシュを始める。

 だが、その最終目標はどうやら右手に持つ手榴弾ではないらしい。あっというまに食らいついたのは逆の左手だった。

 熟した果実をもぎ取るように、ラファエルの牙によって食い千切られポトリと落ちる奴の左手。

 その落とされた手が握っていたのは……袋?

 そして奴はその左手へと手榴弾をぶつけようとして――ぱん――それが――ぱん――適うことは――ぱ――ドムウゥゥゥン!――なかった。

 奴の手が振り上げられた時、ミオが奴の右手首を撃ち、その手を手榴弾ごとはるか後方へ弾き飛ばし、それを爆破処理していた。

『……?…………』

 どうやら相手は何が起こったか理解できてないようだ。もっとも、俺もどうしてミオやラファエルがこんな事をしているのか、わかりかねていたのだが。

「気を付けて。多分それ、毒か何かよ」

 ああ、なるほど。その言葉で俺は一瞬で理解した。俺達に近づいての粉塵爆発――なるほど、それが狙いだったのか。にしてもなんっつーアナログな自爆を仕掛ける奴だ。

 いや、自爆じゃないのかもしれないな。もしかしたら神経をマヒさせるとか操るとか、そういった類いの物かもしれない。もしくは……

「薬物か」

 そう考えるとラファエルの行動にも納得がいく。こいつが警察犬のような訓練を過去に受けていて、その経験から危険を感じ取ったとしても、なんら不思議ではない。

 ともあれ、どうやらこれで完全にゲームセット。もういいかげん打つ手などあるまい、右も左も。な。

『…………!……』

 ひたすらうろたえる仮面の男(?)。そしてそいつの捕獲にはいるミオ。ラファエルもいつの間にかルーチェの足元に張り付いている。

 と、その時。俺の携帯が鳴った。ディスプレイには非通知どころか不明、アンノーンと表示されている。一体どんな連絡手段だよ、おい。

「はい?」

『あ、もしもし? 俺おれ、オレだよ』

 どこまでもうさん臭い声とイントネーションとシチュエーションだな。だが、その声は聞き覚えがあるぞ、俺は。

「Kか」

『うんそう。でさ、オレ事故っちゃって――あ、冗談だよ冗談。ジョーク。日本で流行ってるって聞いて』

 だとしたら一度お前の部隊は情報収集担当者を考え直す必要があるぞ。

『うん。孝助の言う通り、そうかもしれないね。そっちへ一匹逃がしたのは僕らの不手際、誤算だったよ。本当なら君達は保険であって、手を煩わせるつもりは無かった』

 一匹……か。しれっと言う奴だ。にしても結局アレは何物だったんだろうな。ま、いいか。どうでも。

『ともあれ、こっちはミッションコンプリートだよ。少なくとも君たちが戦うことはもう無いと思う。それを一応報告しておこうと思ってね』

 殲滅終了って事か。やけに早いな、あれから半日くらいしか経ってないぞ。

『そうだね、僕もそう思ったよ。持久戦になると思っていたんだけどさー、向こうが……』

 いや、どこで何をやってきたのかまでは聞きたくないがな。この後に食う飯が不味くなりそうだ。

『そう? 君たちに武勇伝を聞かせられないのは残念だな。まぁいいや、それじゃ引き続き明日のコンサートまでその子の相手、よろしくねー。大丈夫、ここからは僕たちも――』


 ――視てるから。


 その言葉と共に携帯が切れる、一応着信履歴を見てみるが通話記録はされていなかった。どういう仕組みだよ、ホント。

 だが、それよりも驚いたものが別にあった。

「……あ、え?」

 あっけにとられるルーチェやミオをよそに、ぞろぞろとボランティアの清掃員っぽい格好をした連中が公園に訪れる。

 そしてそいつらは無言で落ちた手首やら、変な色の液体を流すどでかい鳥の片付けをやらを始めた。

 それから仮面野郎もうこれでいいやにいたっては、影も形も無くなっていた。あー、怖い怖い。

 ちなみにそいつらの顔が今朝方ホテルのロビーで見かけたのとそっくりだったのは今更言うまでもないだろう。


 結局、Kの姿だけは見かけなかったが。



~~~


 数十分後。

 軽く焦げた上に芝生をえぐるように作られたクレーターや一部分が不自然な色した切り株がある以外、一応の平穏を取り戻した公園のベンチで俺とラファエルは互いのパートナーを待っていた。

 日は既に落ち始め、夕焼け空がいっぱいに広がっている。

「よう、ラファエル。命令とはいえ大変だったな、お互い」

「…………」

 返事はなかった。ラファエルは地面にあごを乗せたまま、まったく動こうとしない。ただ俺の問いかけに否定そうな眼をこちらに向けていた。

「ん、そうか」

 なんかしらんが俺は疲れていた、それにかなり腹も減っていた。

 ラファエルだって最後にかじったのが仮面野郎の手首では可哀想だ、早いとこ別な物を口に入れたいだろう。

 そんなわけで今、ミオとルーチェは何か食べる物を買いに行っている。まるでピクニック気分だ――国連軍の監視がついてはいるが。

 あーっ。こんなことになるんだったら、夏羽が持っていた差し入れをダメモトでたかっておけばよかったかもな。

 さて、最初はミオ達の買い物についていこうとしたラファエルだったが、ルーチェの『待て』の一言でこの場でじっと伏せている。

「どうだ? ラファエル。目の前に食べ物が無いのにおあずけをくらっている気分は」

 俺は慣れてるぞ、でもそんなの嬉しくねぇ。

「…………」

 そしてやはり、ラファエルは無言でルーチェの帰りを待っているのだった。

 なんか空しいな……いや、別に喋るとかそういうのを期待したわけじゃないぞ。


 俺がラファエルやルーチェと出会って間もないというのもある。

 が、例えそうだったとしても、俺はこの時に気付くべきだったのだろう。

 ラフェルの異変に……


「ほら、ラファエル。ご飯だよ」

 買い物から帰ってすぐ、ルーチェは必死にラファエルへのご褒美を渡そうとしていた。奮発して高めのビーフジャーキーを買って来たらしい、贅沢な事に。

 だが、ラファエルの方はどういう訳か、いつまで経ってもなかなかそれを口にしようとしなかった。

「ラファエル?」

「くぅん……」

 すまなそうな眼をしながら口をつむぐラファエル。だが、その視線は誰もとらえてないように見える。

 そんな中、ルーチェは無理にでもラファエルに食事をさせようとしていた。

 だんだんと夜の影が差し迫る時間帯。ミオはサンドイッチをくわえながら、俺はおにぎりをほおばりながら、その様子を見ていた。



~~~


 こんな言葉を知っているだろうか。




  子供が生まれたら犬を飼いなさい。


  子供が赤ん坊の時、


  子供の良き守り手となるでしょう。


  子供が幼少の時、


  子供の良き遊び相手となるでしょう。


  子供が少年の時、


  子供の良き理解者となるでしょう。




 多分この言葉は、ルーチェとラファエルが過ごして来た日々にも当てはまるのだと、俺は思う。

 ただ側に居たからとか、命令だからとか、そういうのを抜きにラファエルとルーチェは互いを必要として、良きパートナーと認めていたはずだ。

 何も口にしようとしないラファエルを、ルーチェはしきりに心配していた。

 俺とミオは最初、ラファエルはただ疲れているだけだと思っていた。

 だが、ルーチェの不安は次の日には現実のものとなってしまったのだ……


 実は、先の言葉には続きがある。




  そして子供が大きくなった時、


  自らの死をもって、死の悲しさ、


  命の尊さを教えるでしょう。




「ラファエル……っ。ラファエルっ!」

 多分ルーチェにとっては――否、俺やミオにとってもそれは突然の出来事だった。

 老衰か……いや、それともあの時に変な物を嗅いでしまったのか。どちらにせよ、失った時間は戻りはしない。

 それを思い知らせるように――



 ――二度とラファエルが目を覚ますことはなかった。



 それはコンサート当日の朝の出来事。まだ子供のルーチェにとっては、なんとも酷な今生の別れである。

 そして、戦うだけの俺たちに出来ることは幾分も無く、悲痛なルーチェの姿を見守るだけだった。

 元気が無かったとは言え、昨日の夕晩まではルーチェに寄り添っていたラファエル。

 せめて眠ったまま楽に逝けたのならいいのだが……




~~~


 とうとう開演の時間が来てしまい『本当に大丈夫なのか? ちゃんと歌えるのか? あいつは』と、俺が考えるのはそればかりだった。


  (~~~♪)


「へぇ、さすが歌手の卵よね。あ、表向きは……だっけ? まぁどっちでもいいや」


  (いつからなのかな……)


 それが杞憂に終わることを祈りつつ、俺とミオはルーチェの歌に耳をすませる。


  (その始まりを)


 真っ暗闇のステージに刺す一条のスポットライト。その中で今、ルーチェは歌っている。


  (僕は知らない)


 確信に近い推測ではあるが、これは自分の親友にして恩人、ラファエルへのレクイエムだろう。


  (気がついた時には)


 静かに流れるルーチェの声。観客中に広がる、機械越しでない肉声。


  (君はそこにいた)


 淡々と、読み上げるようなアカペラなのに何故だか心が落ち着く。その感情が、小さな波紋の様に観客の中に広がりまた、静かな水面へと変化する。


  (いつだって君は)


 おそらくこの会場に集まった人間全員が同じ気持ちになっているだろう。それだけの一体感が、確かに感じられた。


  (僕の側にいた)


 一つ、また一つと波紋が生まれ水面が生まれる。


  (いつまでもいっしょだと)


 そしてそれが広がり切るころ、曲が一区切りを迎えるころ。ルーチェは振り返り暗闇に向かって合図を出す。なんだ? 何をする気だ、あいつは。


  (そう 思ってた)


 そして、合図とともに今までとは方向性が完全に事なる。だが、それは全くと言っていいほど悪く無い。むしろ不思議と心地の良い、軽快なBGMが流れ出した。


  『旅立ちの朝』


 それに合わせてルーチェもまた歌い出す。本当に……何が起こる?


  『君は教えてくれた』


 そして歌い出しが終わった時、今までルーチェ以外が暗闇に包まれていたステージに明かりが灯る。


  『離れていても』


 そこで俺が見たもの、ルーチェの後ろでBGMを鳴らしていたのは――外でもない。


  『それは変わらないと』


「く……九龍?!」


  『本当のいっしょ』


 さらに脇にはフルートを構えた四季野もいる、相馬もピアノの腕を奮っている。どうなってるんだ、こりゃ? 楽器の組み合わせからして滅茶苦茶――


  『心の絆』


 ――でもなかった。全ての声と音が出揃って尚、この会場に広がる一体感と高揚感は収まる様子がない。予定調和のように高鳴り続ける。


  『僕たちだけの』


 本当にどうなってるんだ……これは。


  『確かな約束』




~~~



 夢――それも白昼夢って奴を、俺は見ていた。


 一人、また一人と倒れて逝く仲間たち。


 使われることのなかった弾薬と、携帯食料。そして友の思い。


 それらを引き継ぎ続け、修羅の如く戦いに明け暮れたあの日々。




 なぁルーチェ……お前はラファエルから何かを貰えたのか?




~~~


 やがてルーチェの――いや、ルーチェたちのコンサートが終わり。舞台は幕を下ろした。

 そしてありきたりで差し障りのない、多分軍が捏造したであろうルーチェの自己紹介と九龍たちの舞台あいさつを聞き飛ばし、俺とミオは関係者控え室まで先回りする。

 初めて会った気のしないスタッフに挨拶をして待つこと数分。そこには、満足気味な疲労感をもったルーチェの姿があった。

 そして勿論、俺の教え子たちの姿も……


「で、よ……なーんでお前らがあの舞台に立ってたんだよっ! ええ?! 九龍」

「なぁ、やっちゃん。開口一番がそれ? 他に言うことがあるんじゃねーの?」

 っとと、そうだったな。俺としたことが。

「お疲れさま、ルーチェ。素晴らしい歌声じゃない」

 ミオに先を越され、続けて俺もルーチェに労いの言葉をかける。

 あんなことがあってなお立派に歌い切ったルーチェは、やはり無理していたのか、心なしか窶れているように見えた。

「……結構大変だったんだぜ、泣き虫ルーチェを舞台に立たせるのは」

「とてもそんな口調には聞こえないがな」

 ルーチェたちに聞こえないように気をつけながら、九龍が話しかけて来る。舞台上で演奏してた時とは、まったく別人のような雰囲気だ。

「だがよ、九龍。別に無理矢理って訳じゃないんだろ?」

「ああ。最後には自分の意志で舞台に上がったよ、俺も練習が無駄にならずにすんだ」

「ったく……どんな手品を使ったのか教えてもらいたいもんだ」

 本当、子供の扱いに慣れた――待てよ?

「なぁ九龍。お前、ルーチェと知り合いだったんなら、別に俺がルーチェの護衛をする必要はなかったんじゃねーのか?」


「は? んなことしたら、やっちゃん干上がんじゃねーの?」


 ………………


 …………


 ……


 訂正。こいつは子供だけじゃなく、人間の扱いに長けているらしい。

 どうやら俺は九龍の掌の上で踊り、そこでルーチェの我儘に付き合わされていたようだった。

 そうだよな……俺だって九龍の存在を、そしてこの町に住んでることを知っていれば九龍に頼む。その方がより確実だからな。

 かつての同僚だからというそれだけの理由で、その差分のリスクを軍が背負い込むとは到底思えない。

 だが、こいつは――

「なぁ九龍。俺がしくじるとは考えなかったのか? 自分が動いた方が確実にルーチェを守れると思わなかったのか?」

「ん? おいおいやっちゃん、過ぎたことは考えるだけ無駄ムダ。現にルーチェが生きてるんだから、それでいーじゃねーか」

「そうか……」

「ま、あえて言わせてもらうならその為の澪姉ぇだったんだけどな」

「ラファエルの事は?」

「……こればっかりはなー。さすがの俺も老衰じゃ仕方ない、としか言いようがねーよ。もともとルーチェがラファエルと最後の思い出作りをしたかっただけみてーだし」

 ちっとばかり予定はくるっちまったが――そう付け足して、九龍は部屋を出て行った。それを見た相馬と四季野が後を追う。

 そして、四季野が部屋を出る前に一度だけ振り返り『ルーチェくんや先生たちのこと、それなりに心配してたんですよ』と、小声で言ってた気がした。

 それは四季野や相馬の話か、それとも九龍がか? と聞く前に扉は閉められ、部屋に残されたのは俺とミオ、それにルーチェの三人だけとなる。




 そんな中、いつの間にやら控え室のソファーで眠るり始めたルーチェの寝顔は、なんとも安らかなものだった。




 まるで長年付き添った相棒が、すぐ側にいるかのように……









おしまい













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