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ブラック オブ ブレイド  作者: 夕月 遥
5/9

ツンデレ少女と黒い玉 中編

◇◆◇第二部・学園編◇◆◇


 青空広がる鳳徳学園。一見すれば穏やかに見えるのですが、教室内はというと朝から奇怪な噂で持ちきりでした。

 飛び交いながらも最終的にわたくしの所へと持ち込まれる話の中から憶測や推測、つまり増えたと思われる尾ビレや背ビレを取り除き、事実らしきものだけを拾ってみた所、分かったことは次の通り。

 なんでも昨晩、この水練町のどこかに赤く燃える隕石のような物が落ちてきて、直後、その場所周辺から何やら不気味な叫び声が聞こえてきたそうです。

 もしもこれが妖怪の類いの仕業であるのならば、わたくしも日神神社に使える者――四季野 夏羽として何か手伝えることがあると思うのですが、さすがに相手が宇宙人でしたりすると、わたくしには手の施しようがありません。

 それにどうやら目撃した人達の中には『恐怖の大王が遅れてやって来た』なんて思い込んでる方もいるとか。

 これはどうしたものかと九龍様に相談しようとも思ったのですが、どうやらまだ学園に来ている様子は無し。

 そうして探しているうちに、相変わらずのヨレたスーツを着こなした矢島先生に声を掛けられたのですが……

「うお~い、おいおい。なあ、聞いてくれよ四季野。昨日はもう散々でよう――ん、九龍か? そういや昨日夜遅くに見かけたが……いや、もうその話も込みで、なんつーかな」

 いつのまにかわたくしの方が相談役になっているようでした。いえ、まあ、わたくしの用件は後回しで別に構わないのですが。

「昨晩矢島先生に起こった事の顛末はだいたい分かりました。が……なんと言いますか、御愁傷様です」

「まったくだ。一緒にいた変な女にはストーカー呼ばわりされるわ、気が付いたら朝日が昇ってるわでよ、結局アイツのせいで他に借りるアテを探す時間無くしたし。俺、これから一体どうしたらいいのやら」

 たぶん話を聞く限り、自業自得5割、犬に噛まれたと思うべき事故5割だと思います。

「いえ、それよりも矢島先生。九龍様と一緒にいた女性とは何者なんですか?」

「あれ、四季野? もしかしなくても、俺の事情 < 九龍の連れ、的な優先順位?」

 ええ、まあ……今は矢島先生の日常よりも噂の解明よりも、そちらの方が大事かと思いまして。

「四季野ん中じゃ俺の苦労は事情じゃなくて日常のカテゴリに入ってるのかよ……まあいい、とりあえず女の方は知らん顔だったな。見た目は四季野と同い年っぽかったが」

「つまり、少なくともこの学園の生徒ではない可能性が高い。ということですか?」

「まあな。とりあえず見た感じは四季野3、相馬7の比率で混ぜてツインテールを足してみた。ってところなんだけどなあ」

 それはまた想像に難いような優しいような例えですね、それは。

「その女性ですが、何か……例えば今起こっている事件の依頼人という可能性は?」

「そこまではわからん。姿を見たといっても一瞬みたいなもんだったから。つーか事件なんて起きてたのか?」

「ええ。実は――」

 と、今学園内で流れている噂を話そうとしたところで予鈴が鳴ってしまい、わたくし達は共にホームルームの準備に向かうことにしました。

「っと、もうそんな時間か。そんじゃ、後でな。四季野」

 そんな言葉を残して矢島先生は一旦職員室へ戻り、わたくしもまた自分の教室へと向かいます。

 ちなみに九龍様の姿はまだ見えません。志穂さんの姿も同様です。

「お二人とも、今日は欠席でしょうか……」

 それならそれで、後で矢島先生かわたくしの所に連絡がくるでしょうけど、今は待つほかないようですね。

 教室に戻り、いまだ噂話に花を咲かせている皆さんには少し静かになってもらい、本鈴を待つこと数分。

 その後チャイムと同時に、何やらあわてた様子の矢島先生が入って来ました。

「よーし、おまえら静かに……なってるか。とにかく、重要な用事がある。急な話だが今日からこのクラスに新しい仲間が増える――らしい」

 ええっと、矢島先生? それはつまり転校生が来る、ということですよね?

 それはいいのですが、らしい。ってなんですか? らしい、って。わたくしを始めクラスの皆さんも、

「「「「「「「「…………」」」」」」」」

 ほらこの通り、反応に困ってるのですが。

「あー、うん。おまえらの言わんとすることはよ~っく分かる。俺だって今さっき教頭から言い聞かされたばっかなんだから」

「事情は分かりましたが……矢島先生。その転校生とは、どのような方なんですか?」

「すまんが俺に聞くな。とにかく、今こっちに向かってるらしい。だからまあ、それっぽいのが来たらクラス総出で歓迎してやってくれるか、皆」

 それっぽいのですとか、ずいぶんアバウトと言いますか、無茶が通っているようですねえ。裏で何か有ったりするのでしょうか。

 例えばそう。九龍様の事情のような……

『ねえ――ントに平気――でしょうね?!』

『――丈夫だ――てるだろ。いいから――』

 と、考えている間に廊下方からこちらに近づいて来る声があるのに気付きました。

 どうやら小声で密談しているらしく内容を聞き取るには至りませんし、このことに気付いたのもどうやらわたくしだけのようです。

 それにしても、この気配と言いますか雰囲気はもしや……?

『私なら――の辺に隠れて見てるだ――予定だったのに、なんで転校生扱い――』

『――のなあ。こまけーことは気に――の』

『だいだい私――登校中にパンくわえながら曲がり角でぶつか――りなんかしてな――』

『ちょっとま――れはお前、根本的な部分が間違って――つか、そんなの必要ねーから』

 だんだんと時間が経つにつれ、会話の内容が鮮明になってはくるのです。が、なんなんでしょう? この妙なやりとり。

 そして、これだけ近づいて来るとクラスの皆さんはともかく、矢島先生もこのやりとりに気付いたようです。

 いったん説明を止めて教室の扉まで歩き、一呼吸置いて手をかけ――

「うおーい。なんじゃ、そのベタな展開は。つーかそこに居るのはだ……れ、あ? ってえぇっ?! まさかお前はあぁっ?!」

「あ~~~~~~~~っ! アンタ、昨日の変態ストーカー男っ! ボロ・ゾーキン!」

「ほらな? 別に必要なかったろ」

 廊下に居た二人。九龍様ともう一人の女生徒――志穂さんと一瞬見間違えそうになりましたが、おそらくは当の転校生でしょう。

 その姿をクラスの全員が確認した瞬間、教室内には二つ男女の絶叫と、それに混ざってですが、この状況を見越したかのようなつぶやきが聞こえてきました。

 なんとも急速な展開に置いてけぼりのわたくし達でしたが……あれ? ええっと、もしやここは今現在不在の志穂さんに代わって、わたくしがツッこまなければいけないのでしょうか?

「あの、矢島先生? 確か転校生を歓迎するのでは? と言いますか、それは本来なら教師と生徒の間で交わすようなやり取りではないと思うのですが……」

「不可抗力だあぁっ! てかボロ・ゾーキンはスルーかよおぉっ!」

「すみませんっ! そこまで気が回りませんでしたっ!」

 ううっ、志穂さん……出来れば――いえ、是非とも早く来てください。

 わたくし一人では、この状況はとてもじゃないですが対処しきれそうにないです。

「俺にはちゃんと矢島 孝助という立派な名前があるんじゃああぁっ!」

「ちなみに字は『助平なことを考える』と書いて『孝助』だからな、留香奈」

「なるほど、実に分かりやすい覚え方ね」

「ぬがぁ~っ! おい九龍っ! 昨日からなんなんだよ? コイツはよぅ」

「なんなんだよと言われてもなあ……転校生の話はまだ聞かされてねーのか? 学園には俺から連絡しといたはずだが」

「んなぁっ?! そんじゃやっぱ――」

「そうだよ。ま、どのみちこれから説明しなきゃならんのだし、少しばかり落ちつけや。な? カップゼリーきゅうり味やるから」

「ほほう? 今日の昼食も夕食も望めない俺にわざわざ底カロリーの食料を渡そうとは、随分と良い度胸してるな。九龍」

「いやいややっちゃん。そんな誉めんでも、ペプシきなこノンカロリータイプくらいしか出せねーぞ」

「誉める要素なんぞ何処にもないわあっ!」

 うぅ……お願いです、誰か止めて下さ――

「――にしても随分と楽しそうね。貴方達」

 そう、ハッキリと聞こえてきたのは、会話を止めたのは、九龍様の隣に居た、留香奈と呼ばれていた女生徒の何げない言葉。

 第一印象でしたあの慌てた様子からは考えつかないような、自らの存在を強く主張するような凜とした声。

「まあ、実際楽しいと言えば楽しいからな」

「っ! 九龍、お前な……」

 などと九龍様は平坦な様子で返していましたのですが、この間わたくしが抱いていたのはというと、微かな畏怖の念でした。

 最低限の反論だけで言葉を詰まらせ始めた矢島先生の姿を見る限り、他の方も同じ気持ちかもしれません。

「ふ~ん……いいわね、決めたわ。そこまで言うのなら、私も混ぜてもらおうじゃない」

 そうして不敵とも取れそうな微笑みを浮かべて教室を見回す転校生。

 ただでさえ置いてけぼりにされて静まり返っていた教室内。

 水を打ったような空間へ一石を投じたその言葉に、戸惑いに似た波紋が広がります。

 もしやこれが彼女の本調子――あるいは本質の一端なのでしょうか。

 なんにせよ、わたくしに出来ることは多くはないのですけど。

「ええっ、と。それでは改めまして、このクラスを代表して歓迎します。わたくしの名前は四季野 夏羽と――」

「そう。貴女が……私は日神 留香奈。こっちこそよろしく」

 それに補足するように九龍様が黒板に書いた転校生の姓名。

 同じ音の異なる名前などではない、紛う方なき“日神”の名字。

「か――っ?! がっ、みっ?! くっ、九龍……様? こここっ、れは」

「うん。まあ、なんだ? そういうこった」

 では、やはり……? そう、なんですね。

 どうやら、この方の言葉に嘘偽りは無いようで、その名前はあまりにも意外でもあり、逆に今までの言動に納得も出来る名字。

「そうでしたか、それは――」

「数々の無礼っ! 失礼しましたああっ!」


 ――それは、分度器で図るまでもないような、矢島先生の生涯全てを賭けたような……そんな、見事なまでの45度敬礼でした――


 いえ、それはいいのですが。

「え? ななな、なにこれ?! イキナリこの態度の変わりよう」

 矢島先生、それは逆に引かれてますよ……

「まあ、なんだ? 留香奈、あんまり触れてやるな。コレが縦社会でしか生きれなかった悲しい生き物の末路なんだから」

「あ、はは……はぁ。ほんと、どうしましょうか」

 やがて助け舟とも言うべきホームルーム終了を告げるチャイムがなり、そろそろ一時限目が始まる頃合いとなってしまいました。

 なんと言いましょうか、もうかける言葉もタイミングも見失った感じです。

「っと、時間か。夏羽、号令はいいのか? やっちゃんはこんなだし、もうホームルーム終わってもいいと思うが」

「え? あ、はい。そうですね、九龍様。ええっと、それでは――起立、礼」

 こうして始まった学園の奇妙な一日。イロイロなものに翻弄されながら気が付けば、授業が始まるまでの僅かな時間はクラスと転校生との質疑応答に費やされていました。

 軽く呼吸を整え、改めて見る彼女の姿。確かに立ち振る舞いの奥には、上に立つ者の気質が感じられます。

 ですが、多少使い込んだ制服に、校則違反ギリギリの私物らしきポーチ。そして第一印象の所要か、転校生とは思えないほどに親しみやすさの方が大きいですし、この感覚が間違いでないこともすぐさま証明されました。

 日神家からの来訪者という事件に対する一抹の不安を覚える暇も無く、留香奈様はクラスの皆さんと、本当に普通の転校生として接していたのですから。

 ほんとうに、これは見れば見るほど不思議な光景でなりません。

 いえ、皆さんが留香奈様に対して普段通りに接していることについては、月神の姓を持ちながらも今まで自己流で過ごしてきた九龍様という前例があるからだと、一応の納得は出来るのですが……

「あの、九龍様? 少し――いえ、イロイロと聞いてもいいでしょうか?」

 取り残されたように席に着く九龍様。今回のことに対して気になることを確かめるには良い機会です。

「なんだ? 悪いが手短にしてくれ。昨日は全く寝てないんでな」

 そう言いながらひとつ、欠伸を咬み絞める九龍様。どうやらそう、あまり時間は取れなさそうです。

「何か、この町で事件が起こっているのですよね? だからこそ留香奈様が遣わされて来た。と、そういう解釈で?」

「まあな。他にも理由はあるしどっちがメインか怪しいもんだが、簡潔に言やそうなる。詳細なら当事者の留香奈に聞け、アイツが話しても良いと判断したなら俺も話すから」

「分かりました。ところで今までにも、こうして一つの事件に対して日神家の人間が率先して動いたことはあったでしょうか?」

「ん~、滅多なことじゃねえだろーな。こいつは言わば例外だ、少なくとも俺の記憶ん中じゃ片手で数えきれるほどしか例がねえ」

「そうですよね……わたくしもです」

 そうでなければ日神家に従い使える者達、つまりはわたくしや月神家の存在そのものの意義が無きに等しくなるのですから。

「まあ、夏羽の言いたいことは判らんでもないぞ。将棋に例えるなら日神は言わば王将、俺らはその他の駒だからな。ったく、お師匠プレイヤーは何を考えてるやらだ」

「あの、九龍様? それは……」

 わたくしの考えを具体化させてもらってなんですが、その例えはイロイロと怖い結論に達してしまいそうです。

「ところで夏羽、俺からもひとつ聞きたいんだが」

「ええ。なんなりと」

「今日の夜は、俺は枕を高くして眠れると思うか?」

「ええっと……そうであるといいですね」

 これが答えになってないことは承知の上ですが、わたくしには他にかけられそうな言葉が見つかりません。

「まったくだな。つーわけで、しばらくアイツの相手頼んだぞ」

 そう言うなり、九龍様はいろんな懸案を置き去りにして、ひとまずの仮眠モードに入るのでした。



~~~


「ええっ、なに? アイツってば、私のこと放って寝ちゃったっての?!」

「その……はい。ですが少なくともお昼休みまでには通常通りになるかと」

 異例の転校生が来たということでほぼ授業らしい授業ではなくなり、先生方もあきらめモードに入っての雑談タイムと化した一・二時限目が終わり、休み時間。

 そこでようやく、わたくしと留香奈様が落ち着いて話せる機会が訪れました。

 ちなみに九龍様はというとすっかり仮眠兼起動待機状態となっており、多少の質問や授業内で当てられたに対しての答えはするものの、それ以外の状況下ではほぼ無反応という器用な寝方をしています。

「――やっぱ私が原因、よね? アレって」

 あっ、いえ。どちらかといえば半分これが日常のようなものですので。

「留香奈様が気にすることではないかと」

「そうなの? ま、アイツを知ってる貴女がそう言うのなら、そうなんでしょうね。貴女でしょ? 九龍が連れてるっていう、昨日の婦警さんが言ってた『なっちゃん』って」

「ふぇ? あ、はい。恐らくその通りです」

 そういえば先程聞いた矢島先生の話からしますと、留香奈様と澪さんは昨晩会ってるということになりますね。

「あの、それで、留香奈様はどうしてこの町に? やはり……」

 例の宇宙人騒動なのか、聞こうとしたところで遮られてしまいました。

「まあまあ、ちょっと待って。その前にさ、私にも何かない? 貴女の『なっちゃん』みたいな呼ばれ方。そんな、様とか付けられるよりよっぽど興味あるわ」

「え、っとこればっかりは自然的なものですし、澪さんの呼び方が風変わりなだけですので少し難しいかと」

 ちなみに澪さん風の呼び名でしたら留香奈様の場合『るーちゃん』とかになりそうですけど、これは何か違う気がします。


「んお? そういうことなら『るかなん』とかどうだ?」


「嫌よ! そんなグループ単位で守備力下がりそうな呼ばれ方!」


 え、九龍様?! 急に起き……た訳ではないのですね。寝言みたいなものでしょうか。

 それにしても、わたくしもさすがに無いと思います。そのあだ名。



~~~


「膨大な魔力の供給源。式の宝玉、ですか」

 紆余曲折を経て留香奈様が表立って動く理由の一端を聞いてはみたものの、それはにわかには信じ難いものでした。

 それにしても留香奈様の話から察するに、宇宙人云々の話はまた別件なのでしょうか。

 これは……どうにも判断しかねます。

「うん。まあそういう訳なんだけど、何か心当たりとかない? もしかしたらこの学園内のどこかにあるかもしれないのよ」

「そういう経緯でしたか。ですが――」

 う~ん、その学園内のどこかという話が、どうにも不可解な所なんですよねえ。

 わたくしは鞄から一枚の、わたくしの護身用でもある呪符の一つを取り出し、留香奈様の前に差し出します。

 その呪符に描かれているのは二重の円に囲まれた五茫星と、その上に大きく書き足された“水”の文字。

「なによ、これ……すごい。なんていうか、相当な水の魔力の塊よね? これって」

「ええ、その通りです。この呪符はこの水練町の日神神社に使える術師が三日三晩に渡り自身と、それから白水湖に宿る水の魔力を込めたモノ」

「へぇ……面白いわね」

「その呪符ですが、ほんの数回と水の術のみという範囲内であれば、式の宝玉と同等の効力を得られるはずです」

「なるほど、それでも十分にたいした効果じゃない。でも、この呪符がどうかしたの?」

「はい。例えばの話、今この呪符が何処かに隠されたとしても、それがこの学園内程度の範囲で使用されたのであれば、わたくしは迷わずにコレを見つけられる自信があります」

 魔力の放出と音は似て非なる現象。普段からそれを感じ取ることができるのであれば、たとえ遠くにあっても、それが強ければ強いほど感じ取ることが容易くなります。

「なるほど、そうね。これだけの魔力だし、そういうのが出来たとしても別におかしくないけど。でも、それなら式の宝玉は?」

「それなのですが……この学園内でこの呪符以上の魔力を保有すると思しき道具が使われた形跡は、わたくしには感知出来ません」

 付け加えるのであれば、ここ数日町を歩く中で、それらしき魔力の気配を感じたことすらも皆無です。

「そ、っか。それもまた厄介な話ね」

「宝玉がただ単に使われて無いのか、それともまた別の理由があるのか、それだけでも判ると良いのですが」

「そうねえ」

「そしてもう一つ気になることが。その宝玉ですが、ただ膨大魔力を“保有”しているというだけで、無制限に術を使えるようになるとは、わたくしには考えにくいのです」

「それは私も考えたわ。確かに有限だか無限だか、わかんない話なのよね。コレって」

「もし仮に、ですが……式の宝玉が本当に無から限りなく魔力を生み出すような宝具――いえ、神具でしたら、それは本来日神家と、私達従者総出で探すべき事態のはずです」

「ええっと……うん、確かに。言われてみればそうよね」

「ですので何か別の――式の宝玉そのものに魔力を供給し、有事の際のみその膨大な魔力を維持するような特性があるならば……」

「例えばこの呪符への魔力供給みたいに、自然界の力を利用するような仕組み? この呪符は誰かが魔力を込めたものだけど」

「そうですね。わたくし自身、有事の際はこの町の水練湖に宿る水の力を借り受ける場合もあります。それでも限りはあるのですが」

 とはいえ、そのように一カ所に集まる魔力の流れもまた感じられないのも事実。

 本当に、式の宝玉とは一体……?



~~~


 やがて三・四時限目の授業も終わり、お昼休み。九龍様もようやく再起動を始めた様子で、それを確認するなり留香奈様は九龍様の所に向かっていました。

「ん~、よく寝た」

「本っ当にね……」

「お? 何怒ってんだ、るかなん」

「だーかーらー! それ止めなさいって! いやそれよりも、ホントは起きてたでしょ! アンタ」

 ですからそこが不思議な所なのです。もっとも、九龍様は特別なことだとは思っていないようですが。

「そーいやイロイロ忙しくて昼のことすっかり忘れてたな……購買にでも行くか」

「ちょっと! 話聞きなさ――って……え゛えっ?! ホントに?!」

 などと、期待7割・不安が8割とも言えそうな、過剰反応的態度を示す留香奈様。

「んだよ、その反応は」

「いや、だって……購買ってあれでしょ? いわゆる戦場なんでしょ? 食に飢えた戦士達が血で血を争う危険な場所なのよね?」

「まあ、だいたいは合ってるな。つーか、なんでお前はそう中途半端に外の世界のことを知ってるんだよ」

 いえいえいえいえ、別に合ってはいませんよね?! いろいろ誤解されてますよね?!

「そういう外の世界の事が載ってる本だっていくつも持もってるからよ。ていうか別に、そんなの私の勝手でしょ」

「おいおい、よくもまあ、そんな異例が認められたもんだな」

 それ以前に日神家の方が外に居ることそのものも異例だとは思うのですが、これは言わずに考えておくだけに止めておきましょう。

「別に公に認められてるわけじゃ無いわよ? 私が勝手に持ち込んでるだけ」

「ちょっと待て。日神的にその手の本は暗黙の禁制だろう? いいのか?」

「いーのよ。どうせこの件だけは誰も私に干渉出来ないんだから」

 この件だけ? それに干渉出来ないとはどういう意味なのか。これは聞いても良いことなのでしょうか。

「ふ~ん、そうか。ならいい」

「ええ……そう、よ」

 なにやら留香奈様の方は話したくてしょうがない雰囲気なのですが、別段興味を持たれず残念がっているように見えるのですけど。

「んで? こっちの世界について、お前は他にどんな事を知ってるんだ?」

 そうですね。それはわたくしも気になる所です。もし間違っている知識であれば、後々の為にも正さないとですし。

「ん~、と。授業中にもかかわらず、早めにお弁当を食べる生徒」

「そりゃあ。そうしないと昼を乗り切れない奴も居るからな」

「なるほど。腹が減っては戦は出来ぬ、ってやつね?」

 留香奈様?! 購買戦争のことではないですからね?! それですと矛盾しますから!

 うう……これは補足すべきかどうか、微妙なライン過ぎて判断に困ります。

 いえ、そもそも購買戦争の認識そのものが微妙に間違っているのですけれども。



~~~


「ねえ夏羽。購買って外にあるの?」

「いえ、そういうわけではないのですが……購買はその需要ゆえに校舎内からだけでなくて、放課後の部活動に励む生徒のためにと、外からも買えるようになっているのです」

 なので、この時間帯でしたら混んでいる内側よりも外側から買った方が早いと判断し、現在下駄箱に向かっているのですが……

「どっかの誰かさんのおかげで、ちーっとばっかし出遅れちまったからな」

「だーかーらー! そんなどっかの誰かとか遠回しに言わないで、ハッキリ名前で言ったらどうなのよ!」

 続く口論――いえ、一方的なまくし立て。

 この状況を外まで持ち込むかと思って覚悟していたのですが、どうやらそうでもない様子です。

「ん? どうした、るかなん」

「名前! それはいいかげん止めなさいって何度も言ってるでしょ! そうじゃなくて、ちょっと聞きたいんだけどさ」

「はい。なんでしょうか」

「例えばこの下駄箱の中に手紙が入ってたりしたら、それって屋上や体育館裏とかでの果たし合いの呼び出しって私の持ってる本にあったけど、本当なの?」

「ええ、っと。ですね?」

 いえ、全然惜しいです。どんな本なのかはさておきまして、セオリーである二つがごっちゃになって斜め上にズレたかんじなのですが、これはどう説明すれば――

「ん~。まあ、だいたいあってるな」

 って九龍様も中途半端に肯定してますし、もうこのおふた方のトンデモ会話に対する軌道修正は諦めたほうがいいのでしょうか。

「はぁ……おや? 本当に何か手紙が入っていたようですが、九龍様。それは?」

「なになに? やっぱり果たし状の類い?」

「いや、ただの依頼状だな。差出人は、と。松山に大木田、って誰だっけか? 聞いたことある名前なのは確かなんだが」

「いつかの依頼人……と言いますか怪奇事件の被害者ですよ。九龍様」

 付け加えるとすれば、その解決後からことあるごとに九龍様を慕おうとする後輩男子達でもあります。

 もっとも、それらを九龍様はまるで事件そのものが無かったかのように、適当にあしらい続けているのですが。

「あ~、アレね。って、それなら確かもう一人いなかったっけか?」

「そうですね。わたくしも、三人組だったと記憶してます」

「え、なになに? 九龍も夏羽も、何の話してるの?」

「ん? 教えてもいいが、そうしてるうちに購買の品が無くなりそうなんで却下だ。とりあえず急ぐぞ」

 そうして九龍様は靴を履き替え駆け出して行き、それを追うように留香奈様もわたくしも走り出すのでした。



~~~


「なあ、まっつん」

「なんすか、きだっち」

「九龍の兄貴達、来てくれますかねえ」

「そうっすねえ。とりあえず手紙は出してみたものの」

「やっぱ、ちょいと厳しかったよなあ。放課後ならまだしも、昼休みに呼び出すとか」

「でも呼び出してしまったからには、一応は待ってないと失礼っすよねえ」

「だよなあ……しかも兄貴のクラス、なんかとんでもない転校生が来たとかで、もしかしたら今頃は俺らどころじゃないかもだし」

「へえ、美人さんっすか? あ、もしかして飛び級してきた天才小学生とか」

「そんなレベルじゃないって噂。つかなんで女生徒前提で話進めてんだよ、お前は」

「んじゃあ、ついでに帰国子女でマサチューなんちゃら大学出身のっすねえ……」

「ついでとかそれ以前に、とっくに高校課程卒業してんじゃんそれ」

「あっ! そういやそうっす」

「ったく……」

「…………」

「…………」

「……腹、減ったっすね」

「いや、おめーがくだらねーことに頭使わせるからだろーが!」

「でも減ったのは頭じゃなくて腹っすよ?」

「あ~、はいはい。どーやら脳みそが使い減りしてるよーだな、きだっちは」

「まっつん。いくらんでも、それはあんまりっすよ」

「うっせえ」


「随分と大変そうだな、お前ら。さっき購買で買ったチューペットアイス(おしるこ味)いるか? あいにくと残り一本しかねーが。あ、紅鮭アイスは絶対にやらんからな」


「あっ! どうも恐縮っす、九龍の兄貴。それにしても、相変わらずうちの購買はカオスっすねえ」

「おい! きっちり半分にするのは当然として、飲み口がある方はお前が担当しろよ!」

「どっちでもいいっすよ……ってぇ、九龍の兄貴ぃ?! いつから居たんっすか?!」

 そうですねえ、その質問に答えるとすれば五分ほど前から――でしょうか。

 留香奈様の要望と九龍様の悪ノリ的な賛成によって、しばらくあなた方の会話を観察させてもらうことになったのですけど、それはわたくしからは言わないでおきましょう。

 ちなみにこれは完全な余談ですが、先程のチューペットアイス(おしるこ味)は、あずきバー感覚で食べると泣きを見る――との評判でして、それを矢島先生が貴重なカロリー接種という名目で試食した結果。惜しくも、十本中九本目でダウンしたという一品です。

「んで? お前ら、確かもう一人相方がいたはずだよな。そいつはどうした?」

「あっ! そうでした」

「実はそのことで九龍の兄貴に相談があったんっす」

「ほぉ、面白い。お前らを舎弟にした覚えは無いがせっかくだ、とりあえず言ってみろ。この忙しい中、わざわざこの俺を呼び出したくらいなんだ。よっぽどの大事件なんだろーな? でないと――」

 どうなるのかまで言わない辺りに恐怖を感じますが、忙しいと言っても実際には僅かな手がかりですらもほしいのが今の現状。

 だからこそここに来たワケですし、つまりまあ、これは九龍様のいつもの冗談だと、わたくしは思うのですが……

「ええ、っと。ちょっと待ってください――なあ、大事件。で、いいよな? まっつん」

「大丈夫っす、きだっち! これは充分に大事件だと思うっす。確実とは言えないっすけど、たぶん、きっと!」

 なんとも律義に確認しあうお二人と、それをお笑いコンビを見るような感覚で楽しんでらっしゃる留香奈様。

 志穂さんも来る様子は無いですし、ここはやはり、わたくしがなんとか軌道修正するしかないのでしょうか。

「あの、大丈夫ですから。どうぞ話していいんですよ?」

「あ、はい! ええ、っと。実はタナシンの奴が昨日から行方不明でして、なんか家にも帰ってないようですし、ケータイにも全然出ないんですよ。今まで一度もこんなことなかったのに……」

「それで、タナシンは例の宇宙人に食べられたんじゃないかって心配で心配で、もう九龍の兄貴にしか頼れない状況なんっす!」

「「宇宙人?」」

 と、声を揃えて疑問形を口にする九龍様と留香奈様。そういえば朝のごたごたがあったせいで、まだ説明していませんでしたね。

「それについてわたくしから。実は――」

 留香奈様が来るまで持ち切りだった、もしかしたら今も広がっていたかもしれない目撃情報と派生の噂を説明したのです。が……?

「っ、くくっ! こいつぁいい。あぁ、最っ高だとも――っくく」

「なんで……くすん。よりにもよって、そんな話になってるのよぅ。もっと、他にマシな噂はなかったのぉ?」

 あの、どうしてそこで留香奈様が凹んで、九龍様が笑いをこらえてるのでしょうか。

「いや、なんでもない。いいから続けろ」

「すいません、九龍の兄貴。俺達が知ってるのはこれだけで……」

「続けろと言われても、ちょっと無理っす」

 なるほど。そういうことでしたら、切り口を少しだけ変えてみましょうか。

「ええっと、ですね。お二人とも、他に気づいたこととかありませんか? その宇宙人の噂は抜きにして、最後に会った時に何か変わったことがあったとか」

 噂という材料で判断したものは、得てして頼りにならない場合が多いです。

 九龍様の言葉から察するに、どうやら宇宙人うんぬんの話については、今は置いてても大丈夫でしょう。

「何か変わったこと? そんなの……なあ」

「そうっすよねえ。変な黒い石っころを拾ったぐらいで、他には何も無かったっすよ」

 ――それがいわゆる決定打で、凹んでいた留香奈様の復活と、昼休み終了の予鈴と同時に、わたくしたちは声を揃えていました。


「「「それだな」それよ!」それです!」



~~~





    つづきます

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