ツンデレ少女と黒い玉 前編
◇◆◇第一部・九龍視点・事件編◇◆◇
暑さは無い、寒さも無い。何も聞こえず、何も感じず、使える感覚は視覚のみ。
見渡す限りの黒に覆われる世界、天上には白く小さく丸い輝き。おそらくは月のそれ。
影絵の中に閉じ込められているような感覚に苛まれながら、俺は大小二人の人物を見つけた。
それと同時に世界も形を変えて行き、色こそは無いものの、そこが覚えのある場所だと理解するのにさほど時間はかからなかった。
もう随分と訪れてない日神邸の縁側、そこに腰掛けてる二人は十年ほど昔の俺と師匠だろう。なんとなく、そう思えた。
どうやら記憶の奥底にこびりついた会話を二人して話しているようだが、何を話しているのかまでは見当が付かない。
別に忘れているのではなく、この頃はイロイロな事がありすぎて、今の時点で当てはまる会話が多すぎるのだ。
そしてふいに師匠が何かを取り出し、両手を広げる。どうやら右手か左手のどちらかを選ばせているらしい。
そうなると……もし師匠が取り出したのが饅頭なら、この時の会話は確かこんな感じだったはずだ。
「いいか九龍、俺の掌に二つの饅頭がある。一つは粒餡。もう一つはこし餡だ。さて、もしどちらかを選ばなきゃいけなくなった時。お前は、どちらを選ぶ?」
「ん~っと……粒餡!!」
「フッ、そうか。じゃー九龍、今度はお前の好きな人を二人言ってみろ」
「俺の好きな人って……女の子とかの事?」
「ん? まあ、それでもいいがそうだな……家族とか友達とかそういう人達でもかまわない」
「それなら師匠とじいちゃんだな」
「なるほどな、俺とじいちゃんか……」
そういやあの時はそんな風に即答したんだっけか。今にして思えば、なんともくすぐったい答え方だ。
それは師匠も同じらしく、その後何かを考え込むように一呼吸し、また話を続ける。
「? どうかしたの師匠」
「いや、なんでもない……じゃあ、もし俺と月神の先代選んだほうが死ぬとしたらどちらを選ぶ」
「え~? そんなの選べないよ」
「そうか、選べないか。だがな、九龍。覚えておけ、いつか必ず選ばなきゃならない時がくる。それはお前にとって苦渋の選択とも言える事となるだるだろう」
「…………」
「だがな、決して逃げてはならない。逃げても何の解決にもならないからだ。分かるな? 九龍」
「――はい、師匠」
「それからもう一つ」
「もうひとつ?」
「これだけは忘れるな。お前がどんな決断をしようと、俺はお前が選んだその答えが正しいものだと信じているぞ」
――しっかしまあ、ガキの頃ながら随分な事を言われたような気もするが、師匠の言うことだしな。
この後もまだイロイロと話したような気もするが、世界から白の色が失われていく様を見るに、思い出す時間は無さそうだ。
そして見えるモノすべてが黒く覆われたと同時に、世界が暗転した。
~~~
無彩色の世界は終わり、次に現れたのは白百合荘の一角。なんとも見慣れた俺の部屋。
「ったく、妙のモノ思い出しちまったな――つーかえらく中途半端な時間に目が覚めちまったもんだ」
体を起こし、ふと見やった壁掛けのアナログ時計は長針短針ともに天を仰ぎ、今まさに日付が変わろうとしていた。
やっぱ一人暇して特にすることが無いからと、夕方から早々に眠り耽るものではないらしい。
「さーて、どうしたものやら」
窓を開ければ、外の町は闇の中。薄い月明かりに照らされてはいるものの、やはり静寂によって支配されている。
例外らしい例外と言えば……すぐ隣の部屋くらいのものか。
ちょいと意識を集中すれば聞こえて来るインクの滑る音と紙の擦れる音。それに残り何時間という呪詛めいたつぶやき。
「やれやれ。どうしてこうも自己管理が出来ないのかねえ、あいつは」
あいつというのはもちろん、いつ何時も何かに追われている印象のある同人作家、相馬 志穂の事を指す。
まあ、どうせ暇だしこのまま少しからかってやろうかという考えも浮かびはしたが、どうにも実行に移す気にはなれない。
それよりかは……ただなんとなく、この空を見上げている方が有意義に思えたのだ。
いや、むしろ見上げてないとイケナイ気がして、そしてその考え――あるいは第六感はやはり、間違いでは無かった。
「流れ星、か?」
遠くにきらめいた紅い星。不吉なほどに赤いその球体は徐々に大きくなり、やがて燃え盛るような音を立てながら、近づいて来ていることを知らせている。
「いや、隕石……でもなぁがっ?!」
そして、その軌道直線上に俺が立っているのを理解したのと同時に俺は眼前で両腕を交差させ、直後、俺の体は部屋の対面まで吹き飛ばされるのだった。
~~~
台風直撃の最中に窓を開けたって、これほどの惨状にはならないと……思う。
さして物も置いてない部屋だったが、それでも数少ない私物は吹き飛び、物によっては原形を留めていない。
――にもかかわらず窓ガラスは無事で、壁もまったく崩れてないのは、ある種不幸中の幸いだろう。
どういう仕様かは知らないが、例えるとしたらまるで超長距離から不発弾でも撃ち込まれた感じだ。
「い、ってて……」
そして少しばかり痛む両手を解き、その飛来して着た弾丸を確認する。
そこに居たのは、和柄のカジュアルルックに身を包み、小さなポーチを肩に掛けた、なんとも印象的なツインテールを垂らしている少女。
俺の両腕もそうだが、衣服はさして焼けた様子もなく、頭を抑えているものの酷い痛みを感じて居る風でもない。なんともデタラメな現象である。
「…………」
「? おーい」
とりあえず来訪者に声を掛けてみるも返事はなく、うずくまったまま震え続けること数十秒。
やがて彼女は何事も無かったかのように無言で身だしなみを整え、そして何かを確認するように、凜とした声が聞こえてきた。
「えっと、先ずはこの惨状に対する非礼だけは私の方から詫びておくわ。弁償なら――」
「いや、そいつはいいが……お前、どっかで見た顔だな。どこぞのパーティー会場か何かだっけか」
確かそんな記憶があるし、それは向こうも同じらしく「そう……かも」と前置きをして話し出した。どうやら先の出来事は完全にスルーしたいらしい。
「こうしてちゃんと話すのは初めて、ってことになるわね。私の名前は日神 瑠香奈貴方に用があって来たの」
最初はおっかなびっくりながらも、だんだんと強気になって行く来訪者、瑠香奈の声。
最後の方に至っては、どこかイラついているか、半ば自棄糞のようにも聞こえる。しかしまあ――
「日神、か。厄介なのが来たなぁ」
「月神の姓を持っていながら、厄介とは随分と言ってくれるのね。こっちは当主様の命で来ているのよ?」
果ては相当な剣幕で言い放つ彼女の声。言いたいことはいくつかあるが、日神家当主の単語を出された以上、無下にするワケにもいくまい。
日神と月神は宗家と分家、使役する側とされる側。言わばそういう関係に当たるのだ。
それは、例えば俺がどれだけこの月神という姓を否定したとしても、もはや変わりようのない事実なのである。
「はぁ……わーったよ、とりあえずは落ち着け。な? この時間帯にあんま騒ぐと――」
『うるっさいわねえぇっ!! 今何時だとおもってんのっ!! それともペン先で刺されたいっ?! なにげに痛いわよ? コレ!』
と、俺の声を遮るソレが突然部屋中に響いた。つーかさっきの衝撃で誤って自分の指でも刺したか? アイツ。
轟いたのは、地の底、冥界の番犬が哮る雄叫びを思わせる音声。とでも言えばいいのだろうか。まあ――なんだ?
「アレだ。あんま騒ぐと近所迷惑だし、特に隣に住んでる短気なのに怒鳴られるから……て、もう遅いけどな。ん? どうした?」
「……(がくがくふるふる)」
見れば留香奈は、幽霊でも見たかのような顔で立ち尽くしている。
「うおーい。生きてるかー?」
「――もう、なんで……? どうして私がこんな役目を……くすん」
はぁ、やれやれだ。どうやら俺の言葉は当面耳に入りそうになく、こんくらいで動じるとか、そこまで肝は座って無いらしい。
亜音速で人の部屋に飛び込んで来たのも、どうやら自分の意志じゃ無いっぽいし――いや、あんなデタラメ現象を起こせそうな奴の心当たりなんぞ、一人しか居ないワケだが。
「う~ん『当主様の命で来た』……か」
そう、確かにその一人を指し示す人物の事を留香奈は言っていたワケで、これの意味するところはつまり――
これから何が起こるのかは知らないが、俺もコイツも互いにその何かが解決するまで、安息の日は訪れないんだろうな――と、そんな確信しかなかった。
~~~
「み、耳が縮こまるかと……なんなのよ今の呪音。一瞬心臓止められるかと思ったわよ」
傍から聞けば混乱して幻聴でも聞いたのでは、と思うようなセリフ。だけどまあ、その気持ちはなんとなく分かる。
「ん~、そういや確か徹夜5日目とか言ってたっけか」
「ねえ、話聞いてる? なんなの、この隣。何が変なのが棲んでるの? 大丈夫なの?」
自分に何か用があったのでは――とも思ったが。このまま放置したのでは話が進みそうにもない。
「そうだな……なんというか、あれこそ水練町に棲む狂気。って奴だな。今は精神的に崖っぷちまで追い込まれているだろうし、近づくのは俺でもそれなりに危険だ」
「ちょっと待って! なんだってそんな猛獣がちゃんと保護されてないの?! 日本に生息しているの?! ワシントン条約はどうなってるのよぉっ?!」
「そう、それは見る者全てを摩訶不思議な書物(同人誌)にて混乱の渦に陥れる。その名を同人作家しほりんと言ってだな……」
ガコッ! ぐしっ!
『勝手なコトゆーなああぁぁぁぁっっっ!! そ・れ・か・らぁっ!! しほりん呼ぶなあぁぁっっっ!!!!』
そして再び壁越しに響く異界の咆哮。しかも今回は何かが壊れる音まで聞こえるし……まったく、どっちのが近所迷惑なのやら。
「ふややややぁ~~~~~っ?!」
と、先程までの強気な姿勢はどこへやら。瑠香奈はまた驚き竦んでしまう。
――あ~、なんだ? こいつらどっちも面白い反応するもんだな。
そして後日、やっぱりというか俺よりも志穂の方が大家さんにこっぴどく怒られるのだが、それはまた別の話だったりする。
~~~
「で? 瑠香奈……だっけか、結局何の用だってんだ? まさか俺を連れ戻しに来たとでも言うんじゃねーだろーな」
双方合計で5杯目くらいのお茶を飲み終わったころ、ようやく話は進み始めた。
「そういえばそんな立場だったわね、貴方。でも安心しなさい。今の所、日神・月神の両家共にそういった動きは無いから」
「そうかい」
「私がココに来たのはさっきも言った通り、当主様の命を果たす為よ。これは私はもちろん、貴方にとっても日神家当主からの命と思いなさい」
平静を取り戻したのか、それとも取り戻そうとしているのか、落ち着いた口調で瑠香奈が話はじめる。
「ふーん、お師匠がか」
「師匠? 貴方まさか、当主様直々に師事してもらっていたって言うの?」
「あぁ、まあな。かなり昔の話だが」
「そう。で、やっぱり当主様って直に見ても凄い方なの? 私ですら遠巻きにしか当主様の偉大さを知らないんだけど」
「まあ、そうだな……んなことより、師匠はなんて言ってきたんだ?」
「ああ、そうよ。忘れるところだったわ――ほら、これよ。当主様から貴方に、って」
と、瑠香奈はポーチから一枚の紙を取り出し渡してくる。
「えーっと?」
そしてそこに書かれてあったものは、
九龍へ
ぜんぶ略
式の宝玉探してこい
by俺
という、至極単純な文章。字も間違いなく師匠のものだし、どうやらコイツがこれまで言ってきたのは全部本当らしい。
手紙は墨と毛筆でしかも相変わらずの達筆ではあるものの、その字があまりにも整い過ぎている為その手紙からはどこかしら脅迫状じみた雰囲気を漂わせている。
「前略じゃなくて全部省くのかよ。なぁ、伝言はこの一句だけか?」
「そうよ」
「あっそ、わーった。しっかし師匠は師匠で相変わらずのようだな。何処のジャイアニズム論者だよ」
「私にしてみれば……まあいいわ」
と、何か言いかけて瑠香奈は途中でその言葉を飲む。
「んで? これだけって事はないんだろ?」
「! ぅぐ?!」
一応聞いてはみたものの、どうやら当たりだったらしい。留香奈はたった今飲み干そうと居たお茶を喉に詰まらせた。
「はぁ……やっぱりか」
「っく、ケホッ。ど、どうひへ?」
お茶をこぼしこそしなかったものの、むせながら聞いてくる留香奈。さっきから予想以上に驚いてくれるのがなんとも面白い。
「ま、答えは単純だ。この式の宝玉ってのは日神が管理する――最上級クラスの危険物」
「そう、なの?」
そうなんだよ。どうやら細かいことは何も知らされてないらしいな。師匠もなんつー奴をよこすのやら。
「んで、そいつが盗まれたか無くしたかは知らねーが、わざわざ日神の人間を飛ばしてまで探させるのもわかる――が、あくまでもそれは常識の範囲内での話だ」
「飛ばされるのは常識なの?! じゃなくてえ~っと、つまり?」
とぼけているのか素なのか。まあいい、俺の推測ではこうだ。
「師匠なら捜し物の一つや二つ――それが地球の裏側にあったとしても小一時もあれば探せるはず。仮に公務が忙しかったとしても、日神・月神の人員を割く理由にはならねえ」
「仮に。ってちょっと貴方――」
「で、だ。要するに宝玉探し以外にも別の用件があるんだろ? たぶんお前以外の人間じゃ駄目な何かが」
そこまで一息にまくしたてて、留香奈が視線を逸らし黙り込む。その沈黙こそが肯定を意味している。
やがて隣の部屋からの苦境地味た声しか聴こえなくなった頃。ようやく留香奈が覚悟したように口を開いた。
「ついで、と言うのなら当主様はこうもおっしゃってたわ。私に『外の世界を見てこい』と……もちろん貴方の案内でね」
「なるほど、そうきたか」
見てこい。なんて言われるからには、留香奈は今まで外の世界をまともに見たことは無かったのだろう。
知識としてどこまで知っているのかにもよるが、まさかそこまで俺が面倒を見なきゃならんとは思わなかった。
文字通り降って湧いたように片付けなきゃならない案件が出て来たわけだが……はてさて、一体どうしたものやらね。
~~~
外の世界を見せるからには、それなりにルールや常識も教えておくべきだろう。
つーか俺に指名が来た以上それくらいのサービスはしておかないと、後で当の師匠に何か言われそうな気がする。
「ってぇっ! 今から探しに行くのっ?!」
「この件を片付けるためだ。早いに越したことはねーだろ? まぁ、探すというか、買物がてらちょっと散策する程度だがな」
「あー、うー」
何事か言おうとするも、やはり反論は無いようだ。
「つーか瑠香奈だってイロイロと身の回りの物とか、必要なのがあるんじゃねーのか?」
「そっ……それはまあ、そうなんだけどさ。なんでこんな時間帯なのよ」
不機嫌なまま瑠香奈は俺から視線を外し頬を掻く。夜道を、町の方へと向かいながら、とりあえずは歩き続ける。
あれから話を聞くかぎり、留香奈はほぼ身一つでこの町に向かわされたらしい。
そのため今晩の寝所のアテなどあるはずもなく、結果的に――もとい必然的に今日は俺の所に留まることになる。が、しかし……
「コンビニすら知らんレベルなのかお前は」
「それくらいは知ってるわよっ! でもアレってそんなあちこちにあるものなの?」
「そりゃあまあ、な。地域にもよるが、少なくとも首都圏や大型都市にしか存在しない。なんて事は無いぞ」
「へぇ、そうな――そっ、それも知ってるわよっ!」
いやいやいや、絶対に嘘だろ、おい。バレバレだというのに、妙なトコで見栄を張るもんだな、コイツ。
「ところで、聞いていい? 私は詳しく知らされてないんだけど式の宝玉ってどんなものなの? 貴方なら知ってるんでしょ?」
「ん~、お師匠がコレクションしていた物のひとつなんだが。そうだな……例えば下級・中級レベルの術者が自分よりも上位ないし自分の不得手とする系統の術を使う場合、どうすればいいと思う?」
「そうねえ。イロイロ手段はあるけど、一般的には法陣・媒体・詠唱――そういった『術式』を組めば可能なんじゃない? その逆なら何の必要もないワケだけど」
「まあ、そうだな。正解だ」
ちなみに補足するなら、どの手段もそれなりの手間か使用回数といった制限に繋がる。
例えば法陣や詠唱は術を使う場での手間が必要だし、媒体はその場では必要でなくともいろんな手間をあらかじめ踏む必要がある。
そして、術の性質にもよるが一つの術式につき発動出来る術は一回ってのが基本的だ。
「あれ……術式? じゃあ式の宝玉って、その術式に関連したアイテムか何かって事?」
やはりそこまで言えば自分で気づくか。
当然と言えば当然のことだが、こういった術関係なら十分な心得があるのだろう。
事実、留香奈はさっきまでとは打って変わって得意気というか水を得た魚状態である。
「ご明察、その媒体に位置するアイテムだ。問題なのは宝玉の力が強大すぎてまとも術が使えない一般人でも無制限に上位の術が使えるようになるかもしれない上に、何度でも使用可能なだけの膨大な魔力を保有している。ってトコだな」
「な、っ?! デタラメじゃない! そんなアイテムが存在していたなんて」
だな。少なくとも“まともな”術者の常識を超越していることは認める。だがな、留香奈。それなりのリスクも一応あるわけだ。
「ちなみにその宝玉だが、破壊するなり暴走するなりした時は、術者諸共半径1km圏内を跡形も無く吹っ飛ばすかも。って師匠は言ってたな、うん」
多分だが、これは他者が安易に宝玉を使わないようにするための出任せなどではなく、実際に起こるであろうと、俺は思ってる。
それでなくとも、もしもそんな宝玉が現存するなら、そういった現象は十分にありえる話だというのは想像に易く、どうやら留香奈もそれは察したらしい。
「それって二重に危険じゃない!! と、当主様ってば、そんなもの持ってたんだ……」
「だから最初に言ったろ? 最上級クラスの危険物だ。って」
やはり当初の想像以上に危険なシロモノだったのだろう。それを理解したのか、瑠香奈はわずかに顔を引きつらせていた。
「だ、大丈夫なのよね? もし仮にそんな事態になっても。回収までに関しては、貴方ならなんとかするだろうから。って当主様も言ってたし」
なんとかねえ。最悪、出来なこともないワケだが、その手段は“今の俺にとっては”ある程度の危険は伴う。だが、それよりも今問題なのは留香奈の方。
「おいおい、そいつはこっちの台詞だ。名目上とはいえその危険物の回収を任されてんだろ? 非常時に対応できるような封印術の一つや二つ、持ってるんじゃねーのか?」
「え、っと……ほら、アレよ。そういう術ってさ、なんか地味じゃない?」
ふむ、なるほどな。そういった考え方についてなら、俺も九割方同意見だ。
なにせかつての俺も、そんな理由で封印術を覚える時間を別の事に使おうとした記憶があるわけだし。
――結局、師匠の前で有無を言えるはずもなく、最終的には覚えこまされたワケだが。
「そんじゃ、そういった封印以外のことに関しては期待してもいいんだよな?」
考えたくは無いが、この事態を知って宝玉を悪用しようとする連中が出たとしても、なんらおかしくはないのだ。
そんな奴等との戦闘も一応は想定しておく必要があるし、もしそんな事態になっても留香奈の腕がそれなりに立つなら、俺も宝玉回収に専念出来るというもの。
「うん、その辺は大丈夫なつもり。あと、回収後の宝玉の扱いについても私に任せてもらっていいわ」
「へえ、何かあるのか?」
「ちょっと、ね。そんなたいしたことじゃないんだけど……聞きたい?」
などと問いかけてはくるものの、言いたくてしょうがない風なのは見え見えである。
やれやれ、そこまで言われたからには――
「いや、別に」
あえて断ってやるべきだろうな、うん。
「実はね、この――って、えっ? あれっ? 興味無し? あ……っ。そう、なの」
そう言いよどみ、やがて留香奈は黙って俺の後についてくるようになった。
まあ気にならないと言えば嘘にはなるが、だからといって無理に聞こうとも思わない。
どのみち回収に成功すれば留香奈の言いかけていたことも判るわけだし、今は放っておくとしよう。
~~~
近く、といってもそこそこ歩かなければ行けないような場所にあるコンビニで買物を済ませ、もう一つの目的地を目指す。
「それで、何処に行くつもりなの?」
「ん? どうせだし外の世界の常識の一つを教えておこうと思ってな。貴重品を無くしたなら、とりあえず交番に行ってみること。ってな」
「あ~。うん、それも知ってる。わよ」
どうしてそこでそう言いよどむのかねえ。
「ま、お前達の場合知ったところで一生使う機会の無い知識かもしれんが……おーい澪ねぇ。て、あれは――」
たどり着いたのは、そこそこ人通りのある交差点の角、警察署前。
そこで見たのは、夜とはいえ人目をはばからずに言い合いをしている男女の姿。
うち一人はヨレたスーツを着た男。もう一人はまだ若い婦警。どっちも見知った顔だ。
「なぁ、野口先生一枚でいいんだ。今月の残り、もう一日41.5円以下で暮らさねーといけなくてさぁ。頼むよ~、みおりん~」
「だからみおりんゆーなぁぁーっ!」
そしてその言い合いも、ちょうど俺達が到着したと同時に終わったところらしい。
その終了を告げる断末魔とともに体格のいい男性が空を飛び、こっちに来たソレを、俺は片足で蹴り落とす、そして――
べしゃっ
と、おかしな音を立ててその男――矢島 孝助ことやっちゃんが地べたに転がった。
着ていたボロよれのスーツはというと、ほこりまみれでさらに酷い物になっている。
つっても明日にはまたボロよれからよれよれスーツレベルに戻ってるんだろーけど。
「よぅっす、やっちゃん。登場早々、体張ったギャグ飛ばしてくれるとこ悪ぃけどさぁ。そのネタ、さっき俺らが使ったばっかなんだよねー」
「いや、ちょっと……待て、や。俺は別に、狙ってやってる分け、じゃ、ねーんだが」
立ち上がる気力がないのか、腹ぺこで体力がないのか、やっちゃんはうつ伏せのまま答えた。
「そうなのか? ま、そんな些細な事はどうでもいいや。存在自体が冗談じみたこのサービス精神希薄なお笑い担当のボロ雑巾は放って置くとして、ちょっと澪ねえに聞きたいことがあるんだが」
「ちと待て。くりゅーう。だ、誰がお笑い担当……だ、って」
と、最後の力を振り絞るように顔を上げて反論しようとするも、やっちゃんの視線の先にいるのは俺ではなく瑠香奈だったりする。
「あのう、大丈夫です? その、ぼろ・ぞーきんさん?」
「うぉ、い。ぼろぞーきん違――え、っと。どちら様で……しょう、か?」
おいおい、やっちゃん。その台詞は実際にはちょっと頭が高いぞ――とも思ったが、スカートを履いている留香奈に対してなら頭の位置はむしろ低すぎな方だろう。なので……
「って!? な……何処見てるのよ~っ!」
という頬の赤くなった瑠香奈の叫びと同時に大気の流れが変わり、次の瞬間。不自然極まりない局地的突風が吹き上がり、満身創痍だったやっちゃんの身体は宙を舞っていた。
さっきのように誰かが蹴り飛ばした風でもなく、唯々、自然突発的に。だ。
「こいつは風撃……留香奈。お前がやったのか?」
「え? ええっと。そう……よ」
術式が無いどころか、脊髄反射的なレベルで発動させたらしい下級法術だが、どうやら大の男一人をド派手に吹きとばすだけの威力は有ったらしい。
数メートルほどの空中遊泳を堪能したやっちゃんは、やがて地球の引力という常識に従って落下していく。あの様子だとついでに意識も落ちるかもしれない。
まあ、なんだ? きれいにオチがついた、ってことでひとつ。
~~~
「それで、この人は?」
スカートの裾を払いつつ、若干空気と化していた婦警について瑠香奈がたずねてくる。
「警察屋さんの滝谷 澪ちなみにさっきのボロ雑巾が矢島 孝助、通称やっちゃん。澪ねえにはよくお世話になっているみてーだな」
「ど~も~、くーちゃん元気してた~? ていうか珍し~ねえ。なっちゃんでもしーちゃんでもない子を連れてるなんて」
「……なっちゃん? しーちゃん? 誰?」
だからくーちゃんは止めろっての、などと言ったところで気にも留めないこの婦警は、愛嬌よく留香奈に手を振り挨拶をしている。
「待て、ぃ。九龍。お前、その言い方だと妙な誤解を招……ごふっ」
と、一瞬復活したかに見えたやっちゃんだったが直後、澪ねえに踏まれて最後まで反論する事もかなわず、ボロ雑巾はその場で力尽きたのだった。
そうして何事かと考えていた留香奈だったが、やがて――
「ん~っと……あっ、わかった。コレがいわゆるストーカーってやつね?」
などと言い出す始末。なるほど、着眼点は悪くないな。扱いがボロ雑巾からストーカーになるとか、これは将来有望だ。
「う~ん、似たようなモノかもねぇ。ここ最近は特にしつこいし」
ここへ着いた時に一部だけ聞けた会話から察するに、しつこいと言うのは澪ねえに対する借金の打診のことだろう。
やっちゃんが万年貧困生活を強いられている事を知っている人物ならその結論に至るだろうけども、そこはやはり互いの解釈に齟齬が起きているようだ。
まあ誤解を解くのも面倒だし、ここは黙って静観することにしよう。この先、なにやら面白くなりそうだしな。
「そんでさぁ、澪ねえ。片手間でいいから探してほしい物があるんだが」
「ん? 紛失届? 盗難届?」
そういや結局どっちになるんだけっか……ま、どっちでもいーか。いちおう留香奈には形だけ教えるつもりだったし。
「ちょっ、ちょっと待って。まさか貴方、無関係な人を巻き込むつもり?」
と、言いかけたところで、慌てた留香奈が無理やりに会話へと入ってくる。
「あらあら~? それは聞き捨てならないわねえ。これも立派な私のお役目なの。だから遠慮なんてしなくてい~のよ?」
「役目……? そう、ですか。役目なら果たさないといけませんね」
「そうそう。じゃあこの紙に名前と――」
ふむ。日神家当主こと師匠からの“役目”を果たすべくやってきた留香奈には、どうやら思うところがあったらしい。
外の世界のことは知りたい。が、宝玉探しに関しては無関係な人を巻き込みたくないとする留香奈の意見については俺も同感だし、ここを例外にするのも、まあよしとしておくべきだろう。
「! ねっ。ねえ、くーちゃん? この子、名字が……かっ、かか」
と、慌てた様子で澪ねえが書きかけの記入用紙を俺に見せてくる。
「見ての通りだが……やっぱマズイか?」
留香奈が用紙に記入していたのは、当然だが“日神”の名字。俺と一緒に行動しているとはいえ、やはり意外だったらしい。
(マズイとか、それ以前よ。ねえ。もしかして、あの子もくーちゃんと同じ“ワケアリ”なの?)
そこまで距離の離れてない留香奈に聞こえない程度の小声で、澪ねえが聞いてくる。
(いや、安心していいぞ澪ねえ。留香奈自身は真っ当な日神家の血族だから。まあ、探しているのは確かに訳有りの品物だけどな)
(ちょっと待ってくーちゃん。私的には逆にそっちのほうが安心出来ないんだけど)
(そうか? まあ、とりあえずはそれらしい何か、もしくは異変でもあれば知らせてくれる程度でいいから)
(う~ん、それくらいならまあ……)
「ねえ二人とも、何こそこそ話してるの?」
どうやら話しているうちに一通り書き終えたらしい。留香奈がペンと用紙を澪ねえに渡そうとしていた。
「なんでもねーよ。それより澪ねえ、後は頼んだから」
「いいわ、とりあえず受理だけしておいてあげる~。でも、あんまり期待はしないでね」
こっちとしてはそれで十分なんだけどな。
とりあえず目的は果たしたワケだし、そろそろ帰るとするか。
明日はいろいろと――いや、既に日付は変わってたわけだし、あれから随分と時間も経ってるっけか。なら今日はかなり面倒なことになりそうだ。
~~~
寝床は留香奈に譲り――もとい占領され、とりあえずは気まずい夜も終わった後。もっと具体的に言えば、世間一般的にはなんの変哲もない平日の早朝。
しかしまあ、そんなもんは簡単に消えてしまうらしく、けたたましく鳴り響く俺の携帯がその幕開けとなっていた。
『ひゃうっ?! すいません! 原稿まだ出来てませええええん!!』
という、すっかり見えない何かに怯えきった志穂の嘆願する声と、
「え、なに? 何の音? 声?」
などと、隣の志穂に反応しているのか、はたまた俺の携帯の着メロに反応しているのか分からない、留香奈の困惑した声。
とりあえずどっちか、もしくは両方とも静かにしてくれ……さすがにトリプルでうるさいのはかなわん。
ちなみに俺の携帯に朝一で入ったきたソレの内容はというと、澪ねえからの『昨日夕方頃、鳳徳学園の生徒がそれらしきモノを持っていた』という目撃情報だった。
「そっか。しっかし澪ねえ、昨日の今日――いや、今日の今日? とにかく、一晩でよく情報が集まったな」
『まあね、こっちにもイロイロあるのよ』
「ふ~ん。まあ、とりあえず埋め合わせは今度にでも。なんか隣がうるさいからまたな」
と、携帯を切るついでに現在の時刻を確認する。どうやら時間的にそれほど眠れなかったらしい。
「ねえ……隣のうるさいのって、まさか私のことじゃないでしょうね?」
「お前“も”だよ。留香奈」
「――ま、まあいいわ。それより、もしかしてもう宝玉見つかったの?」
「多分だけどな。どうやらうちの学園の生徒が持ってるらしい。昨日の話だし今も持ってるかどうかまではわからんが、これから学園に行って調べる価値はあると思う」
まあ俺の場合、こんな事件がなければ普通に通っていた訳だが。
「うん、そうよね。他に手掛かりらしい手掛かりも無いみたいだし……ねえ、私も一緒に学園へ探しに行くのに問題はないわよね? むしろ連れて行きなさい」
なんでそこで命令口調になる。まあ、どうせ――
「そうだな。確かに見た目的年齢的に、お前が学園に通うのは自然な姿とも言える。が、んなこと言って、ただ単にお前が学園に行ってみたいだけなんじゃねーのか?」
「な、っ?! 何言ってるのよ! そんなワケないじゃない! そりゃあ家ではずっと教育係が付いてたし、学校とか行ったことないのは確かだけど……」
「いやいや、そこまで聞いちゃいねーから」
明らかに動揺しながらの反論。ウソがつけない性格っつーのも面倒だな、オイ。
しかも留香奈個人の中では宝玉探しよりも外の世界への興味の方が若干ではあるが勝っているらしく、どうやらそうそう引き下がる気は無いらしい。のだが、
「それに当主様の使命は最優先で……」
「やれやれ、使命だ役目だと――ったく、しゃーない奴だ。留香奈、ちょっと待ってろ」
「え? ちょっと何処行くのよ」
「な~に、隣から制服を借りて来るだけだ。いくらなんでも、その私服で学園に向かうわけにもいかないからな」
と、俺は最短ルートでもある窓際からの訪問を試みようと、ベランダに顔を出す。
「えっ。隣? あの、例の猛獣の? 猛獣が学園の制服持ってるの? えっ? まさ着てるとかないわよね?」
などと混乱中の留香奈を部屋に置いたまま志穂の部屋の窓をノックすること数回。中からの返事は無く、ガラスも薄汚れて曇り気味なので中の様子もほとんど見えない。
仕方無しに窓を開けて部屋の中をのぞき込んで見ると、散乱した室内の机に志穂は突っ伏して眠って――もとい、力尽きているのが見えた。っと、カギは掛かってなかったということにしておこう。
「おーい、志穂や~い。生きてるか~? ちょっくら入るぞ~」
「ん、うぅ?」
それが肯定を意味するのか否定の意思表示なのか、それともただ単に寝ぼけているのかは俺の知るところではなく、とりあえずは勝手に肯定だと解釈して俺は中へと招かれることにする。
近づいて見る志穂の血色がそこまで悪くない所から察するに、飲まず食わずで過ごした様子は見受けられず、どうやらコイツは単に寝不足だけでこうなっているようだ。
「やーれやれ、この様子じゃ今日ばかりは欠席になるのかねえ。ま、それはそれで都合はいいが――おーい、ちょっと制服借りるぞ」
「……ん~? かってにぃ、しなさいよぅ。でもねぇ。さいごに笑うのは、このあたしなんだからねぇ」
けらけけけ。と意味深な笑い声を浮かべつつ、志穂が突っ伏したまま俺の声に応える。
なにやら会話が噛み合わなかった気もするが、一応了解は得たのだ。遠慮なく借りるとしよう。
そうして数十分後――どの意味でかは知らないが『本当にコレで大丈夫なの?!』と何度も口癖のようにわめく、ツインテールで学園指定とは掛け離れたポシェットを肩に掛けたエセ女子高生が一人、この世に誕生するのであった――とさ、まる。
「ちょっとお! その表現はどうなのよ」
「って言われてもなあ、一応は本当のことだろうが」
せっかく望みどおりになるよう協力してやっているってのに、まだ注文をつけてくる留香奈。まったく、どうしてこう我儘な性格に育ったのかねえ。
「不愉快だわ……そこはかとなく」
「んなことより、だいぶ時間をロスしちまったみてーだし、すぐにでも出発するか。この分じゃ夏羽はもう学園に着いてるころだな」
「なつ……誰それ」
誰、って言われてもなあ。
「一応は日神の関係者だ。詳しいことは行きながらでも説明する。とりあえずは急ぐぞ」
「ちょっ! 待ちなさいよ~っ」
太陽は隠れるのを止め始め、日に照らされた町並みの中を俺達二人は急ぐ。これから先の問題はいくらか積まれているが……ま、それらも含めて、どーにかするほかねーか。
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つづきます