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ブラック オブ ブレイド  作者: 夕月 遥
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黒い雪と妖精の涙

 ~プロローグ~


 ただ静かに舞い落ちる粉雪と唸る北風。それらが溶け合ったような、そんな静寂に支配されそうな深夜の山奥。


 暗闇の中では照らすのではなくただぼんやり浮かんでいるだけの、そんな幾何学的円模様が展開され、その周囲では四枚一組の小さな蒼い羽がいくつも飛び交っていた。


 その中心にはフード付きのコートを羽織った一人の男らしき影があり、静寂の中、その男の口は必死に、呪詛のように、風鳴りのような低く不気味な言葉を紡いでいる。


《祖ハ風、祖ハ氷。祖ハ白キ六花ヲ降ラセシ妖精――》


《命、名、真、何レ無シ。祖ノ風ニシテ氷ノ化身――》


《我ガ言ノ葉ヲ、我ガ意志ヲ、我ガ望ミノママニ――》


《呼ハ闇、呼ハ黒キ腕、呼ハ全てテヲ束縛セシ鎖――》


《イビル・バインド(漆黒の呪縛)》


 声にあわせて小刻みに震え、ふらふら飛び交っていた蒼い羽達はやがてその声を聞いたかのように、呼応するかのようにその蒼い羽を黒く染めていき……


 そして夜が明け太陽の光が射す頃。男の姿も蒼い羽達ももうそこには無く、代わりに雪の上の足跡が点々と残され、それは何かを求めるように麓の町へ伸びていたのであった。






 ブラック・オブ・ブレイド ~黒い雪と妖精の涙~






 ~第一章・白百合荘の人々~覚醒者(起床)



 覚醒しつつある意識で、テレビの電源を入れて適当なチャンネルを探す。


『北の地方では雪の妖精達が既に北風に乗って渡って来ているとの情報があり、例年よりも二週間ほど早い到来として研究者達の間で話題と――』


 とりあえず、今日の天気でも……


『これにより明け方から続くこの冷え込みは夕方ごろまで続くと予想され、一部地域ではその妖精達が降らせる冬の風物詩、雪のアートが見られる所が――』


 そうして多少なりとも目は覚めていき、だんだんと予報の内容も頭に入ってくるようになってきた。


『太陽の下を苦手とし、寒い所を好む雪の妖精は人懐っこいことでも知られており、中にはその習性を利用して違法とされる捕獲・売買を試みようと――』


 そうしてひとつ、あくびを噛み殺してようやく俺は活動を開始することにする。


『それでは本日の占いカウントダウン――』


 天気予報の的中率も占いの的中率も、いかんせん変動的で不確定要素に溢れていることに変わりはない。

 全面的に信用する気は毛頭無い。が、まあ参考程度にはなる。

 例えば、今しがたテレビで言っていた情報と、微妙にかみ合わない空の晴れ模様とか。

 例えば、今しがた『遅刻しないよう注意』とのコメントを受けたワースト二位に当てはまる星座生まれの、いまだに起き出す気配を感じられない隣人に対して、本当に的中してもらおうか……とかな。どうせ夜遅くまで同人誌製作に追われてたんだろう。

 まあ一時間目は遺跡巡り中などという理由によって八割近い自習確立を誇る北島先生の授業だし、多少の寝坊が平気かどうかその辺は運次第だが――そういやホームルームなんてのもあったっけか。

 決して早くも遅くもない時間帯。今から学園に行く準備をしたとして、多少の寄り道が許されるであろう朝の白百合荘一角。外からは大家さんが扱う箒の音が聞こえてくる。

 朝食を済ませ、下に一枚着込めばちょうどいい暖かさであろう(俺は別に平気だが)普遍的な学生冬服に着替えた俺は、今出ればギリギリ学園に着くであろう時間なのを確認して、隣の部屋への薄い壁をノックした。

「せんせーい、げんこー取りにきましたー」

 そして適当な声色でそう一声掛けてやり、やがて数秒の間が空いて――

『ぴぎゃぁああああああ?!』

 嘘? もうこんな時間? なんで? いつのまに? といったあわてふためく驚声と、うるさいですよ! という大家さんの抑声をBGMに、俺は自分の部屋を後にする。

「おーい、志穂。俺は先に行ってるからな」

『ちょ、まっ?! こ、のっ! 九龍! アンタ後で覚えてなさいよ!』

 ふむ、さすがに何度もやってると学習するらしい。そう俺に対して激昂しながら、ドタバと隣の室内で、右往左往しているらしき音を立てまくる隣人、極一部限定で売れている同人作家の相馬 志穂。

 にしてもやれやれ、そいつは逆恨みというものだろうに――まあいい、といあえずは学園に向かうとするか。



 ~第二章・待ち人来たりて~道を同じくする者(登校)


 澄み渡りながらも、どこか物寂しく落ち着かない瑠璃色の空。

「ふぅ……こんなところでしょうか」

 濁った褐色土留色の、枯れ葉の山を目の前に、わたくしはようやく一息つきます。

 朝早くから始めた境内の掃除が終わり、そろそろ学園に向かうべき時間帯。

 学園に行く準備を済ませ、神社の鳥居前で神社の前に佇む……そんな朝の一時を、多少なりと理由を見つけてわたくしが此処――日神神社にとどまっているのはやはり、少しばかりの期待があるからでしょう。

「よう、夏羽」

 このように、もしかしたら九龍様と共に学園へ登校できるかもしれないという期待が。

「あっ、九龍様。おはようございます」

「今から登校か? なんだったら待つが」

「いえっ、わたくしもちょうど今から学園に向かうところでした」

「ん、そうか」

 そんな朝の挨拶を終えたわたくし達は、そのまま共に学園に向かうことにします。

「それで、九龍様。わざわざ遠回りしてこちらに来たということは……もしかして何か、ありましたか?」

「さあな。あるかもしれねーし、ないかもしれねー。どーにも朝からその辺曖昧でな、感の鋭いお前なら何か気づいてると思って」

 そのように頼ってもらうのはうれしいのですが、わたくしにもハッキリとしたことは分かりません。ですが――

「そう、ですね。強いて上げるのでしたら、今朝から山々が……いえ、空が少しばかり落ち着かないような、そんな気がします」

「そうか。空が、ね」

 共に見上げた空。吹きおろすのは、多少ながら肌を射す冷たい風。灰色の雲はまばらに散り、朝霧の向こうには低い太陽。

 秋の終わりか冬の到来か、どちらでもありどちらともつかない空気の町並みが、そこにあったのです。



 ~第三章・愉快なHR~遅れて来た勇者(遅刻)


 ずいぶんと生徒の集まり出した鳳徳学園二年教室。その中には子供のように、雪が降るのを待ち望む声もちらほら聞こえてくる。

 多少の余裕をもって学園に到着できた俺と夏羽はそのまま教室に入り、やがて予鈴が鳴り、ホームルームのチャイムが鳴る。が、やはりここに志穂の姿はない。

 そして始まる担任教師・矢島 孝助ことやっちゃんのホームルーム。なんともやる気の起きない報告は適当に聞き流す。

 その間俺の頭はというと、まるで十数回トスしたコインが連続で裏だったような、微妙に嫌な予感の正体を考えようとして――それとは別の、取るに足らないプレッシャーが迫っていることに気づいた。

 それは高校女子のインターハイ記録を軽く塗り替えられそうな速度で学園に近づき、ほぼ同じスピードで階段を駆け上がり、そしてそれと同じ勢いで教室の引き戸を開き――

「っせぇぇぇええええふっ! あーっもう、九龍! なんでっ、もっと早っく一声かけてくんなかったっ、のよーっ!」

 と、息も途絶え途絶えに、なんとも面倒臭い要求をしてくる。

「相馬あっ! セーフじゃねえだろがっ!」

 そんなやっちゃんの怒声が響き、その間教室の奴らの視線が、乱入者の志穂と俺とを交互に見ているようだったが、とりあえず考えることのある俺はそのまま睡眠に入るのであった。


「まあまあ、志穂さん。少し落ち着かれてはどうですか? 幸い一時間目の北島先生の授業は“例によって”自習のようですし」


 ――という、穏やかに制する夏羽の声と、


「嘘ぉっ! だったらもっとゆっくりくるんだったぁあっ!」


 ――という、志穂の後悔の念じみた声と、


「お前るぁあっ! い い か げ ん、俺のホームルームを聞けえぇぇぇぇい!」


 ――と、突撃ラッパのように猛け狂う担任教師の戯言を聞きながら……



 ~第四章・黒い雪~闇への誘い(居眠り)


 黒板には大きく『自習』の文字。

 外からは、体育の授業中らしき他クラスの生徒さん達の掛け声。

 九龍様は考え事からか、志穂さんは走って来たことに対する疲れからか、臨時自習監督の矢島先生は教師としての自信喪失からか、それぞれ机に突っ伏しています。

 わたくしはといいますと、課題は数分で終わらせて、別の考え事を始めること十数分。

 とはいえ何も起こってないことを考察したところで、それは時間の浪費だと思っていたのですが――


 この時には既に、その何かは起こっていたようでした。


 煮熔かした銀と鉛を混ぜたような色の、不気味な雲が広がる空。


 今朝方見た天気予報通りに、今年初となる雪がちらつき始めたのですが――


 それは犬が喜び庭駆け回るというよりも、逆に怯えてコタツで丸くなりそうな光景でした。


「なあ。なんだよ、アレ」

「雪……? じゃねえよな」

 そんな声でざわつきはじめた教室内。

 暗雲立ち込めた空からは、まるで灰のような、炭のような黒い綿埃が舞い落ちて来ていたのです。

「っふ、あぁぁ――随分と騒がしいが……うぉーい夏羽、なんかあったか?」

「ええっと、それが」

 騒ぎに気づいて起きたのでしょう、九龍様の問いにわたくしは今起きてる状況を説明します――と言っても、窓の外での出来事だけが現在判る限りですが。

「で、コレか。雪、にしては随分と黒いな」

 どれほどその景色を見ていたでしょう。

 それはロマンチックには程遠い、不安を覚えそうな光景――

「ねえ、アレ。見てっ!」

 ふいに教室内に響いた誰かの叫び声。

 その声と、震える指が示す先でわたくしが見たものは、体育の授業中だった生徒達が次々に倒れ、そのまま動かなくなってしまうものでした。

「……体操着よかジャージの奴ほど倒れるのが遅い、なら要因はたぶん皮膚接触性質の何か。考えられるのは――コイツくらい」

 それは――言われて気が付きました。

 その一部始終を見ただけで判断した九龍様はそのまま教室の隅の窓を腕が通る分だけ開けて、そのまま掌を上に右手を延ばします。

「どう、ですか?」

「この黒い雪……小さすぎて判りづれーが、闇の魔力らしきものの痕跡があるな。多少だが手に馴染む」

「それでは、外の方々はそれが原因で?」

「だろうな。っつーわけでちょっと外の様子見てくる。夏羽、後は頼むわ」

 そう言い残し、そのまま廊下へと飛び出す九龍様。騒然となったクラスの中、わたくしが次にわたくしが為すべきことはやはり――

「矢島先生、すみませんがわたくしと九龍様は少し外出します。なのでその許可を頂きたいのですが」

「んぃ~? お、あぁ……四季野か。って、えっ?! 今なんて――」

「あふ……あ~っと、夏羽? なんかあったのおぅ? って何処行くのよ!」

 先生の言葉の後半が聞こえてくるよりも、寝ぼけ眼の志穂さんの制止よりも先に、わたくしもまた廊下へ飛び出し、昇降口から学園玄関を目指します。

 そして、九龍様のお手伝いを――しようと思ったのです。が、

「うぉ~い! 四季野、それに九龍! いったい何があったんてんだ?!

「ちょ、ちょっと待ってってば夏羽!」

 わたくしの後に続いて来たのでしょう、矢島先生と志穂さんが驚きの声を上げて追いついて来ました。

 そして玄関に到着したころ、そこには何故か、九龍様がそこで待っていたのです。

「やっぱり来たな」

「いや、来るもなにも、九龍。俺には何がなんだか、とにかく説明してもらわんと」

「なんだ、やっちゃんも志穂も、外は見なかったのか?」

「外――って、なによあれぇ!」

 そこで九龍様に言われて、ようやく異変に気が付いたのでしょう。志穂さんと矢島先生は同時に、唖然となってます。

 もっとも、わたくしだって、いまだ落ち着いてなどいられないのですが。

「お、おい九龍。あの外の連中、大丈夫なんだろうな?」

「さーな。だが見たとこ、どうやらただ単に寝てるだけみてーだぞ」

「見たとこ――ってこっからじゃ全然わからんのだが……その話、本当だろうな?」

 確かに、ここからグラウンドまでの距離はそれなりです。が、やはり九龍様には手に取るように見えるのでしょうね。

「あん。そうだな……この際だし、実践してみるか? この雪がどんな影響もってるか」

「んなっ?! い、いやいやいや、それはさすがに遠慮しえぇっ!」

「まあまあ、そう遠慮しなさんなよ。サービスしときますぜ、ダンナ」

 そう、妙なノリで答えた九龍様はそのまま矢島先生を外に放り投げ――

「そんなサービスいるくぁふぉおらぁっ! なにしやが――っ……? ふぁ」

 怒りながらも、みるみるうちに睡魔に襲われる矢島先生。

「っつーわけで、予想は当たりみてーだな。ほら、寝るなーしぬぞー、やっちゃん」

「う~ん、あと五分……むにゃ」

「特別サービス二千円ポッキリパンーチ!」

「がぶじぇっ!」

 そして、それをまた無理やりに起こす九龍様――と言いますか、わざわざチョキで起こさずとも……いえ、グーでもパーでも問題あるのですが。

「と、とりあえず何が起こってるのかはなんとなく理解したわ」

 一連の流れに多少引きつつ、志穂さんは後ずさりし始めます。

「あだだ……っ。ああ、俺もよーっくわかった。つーか九龍! 実証するにも、他にやりようがあるだろうが!」

 怒るのも無理ないかもしれませんが矢島先生? 先生が今怒鳴りつけているそれは下駄箱です。

「さて、と。どうやら、ちょいと原因を調べてみる必要がありそうだ」

「うぉい! 俺の話を聞けや!」

 そして今度は傘立てに……九龍様? 何カ月も置き忘れられたような傘を何本も用意して――もしやとは思いますが、

「よし、無いよかマシだろ。志穂、やっちゃん、モノはついでだ、来い」

 やはりそうなるわけですね。

「う~っ。ね、ねえ、九龍? せめて雨具か防寒具だけでも」

 志穂さん、気持ちは分かりますが……

「そいつはダメだ、あんま時間がねえ。こんままだと外にいる奴ら全員、この寒空の下で永眠することになるかもしれねーぞ?」

 そう、それこそが今現在危惧すべき問題。

「ちょっ! それマジなの?」

「ああ、この気温だ。外の連中も見る限り肌の色が――てかやっちゃんですら既に顔がわるい」

「顔色! 顔色だよな?! オイ!」

 今朝からの急激な冷え込み具合からして、そう悠長にはしていられないでしょう。矢島先生も寒気で青ざめ、震えるほどですから。

「あ~っ、もう! わかった! わかったわよっ! とりあえずはコレで我慢するわ」

 ああ、志穂さん。ペンを持つ右手だけはしっかりと保護するんですね。しかも左手を犠牲にする二重手袋ですか。

 とままあ、そうしてわたくしたちは学園を後にして、この事件の原因を探ることになったのです。



 ~第五章・静寂なる町~自由への誘い(ボイコット)


 ちなみに都合の良いことに次の授業もやっちゃんが担当なんで、必然的に俺らのクラスは引き続き自習となる。

 つまりは出歩くのに“なんの問題も無い”というワケだ。

 学園を出て改めて感じる異変。水練町は静寂に包まれており、建物の中に人の気配はあっても、外に出るつもりはないらしい。

 眠りこけそうになる志穂とやっちゃんを叩き起こしながら、寒空の下眠る道々の人達をせめて雪の降らないところに移そうとする夏羽を制止しながら、商店街を進む。

 この現象を無事に解決するまでのタイムリミットがあったとして、せいぜい一時間も無い程度。それ以上経過させるのは皆の体力が持たないだろう。

 いっそあの雪雲を吹き飛ばして太陽に顔を出してもらい気温を上げ、時間を稼ぐという選択肢もあるにはある。

 だがそいつをやるには膨大な魔力が必要であり、何が起きているのか分からない以上、この手はギリギリまで取っておきたい。

 これらを故意にやってのけている奴の戦力も規模も、ついでに言えば目的も不明。この雪から感じる闇の魔力は微々たるものだが、向こうが力を温存してる可能性もある。

 その他あらゆる可能性を思慮に入れつつ探索を続けている最中、ふいに夏羽が北の空を指さし声を上げた。

「九龍様、あれは……」

 見れば一際厚い雪と雲の下、妙な物体が多数飛び交っている。それこそ、あの中心が騒ぎの元凶だと知らせるかのように。

「なんか……ふぁ、あからさまにワナっぽいふぁよねえ」

「だよなあぁぁぁ。うぉい、どーすんだ? 九龍よう」

 どうやら二人も同じことを考えたらしい、眠い目を擦りつつ――というよりいいかげん寝させろと言わんばかりの勢いだ。

「時間もねーんだ。罠だとしても行くっきゃねーだろ」

「そおしてえぇ、さっさとやっちゃってちょうだい。アタシもう眠くて眠くて」

「俺もじゃふぁあ。おお……向こうに見えるはシベリア強行隊の同胞達。ふぁ……よし、俺も今からそちらに参戦す――ごべっ」

「だーから寝たら死ぬぞっての! っつーかやっちゃん、そっちには誰もいねーから」

 とりあえず二人の首筋に手刀の“連撃”を加減しつつ下す。

 はぎぃ! とか、ひぎゃあ! とか、爬虫類のような鳥類のような悲鳴と共に、二人の意識が飛ばないようにしてやった。

「てっ、敵襲?! 俺・被弾! 衛生兵はどこだ?! 斥候兵はまだ戻ってないのか?! うおおおっ! レーションはもう飽き飽きなんじゃああぁっ!」

「ったいわね。九龍、後で覚えてなさいよ」

 いやいや、んなもんいちいち覚えてるバカがいるかってーの。つーかやっちゃん、いい加減戦場の幻から戻って来い。てめーはもう退役した身だろーが。

「あのう、九龍様。もしやこの雪には幻覚作用もあるのでは?」

「いや、単なる発作みてーなもんだろ。この雪にはそこまで複雑な魔力ともおもえんし、幻覚と催眠導入を重ね掛けるメリットも少ない。普通どっちかひとつで十分だ」

「てかいいわよね。アンタも夏羽も、この雪ん中で平気とか。ひたたた、あ~っ、首が」

「いえ、たしかにこれくらいの耐性はありますが、そう強いわけでもないんです。わたくしもけっこうギリギリでして……ぁふ」

「ま、お前らも気合で頑張れってこった。志穂、やっちゃん」

「「納得いかねええ!」ないわよっ!」

 二人の不満と戯言を聞き流しながら、とりあえずは町の北を目指す。

 かくいう俺もこの黒い雪とは別件で、どうにも普通に眠たいんでね。



 ~第六章・黒き復讐者~忘却の彼方(あんただれ?)


 町の北にある山林地帯。木々に阻まれて狭くなりつつある空を時折見上げながら、飛行物のいる方向を目指します。

 黒い空から降る黒い雪が大地を黒く覆い、一段と黒に染まったその大地の上で小さな黒い羽が飛び交い、その中心には黒いフードの人物はいました。

 フードに隠れて顔の上半分は見えず、わずかに覗く口元には薄笑いを浮かべて。

「ようやく来たか。この復讐の時を……待ち侘びたぞ」

 そうしてわたくしたちに気付いたその黒一色の男は、しゃがれたような男性らしき声で一言、不気味に話しかけてきます。

 明らかな敵意と、こちらへ……いえ、九龍様に向けられた憎悪。ともすれば、一触即発とも言える空気。

「ねえ九龍。アンタ、コイツの知り合い?」

「さて、記憶にねーな。オイ! この黒い雪を降らせているのはテメェか?」

 表面上は平静ながらも、探り合うように、いつでも戦えるように構えつつ距離を詰めるわたくし達。

「クックック……如何にも。月神 九龍! 我らが結社を壊滅させた報い、今此処で受けて貰おうぞ!」

「ふーん。ねえ九龍? 向こうはああ供述してるみたいだけど、それに対して何かコメントは?」

「って言われてもなあ、志穂。俺も、んなもんはごまんと潰してきたから、いちいち覚えてられん」

「そう、そうか……ククッ。ならば無理矢理にでも思い出させ、二度と忘れぬようその脳髄に刻み付けてくれるわっ!」

 高く掲げられ、そこから振り下ろされた男の右腕、それが戦いの合図となり、腕に併せて黒い羽達が一斉に九龍様へと飛来して――

「やれやれ、在り来たりなセリフと言うか」

 まるで切り取られたように周囲の枝が、枯れ葉が次々と裂けていく中にあって九龍様は必要最低限の動きでそれを躱し、空を切ったその黒い羽は軌道を変えて――っ!

「うぉっ!」「なっ!」「きゃ!」

 わたくしたちにも襲いかかり、志穂さんも矢島先生も、なんとか切られずにやり過ごします。

「ククク……そうら、どうした? まだだ、これで終わりではない」

 そう言いながら、男が溶け込むように自分の影へと吸い込まれていくのが見え……

「んなろっ!」

 その現象を確認するのと同時に聞こえてきた声と乾いた音。それらが聞こえてきた場所に視線を移せば、何処から取り出したのか何時撃ったのか、白い煙を立てる消音機能付自動小銃を構え終えていた矢島先生の姿。

 おそらくは目にも留まらぬ早打ちで、急所を外す軌道で撃ったのでしょう。けれどもその弾丸が誰かに当たった様子はなく、見えたのは矢島先生をあざ笑うように、男が黒い地面へと沈んでいく姿。

 その後に不気味な笑い声を残し、やがて何処から声がしているのかも分からなくなるほどに余音は広がり、探そうにもそれを阻むように襲いかかる黒い羽達。

「ふぁぅ、もうっ! なんでアンタが絡むとロクな事にならないのよ。て……いふか、なんで毎回巻き込まれなきゃイケナイのっ!」

「さてな、俺に言うな」

 切羽詰まっているのか余裕なのか眠いのか分からない志穂さんと九龍様のやり取りの中であっても、黒い羽達は容赦なく飛び交い、その度わたくし達はそれを躱すの繰り返し。

 そして、全方位から囲むように聞こえてくる、あの不気味な声。

『ぬう……全員が月神の従者という訳ではないのか? ならば問うが、其方達の何れか、我の見方をする者はないか? 所詮、我がこうしているすべての元凶は月神に――』

「「「それはないな」ないわね」ありえません」」」

 それは示し合わせたような即答でした。

 そしてそれに続いたのは、わたくし達の気持ちを代弁したのは……先程まで九龍様と言い合っていた、志穂さん。

「悪いわね、確かにアイツのやり方にはイロイロ言いたいトコロだけど、別にアイツが間違ったことをしてきたとも思ってないし、それにつき合わされてるあたし自身、間違ったことをしてるつもりもないわ――変に盲信して間違ったやり方を取るアンタと違ってね」

『我の方こそが間違ってると? クッ……やはりこの場にいる全員が我の敵という訳か。ならばやはり遠慮はせん! 存分に恐怖を味わうがよい』

 引き続き……いえ、時折雪にのめり込む固体が出て来るほどに一段と早く、それほどに不規則な動きで襲いかかってくる黒い羽。

 しかしそんな中にあって、九龍様だけが多少上の空といった感じで羽を避け続けているのが見て取れました。

「あのぅ。九龍、様?」

「っ! おう、夏羽か。すまん、なんだ? 聞いてなかった」

「いえっ、あの。志穂さんが、ですね――」

「いーのっ! あっ、はふぁ……聞こえてないなら別にいいから! って言うかさぁ、アンタ、なにをぼーっとしてたのよ――ぁふ」

「うん? ああ、ちょ~っとばかし妙なことに気付いてな」

「妙なこと。ですか?」

 そうして九龍様は、羽だけは避けつつもその場に留まり、まるで黒い雪を自ら受けるように空を見上げてつぶやくのでした。


「やっぱそうだ……黒い雪に紛れて、別のモノも降ってる」



 ~第七章・妖精の涙~制裁者(お仕置き)


 統率されきった動き、自傷も厭わない攻撃手段。おおよそ自律飛行しているとは思い辛い、不自然な軌道変化。

 この黒い羽達が奴の意のままに操られているのは、火を見るよりも明らか。

 黒い雪に紛れて降って来る、それとは別のモノによって、それは確信に至る。


《~~~!》


 見れば先刻俺の鼻先に落ちてきてたのは、魔力を感じない小さく純粋な滴――涙。


《~~~!》


 精神を研ぎ澄ませば、無数に訴えてくる小さきモノの悲しみ。


 そうか……そういうことかい。

「んなろ、ちょこまかと。こうなりゃAK47で纏めて撃ち落と――がびぅふっ」

 肋骨の隙間にツッコミを入れ、崩れるやっちゃんの上を黒い羽が通り過ぎて行く。あぶなかったな。

「ったく、なーに物騒なこと言ってんだよ、やっちゃん。こいつら良く見てみろ」

「見てみろ……って言われてもなあ、九龍。俺らの動体視力とお前のとを一緒にすんなっての! 一匹だけならともかく、複数で来られるとか、おちおち見てられん」

「――泣いてんだよ。こいつらは単に操られてるだけだ」

「それはっ、本当の話っ、ですっ、かっ?」

 断続的に飛来する羽を躱しつつ、夏羽が活路を見出したように聞いてくる。どうやら気付いたらしいな。

「ま、そういうことだ。夏羽、時間掛かるかもしれねーが、こいつらに掛かってる術、祓え。やっちゃんと志穂はその間援護。んで、俺は奴を……」

『ちっ、祓術の使い手が居たのですか。ならば先にそっちの娘から――』

 何処からともなく、木々の間に響き渡る奴の声。そしてそれに合わせるように、従うように飛来する羽達。

「そうふぁっ、させないわよっ……ねむ」

 だが、それらの軌道は局地的な突風により次々と逸れてゆく。

 そこでは志穂が、ふらふらと船を漕ぎつつもその鋭い徒手空拳で風を紡いでいた。まるで見えない敵と戦う酔拳の使い手のように。

『速い……?! これが人間の動きか?!』

「あーのーねぇっ、超人は九龍一人! あたしはっ、ごくデフォルトのじょしこーせい! なのよっ!」

 ――というよか、どちらかと言うと寝相が悪いか駄々をこねてる子供のようにも見えてきたが……まあいいか。

「うっし、そんまま頼む。やっちゃん、いつまでも寝てねーで少しは志穂を見習え!」

「む、無茶言うなやはぁぁっ! だいたいこうなったのふぁあ――って、九龍! 俺の話をぉひ――」

 最後まで聞くワケもなく、俺は夏羽を中心に大きな円を描くように駆けて奴を探す。

 黒い羽を正確に操るためにも、奴は夏羽の姿を確認できそうな場所に居るはず。それはそう遠く無いはず。


《我、影ニ在リテ影ニ非ズ》


《其ノ姿、何処ニモ在リテ何処ニモ無シ》


《迷ヒノ木々ヨ、我ガ敵ヲ惑ワセ》


《ホロウ・フォレスト(幻影の森)》


 突如聞こえて来た詠唱。突如現われた奴。

 ただしその姿はひとつではなく、ふたつ、よっつ、やっつと増えていく。

「へぇ、自分の分身を作り出す術か」

『ククッ。ただの分身ではありませんよ?』


《集ウハ闇、塗リ潰サレタ縮空ノ珠》


 やがてそのひとつが口を開き、また別の詠唱を始める。アレが本体か? それなら、


《ブラック・スフィア(黒き球体)》


 奴がその言葉を口にした瞬間、前に突き出した奴の両手からは術名通りの、スイカ大の黒い弾丸が飛び出し――

 それは俺が同時に撃ち出した、ミカン大の黒い弾丸が貫き、砕いた。

『なん……とっ?!』

 奴が驚いたのもつかの間、その小さな方の弾丸はそのまま打ち出した奴の両手から腹、背中へと順に貫き――そして奴の一人は、また溶け込むように地面へと消えていった。

「ちっ、ハズレだったってワケか」

『そんな、莫迦な?! 詠唱を破棄しただけでなく、術名も無しに我の術を打ち破っただと?! 信じられん、いったいどうやって』

「いや、術とかじゃなくて単にその辺で作った雪玉をぶつけただけだが。何か?」

 もちろん、きっちり岩入りだがな。良い子悪い子普通の子問わず、絶対マネすんなよ。

『なん……とっ?!』

 さて、奴の分身だが一撃加えれば消えるものの、その各個体に攻撃能力が在ることは分かった。そこまで分かれば簡単な話だな。

「あんま時間もねーし、この一撃でイロイロ纏めて吹き飛ばすか」

 奴の分身の術は唱え終わったらしく、最終的な敵の数は三十一。

 各固体の存在する方位は二十五から六十三の間、誤差はあってプラマイイチ。距離は十二から七十四の間……プラスアルファ。

『ククッ。斯様なこと、できるものか――』


《ネバー・エンド(永久なる漆黒)》


 俺の術名と共に、右腕からは放射状の黒い波動が何処までも伸び続け、それは木々達を大きくしならせて黒い雪を舞い上がらせながら地表を撫でつつ削っていき、やがて傾き過ぎた黒い柱となって奴等全員の身体を次々に飲み込み空へと飛び出していく。

 その光景はさながら、天使のハシゴならぬ悪魔のハシゴってトコだな。

『――か、っ。かはっ?!』

 本来のものよりもかなり威力は落ちているが、まあ一撃加えるだけでいいんだ、詠唱なんぞ要らんだろう。

『おの、れぇっ! だが、我の分身を幾度倒したところで……』

 そうして後に残った奴は唯一人。こいつこそが、本物のアタリってワケだ。

「あ~、さっき言ったろ? 『イロイロ纏めて吹き飛ばす』ってよ」

『な、にっ?』

 その瞬間、ふたたび地面に溶け込もうとした奴の動きが止まる。そして、黒かった世界に光が差し込んで広がっていく。

「どうした、影に隠れねーのか? それとも隠れられねーか?」

『太陽、だと? まさかお前は……』

「ああ、そうだ。雲ごとテメェの分身を吹き飛ばした」

『しっ! 信じられん。まさか、まさかまさかっ、これほどまでだったとは』

 その分、大量の魔力を使っちまったが、まあそれだけの成果は在る。例えば、

「これであの黒い雪は止んだ。それにあの黒い羽達――いや、元・雪の妖精達の動き、だいぶ鈍くなってきたみてーだな。ま、雪の妖精は太陽の光が苦手だって話だったからな」

『! 貴様、それすらも計算に入れて?!』

「そーゆーこった。見たとこ、テメェの術も同等のようだが」

 さて、と。これで奴の手はあらかた潰したはず。仮に奥の手があったとしても、奴の動きが鈍ってる今なら出す前に対処は可能。

『わ、わかった! もう復讐は止める! だからもう……』

「見苦しーな、オイ。つーか俺への復讐ならいっくらでも来いや――全部潰すけどな――だが“テメェは他の奴等も巻き込んだ”それがテメェの免れざる罪って奴だ」


『ひっ?! ひいぃぃぃぃぃっっっ!!!』



 ~第八章・初雪~粉雪(レミオ○メン)


 暖かな太陽の光が差し込めて、まるでもういちど朝が来たかのように意識はハッキリとしてきました。

 祓いの儀式のため一時的にわたくしはここを一歩も動けず、九龍様の様子を見ることは叶いませんが、今はわたくしにできることをするだけです。

 黒い羽の動きが緩慢になったのを機に、ひとつ、またひとつとその黒かった羽は透き通るような蒼色へと戻っていき、やがてそれは波紋のように広がっていくのを感じます。

「志穂さん、矢島先生。もう、少しですっ」

「ふあぁ、っ。な~に、もう終わりなワケ? 終わってみると案外アッサリね」

 それは今にも朝の挨拶を交わしそうな雰囲気になり、始まりのような、終わりの時。

「だな。てか九龍の方は……うおっ、なんか見ない方が精神衛生上良さそうだ」

 え、え? いったい何が起きて――


『ひっ?! ひいぃぃぃぃぃっっっ!!!』


 そうして蒼い羽達――雪の妖精が飛び交う中、その悲鳴は山中に轟き、本当にこれですべて終わったことを告げていました。

 あ、はは……あたかもこの世の終わりが来たかのような叫び声でしたが、まあ、これも当然の報い。ですよね? 一応。

「く、九龍の野郎。えげつねえ……俺、あと三日はレバーが食えなくなりそうだ」

「あたしは当分、パンと野菜と栄養ドリンクだけでいいわ」

 あのっ、志穂さん?! 矢島先生?! 一体全体何がっ。何があったんですかあ?!


「さーって、終わり終わり。とっとと撤収するぞ~」


 そんな九龍様の一声で、ようやく儀式が済んで動けるようになったわたくしと、げっそりした志穂さんと矢島先生が歩きだします。

 何が起こっていたのかは……やはり聞かない方がいいのでしょう。

 見上げれば、不自然に空いた雲の裂け目が自然と塞がっていき、辺りはまた曇り空に。

 その厚い雲へと吸い込まれるように、まるで喜び踊るように、雪の妖精達は上昇していくのが見えます。

 後にはちらちらと“本物の初雪”が降り始めていき……



 そのひとつがふわりと、眠たそうな九龍様の鼻先に舞い降りるのでした。





    おしまい

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