巻の一 vs.コミュ力モンスター (3/3)
「ゆ、譲るってそんなことできるのか?」
「わたしが譲ると言ってるからできますよ」
今から思えば何もかも出鱈目な話だった。
平安京でだって結婚を譲るなんて話は普通、なかった。
「せ、先方があなたを望んでいるのにぼくなんかが顔を出したら皆、笑うんじゃ?
いや怒るんじゃ? 普通絶対怒るよね?
裁判になったりするんじゃないの?」
「こう言えばいいんですよ」
〝ぼくが先に四の君を慕って密かに交際していたのに、右近の少将・道頼に縁談を持ちかけるなんて! 不実な!
――と道頼本人に抗議したら『ではそちらに権利がありますね』と言ったのでこの兵部少輔が四の君の聟です〟
「……いやいやいや、無茶苦茶じゃないか?」
そんなことできるわけないじゃん。
姫の家に一言も相談しないとか。
……しかし正直に言おう。このときぼくは寝起きに降って湧いた話にちょっと唖然としていて判断能力を失っていた。
このぼくが。
十四歳の美少女と結婚。
結婚ってあの結婚?
清い身のまま僧になり来世に懸けるくらいしか選択肢のないぼくが?
童貞卒業イベントを?
「こうでもしないとあなた、一生独身ですよ? いいんですか?」
道頼は悪魔そのものの口調でそう言った。
「いいんですかって」
「その歳まで法師にもならずにいたのは多少なりと女性と縁を結びたいからでしょう?
それほど世を疎んでいるのなら出家遁世するのが世の倣い」
「いや、この時代の仏道はハードモードで……」
そしてぼくは一瞬垣間見えた「童貞卒業」の四文字で頭がパンクしていた。
生きているだけでいっぱいいっぱいだったぼくが親戚の紹介でノーリスクで結婚。
そんなうまい話があるわけないとわずかな理性が抵抗するところに、道頼は更に檜扇を鳴らして言い放った。
「女房に笑われるのがお嫌とおっしゃった。
女に怯えて逃げ隠れするばかりの人生でいいんですか!
あなたの一生、ここで変えなければいつまで経っても変わらない! ここで変えなければ」
――期間を限定することで人間の選択肢を狭める心理テクニック。
コミュ力モンスターにはそんなこともできるのだ。
人の話など聞かなければ笑われることも騙されることもない。
それがぼくの哲学のはずだった。
一生、それを貫き通すべきだったのだ。