巻の一 vs.コミュ力モンスター (1/3)
どうやら生まれつき、顔面が不自由だったらしい。
でもこの時代だとイケメンって言っても「引目かぎ鼻」なんでしょ? と思うじゃん?
人は彼を指さしてこう言った。
「鼻の穴が大きい。人が通れそうだ」
「宮中に馬を献上する儀式に、あいつを出したらどうだ。これぞまさに人馬一体!」
「それそういう意味じゃないしwww」
言いたい放題であった。
しかし彼を最も追い詰めたのは、嘲りの笑いではなく。
「鼻息が荒くてキモい」
率直に言い放たれたこの一言だった。
――息しなきゃ死んじゃうじゃないか! どうしろって言うんだよ!
これ以来、緊張すると息の仕方を忘れて、ひどく息苦しい思いをするようになった。内裏なんてパリピの巣窟に入っていけるはずもなく、年がら年中、仕事にも行かず親の邸に引きこもっていた。
父親がまた駄目だった。なかなかに彼に劣らずコミュ障の変わり者、治部卿というイマイチぱっとしない感じの貴族だったが。
「笑われても堂々としておればそのうち、皆、見慣れる。お前には辛抱が足りない」
「いじめは無視していればいつか飽きてやめる」説だ。実際にはいつまでも飽きない。いつまでもイジり続ける。イジりのインフレすら起きる。この頃は娯楽が少ないので一層。きっと百年でも二百年でも馬ネタでイジられ続けただろう。
基本的人権など望めない時代なのでそれを苦にして死んでも誰も同情してくれない。親は何の助けにもならない。スネはかじりまくるが。
いっそ仏門に入り法師になろうかとも何度も思ったが、坊主になると生臭物が食べられない。
――いやこれはシリアスな話。平安時代なのだ。日本仏僧の主食である味噌汁、沢庵、高野豆腐、全部ない。豆腐がギリギリあったかどうか。身分の高い僧侶は白飯ばっかり、そうでなければ雑穀粥ばっかり食ってろということになる。この時代の仏僧はハードモードだ。
とはいえいつまでも邸に引きこもって父の財産を食い潰すばかりでは落ちぶれてしまうのは明白。そのときこそいよいよ出家遁世せねばならない。父親が生きている間くらいは俗世でぐずぐずしているか。
たとえ貴族に生まれても顔がイケメンでないというただそれだけでお先真っ暗。人権など望めない時代だった。
そのままでは結婚など思いも寄らなかったはずだが。
そもそもの発端は右近の少将・藤原道頼だった。
ぼくの親戚なのだが、これが絵に描いたようなパリピのイケメン。光源氏か業平か。遊び歩いて浮名を流しているらしい。
それが、ふらりと邸にやって来た。