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神災都市~災ト神ガ巣クウ都~  作者: がじろー
3/4

壱之章「都市ノ伝説」




 「グスッ、なにゆえにわたくしめは貴様と補習を受けにゃならんのだ」

 放課後の教室、夕日が射し込むノスタルジックな風景の中に十月洸と永城万里の二人は大量の課題を相手に悪戦苦闘を強いられていた。

 「チッ、貴様が逃げるからだろうが。あの場でやりあってればいいものをーーーーーー」

 「そこォ!! 口を動かす前に手を動かせぇッッッ!!」

 檄を飛ばされ思わず二人は手を動かし始める。

 我らが最恐の監督、渡浦撫子女史と言うこともありさすがの問題児も素直にならなければ本気で夜中になっても帰してくれないだろう。

 「なっちゃん、これはいくらなんでも酷くない? ワタクシ、今日はスーパーでタイムセールが待ってるのですが?」

 「ほう、かみやんは私との補習(デート)よりも特売を優先するとは………………男としてどうなのだ?」

 「いや、何か違うッッッッッ!?!? デートって響きが違うように聞こえちゃうぅぅぅッ!!」

 十月洸は涙を流しながら課題に取りかかり隣では万里が余裕気にスラスラと終わらせていく。

 「効率が悪い奴め。こんなもの適当にパッパッパと終わらせればいいのだろうよ」

 「永城ォ、適当な答えは課題が倍に増えていく呪いをかけているぞ?」

 「クソがァァァァァァァァッッッッッッ!!」

 様々な方法で終わらせようと努力したが結局二人が課題を終えたのが夜の八時を回った頃だった。





 「ヤバい……………………………………死ぬ」

 「チッ、何故俺がこんな目にーーーーーーーーーーーー」

 たっぷりと地獄を体験した二人はもう言い合いをする気力もなかったのか肩を落としながら校門をくぐった。

 「あ、やっと終わったッスか?」

 「十月さん~、お疲れさまですぅ」

 柊楓と天垣燈花がゲームをしながら待っていた。

 「楓、燈花。何してんだ? こんな時間まで」

 はて、と洸は頭に疑問が浮かぶ。何か約束でもしていたのだろうか?

 「いえ、私たち先程までそこの『カミュ』に居てたんですけど、カエちゃんが多分二人ともそろそろ終わるんじゃないかって」

 さすがもう十年の付き合いになるが洸の行動がよく分かっていた。

 ちなみに二人がいたという『カミュ』とは喫茶店『カミニュレーゼ』の略でこの辺の学生には憩いの場として知られる有名店だ。

 よく生徒達曰く放課後の楽しみの一つらしい。特に女子生徒に人気がありそこのマスターも女子生徒には甘いのかサービスデー(女性限定)をやっているのも人気の一つだ。

 「あぁ…………で? 本当にどうしたんだ? いつもなら駄弁って解散してんじゃねーの?」

 特に示し合わせたわけではないのだが、こんな風に迎えに来るというのは滅多にないことなのだ。

 「いえいえ、最近この辺も物騒なので一緒に帰れたらなぁって思って。ほら知りません? 最近噂されてる『白銀の女』の話」

 するとその話に食い付いてきたのが意外にも万里だった。

 「あぁ、今話題になっているな。確か………………夜な夜な一人でいるときに白銀の髪をした女が突然現れてただ一言『確かめさせろ』と言って鎌を振り回すとか言うやつだったな。だが所詮よくある都市伝説だろう? 実際一人で歩いていたがそんな奴見てないぞ?」

 「いや、何気無く言ってるけどそんな事してたの? 何バカなの?」

 洸の罵倒を無視し万里は拳を手の平にバチンと当てた。

 「一応は寺の息子でもあるしな。悪鬼の類いだろうが変人の類いだろうがまとめて潰す」

 「お寺の息子さんが相手を潰すのはちょっと………………あ、でも悪霊退散はやってほしいかも、です」

 燈花が楽しそうにいうのだが、悪霊退散のイメージはあくまで陰陽師なのでお寺の、というよりかは神社が正しいような気もするがどちらも大差がないのだろうか? とそんな割りとどうでもいいことを洸は思っていた。

 「しっかし、最近そんなことがあったの? ニュースは何となく見てるけどそんな事一回も言ってなかったような気が………………ってかバンって寺の息子? マジ? ぷぷぷぅ、似合わねーッ」

 「一度死ぬか?」

 ここでいつものじゃれ合いが始まるが気にせず楓が話を続ける。

 「ワタシも知らなかったんッスけど、トーカ曰く都市伝説の一種だそうで。ほらよくあるッスよね? 口避け女とか○○女って…………」

 確かに都市伝説ーーーーーー友達の友達、いとこの知り合い、はたまた人伝にと伝説の連鎖は事実を歪めてしまう事があり根も葉もない噂は広まるのが早い傾向にある。これもその一つなのだろう。

 一通りのどつき漫才が終わったのか洸が話に割ってきた。

 「まぁこのテの話題は新聞部とか好物そうだもんなぁ。さっき補習中に新聞部が慌ただしかったのはそのせいか………………撫子女史、すんげぇキレてたもんなぁ」

 先程の補習時、新聞部の「新ネタだとぅ!? ヒャッホーッッッッッッッ!! 今日はパーティーだ!」と訳のわからないテンションでうっかり我らが撫子教諭が聞いてる前でハメを外すような言動をしたために新聞部の何人かが教室前で正座させられていたのを思い出した。

 「新聞部………………なっちゃんの特集を無許可で出した上に滅茶苦茶に書かれてたからなぁ」

 正直、その光景は本当に鬼の生まれ変わりなんじゃないかと思うほどの表情だったので見慣れていない人は軽いトラウマになっただろう。

 「確か同じクラスの奴もいたな? 名前は思い出せんが…………」

 「いや永城くんのクラスメートッスよね? 名前は八宵魅奈(ヤヨイミナ)。前回なっちゃんの特集とコーと永城くんの記事でアタシらの学年の人気者になった娘ッスよ」

 そういえば、と洸は思い出す。

 数ヶ月前の一年の終業式で妙な女子生徒に声をかけられ質問攻めにされた記憶がある。まさかあの時は自分が学園新聞に載るなんて夢にも思っていなかったが。

 「で? 結局その『白銀の女』ってただの噂だろ? まぁ確かにこんな時間に女二人で帰っても危ないだけだし一緒に帰ればいいだけなんだけどさ。実際襲われた奴いるの?」

 もっともな質問をするもその手の話に詳しい者は誰もいなかった。

 「ま、バンじゃねーけどそんな変人がいたら警察とか動いてるだろうしそんなに気にすんなって。さっさと帰ろうぜ」

 洸が促すと三人はそれぞれ歩き始めた。

 が、

 「(ん? あれは……)」

 洸は誰も居ないはずの校舎に人影を見た。その人物は特に知り合いと言うわけではないのだが見知った顔でもあった。

 「ん? どうしたんッスか」

 「いや、あれーーーーーーーーーーーーーーー」

 洸が指を向けるがそこにはもう人の姿はなかった。

 気のせいだったのか。辺りも暗いしわざわざ夜の校舎に行く者もめったに居ない。何かの見間違いなのだろうと洸は一人で納得していた。

 「おい、行くぞ」

 「ん? あぁ……………………」

 何かモヤモヤとしたものが洸の中にあったがそれを振り払うかのように帰路につくことにした。





 「(……………………寝れねぇ)」

 時刻はもう12時を回る頃だった。ベッドに横になるもかれこれもう三十分以上この状態で寝返りをうっては頭から離れないことがある。

 一つはこの近辺で発生しているという都市伝説の話。

 ここ大曲原(オオマガハラ)市は開発が進んでいる街であり、その半面昔ながらの風習のようなものが残っており民俗学の研究者や本の題材としてもよく取材に来たりと二つの顔を持つ街でもある。

 中には今では考えられないような凄惨な事件や伝説も残っていたりするが都市開発などで殆どは廃れているのは事実だった。

 なのでその時はたかが都市伝説と笑ったがあながちただの噂と一蹴するのもどうなのだろうか。

 そしてもう一つはーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

 「……………………………………行ってみるか」

 洸は軽いジャージに着替えると部屋を後にした。

 四月の初旬とはいえ、外は肌寒く背筋がぞわぞわとする。

 「寒っ!! 行くの止めたい」

 だが、そう言いつつも洸は自分の愛車(バイク)に股がり走らせた。

 チリチリと洸の中で行くことを拒絶するかのように警鐘が鳴っているがその感覚を気のせいだと思い込んで夜の街を駆けるーーーーーー。

 洸の通う『静森学園』は徒歩と電車を合わせて三十分ほどだが、バイクを走らせると僅か十五分ほどで到着する場所にある。

 最初自転車も考えたが補導される危険性を考えると幾分かマシだろうと思いバイクにしたのだが、

 「あ、ばっばばばばばばばささささささっっっっっっぶぅうううううッッッッッッッ!!」

 四月の初旬で学園が山中と言うこともあり気温はマイナスになっていた。最初は薄着でも大丈夫だと思っていた洸も本気で後悔し始めてきた。

 「い、いいいやややっやや、おおおおおおかしいっっだろ!? マイナスって!! 四月ですよ!? っつか、じ地面こここ凍ってるし!?」

 ハンドルがどうも捕られると思ったら山道に霜が出来ていたので慌ててバイクを止める。これ以上運転をしていたら余計に事態がややこしいことになると判断したのだ。

 「うううううぅぅぅぅ……………………どうするよ、これ」

 明らかにおかしい気温に途方に暮れる洸。自然の猛威には人間どうすることも出来ないと判断し戻ろうとしたときだった。

 「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

 ぐにゃり、と景色が歪んだ。

 比喩ではなく本当に一瞬だが周りが歪んだのだ。

 「な、んーーーーーーーーーーーーだ、これ……………………」

 ほんの一瞬の出来事だ。

 世界が変わったとよく耳にするフレーズが頭を過る。

 この場合は自分の価値観が変わって世界が新しく見えると言う意味なのだろうが十月洸の場合は“文字通り世界が変わった”のだ。

 まず空気が淀んでいる。

 寒気はするが粘っこい、ドロドロとした空気が充満しているので息を上手く出来なかった。

 次に今夜は綺麗な月が出ていた。

 満月ではないにしろ綺麗な楕円形の月が夜道を照らしていた。

 だが、

 “今はその月が赤く紅く染まっていたのだ”。

 「なっーーーーーーーーーーーー」

 洸は絶句した。

 その奇妙な光景にもだが、もう一つ。



 「今夜はーーーーーーーーーーーー月が綺麗ね」



 凛とした声音。

 いつの間にか少女が洸の目の前に立っていた。

 赤い月夜に照らされてか“雪を連想させるかのような煌めく銀髪”を靡かせながらーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

 「おいおいおい………………嘘だろ?」

 洸の思考が停止する。

 その間にも少女はゆっくりとした動作で一歩、また一歩と近づいてくる。

 「突然で悪いんだけどさぁ」

 「ッッッッッッッ!?」

 洸の体が動く。

 それと同時に少女もまた口を開いて言葉を紡ぐ。

 洸の位置から声は聞こえるはずだが、自分の心臓の音が煩くて何も聞こえない。

 しかし彼女の口の動きを見ただけでなんと言ったのかが分かった。



 た、し、か、め、さ、せ、て



 「う、あ、ああああああああぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!」

 全力で、みっともなく叫びながらも後ろに転がるようにその場を離れた。

 すると一陣の風が洸の頬を撫でると同時に鋭い熱と痛みを感じた。

 そして、

 ガギャァッ!!

 何かを引っ掻くような音が側で鳴った。

 慌てて体を起こすとアスファルトの一部が抉れていた。

 「へぇ、よく避けれたのね………………………………でも」

 シャラン、と少女が手にしていた“モノ”が音を鳴らす。

 よく見るとそれは一本の鎌だった。

 刃の部分は彼女の後ろに見える月と同じように紅く染まっておりそれだけでも絵になるほど美しく、そして幻想的だった。

 だが、一つ問題点があるとすれば彼女の持つ鎌が物語に出てくるような死神が持つ大鎌(デスサイズ)だと言うことだ。

 「鎌って、昔話のジーさんの持ってるような鎌じゃねーのかよ!!」

 慌てて身構えるも洸は喧嘩は出来ても殺し合いは経験がない。今までも木刀や金属バットや釘バット、一番厄介なのはナイフや日本刀を持ち出してきた馬鹿もいたが何とかなった。

 だがその条件は多対一の状況であった事ともう一つは相手が得物を“使い慣れてなかった事”が一番大きい。

 今回はどれも条件に当て嵌まっていなかった。

 「クソッ!!」

 なので洸に残されたのは逃避することしか選択肢に残されていなかった。

 「逃がさないッ!」

 当然のように少女は追い掛けてくる。

 それを見た洸は山道を逸れ雑木林の中へと逃げ込む。

 息が切れるがお構い無しに足を動かす。体力はある方だがいつまでも逃げれるとは思っていない。

 「おわっ!!」

 足に木の根か何かが引っ掛かったのか盛大に転けてしまった。運が良いのか悪いのかびしゃり、と水溜まりに突っ込んでしまったので衝撃が和らいだお陰なのか派手に転びさえすれど痛みはそれほどでもなかった。

 「痛ってぇ……………………………………………………………………………………え?」

 最初は水溜まりだと思っていた。

 ーーーーーーだが、水にしてはドロッとしていた。

 次に鼻にツンと強烈な臭いがした。

 ーーーーーー鼻血が出たのかと思ったが妙に生臭い。

 振り返り何に躓いたのかを見てみた。

               駄目だ。

 木の根?

               駄目だ。

 それにしてはやけに膨らんでいた。

               駄目だ。

 ゴミを誰かが捨てたのか?

               ダメだ。

 いや、

               ダメだ。ダメだ。

 それにしては

               駄目だ、ダメだ、だめだ。

 人のーーーーーーーーーーーー

    駄目だ    ダメだ     だめだ   駄目だ    ダメだ    だめだ     駄目だ    ダメだ    だめだ  駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目見るな見るな見るな見るなみるな見るな見るな見るなななんあなななななあなんあなななななななななんあなななああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

 「うっ、ぐふぅッ」

 胃から込み上げるものを必死で止めた。例え吐いていたとしても晩御飯を食べれなかったので胃液だけだろう。そこは我らが鬼教師のおかげかもしれない。

 鉄の錆びた臭いがこの辺りを充満しているせいか鼻で息もし辛い。

 「あぁ、感想を聞かせてくれる? 貴方は“これ”を見てどう思うのかしら?」

 気付けばすぐそばには大鎌を持つ白銀の少女がいた。

 理不尽。

 その一言が頭を過った。

 昔からそうだ。

 「理不尽? 不条理? 不平等? 色んな事が頭を過ったよね? 貴方は何を思うのかしら?」

 フラッシュバックされたかのように昔を思い出す。

 あの時もーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

 「さて、喋りすぎたわ。そろそろ」

 少女が持つ大鎌が首に当てられる。

 絶体絶命。洸も本気でそう思い始めたーーーーーーが。

 「っざっけんなよ……………………………………………………」

 自然と拳を握る。

 絶望ではなくこれは『怒り』だった。

 「ん?」

 「ふざけんなって、言ってんだよォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!」

 洸は立ち上がり振り向き様に右の拳を少女に叩き込む。

 「ッッッッ!?」

 だが少女は持っていた大鎌の柄で受け止めるが体重差と拳を振るって来たのが想定外だったのか体勢を崩した。

 「何でッ!」

 洸はそのまま少女を見据える。

 その目には先ほどまでの怯えはない。

 「何でそう理不尽(テメェら)はいつでもどこでも人の日常(しあわせ)を奪いやがる!!」

 思い出すのは昔の自分。

 無力で非力で最弱で、そんな自分を変えたかった。

 「都市伝説(テメェ)が俺から日常を奪うって言うんなら、いいぜーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

 だから、十月洸という男は自分の日常(あたりまえ)を平気で奪う非日常(いぶつ)を全力で睨み付ける。

 「こっから先は、俺が都市伝説(テメェ)を潰してやるよ」

 静かで不気味な赤い夜で、二つの影が衝突しようとしていた。





 洸は拳を握ったまま動けずにいた。

 情けない話無策で突っ込んでも無事では済まないと思っている部分もあった。

 だからこそ心頭滅却ーーーーーー心と頭を冷静にしなければならない。

 「威勢が良かったのは最初だけかな? 来ないならーーーーーーこっちから行くよ!!」

 タン、と自分の体の倍以上ある大鎌を振りかぶり軽く踏み込んできた。

 だが洸はその場を動かない。

 “動けないのではなく、まだ動かないでいた”。

 彼女の直線上には洸しかいない。

 そう、本来ならば。

 洸は先程立ち上がったと同時に拳に隠れるほどの小石を手にしていた。

 それを指で弾き彼女の視界を遮る。

 「小細工をッ!!」

 だが彼女の方も冷静だったのか慌てず片手でそれを払いのける。

 その動作と同時にーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

 洸も同時に動いていた。

 大鎌の範囲は最初の一撃で大体把握していた。その範囲ギリギリまで洸は前進を止めない。

 「(あと三歩)」

 ここで足を止めてしまうと首を一気に持っていかれてしまう。

 「(あと、二歩)」

 こちらが近づいていることにようやく気づいたのか片手で大鎌を振り抜こうとする。

 「(あとーーーーーー、一歩ッ)」

 だがここでトラブルが発生した。

 洸の足元には先程と同じように誰かの死体が転がっている。

 そこでまた躓き体勢が崩れる。

 少女は自分の勝利を確信したかのように慌てず、ゆっくりと両の手で大鎌を持ち直し力を溜め込む。一気に振り抜いて首を落とそうと力んだ。

 「これでーーーーーー」

 終わり、そう呟いたように聞こえた。

 だが、

 「あぁ、そうだなーーーーーー」

 洸は崩れた体勢のままもう一歩踏み込む。

 「終わらせてやるよッ!!!!」

 拳はそのままほどかず、少女に頭突きを叩き込んだ。

 「が、は…………ッ!」

 思わぬ攻撃を食らい今度は少女の体勢が揺らぐ。

 そして、

 「う、おおおおおおおおおおおおおおおおおおぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!」

 バッキィィ!! と倒れ込むようにありったけの力で拳を少女の顔に叩き込んだ。

 少女は吹き飛び後ろにあった木に叩きつけられて崩れ落ちる。

 「はぁッ、はぁッ、はぁッ、はぁッーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

 洸の息が荒く心臓の音も煩いぐらいに騒いでいた。

 上手くいった。そう思っていた矢先、

 何事もなかったかのように少女は立ち上がった。

 「…………………………………………………………………………」

 自分の口元を拭うと血がついていた。

 それを見た少女からはドス黒い何かがゆらゆらと漂ってくる。

 「やるじゃない、自分の血を見たの久しぶりかも」

 そう言って少女は再び大鎌を構える。その目にはさっきまでの油断も隙もない。ただただ目前の“敵”を葬る事だけを考えていた。

 刹那ーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

 気付けば目の前に少女がいて、首元にまで大鎌が迫っていた。

 さっきまでのスピードの比ではない。

 死。

 この言葉が脳裏を過る。

 洸が諦め目を強く瞑る。

 「…………………………………………………………………………??」

 だが、死の衝撃はいつまで経ってもやってこない。洸が目をそっと開くと大鎌はすぐそこにあった。そしてその持ち主(しょうじょ)|もそこにいたが、目を見開いて違う方向を見ている。

 「う、そ? こいつじゃ………………ない? でも障気が流れてくる方向はーーーーーーーーーーーー」

 こちらに視線を向けると少女はそのまま大鎌を引き消えるように立ち去った。

 林の中は静寂に満ちいつの間にか赤い夜もいつもの光景へと戻っていた。

 「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっは、」

 息をするのを忘れていたのか洸は一気に体の力が抜け笑いが零れてきた。

 「助かった、のか?」

 おもむろに携帯を取り出すと時刻は深夜の一時を迎えようとしていた。長いようで短い、そんな時間の感覚を覚えた。

 「そ、そうだ! 警察!!」

 慌てて周囲を見回す。

 だが、

 「あ、れーーーーーー?」

 先程見つけた死体は影も形もなく、“初めからそこには何もなかったかのように”森林が広がるだけだった。

 「何だよ…………………………………………何なんだよッッッッ!!!!」

 だが洸の叫びは虚空に消えるばかりだった。

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