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ある晴れた日の出来事

 大之木未来子と妹との邂逅に俺はほんの少しだけある期待をしていた。それは『変わった者』と『変わるべき者』との接触による意識の伝染である。

 分かりやすく言うなれば、かつて大槻家を牛耳り果てはここら近辺を支配した我が妹と、現在豊富な語彙に加えて端麗な容姿で油断させての不意討ちボディブローで暴虐無人に暴れまわる大之木未来子が出会うことで、大之木未来子に自分の姿を客観的に見つめ直させ、改心させてしまおうという、という魂胆だ。

 だがしかし、この作戦には1つ……。正確には、大之木未来子を相手取る以上それは無数に存在し立ちはだかるのだが、あえて1つだけ上げざるを得ない、もっとも大きな懸念事項があった。

 それは封印されし魔王の復活。今ではすっかり身を潜め落ち着きを取り戻した妹の暴言という炎が、猛々と燃え盛る大之木未来子の火に当てられて再燃してしまっては目も当てられない。ミイラ取りがミイラになる、とはよく言ったものだ。妹のそれはあくまでも身を潜めただけにすぎず、完全完璧に改善されたわけではない。何かのきっかけでもぐらのようにひょっこりと顔を出せば、あとは魔王の復活を指を加えて待つ他ない。

 まさに諸刃の剣、大之木未来子(魔王)を制しようとすれば、妹(魔王)に制されるかもしれないというリスクを負った今回の案だが、当然俺にも考えあってのものだ。

 そもそも大之木未来子を改心させようという前提こそが誤りであり、それ自体は結果的な副産物でしかない。もちろんこれで彼女の暴言が少しでも抑えられたならそれはそれで都合がいいのだが、大之木未来子がいかに強敵でいかに天の邪鬼な性格か、俺はよくよく理解していた。

 大之木未来子は常に前を向いていて、決して振り返らず、引き返さず、省みない。大之木未来子は果てしなく強く、限りなく屈強で、淀みなく純粋な魔王らしからぬ魔王で、故に彼女は魔王となったのだ。今さらたかだか出会って数日の得たいも知れない1クラスメイトとその妹によって討ち滅ぼされるようでは、とうの昔に清き志を持った勇者の手で滅せられていることだろう。

 俺の真の目的はそこになく、では何ゆえかと問われれば単なる興味本意という非常に質の悪い答えになるので出来れは双方に悟られたくないものだ。

 

 最強の矛と最強の矛、突き合えばどちらかが最強ではなかったという結果が生まれるのは必然である。

 試したくのは男の性、妹と大之木未来子への個人的な私怨を孕んだ世紀の1戦が今まさに始まろうとしていた……。

 

 

 

 さて、妹と大之木未来子が対面を果たすにあたって、その歴史的瞬間を迎えるに相応しい場所をセッティングする必要があるのだが、しかしながら俺の行動範囲の内側に異性のクラスメイトおよび肉親を伴ってのおよそ有力と思われる候補はなく、釣り球にもならない外角高めのボール球として、図書館あるいは閑静な住宅街で場違いな雰囲気を醸す客付きの悪い喫茶店、それから学校の近くに店を構えるファミリーレストランが頭に浮かんだ。

 とはいえ俺は後者2つには訪れたことはなく、喫茶店に関しては果たして今日この瞬間店を開けているのか、そもそも無事営業できているのかさえ定かではなく、またファミリーレストランも場所が場所だけに同じ学校の生徒もよく利用することから、鉢合わせの可能性も考えるとバッドなチョイスとなる。

 あくまでも今回の邂逅は『妹の進学に関する相談』を題目としており、結局のところ図書館という選択肢は非常にベストでナイスなチョイスになるが、俺がそれを渋のには、側溝よりも深く藍よりも青い理由があった。

 

 図書館の司書があまりにも美人過ぎるのである。

 

 それは防衛本能。そして男の性。

 俺は件の美人司書の前で大之木未来子に言い負かされるという顔が火になる程の恥をかきたくなく、もちろん俺は大之木未来子に負ける気は更々ないが僅かにでもある可能性は避けたい質であり、例えケガ率が1桁だとしてもこういうときに限って爆弾が爆発するのだと考える俺は、出来ることなら図書館は選択肢から外したかった。

 しかし俺の貧弱で偏りの激しい行動範囲から無難な場所を絞り出せば、最終的にそこにしかたどり着かないのだ。

 俺から提案した以上、俺が場所のセッティングをするのは至って自然かつ極めて必然の流れであり、それを放棄し大之木未来子に頼ろうものならその時点で俺の不敗神話は崩れ去り、大之木未来子は俺の内蔵を抉るがごとき暴言と共に高らかな勝利宣言を上げるだろう。

 まさか中学生の妹に任せることも出来ず、俺は泣く泣く大之木未来子に放課後の集合場所を伝えた。その時の表情はまさに苦虫を噛み潰したような顔だっただろう。

 ホームルームが終わり、部活と帰宅とでクラスが騒々しくなると同時の行動だった。

 

「……あなたの話を聞く限りあなたと私は別行動のようだけど、あなたが提示した図書館は私の家とまったくの逆方向だということは考慮に入れていなかったのかしら。ここまで来るととことん卑劣でため息も出ないわね、大槻。それに図書館のおおよその場所は分かるけど、実際に行ったことはない上にここから歩いて簡単にたどり着ける距離でもないわ。そうね、それなら私は電車で向かおうかしら。その場合、もちろん電車賃、そこからのタクシー代はもちろんあなたに請求してもいいのよね、大槻。だって私はあなたに頼まれて仕方なくあなたの妹さんの相談相手になるのよ。それぐらい当然、むしろプラスマイナスゼロの応酬で時間を割くことに感謝してほしいくらいだわ」

 

 大之木未来子はまた長々と捲し立てたがよくよく考えてみると彼女の主張は昇天するほど的を射ており、俺は僅かの間静かに悶絶していた。

 

 そして苦虫を噛み潰したような顔そのままで放った苦し紛れの返答がこれだ。

 

 「知ってるか。二人乗りってのはな、ばれなきゃあ校則違反じゃあねえんだぜ……………」

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