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いわゆる、普通の高校生

放置していた他の作品も更新を始める予定なので、そちらも見ていただけると幸いです。

 桜の花が盛大に咲尽くし、人知れず散っていくこの季節。入学式も卒業式も控えていない年の比較的気楽な朝は、あからさまに大きく鳴らす足音によって始まる。

 

「うるさい」

 

 もちろん、音の主には届けない。それは呟くというより、噛み締めるの方がしっくりくる。仮に彼女の耳に届いてしまえば、面倒な口喧嘩の火種になってしまうことは明白だった。

 

 時刻は6時30分。目覚まし時計にセットした時間より15分早いが、窓から差し込む日差しのせいか、いつもよりもいい目覚めに感じた。

 あぁ、そうか。1人で勝手に頷く。今日は入学式か。目覚めがいいのは、今日に備えていつもの何時間も早くに眠りについたからだろう。

 2年生のみ出席、という悪しき校風を恨みつつ、昨日までの自堕落な生活習慣をリセットするかのように、俺は大きく伸びをした。

 

 

 

 

 

 月とすっぽんといえば、まさに俺の隣の席で本を読む女子生徒と俺を指すことわざだ。相も変わらず傍若無人ぶりを発揮し、至るところに敵と、何かに目覚めたファンクラブを作り作らせる大之木未来子(おおのきみらこ)は、黒い革製のブックカバーに包んだ書籍に視線を這わせる。

 黒い髪、大きな瞳、白い肌と話に聞いていた通りの人物像だったが、彼女が恐竜を絶滅させるに至った"毒舌"の片鱗は未だに確認できなかった。

 そもそもなぜ彼女が俺の隣の席に座っているのか……否、なぜ俺が彼女の隣の席に座っているのかだが、俺は今日ほど自分の姓を恨んだことはない。

 

「大槻くん、ちょいシャー芯貸してくれや」

 

 前の席に座る男子生徒が体を捻り、片手を差し出す。俺が適当に件の物を放ると、男子生徒は礼と共に体を戻した。

 

 

 

 

 

  

 それは忘れられた活火山のように、大之木未来子の暴言というマグマは突如として爆発し、俺に溶岩を浴びせた。

 

「さっきから私のことを見すぎなんだけど。もし私に気があるなら告白して玉砕する前に諦めることをお勧めするわ」

 

 これはまだ前菜にすぎない。口を開かない彼女は例えるなら毒のないフグだった。

 俺は無意識の内に彼女を見やっていたのだろう。昼食を終え、前の席に座る男子生徒と雑談に興じていた時のことだ。大之木未来子はページを捲っていた手を止め、その大きな瞳から放つ鋭い視線と共に、口を開いた。

  

「雲泥の差って言葉をご存じかしら。月とすっぽんの方が分かりやすい? 仮にあなたが何人いたとして、私とは釣り合わないわ。だって0がいくつ集まったところで0なんですもの。もしかしてあなた、鏡を知らないの? 見たことがない? だとしたらまず、帰りに百貨店にでも寄って鏡を買ってきたらどうかしら? そうして、身の程を知って私のことはきっぱり諦めなさい。相応でない相手からの好意ほど、おぞましいものはないわ」

 

 ひたすらに淡々と言葉を吐く大之木未来子の口からマシンガンのように放たれたそれは、確かに俺の鼓膜を叩き、脳を揺るがし、精神を穿った。この威力なら恐竜を絶滅させたという説もあながち間違いではないと頷ける。

 その上で、俺はこうも思った。

 なんだ、その程度か、と。

 

 確かに彼女の言葉は辛辣で、毒々しく、手数も多く、まさしくマシンガンのようだった。それゆえに、一撃性に欠けるのだ。結局のところ、表面上の問題について長々と引き伸ばした薄っぺらい内容の文に過ぎない。

 俺はもっと短くて、内部に迫る暴言を知っている。それはライフルのように、たった一撃で俺の感情を撃ち抜き再起不能にしてしまう。もっとも、それは俺の内部を知る人間にしか出来ない所業だが。

 

 とにかく、彼女の暴言は俺のすべてを破壊し尽くした……ように見えたが、その実不意に沸いた暴言に怯み驚いていただけだった。

 

 そもそも彼女に対して好意を抱いていること前提なのがおかしな話だ。確かに大之木未来子は容姿端麗、ついでに成績もよく、眉目秀麗という単語がこれほどまでに合う人物はそういないだろう。

 しかし俺は話したこともない女子生徒に好意を抱くほど一目惚れしい体質ではなく、地位や立場に屈し諦めるほど貧弱な恋心は持っていない。随分と上から目線になってしまうが、もし俺が彼女に好意を持っていたなら、彼女が校内で話題になっていた去年の5月頭には、何らかのアプローチを行っていただろう。

 

「……すっかり黙ってしまったけれど、反論でも考えているのかしら。それとも戦わずして降参? やっぱりあなた、私とじゃとても釣り合わないわ。女の子に言い負かされるなんて、不甲斐ないにも程があるわね。帰りに百貨店に寄って、自分の泣き顔を好きなだけ見ればいいわ。……それとも、SNSなんかで私の愚痴を発信するのかしら。あなたって卑怯そうな顔だから、きっと話を脚色して私を悪者扱いするんでしょうね。まぁ、陰でストレスを発散するのは弱者の特権でしょうけど」

 

 大之木未来子の暴言は更に続くが、俺は言葉を発しなかった。

 

「何か言ったらどうなの? あなたの顔に付いてるそれは、食事と呼吸のためだけにあるのかしら」

 

 徐々にだが、大之木未来子の言葉から勢いが失われていく。そう、暴言は車と同じだ。発する度に燃料を消費し、やがて尽きる。もし仮に俺と彼女の間に因縁があったなら、彼女の暴言はそれを燃料に勢いはとどまることを知らないだろう。しかしたまたま隣の席の、これまで話したこともない2人の生徒に、幼少の頃喧嘩したまま離れ離れになってしまった幼なじみだとか、対立するグループのリーダーどうしだとか、前世で命を懸け戦った勇者と魔王だとか、そんな因縁があるはずもない。

 

 そして彼女のような暴言吐きが、相手の言葉を次から次へと掬い上げて燃料に変えてしまうのを、俺は知っていた。

 

 つまり、無言こそ暴言に対する最大の防御なのである。

 

「江藤、次の授業のここ、教えてくれ」

 

 固唾を飲んで防戦一方の様を見守っていた男子生徒は、「あ、あぁ」と困惑しながらも数学の教科書を開く。

 視界の端で一瞬大之木未来子の表情が歪み、すぐに冷静を装って閉じていた本に手を伸ばしたのを見て、俺は噛み締めるように呟いた。

 

「勝った」

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