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7「何の力もない小娘で」

本来ならば王族が王宮が出るとなると、護衛やら何やらが必要になるのだが、リッカにはそれがない。

そもそも侍女1人、その他従者0というのがおかしいのだ。

けれどそれにリッカは満足している。

ウェルネシア1人で護衛20人分ぐらいにはなるし、ウェルネシア以外の人間に支度を任せられる程リッカは寛容ではない。

リッカ自身が嫌がるからだろうから、というのが余計な従者を付けない建前だが、本音は違う。

父王の個人的感情によるものだ。

価値のない第二王女より、次期国王の第一王女や有事の際には即位する第一王子を守るべき。

それは正しい。

個人的感情と言えど、国王としては評価すべきだろう。

しかし、父親としてはどうか。

父王の個人的感情に含まれるものが、自分自身への悪意である事を娘に感じ取らせてしまった。




「父親なら、皆守りたいと思うのが普通じゃありませんかね、オトウサマ。」




リッカはもう、心のこもった声で父とは呼ばない。

しかし、恨み言を言った所で仕方ない。

所詮リッカは何の力もない小娘で、頂点に君臨する王には逆らえないのだから。







城を出ると、まだ少し冷たい風がリッカの髪を舞い上げた。

アグアローネ地方の春は肌寒い。


リッカは風を切って学院へと足を動かす。

もう始業まで時間はない。

ウェルネシアと戯れていたせいだ。

仕方ない、と走り出そうとするリッカの前に、

ききーっと耳障りな音を立てて商業用の台車が止まる。

「よ、リッカ様。今日はあの侍女さんはいねえのか?」

台車を引く日に焼けた男が挨拶をする。

「おはよう、トーヤ。

ウェルは今日忙しくて。私一人。」



リッカに声を掛けてきたのはトーヤという名の闇市の商人。

他国からの流れ者の血を引く為、髪も目も茶色である。

ウィスタリア王国の中では最下層の身分に当たる人間だ。

優雅な暮らしを享受している王侯貴族に対し、普通最下層の民は薄暗い感情を持つものだ。

しかし、リッカは彼等に気に入られていた。

王侯貴族から弾かれる原因となったラベンダーグレーの色が故である。

国から弾かれ気味な彼等としては、不思議な親近感があるのだろう。

リッカも贅沢三昧の王侯貴族より、彼等の方が好ましいと思っていた。



「急いでる様だが、乗って行くかい?」

トーヤは背後の台車を親指で指し示した。

「乗る乗る、是非乗らせて。」

渡りに船と思ったリッカは、迷わず煤汚れた台車に飛び乗る。

「じゃ、行くぜ。掴まってろよ。」

「ラジャー。」

リッカの明るい応答の後、すぐにトーヤは走り出す。


「はい、退いた退いたあ!姫様のお通りだい!」

目覚め始めた町の中を駆け、人を撥ね飛ばす様な勢いで走り続ける。

「リッカ様、おはよー。」

「おはよおおぉおおおぉ。」

台車の速度が早いせいで間抜けな挨拶しか返せないリッカに対し、町に笑いが溢れる。

それは決して冷たいものではなく、暖かいものだった。



けれどそれは、最下層の人々が住む───属にスラム街と言われる所だったからである。

小綺麗な町並みまで出てしまえば、ひそひそ声とクスクス笑いが断片的にリッカの耳に入る。

「リッカ様、あのよ。」

「何、トーヤ。」

気にしていなさそうな声でトーヤに答える。

「俺達はさ、姫様の事結構好きだから。

だからさ、あんまり気にすんなよ。」

「トーヤのくせに生意気。」

あははっ、とリッカは笑い声を上げた。

「知ってるよ。ありがとう。」

「おうよ!」

にししっとトーヤが笑うのが聞こえ、嫌な雑音はリッカの耳から遠ざかる。

ガッタンガッタンと体に来る振動は大きいけれど、きっと飾り立てられた馬車より精神的な乗り心地は良い、とリッカは思った。


飾り立てられた馬車なんて乗った事はないけれど。

留学に行かされる時も、質素な二頭立ての馬車だった。





─────

「ほい、とうちゃーく。」

台車は「ナッカグルド学院」と書かれた板が貼ってある門の前で止まった。

「ありがとう、助かった。

お礼にこれあげる。少なくてごめんね。」

昨日のおやつの残りである飴玉や、チョコレート。

スラム街に暮らすトーヤ達の目には一生入らない様な代物だ。

「子供、沢山いるのに。取り合いになりそう。」

「気にすんなって。キラキラした包装紙だけでガキどもは満足すんだよ。」

じゃあな、とトーヤは手を振って去って行く。

その背中にもう一度ありがとう、と叫んでからリッカは門を通過した。


学院の外に掛かっている時計を見れば8時57分。

始業のベルは9時ぴったり。

ギリギリセーフ。

リッカは胸を撫で下ろしながら、教室へと走った。








8時59分に教室へ入り、自分の席に着いた。

「おはよう、リッカ。」

隣から顔を見なくてもイケメンだと分かる様な声がする。

「おはよ、アイル。」

そちらに向き直れば、いたのは思った通りイケメンであった。


「···今日もキラキラだね。」

「そう?」

金髪緑眼の王子フェイスは、可愛らしく首を傾げた。

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