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6「新婚夫婦みたいだと」

「姫様ー、どこですかー?」

穏やかな雰囲気をぶち破ったのは、やはり抑揚のないウェルネシアの声。

「馬鹿姫様ー、お馬鹿なリッカ姫様ー。

早く出てこないと写真燃やしますよ。

姫様が特に気に入ってらっしゃるセレンティナ様の寝顔写真をー。」

「···すみませんエイムさん。私、そろそろ行かなければ。」

お馬鹿なメイドへの怒りを募らせながら、エイムに別れの挨拶をする。

「そのようですね。お時間を取らせて申し訳ございませんでした。

えっと、個性的な侍女の方ですね。」

笑いをこらえながらエイムが頭を下げる。

「あいつには事あるごとに困らされてます。

すぐ写真を燃やそうとするし。

あ···写真。」

何かを思いついたらしいリッカは、スカートのポケットから小さなファイルを取り出す。


「マリーネさんにあげちゃったからなー、写真。あちゃー、これしかない。

···ごめんなさい、これで良ければ。」

悩んだ末にミニファイルから1枚の写真を取り出して、エイムに差し出す。

「これは、」

「姉上の写真です。端っこに私が写り込んでるんですけど。

今これしか手持ちがなくて。」

王宮の城壁にもたれて夕焼けを見つめるセレンティナと、それを微笑み混じりの少し真剣な表情で撮るリッカのツーショット写真。

撮影者はマリーネである。

何だか微笑ましくてつい、と撮影者は後に語った。


「ちゃんとした姉上だけの写真が欲しければまた改めて、」

「これで構いません。いえ、これが良いのです。」

エイムは強い口調でリッカの提案を断り、その写真を大事そうに仕舞った。




そんなに姉上の表情が気に入ったのかな。

確かにその姉上は少し色っぽい良い表情だし、1枚の絵画みたいだけど。

お邪魔虫の私が入ってるんだよ。いいのかな。




そんなリッカの胸中を読み取ってか、エイムは柔らかく微笑んだ。

「仲睦まじい様子が見て取れる良いものです。」

本人が良しと思ってるならまあいいか、とエイムが満足げなのを見て、リッカもそれ以上何も言わずその場を去った。





──────

「で、ウェルはどこ行ったんだか。

こっちから声がした気がしたのに。

今はもう叫んでないから、あいつの現在地も分からない。」

キョロキョロするリッカだったが、突然後ろに垂らしていた髪を引っ張られる。

「おい、お前の侍女ならあっちに行った。」

「いった、いたいわ、フェイ!

離せ!」

「うるせえ!」

叫ぶリッカに叫び返すのは小生意気な黒い目を持つ少年。

リッカ達の弟、フェイネルである。





フェイネル=アイネウス。

セレンティナとリッカの同母弟。

ウィスタリア王国第一王子だが、リヒトやリッカより王位継承権が下の4位。

姉セレンティナを敬愛しているが、リッカとは仲が良くない。というより一方的に嫌っている。





「フェイにしては朝早いね。剣の稽古か何か?」

やっと離して貰えた髪を手で適当に整えながら聞く。

「お前には関係ない。」

「そのお前呼ばわり止めてくれない。」

「嫌だ。

お前を名前で呼ぶなんて吐き気がするんだよ!」

「は、き、け···。」

うっと胸を押さえるリッカを一瞥してから、フェイネルは立ち去って行く。



「···上手くいかないな。

なんでかな。反抗期?

ちょっと寂しいぞ、お姉ちゃんは。」

やれやれと頭を振る。

「あんな我儘王子、始末してしまえば宜しいのです。」

何か金属を構える音がし、リッカは誰がそんな事を言ったのかすぐに見当がついた。

「ウェル、可愛い弟に手を出さないで。

それにあれはうちの第一王子。有事の際には王位に就く人間。

本人にその気はなさそうだけどね。」

何だかんだフェイネルは弟として可愛く思っているリッカ。

「リヒト様の事を大層尊敬している様ですからね。

趣味が悪うございますこと。」

昨夜同僚にリヒトの写真を見せて貰い、やっと顔を思い出したウェルネシア。

リッカの目線が自分の手元の暗器──長く鋭い針に向いているのに気付き、のそのそと仕舞い直す。

「まあまあ、そう言わない。

趣味は悪いとは思うけど、フェイは余り父上に構って貰った覚えが無いからね。

リヒト···様を父か兄みたいに思ってるんだよ。」

様付けするのを躊躇ったが、渋々付ける。

「そう仰る姫様もでは?」

歩き出すリッカの斜め後ろに続くウェルネシアが問う。

「父上に構われた事が少ない?

まさか!

そんな事はないよ、ウェル。

ちゃあんと、何度も人質にしてくれてる。

ほら、構ってるでしょ。」

意地の悪い笑みを浮かべる主人にウェルネシアは溜め息を返すだけだった。




ごめん、ウェル。

少し、嫌な言い方をした。

お前がどう反応して良いか困る事を言った。

ごめんね。

でも、その位私はあの男が嫌いなんだ。

ウィスタリア王国現国王、稀に見る賢王、王妃を深く愛した愛妻家、子供───私以外を可愛がる子煩悩。

そんな肩書き、私にとっては全てどうでもいい。

大事なのはあの男が稀に見る糞野郎って事だけ。

父上······いや、父と呼ぶのも吐き気がする。


クライツ=アイネウス。

あの男は最低だ。





───────

「ほら姫様動かない、髪が。」

部屋に戻った二人は学院に行く支度をする。

「適当で良いって。いつも通り一つ結びで。」

「許しません。」

ウェルネシアはリッカの頭を引っ掴み、櫛を手に格闘する。

「今日から新学年なのです。最高学年なのです。

初日からだらしない姿を見せてどうするんですか。

だらしない姿は私だけのものです。」

「おい待て、不穏な言葉が。」

やっぱりこいつ、昨日からおかしいままだ、とツッコむ。


ウェルネシアと適当な事を言い合いながら、春の長期休暇中会えなかった友に思いを馳せる。

母国に帰ると言っていたが、どうしただろうか。

元気だろうか。


「でも面倒なので、やっぱり一つ結びで。」

ものぐさメイドの声で現実に引き戻される。

「最初からそれで良いって言ってたのに。」

リッカがぶつくさ言うのを無視して、ウェルネシアは鼻歌を歌いながら仕上げていく。

無表情で。

「さ、出来ましたよ。髪が伸び過ぎていましたから、上の方はお団子です。」

「ありがとう、ウェル。

お前は癖っ毛じゃなくて支度が楽そうだ。」

肩上で切り揃えられた銀色の髪を恨めしげに見る。

「私は姫様と違って素直ですから。」

「素直さで髪質が決まってたまるか。

じゃあ、行ってくる。」

「行ってらっしゃいませ、姫様。

ああ、侍女頭からの呼び出しがなければいつもの様にお供できましたのに。

くれぐれもお気を付けて。」

「分かってる。」

「···このやり取り新婚夫婦みたいだとお思いになりませんか?」

「お思いになりません。

早く仕事行け!」

口惜しそうなウェルネシアを捨てて、リッカは自室を出た。

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