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3「宝は姉上ですよ」

「姉上ぇええぇ、私は認めませえぇん!」

リッカの何ともアホっぽい叫びと、

侍女達の「きゃああ、リッカ様が降ってきた!」という可愛らしい悲鳴の四重奏が中庭から上がる。



9メートル上から飛び降りたというのに何故か無傷のリッカが、セレンティナに駆け寄りその膝で泣き伏せるのを確認してから

「あの馬鹿。」

と溜め息混じりに吐き捨てるウェルネシア。

リッカは昔から怪我も病も少ない。

どれだけ無茶なことをしても、何故かどうもならないのだ。

言ってみるならば幸運体質だろうか。

だがその幸運体質を以てしても、国の中での孤立感が解消されないのは皮肉なものだ。



ウェルネシアは面倒だ面倒だとぼやき、ひょいっと窓を乗り越える。

空中に投げ出された体は重力に従って落ちていく。

けれども慌てる事なく、地面近くで一回転して華麗に降り立った。

この程度朝飯前という表情で、少し乱れたスカートの裾を整える。


この様な人間離れした芸当をやって退けてしまうのは、ウェルネシアが数奇な運命を辿ってきたからなのであるが、この話はまた今度にしよう。






「どうした、リッカ。あんな所から飛び降りて。」

危ないだろう、とセレンティナが己が膝に乗ったリッカの頭を撫でる。

危険な行為を厳しく叱らないのは、何故かいつも怪我をしないリッカの奇行が今に始まった事ではないからである。

「姉上、ご結婚するというのは本当なのですか。」

姉の太腿に頬をこすり付けながら涙声で言う。

「······ああ、本当だ。」

少し目を見開いた後、なんて事無い口調で答える。


「どこの馬の骨ですか。」

「お前もよく知っている筈だ、可愛いリッカ。」

「可愛い······ぐへへ······じゃなくて、どなたですか。」

可愛いと言って貰えてヨダレが垂れそうになるが、姉の膝の上であった事を思い出し慌てて啜る。

「従兄弟のリヒトだ。

お前も可愛がって貰ったじゃないか。」

その名を聞いた瞬間、リッカの顔が凍った。





リヒト=バーントシェンナ。

御歳25。

リッカ達の父つまり国王方の従兄弟で、王弟バーントシェンナ伯の一人息子である。

黒髪黒目で見目麗しく、品行方正。

動きの一つ一つが洗練されていて優雅。

その為貴族の娘達の熱い視線を一身に浴びている。

しかし、身内だけは知っていた。

その実態がどうしようもないヘタレだという事を。

青年となった今は必死に取り繕って、理想の王子様キャラで通している様だが、少年時はどうしようもないビビりで、すぐにセレンティナに泣きついていた。

良く言えば繊細で優しい心の持ち主なのかもしれない。

けれども、そんな褒められたものでもない事をリッカは知っている。

無意識かそうでないのかは知らないが、異端である事を気にしていた幼い頃のリッカの心を傷つけてばかりだった。

因みにリッカ誕生時の父王の言葉をリッカに教えてくれたのはリヒトだ。






「いや、あれは姉上に取り入る為であってですね。姉上にアピールする為であってですね。

私の事なんてなーんとも思ってませんよ。

私を忌み嫌ってます。」

幼い頃受けた差別とも言える仕打ちを思い出し、不満そうに言う。

「姉上には、もっと相応しい人がいる筈です。

あんなヘタレより。」

「そうですわ、セレンティナ様。

リヒト様は面だけで、ただのヘタレでございます。」

忌々しそうにヘタレ、と吐き捨てるリッカに同意するのはセレンティナの侍女、マリーネ。

「分かってくれますか、マリーネさん。」

「ええ勿論ですとも、リッカ様。」

二人は熱い視線を交わし合い、強く手を握り合う。





マリーネ=シーモス。

ウィスタリア王国宰相の娘で、公爵令嬢。

セレンティナ付きの侍女達を束ねる筆頭侍女でもある。

セレンティナの信望者達を束ねる筆頭信者でもある。


当初リッカは、マリーネを始めとするセレンティナ付き侍女に良く思われていなかった。

誰にでも愛されるセレンティナに嫉妬したリッカが、セレンティナを害するかもしれないと思われていたからである。

しかしセレンティナへの愛の重さと深さが認められ、今ではセレンティナの情報をやり取りし、共に萌える戦友である。

簡単に言えばリッカが変態シスコンストーカーで、無害であると認められたという事だ。

因みにマリーネ率いるセレンティナ親衛隊の特別顧問はリッカである。






「良いですか、セレンティナ様。

リッカ様の仰る通り、貴方様にはもっと良い方が見つかります。

あんなヘタレ······失礼、リヒト様と生涯を共にする必要はないのです。」

そうだそうだ、とリッカとその他侍女は頷く。

ウェルネシアはリヒトの顔がどうしても思い出せず、首を捻っていた。

基本どうでもいい事は覚えないポリシーである。



「でもな、マリーネ。」

セレンティナは風にたなびく紫の髪を押さえる。

「私だけでは王になれないんだ。

この国は原則女王を認めないから。

リヒトと結婚すれば、両王という形が取れる。

あいつは王位継承権2位だからな。」

セレンティナは王位継承権1位だが、単独即位は認められていない。

王族や高位の貴族と結婚して初めて王と認められるのだ。


「姉上ほど王に相応しい人はいないのに······どうして?」

悔しそうに歯噛みする。

「仕方がないんだ、リッカ。

この国はお堅い所があるからな。

そんな風だからリッカも辛い思いをしてきた。」

寂しそうに、悲しそうに、リッカの髪を撫でる。

可愛い妹が異端として扱われた事を気に病んでいるのだろう。


「リッカの髪はこんなに綺麗なのにな。

瞳も輝いている。

他の誰も持っていない唯一だ。」

「姉上にそう言って貰えるなら私はもう満足です。

死んでもいい。

それにですね、宝は姉上ですよ。」

リッカは力説する。

「ウィスタリアの至宝、女神コンヘラシオンの再来と謳われる姉上。

そんな宝を、あんな···あんなヘタレに渡せるかー!」

「そうだそうだー!」

侍女達は拳を固め、上に突き上げる。

端に控えるウェルネシアは未だにリヒトの顔が思い出せない。

やはり脳筋ポンコツ侍女である。

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