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2「飴と鞭を上手く使い分けて」

ウィスタリア王国では髪と目の色が濃ければ濃い程高貴だとされている。

黒色を持つ者はほぼ王族の血を引いており、紫は王侯貴族や高位の神官。その他平民は青色が多い。


昔は髪色目の色で身分、職業、住所、果てには結婚相手まで制限されていた。

三系統以外の色を持つ者は、ウィスタリア国民にあらずとまで言われていたらしい。

この愚かな風習はアグアローネ地方の神話に起因するのだが、それは後に回そう。



ともかく髪色目の色が周辺諸国とは違う最も大きな特徴であり、それと神話から導き出される選民思想的な考えに酔っていたウィスタリア王国。

そしてそれを受け入れた周辺諸国。

そのような情勢のせいで、愚かな風習が生み出されたと簡単に推測出来る。


そのような差別的制度は国の発展を妨げるとして、十何代か前の王の知性で廃止された。

その為現在は周辺諸国と血が混ざり、黒紫青系以外の色を持つ国民もいる。

全人口の内、約4割程だろうか。



それでも尚高貴な身分の者、特に王族には濃い色が求められた。

現国王は黒。亡き王妃は紫。王妃の血を強く引いたセレンティナは紫。その他王子王女も黒か紫系統だ。

しかしその中で、リッカだけは透き通る様に薄いラベンダーグレー。

最早白に近い色。


リッカが一市民の娘であれば問題は無かった。

白に近い色はウィスタリアの中では大変珍しい物だが、前例がない訳ではない。

けれどもそれとは違い、王家には前例が無い。

髪色目の色は違えど、雰囲気と目鼻立ちは父王に似ていた所があった為、王妃の不義が疑われる事は無かった。

それは良くとも、リッカが“異端の姫”というレッテルを貼られた事は不運であると言えるだろう。






この子が私の子で無ければ。


リッカ誕生後、その姿を見て父王が呟いた言葉である。

リッカが幼い頃、蔑みの目と共にその言葉は投げつけられた。


お前はそう言われていたんだ。

哀れだな。

と。


異端の姫の父である自分を哀れんだのか。

そんな姫を生んだ妻に同情したのか。

それともただ単純に、娘の誕生を悔いていたのか。

どのような真意があったのか。

それは父王にしか分からない。

それでも、リッカへの愛情がそこに一滴たりとも含まれていない事だけは、その事実だけは、真実なのだ。



けれどもリッカは上手く生きた。

生き延びた。

天性の立ち回りの良さ、凡人以上姉未満の才覚と容姿により、表立って非難される事は無かった。


母である王妃ユリエッタは父王とは違って、リッカに全身全霊で愛情を注いだ。

その優しい王妃がこの世を去った後は、姉セレンティナが前にも増してリッカを愛でる様になった。



こうしてリッカは臣下の位に下ることもなく、国を追放されることもなく、ウィスタリアでどうにか育つことが出来た。

父王の命で、必要以上に周辺諸国への留学(という名の人質)をさせられたり、王侯貴族からの風当たりは強めだったりと困難も多かったが。








「目だけでも黒とかだったら良かったのに。」

そうぼやくリッカの目は髪と同じラベンダーグレー。

そんな主人の心に寄り添う様にして、隣に腰掛けるウェルネシア。

「私は嬉しいですよ、姫様とお揃いのなの。」

見事な銀髪の持ち主であるウェルネシアはくすりと笑う。


「私はこの国の者ではありませんし、そもそもどこの生まれか分かった者でなありません。

だからこんな色ですし。

でも、そんなはぐれ者の私を拾ったのは貴方です。

消える筈だった命を救い上げたのは貴方です。

国王陛下でもセレンティナ様でもありません。

私の唯一は、一生お仕え申し上げると決めたのは貴方です。」

無表情のまま小っ恥ずかしいことを言うウェルネシアに、リッカは頬を染めながら苦笑した。


「いつもはツンなのに、突然来るデレに弱いんだよな、私。」

ああ好きだなぁ、そういう所、とリッカはウェルネシアに体重を預ける。

リッカはウェルネシアを只の使用人とは思っていなかった。

仕える唯一の使用人であるせいもあるのだろうが、リッカはウェルネシアを愛した。

主従愛以上の愛で。

ウェルネシアには、リッカしかいなかったから。

愛せば愛する程、ウェルネシアからの愛は返ってくるから。

だから愛した。


「それを計算してやっておりますので。」

自称ツンデレメイドは風に乗るリッカの髪を捕まえて、櫛でそこそこ丁寧に梳かす。

リッカの髪は少々癖があり、中々纏まらない頑固な髪なのである。




主従だけの穏やかな時間。


ウェルネシアにとってはこの時間が至福の時であった。

この時だけは何だかんだ愛しい主人を独り占め出来る。

だが、そんな事は素直に面と向かって言わない。

ツンとデレ、飴と鞭を上手く使い分けて主人に接している。

ウェルネシアは分かっていた。

自分の主人が打算的な愛を自分に向けていると。

それでも良かった。

自分にはリッカしかいないのだから。

それでも、その愛を全面に押し出すのは気恥しいものだ。

だからこそデレっぽくない様にしてデレまくれるこの時間が大切なのだが、それを壊したのはウェルネシア自身であった。






「そういえば姫様、セレンティナ様のご結婚が決まったそうですよ。」

同僚達が噂していたのを思い出す。

ウェルネシアは良かれと思って言ったのだ。

セレンティナの事なら何でも知りたがるリッカに情報を与えたつもりだった。

感謝の言葉を貰いたいぐらいだった。

リッカを見下しがちな気位の高い同僚達とは出来る事なら話したくはなかったのに、嫌悪感を殺して情報を集めたのだから。








「······は?」

リッカが背後のウェルネシアに向き直り、怪訝な顔をする。

「いえですからご結婚が。」

なんなのだ、その顔は。

どう考えても感謝している顔ではない。

ウェルネシアは不思議だった。

そんなウェルネシアに掴みかかり、

「だ、れ、の?」

と、ゼンマイじかけの人形の様に首を傾げるリッカ。

「貴方の姉姫、セレンティナ様です。」

決まっているだろう。

どこまでとち狂ったのか。

と悲しくなるウェルネシア。

彼女がそう返した瞬間、リッカの顔は色の抜けた古びた白布の様になった。

そしてそのまますっくと立ち上がり、部屋の後方───窓から離れた所まで後退した。




「姫様、愚かな事はお止めになった方が良いかと。馬鹿がバレますよ。

いや、もうバレてますね。」

主人が何をしようとしているのかなんとなく長年の経験から察したウェルネシアは、失礼な事を織り交ぜながらたしなめる。

だがしかし、そんな言葉に耳を傾ける余裕の無いリッカは、ぐっと腰を落とし、掌を床に付け、大きく息を吸った。


そして、







「どこの馬の骨じゃああああああ!

誰にもやらんわああああああああ!」

と雄叫びを上げながら走り出し、その勢いのまま窓から飛び出した。

綺麗なクラウチングスタートを切っていたせいか、リッカは一羽の鳥の様に空中に飛び立ったのだ。



後に人は言う。

あれは見事な飛翔だったと。

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