17「この国の姫様だけど」
「ち、違いますよ。」
「あらそうですか、それは失礼致しました。
仮にも王族の私に、そんな無礼な事をするなんてありえませんからねえ。」
うろたえる女教師にとどめの一言。
女教師含め、教室中の全員が驚いていた。
どこをとっても王族らしくないリッカ=アイネウスが、自分が王族だと明言しそれを利用した。
これは初めての事である。
少なくともクラスメイト達は聞いた事がない。
貴族の子息は元から敬称をつける気などなかったようだが、良識ある市井の少年少女たちは「リッカ様」と呼ぼうとしていた。
しかしそれを止めて欲しいといったのは、他ならぬリッカ自身である。
自分はただの一学生であるから、と。
「リッカ。」
口角を上げて嗤うリッカに、セティが声をかける。
どうしたんだ、やっぱり具合でも、という意の目線を向けて。
「先生の指定された所は全て読みましたよ。着席しても?」
「え、ええ。」
裏返った声。
「そうですか。それは良かったです。」
リッカが何事もなかったかの様に席に着いた瞬間、終業のベルが鳴った。
「それでは、本日の授業はここまで。気をつけてお帰りなさい。」
最後まで裏返った声のまま女教師は教室を飛び出る。
「尻尾まいて逃げてった。いい気味。」
楽しそうに頬づえをつく。
そんなリッカの顔を、セティは無理矢理自分の方に向けた。
「リッカ、何があったの。」
「それを今から話すんでしょ。私の部屋で。」
至近距離で見つめあうというより睨み合う2人。
そこに邪魔に入ったのはいつもの通りウェルネシア、ではなく貴族の令嬢達だった。
「ええと、リッカ=アイネウスさん?
セティ様をえっと、貴方のお部屋に?」
3人の取り巻きを従えた縦ロール嬢が腕を組んで威圧的に尋ねる。
「そうですけど貴方に関係あります?
えー名前の分からない誰かさん。
あ、やっぱ縦ロールさんで。」
人を食ったようなリッカの態度に、縦ロールさんの顔が真っ赤に染まる。
「わたくしの名前はクールリア=タティールですわ。あの名門タティール公爵家の出なのですのよ。
わたくしを知らないなんて、お育ちが知れますわね。」
「クルクル=タテロール?センスあるね、貴方のご両親。
名は体をなす、っていうけど、貴方は正にその通り。
よっ、縦ロールさん。」
「ふざけないで下さいまし!
なんなんですの、貴方。
いつもいつもセティ様と一緒で。」
いくら幼馴染と言えど距離が近すぎてよ!」
「ええ?私は別にアイルに寄ってってる気はないんだけど。
アイルが寄ってくるんだよ。」
ねえ、と隣の幼馴染を見やる。
「リッカ、適当な事言わない。
いつも僕の隣に座ってくるのはリッカだよ。」
まったくリッカは、と首を振る。
「それはアイルの登校が早いから。」
「リッカが遅過ぎるんだよ。」
「遅刻魔だって言いたいの?」
「まさか。寝ぼすけさんって言いたいだけだ。」
「それもどうなの。」
けらけら笑うリッカとくすくす笑うセティ。
そんな2人の間に割って入ったのはやはり縦ロール嬢。
「そういうところが気に入らないんですのよ。
いつもいつも、べたべたべたべた。
セティ様が迷惑がっているのが分かりませんの?
異端なのに何様なんですの?」
「何様?」
ぞわっと何か冷たくて重いものがリッカの体から溢れ出る。
「何様ねえ。そんなもの決まってる。
この国の姫様だけど。」
縦ロールさんはご存じないの?
と可愛らしく小首を傾げるがその目は全く笑っていない。
「不敬罪で投獄からの処刑。そんなの私の指示一つ。
これでも王族ですから。」
「そ、そんなこと、」
「本当に出来ないと思う?」
ん?と更に首を傾け、口角を上げていく。
しかし目は笑っていない。
冷たく重い空気が教室を支配し、そこにいる人は皆地べたに這いつくばりそうな威圧を感じていた。
その威圧の中心にいるのはリッカ。
だんだん使いこなせてきたらしいそれを、縦ロール嬢の存分に浴びせる。
セティは困惑していた。
自分の幼馴染はこんな人間だったろうかと。
恐怖や畏怖を覚えなければいけない人間だったろうかと。
「ま、いいや。飽きちゃった。
行こ、アイル。」
つまらなそうに溜息を吐き、鞄を持って立ち上がる。
途端教室を支配していたものは、さあっと引いていく。
「ああ・・・うん。」
しかめっ面でよろよろセティも立ち上がる。
まだ呆然とし、立ち竦んだままの縦ロール嬢達の前でリッカはわざとらしくセティと腕を組む。
「そうそう、一応私とセティは婚約(仮)中だから。
そこんとこ、よろしく。」
語尾にハートマークをつけそうな勢いで言い、セティの腕を引っ張って教室を出た。