14「全ては彼女の手の上だ」
「この疫病神が!」
「言いがかりはお止め下さい、父上。」
平静を保った声のまま、リッカは後退りもせず父王を見つめる。
「これが言いがかりであるものか。
···女神の預言だ。」
「め、女神の?!」
フェイネルが掠れた声で問う。
「そうだ。この疫病神が生まれた時に授けられた預言。
···『全てを略奪するであろう氷の心を持つ異形の姫。気を付けよ、全ては彼女の手の上だ。』」
「な、んですか、それは。」
「大神殿の神代の巫女が言った預言だ!」
絶句するリッカに、父王は吠えた。
女神の預言。
それは絶対的なものであり、それが覆されることはない。
女神コンヘラシオンから預かった言葉なのだから。
しかもそれを神代の巫女───神降ろしをする神官がしたとなると、信憑性が高くなる。
「神代の巫女の?」
「ならばリッカ様は、」
「預言の通り···。」
先程まで国王の言葉に戸惑っていた人々も、目をギラギラとさせてリッカを睨んでくる。
女神の預言となっては信じるしかないからである。
「私はそんなの知らないのですが!」
「当然だ!今まで言った事がなかったのだから!」
父王は、はははと壊れた様な笑いを上げる。
「憐れなお前をそれ以上憐れにするのはやめてやろうと思っていた。さっきまで。
だがその恩情もやめだ。なしだ。
私の愛しいセレンティナを奪ったお前には、良い罰だ。」
「私が姉上を?
冗談じゃありません。
愛しい姉上を害するわけないでしょう!
言いがかりです!」
姉への愛を疑われて声を荒げる。
「どうだかな。
それも全て演技だったとしたら?
異端の疫病神が!」
異端。
リッカはその言葉を久しぶりに面と向かって言われた。
先日エイムが口にした時とは違い、激しい憎悪のこもったそれを。
「どうして、貴方はいつも···。」
言いたい事が沢山あるのに、異端という言葉が胸に重くのしかかる。
「いつもいつも、」
叫び出したいのに、吠え立てたいのに、喉がひりついて声が出ない。
「私の事を、」
聞いてしまったら、きっとああ返ってくると分かっているのに。
「愛して下さらない!」
裏返った声で哭く。
先程までの冷静さは最早跡形もない。
「今更それを聞くのか。」
お止め下さい、と宰相が強くたしなめるのを無視して父王は鼻で笑う。
「決まっている。
お前が異端だからだ。」
はらりと白い紙が舞う。
力の入らないリッカの掌から抜け出した紙が。
ひらひらと宙を回るそれは、ぱたりと地に落ちた。
分かっていたのに。
分かりきっていたのに。
聞いてしまった。
聞かずにはいられなかった。
どうして、と。
1度も聞いた事はなかった。
答えを恐れていたから。
それでも、口をついて問いが飛び出た。
僅かな期待を抱いてしまったから。
リッカ自身が今までやった事に対する糾弾のせいならば、それならばまだ救われる。
そうであってくれ。
そう期待してしまった。
けれどもそんな事はなく、異端だから、という答えが返ってくるのみ。
異端だから。
そんな短い言葉に込められた憎悪。
それは、リッカ自身を、リッカの生を否定するもので。
「私は、生まれてはいけなかったのですね。」
そんな小さな呟きが、誰にも聞こえぬ呟きが、頭の中で反響する。
「呪われてあれ!リッカ=アイネウス!」
そう叫ぶ父王の声が遠くに聞こえる。
憎い憎い声が。
フェイネルの泣きそうな顔も遠くに見える。
馬鹿、なんであんたが泣きそうなんだか。
優しい奴だよね、昔から。
今は反抗期なのか何なのか知らないけど。
宰相が父王を止めようとするのさえ遠い。
止めても無駄だって、と乾いた笑いが漏れる。
誰でもいい。
何でもいい。
私に、私に、私だけの生きる意味を下さい。