表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/23

11「全然お姉ちゃん出来てない」

カイナ=ランスロット=アイネウス(9)

リッカ達の異母弟。

ウィスタリア王国第二王子。

純真無垢で心根が優しい。

生来病弱。

黒髪黒目。



イルマリア=アイネウス(9)

カイナの双子の姉。

第三王女。

訛りのある乳母に育てられた為訛りがある。

黒髪紫目。



マーレンリーズ=アイネウス

カイナ、イルマリアの生母。

ウィスタリア王国国王の後妻で、唯一の側室。

二年前病死。

紫髪紫目。

「失礼致します。」

学院の門を出るや否や、ウェルネシアはリッカを姫抱きにする。

「···ウェルがこうするって事は相当急いでるの?」





ウェルネシアは足が速い。

足が速いなんて陳腐な言葉では足りない程足が速い。

どれくらいかと言うと、最盛期の雄馬の最高速度と肩を並べられる程である。

人一人を運びながら走ったとしても、リッカの全速力の倍以上の速さなのだ。

その為よくリッカは自分を運べと命令するのだが、このメイド、面倒臭がって言う事を聞かないのが常である。

どれだけリッカ急いでいたとしても普段はリッカを姫抱きにして運んだりはしないウェルネシア。

だというのに今回からは自分からリッカを運ぼうとした。

つまりダメイドのウェルネシアを動かす程の非常事態だということだ。





「ええ。話は走りながら致しましょう。

さ、行きますよ。」

ウェルネシアは頷き、ぎゅんっと一歩を踏み出す。

長い足が舗装された道を蹴り上げ、信じられない速度で進んで行く。


「で、何があったの。」

ありえない速度に体が追いつかないリッカは、口元を押さえながら尋ねた。

「カイナ様がご危篤です。」

抑揚のないウェルネシアの言葉のせいで吐き気は胃の奥に飲み込まれた。

「カイナが···?」

「はい。今回こそは危ないとの事で。

ですから急ぎ姫様のお迎えに参上致しました次第です。」

「飛ばして。」

リッカはまだ距離のある城を見据えた。

「宜しいのですか。これ以上速度を上げますと、姫様の胃が。」

「大丈夫。どうにかなる。」

「承知致しました。」

後で吐いても知りませんよ、と言いながらも、足を動かす速さを上げていく。

ウェルネシアの腕に抱かれているリッカの頭はぐわんぐわん揺れ、胃の中では食べた物がかき混ぜられている。

気持ち悪くて仕方がない。

それでも。

大切な弟を、家族を、もう2度と自分のいない場所で失いたくはないのだ。



カイナ、まだ死んじゃ駄目だ。

お願い母上、マーレンリーズ様、カイナを連れていかないで。

あの子はまだ生きていなくちゃいけない。

可愛いイルマリアの為にも。



仲が良好とは言えない異母弟妹。

それでもリッカは彼等を大切に思っていた。

自分と同じ様に母を幼くして亡くした彼等の痛みを、悲しみを、誰よりも分かってあげられると自負していたからだ。





──────

ふらつく足を引き摺り、息も絶え絶えカイナの部屋に駆け込んだ。

寝台の横に座るセレンティナと医師の表情から、山場は越えたという事は読み取れた。

ひとまず胸を撫で下ろし、部屋の端に不安そうな顔で立っているイルマリアに気付き、彼女に近付いていく。

「イルマリア。」

「リ、リッカ姉様。」

「大丈夫。カイナは大丈夫だから。」

「うち、あ、違くて···わ、わたし···、」

目をキョロキョロさせて戸惑うイルマリアの頭を撫でてから、リッカはセレンティナの背後に付いた。

「姉上。」

そっと姉の耳元で囁けば

「油断は出来ない状況だ。

しかしひとまず山は越えた。」

と、寝台のカイナの額をさすりながら答えた。

「良かった···。」

「ああ。カイナの部屋を訪ねて、倒れていたのを発見した時には心臓が止まった。

···恐ろしかったよ。」

セレンティナが恐怖を口にするのは珍しく、思わずリッカは目を見開いた。

「折り重なる様にして倒れていたお前と母上を思い出したよ。」

「···。」

「あの時も私はとても怖かった。

二人とも逝ってしまうんじゃないかと。」

硬い表情のままセレンティナはリッカの手を握る。

リッカの手には細かい震えが伝わってきており、セレンティナの恐怖がどれ程のものかリッカにはよく分かった。

「···大丈夫です、姉上。カイナは大丈夫です。」

「ああ。」

ぎゅっとセレンティナの手を握り返すリッカに、セレンティナも頷く。




「カイナ!」

けたたましい音でドアが開く。

それと同時に走り込んで来たのはリッカの弟フェイネル。

「姉上、カイナは!」

「無事だ。だからフェイ、ひとまず落ち着け。

イルマリアが怯えているだろう。

ただでさえお前は目つきが悪いのだから。」

端の方でプルプル震えるイルマリアと、寝台で眠る顔の白いカイナ。

その二人を交互に見、

「···すみません、取り乱しました。」

と素直に頭を下げた。

「心配だったんだろう、カイナが。

次からは気を付けなさい。

こっちに来い。手を握ってやれ。」

そろそろと足音を立てないように歩くフェイネルを微笑ましく思う姉二人である。


「イルマリアもおいで。」

セレンティナが端で縮こまるイルマリアにも声をかけた。

おどおどと周りを見ながら近付いてくるイルマリアをセレンティナは抱き寄せて膝に乗せる。

「大丈夫だ、イルマリア。

ほらご覧。カイナの顔色、良くなっているだろう。」

「···は、はい。」

セレンティナの優しい声に、イルマリアの泣きべそも少しずつ戸惑いが浮かんではいるが笑顔に変わりかける。

フェイネルはリッカ達の向かいでカイナの手を握り、

「早く起きろ。そしたら本を読んでやるから。」

と兄らしく振る舞っている。





···こういう時に、何の役にも立てないのが私なんだよな。


慌てるフェイネルを落ち着かせたのはセレンティナ。

不安でたまらないイルマリアの心を解したのもセレンティナ。

カイナを最初に発見して、それから看病をしているのもセレンティナ。


全て全て、姉のセレンティナ。




···ああ、駄目だな私。

全然お姉ちゃん出来てない。



兄弟達のすぐ近くにいる筈だというのに、何故だか遠く感じる。

取り敢えず安心で埋められようとしていた心に垂れる濁った墨。

それはどす黒く心を染めていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ