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「こっちまだ湧かず。そこそこ人増えてきたわ」
「俺んとこは周回する奴たくさんいるぞ。他に移った方が良い?」
「こっちもダメ。湧いてもタゲとられるぐらい人多い…orz」
「んま、狩れたらラッキーぐらいでいんじゃね?今回は捨て。各自適当に」
「「「りょ」」」
暗い部屋にて無表情でPCと向き合う一人の男性。黒田明。齢二十五。MMORPGに分けられる『にゃんにゃんスターオンライン(通称にゃん星)』のギルド長を生業としている。つまりは無職だ。
別に親のすねをかじってゲーム三昧する人種ではなく、ゲーム内の超レアアイテムを現実通貨で取引し生計を立てている。時にはデータを改ざんし増殖させる。つまりはチーターだ。そんな生活が成り立つヤツは皆無。懐事情は語るまでもない。
黒田明にも名前の通り明るい時代もあった。小・中は平均よりかなり上の容姿と成績のおかげで女子からは人気があった。緑豊かな田舎でもあったため、この世代にとって頭と顔は重要なステータスだ。女子に人気があったため『お目当て』の女子に近づく手段として黒田を利用する男も現れた。表向きは男女問わず好かれる種類の人間だった。
家の近くにあった男子校に進学した時から彼の日常は崩れ始めた。学校に行っても友人は出来ない。街で旧友に出会っても声はかけられない。旧友たちには既に新しい日常が生まれているから。もちろんそこに黒田はいない。今までは『利用価値があるから』ちやほやされていただけであり、女子に好かれない黒田に利用価値はない。このことに気が付いていれば全く別の日常が待っていただろう。つまりは単に性格の問題だ。
高校をボッチで卒業し、誰も知らない都会の大学へ進学しリスタートを図る。だが孤独の三年間は黒田を精神的に追い詰め、華麗な大学デビューどころか『人としてどうなの?』というレベルまで陥れていた。容姿端麗なのに引きつった気持ち悪い笑顔しかできない人間に友人としての価値を見出せる人間は希少だ。コミュニケーション能力も同年代と比べて少しずれ、日本語も良く分からなくなってしまった彼にとって現実世界は過酷なものになった。気がつけば彼はネット社会でしか自分の存在を見つけることが出来なくなってしまった。
大学にも行かなくなり中退する。親からの仕送りは途絶え絶縁。食う事にも困り住居すら奪われそうになる。相談するにも手立てはなく現実世界に彼の居場所はなかった。憂さ晴らしの雑談掲示板荒らし、他人のガチャ報告煽り、自分のガチャ爆死報告。ここだけだと最悪だが、新参者を擁護したり、自分のキャラ設定をネタ用に作り変えたり、少しでも良い雰囲気を作れるように指摘したり。少しは良い面もある。そんな中「にゃん星」に出会い、やり込み、解析と改造の知識を得て現実通過取引(RMT)を行う。だが所詮はネット世界。現実世界では次第に追い込まれていく。
強制退去の一か月前、彼はなかば自暴自棄に陥り大手掲示板にて『私これちかとりえないけど必要ありゅ?』とスレ立てとともに自画像を貼ると一日で千レスを迎えた。『私これちかとりえないけど必要ありゅ?』part20が立つ頃にはコテハンも増えアンチは減り程よい感じの混沌と化した。彼は満足していた。掲示板の世界では創造主であったから。『私これちかとりえないけど必要ありゅ?』part28の5スレで彼は書きこんだ。『このスレがちゃいご。あたち○ぬわ。部屋もイキるきりきもないですち』と。
コテハン連中の反応は様々。煽る奴、心配する奴、ガチャ報告でお茶碗ならす奴…そんな中、一際気になるコメントがあった。
969:赤頭巾@川被り
仕事やるよ。二丁目に来いや
コレが全ての始まりだった。