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女神再び……


-Side of Eva-


 時空の狭間から帰って来た私は、殴られるような頭痛を抱えながら、座りなれた黒いソファへと腰を下ろす。柔らかいソファが私の身体の形を象り、まるで全てを包み込んでくれるかのように安堵の気持ちが奥底から湧き上がってくる。

 辺りを見回すと大きなディスプレイの下に、いくつものキーボードが並べられており、自らが出てきた、人が入れるほどの細長い球体の機械が置いてある以外には、空虚な空間。今の自分には、生活感というものは一切必要がない。

 頭痛から解放され、ようやく落ち着いて考えることが出来るようになると、じわじわと地面から這い上がるように罪悪感が押し寄せてくる。

 こんな機械になってしまった身体でも、心は未だに人間を保っているのだと思うと、少しだけ冷たい笑みが溢れる。


「千年近くも生きておるのに、今更自分が人間などと思いたくもないわ……」


 そう独り言を呟いても、誰も答えてはくれない。独り言を呟くこと自体、自らがまだ人間であるという証拠だということに気がつき、再び呆れたような笑みを浮かべる。


「悪いことを、したかもしれんな……」


 ある意味、自分が行った行為は人助けのように思えるかもしれない。死ぬはずだった別の世界の人間の運命を、この世界の技術で生きながらえさせたのだ。

 彼は異世界転生と呼んでいたが、実際のところそれは少し間違っている。

 私が行ったのは転生ではなく転移だ。転生というのは生まれ変わることをいう。つまりはその人間が死なない限り、転生が起こることはない。だが、彼は死んでなどいない。私が時空軸という『拡三次元』を操り、この世界に時空を超えて転移をさせただけなのだ。

 まあ、異世界転生と思っているのなら、それを否定する必要はない。彼には異世界転生だと思っておいてもらった方が、説明の手間が省けるので助かる。


「死んでいた方がマシだった、などと言われなければよいのじゃが……」


 もちろんただの思い付きで彼をこちらに転移させたわけではない。こちらにもちゃんとした理由があって彼をここへ送り込んだのだ。でなければ、自分もあれほどの痛みを伴ってまで、あんなことをしたくはない。お陰でしばらくは身体が動いてくれそうにない。

 それに、一人を送り込むのが精一杯だろう。欲張って、これ以上の人間を送り込もうとすれば、何が起こるかわからない。事実彼一人ですら、この世界に送り込むのが精一杯で、送り込む座標すらも定められなかった。

 疲れなど感じるはずのない機械の身体は、しかし自らの脳に刻まれた過去の記憶のせいで、ぐったりと項垂れてしまう。


「今は少しだけ眠るとしよう……」


 今となってはあまり意味のなくなった行為ではあるが、それこそ過去の記憶がそうすることが一番身体を休めることが出来ると訴えている。ならば今は、脳が見ている過去の幻想に身を委ねて見ることにしよう。

 私はゆっくりと眼を閉じ、いつ振りかもわからない眠りに落ちていく。そこに意味など求めることなく、ただ本能の赴くままに。




 ピリリ、ピリリ、ピリリ…………。

 何処からか鳴り響く呼び出し音で目が覚めた。この場所に連絡が入ることなど、余程の事態ではない限り有り得ない。ということは、その余程の事態が起きたということだ。


「さて、誰があやつを拾ったのかのう?」


 先程まで眠っていたとは思えないほど、頭はスッキリと冴え渡っている。この画面先に誰が写るのかも、おおよその予想はついている。

 私はその先に映る少年の顔を思い浮かべ、熱を失った胸に痛みを覚えながら、ゆっくりと応答のボタンを押した。

 その向こう側に映ったのは、やはり予想通りの少年だった。私は彼が無事だったことに安堵しつつ、平静を装いながら彼に向けて呼び掛ける。


「やあ、久しぶりじゃの。そろそろ掛かって来る頃だとは思っておったよ」


 彼は驚きのあまり目を大きく見開き、開いた口が塞がらないといった様子でこちらを眺めていた。


「お前は……」


 そんな反応もわからなくはない。私はちょっとした悪ふざけで、自らのことを女神だとのたまっていたのだ。女神が普通にこの世界にいれば、驚くのは当然だろう。


 「ひどく驚いておるようじゃの。なんじゃ、その鳩が豆鉄砲でも喰らったような顔は?わしの顔がそんなに珍しいのか」


 恐らく彼の目には、桃色を帯びた髪を後ろで二本に結んだツインテールの、年寄り言葉を喋る幼女が映っているのだろう。何処かで見覚えがあるはずの。


「お前、なんでそんなところにいるんだよ。お前のせいで俺が一体どんな目にあったと思ってんだ。なのにお前は安全なところで、一人で傍観者気取りかよ、この似非女神が。大体な……」


 まあ、その怒りは当然のことだろう。その怒りをぶつけてきたということは、彼がどのような目にあったのかも、大方予想がつく。自分がやったことを鑑みれば、私は謝って許しを乞わねばならないのだろう。だが、彼を甘やかせている猶予など、こちらには残されていない。

 私は彼の言葉を最後まで聞くことなく、彼の言葉を途中で遮るように口を挟む。


「まあ、落ち着くのじゃ。言いたいことは山程あるじゃろうが、まずはわしの話を聞け。質問は後でいくらでも答えてやる。それでよいじゃろ?」


 捲し立てるように放っていた言葉も勢いを失い、口をつぐんだまま訝しげな表情を浮かべてこちらを睨んでいる少年は、已む無しといった様子で小さく頷いた。


「ヴィンセント、そやつの護衛をよくぞやり遂げた。誉めてつかわす。じゃが、ここから先は二人で話がしたい。席を外してはくれんかの?」


 黙ってこちらを眺めていた巨体の男に、この空間から出ていってもらうように促す。彼が断らないなどということは分かりきっていたが、それでも少年がいた為だろうか、無意識の内に疑問口調になってしまった。

 ヴィンセントは静かに頭を下げると、そのまま自動扉の向こう側へと姿を消す。私も彼も、他の誰かがいない方が話し易いことを沢山抱えている。

 私はひとまず頭の中を整理して、これからどのようにして話を続けていくかについて考える。話の内容を考えるなど、かれこれ何百年もしていないような気がする。


「ではまず、この世界について話をしておこうか……」



-Side of Akito-



 ヴィンセントの退出を合図にするように、ディスプレイ越しに映る、桃色を帯びたツインテールの幼女は瞼を閉じて、何かを思い出すように口を開く。


「この世界は現在、非常に不安定な状況にある。それは過去の人間たちが、未来のことを考えずに技術の発展のために、資源を湯水のように使ってきたことが大きな要因じゃろう」


 まあ、どこの世界にもある話ではあるのだろう。自分達の世界だって、他人のことを責められるような状況ではない。人間は誰しも、自分が存在している時間を生きる生き物だ。未来のことよりも、自分が如何にして生きていくかを考えるのは当然なのだろう。


「ただ、その過去の人間たちはもうおらん。残されたのは、使い捨てられた資源の山だけじゃ」


 当たり前だ。人間はどれだけの技術を獲られたとしても、老いというものには勝ることは出来ないはずだ。過去の人間たちがいなくなるのは必然なのだ。

 やはりここは異世界などではなく、未来の地球なのだろうか。俺たちが資源を喰い尽くしたために、荒れ果ててしまった未来の地球。

 いや、荒れ果ててしまった、というのは語弊があるだろう。なぜなら壁の向こう側は資源に溢れており、それこそ俺たちが思い浮かべる未来の技術を体言したような世界だったから。

 だから恐らく、この世界は資源が枯渇したことで、貧富の差が酷くなってしまい、俺は貧しい人々を救い出すために異世界転生された、というのが物語的には喉をスッと通っていくだろう。

 けれど、その理由がわからない。どう考えても、俺を転生したところで只の足手まといにしかならない。


「言いたいことはわかる。要は過去の人間たちが、無尽蔵に資源を消費したせいで、今を生きる人たちには、その残骸しか残らなかったってことだろ」


 俺は未だに無愛想な口調を引きずったまま、目の前の幼女に言葉を返す。だが、俺の答えはどうも的を射てはいないようで、幼女の反応は芳しいものではなかった。


「前半は大きな間違いはなかったが、後半は微塵も合ってはおらん。残されたのは、本当に資源の山だけなのじゃよ」


 彼女の言っていることがわからない。俺は彼女の言葉をどう理解すればいい。彼女が否定したものはなんだ。俺は何を勘違いしているというのだ。


「どういうことだ……」


 俺の想像力が足りていないのか、俺にははっきりと言ってもらわなければ理解することが出来そうもない。俺は幼女からの答えを、苦虫を噛み潰したような表情をしながら待ち続けた。


「そのままの意味じゃよ。この世界には、もう人間などおらん。残っているのは、資源の山、つまり機械だけなのじゃよ」


 彼女の言葉をすぐに理解することは出来なかった。彼女は今何と言った。人間などいない……。いや、事実俺はここに来て既に、様々な人間離れした人間たちと出会ってきた。人間がいないという彼女もまた、誰がどう見ても人間のはずだ。

 だが、今まで見てきた光景を思い出して、俺の血の気は一気に引いていった。きっと俺の顔は、本当に青ざめていたのだろう。


「まさか……」


 俺が答えを述べることを渋っていると、それを見かねた幼女が、自分の口からその答えを述べる。


「この世界に生きている、いや、存在している者たちは皆、人間ではなく、アンドロイドなのじゃ。しかも、既に千年近くを生きてきたな」


 彼女が提示した答えに、俺は唖然として開いた口が閉じないままでいた。今まで出会ってきた人間は全て人間ではなく機械だったというのか。

 たしかに、あまりにも人間離れした身体能力を目の前にはしていたものの、彼らの姿形や行動は俺が今まで見てきた人間と遜色なく、彼らが機械などと疑う余地はどこにもなかった。

 いや、違和感は多分に抱いていたが、それを認めるのが怖かっただけなのかもしれない。思い返してみれば、彼らの言動の節々には感情や表情の色が見られず、その言葉にも人間味というものが欠けていたように思える。


「待てよ、それはおかしいだろ。これまでに出会った奴らが皆アンドロイドだっていうなら、それを製造(つく)った人間がいないとおかしいだろうが」


 そう、機械は製造るものがいて初めて動くことができる。アンドロイドが自分自身で型作り動き出すことなんて出来るはずがない。


「ああ、おったよ。アンドロイドを製造り出した科学者たちは。しかし……、もう誰もおらん。何百年も前に、人間たちは全滅したのじゃ。この世界に残ったのは、彼らが無尽蔵に造り出した、大量のアンドロイドだけじゃ」


 先程も、彼女は既に千年近くを生きていると言っていた。機械だからこそ、それだけ長い生を許されている。それを『生』と言うのならば……。

 しかし俺は、そこでとても恐ろしいことを考えてしまう。人間たちが全滅し、アンドロイドだけが生き残っているとなれば、自ずとその結論が導き出されるはずだ。そして、それは俺たちがいた世界で、長きに渡って議論されている問題でもあるのだから。


「まさか、お前たちアンドロイドが人間を滅ぼしたのか?」


 その答えを思いついた瞬間、再び俺の血の気が引いていく。目の前にいるのは、人間たちを虐殺した、殺人アンドロイドかもしれないのだから。


「まあ、人間たちの間で、その恐れは相当に議論されておったらしいな。たしかにわしらのほとんどが、軍事産業のために製造られた戦闘アンドロイドじゃ」


 彼女の目を見ることが出来ない。目を合わせれば、殺されてしまうような気がしたから。そのアンドロイドとは思えないほどに滑らかに動く唇をジッと見つめる。


「じゃが、主の考えは全くもって的を射てはおらんよ。たしかに人工知能が人間を要らないものと認識し、滅ぼしてしまう可能性は無いとは言わん。それを恐れて、人間たちはあの手この手を尽くして、我々に倫理や道徳を植え付けていった」


 それは俺たちの世界でも盛んに行われていることだ。いずれ戦争が起こったとしても、その戦争は恐らく人の血が流れないものになるのではないかと、無知ながらに思い描いている。


「だと言うのに、人間たちは結局、自分達で殺し合いを始めたのだ。我々を未来のことも考えずに資源の限り製造り出し、倫理や道徳を、我々の殺しに対する意味を植え付けておきながら、自分達で殺し合い滅びたのじゃ」


 意味がわからなかった。それをしないための戦闘アンドロイドのはずなのに、何がどうなれば人の血が流れる結末になるのだ。ならば何のために、彼らはアンドロイドを製造り出したというのだ。


「まあ、簡単な話じゃよ。人が新たな力に目覚めた。ただ、それだけのことじゃ。その力は、我々アンドロイドなど、取るに足らない程の力だった。その力のせいで、人々は自らの力で争いを始め、わしらを残して滅んでいったのじゃ」


 人間たちがアンドロイドを製造り出し、そのアンドロイドたちを残して滅んでいった。そして、機械が支配する世界が完成した、という流れは理解できる。だが、それだけでは納得出来ないことが山ほどある。


「まあ、お前の言いたいことはわかる。力を手に入れた人間たちは、欲に溺れて自分達で争いを始めたって言うんだろ。それはなんとなく想像の範疇だ。でも、人が滅びるまで争うとは思えない。本当にそれが原因なのか」


 俺が彼女の言葉に違和感を覚えていると、多少驚いたような笑みを浮かべた後、察しが良くて助かる、というような安堵の笑みを浮かべながら、画面越しの幼女は答える。


「主の言うとおりじゃよ。流石にそれで全てが滅ぶほど人間も馬鹿ではない。それも滅んだ理由の一つじゃと言うだけじゃ」


 画面越しの幼女はそこで一旦間を置くように、組んでいた足を組み替えると、再び口を開く。


「では、もう少しだけ昔話をしよう。」


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