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空踊る少女


『侵入者の所在が判明。侵入者の所在が判明。判明している侵入者は三名。第一級指名手配犯、ヴィンセント・フルメタル、並びに第二級指名手配犯、クロス・ニールヴェルクおよびアザミ・クロロクス。警備兵は第一種戦闘体制に入れ。武器の使用許諾はレベルファイブとする。繰り返す。警備兵は第一種戦闘体制に入れ。武器の使用許諾をレベルファイブとする』


 その名を耳にして、俺は驚愕の表情を浮かべながら、自らを抱き抱える彼女を見る。

 彼女は先程の男たちからアザミと呼ばれていた。ならば彼女こそ、先程の放送で名を呼ばれた、第二級指名手配犯のアザミ・クロロクスなのか。

 俺は今、指名手配犯に助けられているっていうのか。冗談じゃない。このままでは逃げ切れたところで、俺も犯罪者扱いされることが目に見えているではないか。

 そこまで考えた俺の思考は、そこで踏みとどまる。

 いや、俺は既に犯罪者なのだ。今さら彼らの元から離れたところで、結局犯罪者として追われることは変わりないのだ。ならば、希望に賭けてみるしかない。犯罪者に希望を賭けるなんて、馬鹿みたいな話だとは思うが。

 それに、俺は今自らの常識を疑わなければならないのだ。彼女たちが指名手配犯だからといって、彼女たちが悪者であるという証にはならない。

 俺が疑惑や信頼といった様々な感情を渦巻きながら、彼女の表情を眺めていると、不意に彼女が脚を止める。

 先程まで眺めていた彼女の視線が、ある一点に釘付けになっている。俺は恐る恐るその方向へと視線を向けると、その光景に瞼を見開いていた。

 そこには、先程の警備兵とは比べ物にならない程に重厚な装備をした警備兵たちが、数十単位で空に浮かんでいるではないか。いくら彼女の速度があったとしても、ここを通り抜けるのは無理があるだろう。

 俺は目の前の光景に恐怖し、最早死をも覚悟していた。だが、目の前の少女は怯む様子など欠片も見せずに、重厚な装備を施した数十の警備兵を前に戦闘体勢を取る。


「あなたはここにいて下さい。相手の数を減らし次第この区からの脱出を図ります」


 その言葉を残して少女は自ら警備兵の群れに突撃していく。急加速した彼女を目で追える警備兵は一人もおらず、警備兵たちが彼女の存在に気がついた時には、彼女は警備兵たちの頭上へと跳び上がっていた。


「すみませんが、力付くで圧し通ります」


 そして彼女は警備兵の頭上で自らの脚を振り上げ、それを目にも止まらぬ速さで振り降ろした。

 警備兵の頭部が跡形もなくひしゃげて、地面へと叩きつけられる。そして、一瞬の静寂の後に、警備兵はまたも爆散し、身体だけを残して頭は粉々に砕け散った。

 そんな異様な光景を眼にした俺は、何が起こっているのかわからずに、ただ呆然と眺めていることしかできなかった。

 その轟音が戦闘の合図とでも言わんばかりに、残りすべての警備兵が辺り一帯に散開しながら、彼女に向けて先程までのライフルとは比べ物にならない口径の銃器を彼女に向ける。


「排除対象はアザミ・クロロクスただ一人だ。他は無視しても構わん」


 全ての銃口が彼女に向けられる。まるで、俺の存在を無視するように。


「排除執行っ!!」


 その合図と共に四方八方に散った彼らは巨大な砲口から、砲弾ではなく小型のミサイルのような円錐状の金属塊を放つ。金属塊は彼女に一直線に突き進み、凄まじい爆風と爆煙を引き起こしながら爆発した。


「アザミさんっ!!」


 俺はまだ呼び慣れていないその名をぎこちなく叫ぶが、それは杞憂だったようで、彼女は爆煙を押し退けながら宙へと舞い上がった。

 そして、空気を蹴るようにそこで脚を踏ん張ると、空中にも関わらず彼女の身体は急加速して警備兵の一人へと接近した。

 彼女は、無言のまま右足身体に垂直になるように伸ばし、鎌を薙ぐように一回転すると、脚は警備兵の首元を捉え、頭部を吹き飛ばした。

 警備兵は例に漏れず爆風をもたらしながら、頭だけを粉々に砕け散らせた。

 目の前で行われているのは、紛れもない人殺しであるはずなのに、爆煙に巻き込まれ、跡形もなくなる警備兵たちを見ていると、それが人殺しであるという感覚が薄れていく。


「怯むなっ、撃て!!」


 警備兵の一人の指示により警備兵たちは、自らの腕に携えた、巨大な砲口から次々とミサイルを発射する。だがミサイルたちは、彼女の速度には一歩及ばず、ビルの側面を駆ける彼女を避けてビル群に突撃して爆発していく。

 そして彼女は襲いくるミサイルを避けながら、次々と警備兵たちの首根っこを引きちぎっていく。警備兵たちは一人残らず爆発に身体を飲まれながら、身体だけを残して息絶えていく。


「す……、すげえ……」


 俺はあまりにも現実離れしたその光景を、ただただ呆けたように眺めることしかできなかった。

 彼女は全ての攻撃をまるで踊るように避け、その二本の脚を刃のように扱いながら敵の首を切り裂いていく。まるで無言で命を刈り取っていく死神のような存在。

 敵の残りも半分を切り出した頃、目の前で行われているのが人殺しだという感覚が記憶の彼方に飛んでいきそうになっていた頃、事態は急変する。

 敵の数も減り、一人一人の間隔が拡がり、その合間を移動する彼女の速度が、俺でもわかるほど明らかに減速したのだ。

 当たり前だ。俺を抱えたまま数キロメートルを走った後で、数十人を相手に一人で戦っているのだ。むしろ、今まで疲れを見せなかったのがおかしいくらいだ。

 それに戦い馴れた警備兵たちが気付かないはずもなく、警備兵たちは動きを変えながら、彼女を追い詰めていく。

 誰も指示などしていないにも関わらず、まるで誰かの指示を仰いだかのように、警備兵たちが一斉に背中からマシンガンを取りだし、ミサイルではなく銃弾の嵐によって彼女を追い詰めていく。

 そのせいで、彼女の移動距離はさらに増えるが、それでも彼女は更に半分の敵を蹴散らした。

 俺の行動はいつの間にか、傍観から応援へと変わっていた。その時の俺は、これが人殺しであるという意識はなかっただろう。スポーツを応援するような感覚で、ただ目の前で美しく舞う彼女を応援していたのだ。


「行けっ!!アザミ!!」


 先程のぎこちなさはすっかり薄れ、ただ必死に彼女へと声援を贈る。

 恐らく彼女には届いていないだろう。彼女の表情は微動だにしなかったし、彼女は今戦場に集中していて、他のものに意識を向けている余裕などないはずだ。

 そして、彼女は遂に最後の一人の首元を蹴り飛ばした。その爆発が勝利の証であるかのように、爆煙は天高くに上りながら風に吹かれて消えていった。

 最後の敵を倒した瞬間、初めて彼女の表情が緩んだような気がした。

 しかし、そう思ったのも束の間、緊張が解けた彼女の身を、両端にバーニアが装着されたワイヤーロープに絡め取られ、ビルの側面に張り付けにされてしまった。

 そのワイヤーロープが放たれた方向に視線をやると、そこには全て倒したはずの警備兵がゆっくりと姿を現した。


「油断したな。第二級指名手配犯、アザミ・クロロクス。最早貴様の逃げ場はどこにもない」


 警備兵は彼女に、あの巨大な砲口を向ける。

 彼女を助けなければならない。けれど、恐怖で脚が震えて身体が動かない。先程までの戦いに、自分が入り込める訳がない。一瞬で消し飛ばされるだけだ。

 けれど、自分のために命を張って戦ってくれた彼女を、見殺しになど出来る訳がない。ここで立ち上がらずに、いつ立ち上がるというのだ。


「うおおおおおお!!」


 俺は雄叫びを上げながら戦場へと自ら脚を踏み入れ、彼女を救うために走り出した。直ぐ側に落ちていた、マシンガンを拾い上げ引き金に指を添える。

 思った以上にその黒い金属塊は俺の身体にのし掛かかるが、これまで鍛え上げてきたその腕で、何とかそれを支える。


 『努力をしたことは、いずれ回り回って意味を為す』という恩師の言葉を、今この時だけは信じることができる。


「どれだけ強くても、女の子だけに任せる訳にはいかねえんだよ。男の意地を喰らいやがれえええええ!!」


 俺は悲鳴を上げて張り詰める筋肉をものともせず、雄叫びと共に引き金を引いた。引き金を引いた途端、目の前の視界がストロボのように赤く発光し、轟音と共に数多の銃弾が迸る。

 身体の芯を保つのがやっとなほどの反動が俺の身体を駆け巡るが、ここで体勢を崩している暇などなく、悲鳴を上げる身体を何とか支えて引き金を引き続ける。


「うおおおおおお!!」


 俺は無我夢中で、たった一人の警備兵に百発近い弾丸を放ち続けた。やがて赤光は止み、身体に喰らいつくように襲っていた反動も消え、カチッカチッという空を切るような空虚な音が鳴り響く。

 しかし目の前の警備兵は、身体中のあちこちに弾痕を残しながらも、平然とした表情でこちらを向いていた。


「嘘だろ……、おいっ、まだ終わんじゃねえよ!!」


 俺は何度も引き金を引き直すが、その黒い金属塊から聞こえてくるのは、先程と何ら変わらない空虚な音だけだった。

 警備兵は無言でこちらに銃口を向ける。あの引き金が引かれれば、俺はもう一度死ぬことになる。

 命を懸けた俺の特攻は失敗に終わった。俺が命を懸けたところで、たった一人の警備兵すら倒すこともできない。それがこの世界での俺の力だ。なのにどうして、俺はこの世界に異世界転生されたんだ。


「何なんだよ、ちくしょおおおおお!!」


 俺が目を瞑りながら空を仰いでそう叫ぶと、まるでそれに応えるかのように、目の前の警備兵が激しい爆風を巻き起こしながら爆散した。


「な、何が……」


 間違いなく相手は平然としていた、俺の攻撃がきっかけとなるにはあまりにも時差がありすぎだ。一体何が……。


「お前のその懸命な特攻のお陰で、救える命もある。お前がいなければ、俺が間に合うことはなかった」


 背後から、少しだけ掠れた重苦しくも説得力のある渋い声が、俺の鼓膜を震わせる。一度は聞き覚えのあったその声に、俺は涙混じりの視界のまま振り返った。


「お、お前は……」


 そこにいたのは、先程別れた巨体の男だった。数十人の警備兵を相手にしていれば、いくらアザミの脚が速かったとしても、追い付くのは必然だろう。

 俺はもう一つの存在に気が付き、アザミが貼り付けられていたビルの側面へと視線を巡らせる。

 そこには既に、あのキザったらしい雰囲気の青年が辿り着き、例の刀でワイヤーロープを切り裂いていた。


「お前は、今お前ができる最善のことをやったんだ。お前がやったことは何も間違ってなどいない」


 巨体の男はその分厚い皮膚で覆われた固くてゴツゴツする大きな掌で、俺の頭をワシワシと乱暴に撫でる。気持ちよくはなかったが、しかし悪い気もしなかった。

 そんな俺たちの元に、先程の戦闘で所々に焦げ跡を残したアザミが歩み寄ってくる。


「申し訳ありません。最後まで作戦をこなすことが出来ませんでした」


 そう謝る彼女に対して、男は俺と同じように彼女を慰めるのかと思いきや、男から突如として表情の色が消える。


「ああ、お前には失望した。この作戦はお前の力量を考えれば、然程難しいものではなかったはずだ。だというのに、何だこの失態は!?」


 一人の警備兵すら倒せなかった俺を慰めておいて、あれだけ多くの警備兵を蹴散らした彼女が責められるのは間違っている。俺は思わず二人の会話に横槍を入れてしまう。


「ちょっと待てよ。彼女は俺なんかより、余程頑張ってくれたのに、褒められるならまだしも、怒られる筋合いなんてないだろ」


 先程から何度も、自分の中の常識で物事を考えてはならないと理解しながら、それでも口を出さずに入られなかった。


「俺が責めているのは、敵を倒した数などではない。それが出来ないのならば、端からそんな命令を俺は下さない。お前はお前のできる最善を尽くし、アザミはそれができなかった、ただそれだけだ」


 確かに男の言い分もわかる。彼の言うことは決して間違えていないのだろう。だがそれは感情という名の不確定要素を抜けばの話だ。全ての正論を飲み込むことなんて、俺には出来ない。


「そうだとしても……」


 俺が男に向けて、再度噛み付こうとしたその時、俺の言葉を最後まで聞くこと無く、例の青年の声によって俺の言葉は遮られた。


「後は帰ってからにしてください。ひとまず迎えが来たようですので」


 俺は心の中のものを吐き出すことが出来ずに、様々な感情が渦巻くような陰鬱とした気分の中、青年の視線の先を追うように、空へと視線を向けた。

 すると、上空に張り巡らされた薄い群青色の透明な道路の一部が、花弁が開くように爆煙を辺りに散らしながら爆発した。

 もうここに来てから何度見たかわからないほどの爆発は、現実味など微塵も感じないはずなのに、何の驚きも感じなくなってしまった。

 そして、爆発によりガラスが割れたように道路の一部が壊れ、そこから車輪がなく、薄い車体の左右に翼を装着した車のような乗り物が降りてきた。

 それは俺たちの前で浮遊しながら止まると、中からゴーグルをはめた、橙色の作業着みたいな服を羽織った少女が顔を覗かせる。


「お待たせしました、ヴィンセントの旦那。統一政府の奴らが来る前に、さっさとこの区を離れましょうぞ」


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