その者たち犯罪者につき
-Side of Akito-
「排除執行!!」
俺は死を覚悟して、身体を強張らせながら深く眼を瞑った。後は耳を引き裂くような銃声が鳴り響き、俺の身体は灼熱の渦に飲まれ、痛みに心と身体を引き裂かれながら死んでいくのだろう。
まあ、未来で生き残ることは困難であるという良い教訓だった。もし、もう一度異世界転生が出来るというのなら、次は必ず未来は止めてくれと懇願しよう。
そして、慈悲もなく銃声が鳴り響く。音だけでも身体の奥底に痛みを刻み込まれるようなその銃声は、しかし鼓膜を直接突き刺すような金属音に上塗りされていく。
俺は何が起こったのか理解することができないまま、恐る恐る瞼を開いていく。もしかして、ここまで追い詰めておきながら、わざと外してくれたとでもいうのだろうか。
だが、俺の予想は欠片も的を射てはおらず、俺の目の前には、漆黒の長髪をなびかせる少女が、俺の盾になる様に立ちはだかっていた。
「へっ?」
俺は間抜けな声を上げることしかできなかった。全く状況が理解できていない俺は、ただただその光景をジッと眺めるものの、あまりにも非現実な光景に思考が現実に追いつかなくなっていた。
「何を呆けているのですか?早く立ち上がって、逃げる準備をして下さい」
目の前で銃口を突き付けられているにもかかわらず、まるでそれを感じさせない落ち着きと抑揚のない口調。まるで機械のように話す彼女は一体何者なのだろうか。
「あの……、えっと……」
俺が狼狽しながら必死に言葉を絞り出そうとするが、そんな俺を相手が待ってくれる訳もなく、 警備兵は再び引き金に指を掛けて、銃口をこちらへと向ける。
「貴様、何の真似だ。犯罪者に手を貸したものも同罪として処理をする。貴様も排除執行対象とみなす」
いつの間にか犯罪者に祭り上げられているではないか。まあ、排除対象になるのだから、識別番号がないというのは、この世界では死罪に値する犯罪なのだろう。
それにしても、女の子を巻き込んでおいて、ただ見殺しにするなど男としてやってはいけないことだ。どうせ死ぬのなら、女の子を護って死んでやる。
「やらせるかああああああ!!」
俺は咄嗟に立ち上がって女の子の前に手を広げて立ちはだかる。これで少しは男として格好がつくはずだ。女の子を護って死ぬなんて、男冥利に尽きる。
「排除執行!!」
俺は再び眼を瞑り、二度目の死を覚悟する。しかし今度は、銃声すら鳴り響くことがなかった。
俺の目の前を黒い影が通りすぎていき、再度恐る恐る瞼を開くと、銃口をこちらに向けていたはずの警備兵の腕が無くなっていることに気がつく。
「へっ?」
何だか、俺だけが同じ時を繰り返しているかのように、目の前で起こる全く異なる光景に対して、先程と同じ行動をとっていた。
「何だ、君は?こちらが助けてやろうというのに、わざわざ自分から死ににいくなど、クールではないな」
何だか鼻につくようなしゃべり方をするキザったらしい男がそこにはいた。彼の掌には彼の身長と変わらない長さの刀が握られており、警備兵の腕を切り落としたのが彼であるということは一目瞭然だった。
「どうして前に出たのですか?私は逃げる準備をして下さいと言ったのですが」
突然現れた男を眺めていると、後ろから不意に抑揚のない言葉が掛けられる。もしかして怒っているのだろうかと、感情を読み取ることのできないその口調に恐れながら後ろを振り返る。
「だって、女の子を護るのは男の務めだろ」
そんな俺の最大限に格好をつけた言葉に、彼女は一切表情を変える様子もなく、無表情のまま機械のような口調で俺に言葉を投げ掛ける。
「あなたの言葉は理解しかねますが、今は意味を尋ねている猶予はありません。作戦の変更はありません。直ちにこの場所を離脱します」
彼女が俺の手を掴み、警備兵がいる逆の方向へと逃げ出そうとしたその時、腕を無くした警備兵がこちらに向けて捨て身の特攻を敢行してきた。
「逃がすかっ!!」
俺は驚きのあまり振り返り、突撃してくる警備兵を自らの視界に捉える。今から俺が地面を蹴って走り出したところで、バーニアで加速している警備兵から逃れることはできない。
「あれ?」
俺は突撃してくる警備兵を見た瞬間、得も言われぬような違和感に苛まれる。だが、その違和感が何なのか理解する前に、先程のキザったらしい青年が、赤熱した刀を振り上げながら、俺と警備兵の合間に割って入った。
「武器のない特攻など、クールではない」
そして、青年が躊躇無く刀を降り下ろすと、斬り口が真っ赤に染まる。警備兵は頭から真っ二つに身体が割れ、真っ赤な血を撒き散らすかと思いきや、凄まじい爆風を放ちながら爆発した。
俺はその爆風に飛ばされそうになったところを、前にいた少女に抱き止められる。
「あ、ありがと……」
お礼は言ってみたものの、どうして彼女がこの爆風の中、何事もなかったかのように平然と立ち尽くしていれたのかは疑問だった。これも、未来の技術が為せる業なのだろうか。
それにしても、警備兵も警備兵だ。どうして人間が爆発したのだ。もしかして、背中に背負っていたバックパックが誘爆して、身体もろとも消し飛んだのだろうか。
「アザミ、早くその少年を抱えて逃げろ。今の爆発で間違いなく増援が来るだろう。それでも君の脚なら戦わずに逃げられるだろ?彼を護りながら戦うなんて器用なこと私にはできない」
キザったらしい青年が、少女に逃げるように命令する。どうやら上下関係は、あの青年の方が上のようだ。
彼女は俺を抱き抱えたまま、踵を返してこの場を離れようとする。その時、俺はあることを思い出し、慌てながら彼女に伝える。
「さっきまで、警備兵は二人いたんだ。どっかから狙っているかも」
俺の慌てた様子に彼女が咄嗟に辺りを見回そうとしたその瞬間、付近のビルの三階辺りが突然爆発した。危険を察知した俺たちは揃ってその場所に視線を向ける。すると、爆煙の中からこの世界にきてから出会ったどの人間よりも巨大な男が現れた。
「おい、お前たち。作戦を完遂するまで気を抜くんじゃない。特にアザミは見てたんだから、二人いたことを知っていただろうが」
そう言いながら歩み寄ってくる巨体の男の右腕は、まるで義手として改造されたような、巨大な砲身が取り付けられていた。その砲口からは硝煙が漏れ、先程の爆発がその腕から放たれた砲弾であったことは想像に難くない。
俺がその砲身を眺めていたことに気がついたのか、男は自らの視線も砲身に向けながら、無表情で俺に告げる。
「こんな物騒なもん見るのは初めてか?まあ今は色々と我慢してくれ。とにかく生きてこの場を逃げるのが最優先だ」
そう言うと、砲身は身体の中に吸い込まれるようにその身を短く縮め、そこに金属製の腕が構築されていき、最後は人と同じような皮膚に金属が覆われていく。そして人間の腕と何も変わらない腕が構築された。
男は掌を、閉じたり開いたりしながら、感覚を確かめている。どうやら神経も通っているらしい。
俺は砲身が腕に変わっていく様を、驚愕の表情を浮かべながら見入っていた。流石未来の技術といったところか、出てくるもの全てが規格外過ぎる。
「アザミ。俺たちのことはいいから、お前は真っ先にこの区を抜けろ。十三区を抜けたら八区のアジトへ向かえ。俺たちもそこへ向かう。増援は俺たちが食い止める」
そうだ、これで終わりではないのだ。ここにいた二人は倒すことができたが、先程青年が言っていたように、この騒ぎを聞き付けて増援が必ずくる。そこまで考えて、俺はとあることに気が付き、一気に血の気が引くのを感じる。
『倒す』なんて柔らかい表現に勝手に脳内変換されていたが、要は目の前で行われたのは人殺しではないのか。あまりにも非現実な光景に感覚が麻痺していたが、俺は人が死ぬところを目の当たりにしてしまったのだ。
ここにいるのは、そんな人殺しを何の躊躇いもなく行える者たちなのだ。今自分の目の前で起きているのは戦争なのではないだろうか。本当に、この者たちに付いて行ってもいいのだろうか。
様々な思考が脳裏を過るが、識別番号のない自分がここに残ったところで殺されるだけなのだ。ならば、少しでも生存確率が高い彼らを信じるしか、自分に残された道はない。
だが、こちらの考えなど微塵も意に介さず、状況は刻一刻と変化していく。
『パターンレッド、パターンレッド。戦闘行為が行われています。住民の方々は直ちに屋内へと待避し、施錠を徹底して下さい。繰り返します。戦闘行為が行われています。住民の方々は直ちに屋内へと待避し、施錠を徹底して下さい』
先程までとは比べ物にならないほどけたたましいサイレンが鳴り響き、回転灯の速度も扇風機でも回しているかのような速度で、赤い光を辺りに撒き散らす。同じ赤でも、伝わってくる緊張感が格段に違っている。
「向こうも動き出した。アザミ、急げっ!!」
巨体の男の表情にも多少の焦りが見えるような気がする。戦い馴れていそうな彼らが緊張感を滲ませるということは、それだけ今の状況が不味いということだ。彼女も俺を抱えたまま、巨体の男の言葉に頷く。
「わかりました。では、御武運を」
言葉と共に彼女が脚を一歩踏み出し、地面を力強く蹴った瞬間、俺は頬の肉が引きちぎられるような痛みに襲われる。
地面を蹴った彼女は自動車に劣らないほどの速度を生身で出したのだ。そのせいで、慣性でその場に残ろうとする力が俺の頬を引きちぎれんばかりに引っ張っていった。
俺は咄嗟にその場に残った男二人に視線を向けるが、既に小さく見える程の距離まで離れていた。
流れていく景色はあまりにも早すぎるため、まるで水の中の景色のように、流れていくビルの群れが揺らめいていた。言葉を話そうものなら、口から顔面が真っ二つに避けてしまうのではないかと思えるほどだった。
俺が捕まりそうになった巨大な二本の柱の間を、分厚い鋼鉄の壁が競り上がっていく。
先程彼らが話していた区というのが、この壁で区切られた地域のことを指しているだろう。つまり、この壁が越えられなければ、俺たちは袋のネズミとなるわけだ。
だが、既に鋼鉄の壁は人間の脚力で飛び越えられる高さを優に越えていた。それでも彼女は速度を落とすこと無く壁へと突撃していく。
そして壁との距離が残り数メートルとなり、このままの速度で行けば一瞬でぶつかると俺が恐怖に怯えて目を瞑ると、彼女は地面が割れるほどの脚力で地面を蹴り、宙へと翔び上がったのだ。
「嘘だろおおおおお!!」
まさか生身で空を翔ぶ日が来るとは思わなかった。
たった一度脚を踏み込んだだけで、数十メートルという高さを翔んでしまう少女を、回りに見たこともない機械仕掛けの街並みが拡がっているにも関わらず、俺はジッと見つめていた。
俺の目には、彼女がまるで正義のヒーローのように映っていた。
この世界では、こんな少女が当たり前のようにいるのだろうか。この世界が未来なのだとしたら、俺たちはいずれこんな人間になることが出来るのだろうか。
俺が彼女の姿に見とれていると、彼女は鋼鉄の壁を足場に、次の区へと脚を踏み入れた。そして、俺は彼女からとある事実を告げられる。
「落ちますよ」
「へっ?」
本日何度目かの呆けた返事をした俺は、不意に足元へと視線を落とす。そこにはやけに小さく見える人々が、俺たちを見上げていた。
「もしかして…………」
俺が覚悟を決めるよりも先に凄まじい加速が始まる。感じたことのない浮遊感に襲われ、身体の肉という肉が、そして皮膚という皮膚が、激しい振動と共に、引きちぎられる感覚に襲われる。
それでも彼女が抱き締めてくれているお陰で小さな安心感に包まれ、それが唯一の救いになっていた。それでも、この速度で落下して無傷で済むわけがない。
俺がそんなことを思っていると、彼女が小さな白い球を地面へと向けて投げつけた。白い球は地面に衝突すると共に展開し、アザミに抱き抱えられていた俺は、落下直前に感じたことの無い浮遊感に襲われ、急激に速度を失う。
「大丈夫ですか?」
難なく着地した彼女は再び白い球へと戻ったそれを回収しながら、俺に向かって尋ねてくる。
俺は彼女の胸の中でただジッとしていただけなので、彼女が無事ならば無事に決まっているのだが、尋ねられれば答えるしかあるまい。
「大丈夫だけど……、君こそ、大丈夫なの?」
俺がそう尋ねると、先程の球体を腰の辺りに仕舞い込み、特に何事もなかったような無表情で応える。
「私たちは頭部が破損しない限り、危険に曝されることはありません。多少関節部に支障が出たところで、他の部位で補完できるように設計されていますので、問題はありません」
そういって再び彼女は俺を抱えたまま走り出した。こちらの区も既に警戒体制に入っているようで、既にビルで埋め尽くされた街並みは赤く染まっていて、緊張感を煽るサイレンだけが、俺の鼓膜を痛々しく震わせていた。
この世界の人間の常識があまりにも違いすぎて、俺はまだ色々と受け入れられないままのことが多く存在する。彼らが言っていることを最初は失礼だとか思ってしまったが、この世界に紛れ込んでしまった異端は自分なのだ。
彼らの常識を理解できていない自分が、勝手に彼らのことを失礼だと卑下するのは間違っているのだろう。異世界なのだから、自分の常識を疑わなければならない。
そんなことを考えていると、突然サイレンの音が鳴り止み、これまでとは気色の異なる放送が機械音で発せられる。
『侵入者の所在が判明。侵入者の所在が判明。判明している侵入者は三名。第一級指名手配犯、ヴィンセント・フルメタル、並びに第二級指名手配犯、クロス・ニールヴェルクおよびアザミ・クロロクス。警備兵は第一種戦闘体制に入れ。武器の使用許諾はレベルファイブとする。繰り返す。警備兵は第一種戦闘体制に入れ。武器の使用許諾をレベルファイブとする』