背中は任せた
ヴィンセントが『拡大』の力を使えるのはヴィンセントが触れているものだけ。だから、ここから先は同じようなことはできない。そして、相手は超電磁砲を撃つための時間を必要としている。
この距離を一気に詰められる手段は一つしかない。
「ここが、大事な時だろ。エヴァ!!」
俺は一粒の血液を宙に浮かべると、その粒をマニューテに向けて指で弾いた。
血液の粒は弾丸となりマニューテに襲いかかる。超電磁砲ほどの速度は無くとも、避けるのは困難な速度で、血液の弾丸はマニューテに襲い掛かった。
血液の弾丸はマニューテの腕を引き千切りながら突き進み、その先にそびえ立つ廃ビルを破壊する。
そう、所詮は腕一本、機械のマニューテからしたら痛くも痒くもない。それでも……。
「本当に小賢しいですね。貴方って人は!!」
マニューテが両手を天へと翳すと、岩のような金属塊がいくつも浮かび上がる。
「今度は手数で勝負ってか……。小賢しいのはどっちだよ」
俺は唇を噛み締めながら、それでも走る勢いを止める気はなかった。自信があった、と言えば嘘になる。ただ自暴自棄になっていただけなのかもしれない。それでも、何としてでも奴の元に辿り着かなければならないと思った。
マニューテが天に翳した腕を降り下ろすと、鈍色を放つ金属塊が次々に俺の元へと放たれた。
俺は脚を止めることなく、深紅の刃を両手に金属塊の群れに突撃する。襲い掛かる金属塊を次々と叩き斬り、真っ二つに斬り裂いていく。
俺の勢いは止まることなく、遂にマニューテの元へと到達する。俺は地面を蹴ってマニューテへと斬り掛かろうとしたその瞬間、彼の口角が吊り上がる。
「油断大敵ですよ!!」
背後から迫り来る金属塊。脚が地面から離れた俺には避ける手段はない。なら避けなければいいだけの話だ。
俺は抵抗することなく、その金属塊を受け入れる。背中に重い衝撃を受けるが、その勢いすら追い風に、俺はマニューテへと斬りかかった。
間違いなくこれまでで一番力の乗った攻撃。確かな手応えも感じていた。
だが、首を斬り裂いていれば、目の前で起こるはずの爆発は起こらない。
目の前に転がっていたのは、主を無くし力なく横たわる金属の脚。
マニューテは俺の攻撃を寸でのところで跳んで避けたのだ。それでも、脚だけは避けきることが出来なかった。
俺が舌打ちをして、マニューテの行き先へと視線を移すと、その先にあった瓦礫の山が、突然爆発したように砂煙を上げ、そこから人型の影が現れ、その人影はマニューテへと向けて脚を降り下ろした。
しかし、その脚はマニューテの首の手前で時が止まったかのように停止し、それ以上動かなくなる。
「そう言えば貴方、そこに埋まっていたのでしたね」
瓦礫の山から現れたのは、華麗なる黒髪の少女。その美麗な脚から繰り出される蹴りは、言うまでもなくアザミのもの。
「邪魔者は吹き飛びなさい」
マニューテが残った左手を横に薙ぐと、アザミがこちらに向けて吹き飛ぶ。アザミは機械だ。これくらいでどうなる訳ではない。そんなことはわかっている。けれど、吹き飛んだ女の子を抱き止めなければ男が廃る。
俺は痛みを顧みずにアザミの身体を受け止める。こんなことに意味はない。文句を言われるのも承知の上だ。けれど、そのアザミから告げられたのは。
「ありがとうございます」
そんな言葉だった。俺は思わず唖然として言葉を失ってしまった。絶対に文句を言われると思っていたのだが……。
俺があまりの驚きにアザミの眼を見つめていると、背後から再びヴィンセントの声が響き渡る。
「アキト、後ろだ」
「またかよ……」
俺は呆れ混じりに背後を振り返ると、そこには予想と全く異なる光景が映し出され、一瞬で血の気が引くのを感じた。
俺の視線に映ったのは、数えきれないほどの砲弾がこちらへと向かってきている光景だった。これだけの数を、ヴィンセントが近くにいない今の自分ではその身すら護ることができない。
「嘘だろ……、おい……」
俺が突如として訪れた危機に逡巡し呆然としていると、その迷いを吹き飛ばすように、その砲弾の群れが俺に到達するよりも前に一斉に爆散した。
一瞬の出来事に俺が唖然としていると、俺の目の前に降り立つ一つの影。それは俺がよく知る、そして常に俺に向かって敵意を剥き出しにしていたあの男……。
「お前、俺を殺すとか物騒なこと言ってた癖に、どうして……」
宙から地面に降り立ったクロスは剥き身になった刀を鞘に戻しながら、俺に背を向けたままで応える。
「勘違いするな、お前を殺すのは俺であって、それ以外の他の者にその権利を与える気はない」
俺はその言葉に対して、少しの間呆然とした後、彼の真意に気付いて思わず吹き出してしまった。
「ぷっ……、あははははは……」
こんな状況で笑えるなんて、少しは度胸がついたのか、それとも感覚が麻痺しておかしくなってしまったのか……。
「貴様、何がおかしい!?」
クロスは怒り混じりの声音でこちらに問い掛ける。彼は感情を操るのが意外と上手いのかもしれない。『怒』の感情に多少の偏りはあるが。
俺は抱き抱えていたアザミを下ろしながら、クロスへと告げる。
「いや、じゃあ安心して背中を任せられる、と思ってな」
俺が苦笑混じりにそんなことを言うと、クロスはいつも通りの声音で俺に向かってこう言った。
「俺がお前を背中から斬り殺すかもしれんぞ?」
そんな可能性は俺にだって想像できる。けれど、その可能性は端からゼロなのだ。 そんなの、出会って一週間の俺ですらわかる。
「お前は、そんなクールじゃないことしないだろ」
俺は自慢気に、そして確信を持って彼に告げた。あれだけ歪み合っていたお陰で、逆に彼のことを一番理解していたのかもしれない。
クロスは鞘に納めた刀の柄を握り、ゆっくりと腰を落としながら、俺の背後から迫り来る汎用型の大群に相対する。もう、言葉は必要ないというように。
俺は数歩退がり、彼と背中合わせになりながら、深紅の刃を延ばして、一体の特殊型に相対する。
「今日のところはお前に主役を譲ってやる。だから死ぬなよ。奴に勝って、少しは俺に認めさせろ」
「ああ、任せろ。俺が全部ハッピーエンドで終わらせてやる!!」
もう震えはない。こんなに頼もしい仲間が背中を護ってくれるのだ。恐がる必要がどこにある。後は目の前の敵をぶっ壊して全てを終わらせる。それだけだ。
「クロス・ニールヴェルク」
「五十嵐 亜希斗」
「「いざ尋常に参る!!」」
俺とクロスは背中合わせに地面を蹴ると、お互いに逆方向に跳び出した。俺は一体の『特殊型』に、クロスは大量の『汎用型』に……。
「私は援護に回ります。 あの能力に止めを刺せるのは、残念ながらアキトくんだけですから」
俺と肩を並べて『特殊型』との戦いを選んだアザミが俺に語り掛ける。
「残念ながらってなんだよ……。そこは一番弟子の活躍を喜ぶところじゃないのか?」
「それだけの減らず口が叩ければ問題ありませんね。なら一番弟子として、師の私に恥を掻かせないで下さいね」
「さっきまで瓦礫の布団被って寝てた奴が、どの口で言うんだか……。まあ、負ける気なんて更々ないけどなっ!!」
俺とアザミが同時に地面を蹴ってマニューテへと接近する。しかし、同時にスタートしたはずなのに、一秒もしない内に差を付けられてしまう。
「相変わらず速すぎんだよ、ちくしょう!!」
マニューテは既に右腕と左脚が……、と思ったのだが、何故かマニューテの左脚がいつの間にか復活し、しっかりと地面を踏みしめている。だが、その左脚には違和感を覚えざるを得なかった。
どう見ても右脚とバランスが取れていないのだ。
「あいつ、他人の壊れた脚を磁力でくっつけやがったな」
あの攻撃力といい、アザミたちへの防御力といい、更には回復力まで持ち合わせているとは、本当にチートみたいな能力だ。
「貴方が飛び込んで来たところで意味などありませんよ」
俺が思考を巡らせている間にアザミは敵の懐へと入り込み一撃を入れようとしていた。だが、それはマニューテの能力によって容易に弾かれる。
しかし、アザミの目的は倒すことではない。俺が接近する時間を稼いでくれているだけなのだから。
「さっきから貴方、鬱陶しいですね。あまり私の邪魔をしないで頂きたい」
マニューテの周囲に磁力の波が走り、金属の身体を持つアザミが吹き飛ばされる。それでも、入れ替わるように追い付いた俺が、磁力の干渉を受けることなくマニューテの懐へと入り込んだ。
「大人しく切り刻まれろ!!」
物騒な台詞を吐きながら、マニューテへと斬り掛かるが、こちらの動きが読まれていれば、機動力で上回る敵が俺の攻撃を避けられない訳がない。
後ろへと退がるマニューテを追うように、早くも俺の背中を追い越してアザミが前に出る。マニューテをも凌駕するアザミの機動力で、高速の蹴りが何発も繰り出される。
けれど、それらはマニューテの集中力を削るものにはなっても止めにはなり得ない。全てがマニューテの斥力に遮られ、マニューテの本体を捕らえることなく往なされる。
「そんなに壊してほしいなら、先に壊してあげますよ」
そう言ってアザミに向けて左手を翳すと、再び強烈な磁力波が生み出され、アザミが吹き飛ばされる。そのまま追い討ちを掛けるように、左腕の周囲に金属が浮かび上がる。
「片手では多少威力は落ちますが、貴方を壊すのには十分でしょう」
金属に蒼い稲妻が走り、奴が何をしようとしているのか、そんなもの考えなくてもわかる。
「やらせるかああああああ!!」
俺はエヴァの言葉も忘れて、迷いもなく一滴の血液を人差し指に掛ける。
「もう、遅いですよ!!」
こんな小さいものが、あんな小さいものに当たるわけがない。そんなことはわかっている。それでも、抗わずに後悔するくらいなら、無駄だったとしても抗ってみせる。
マニューテの指から金属の弾丸が放たれるのと同時に、俺は人差し指を弾き、金属の弾丸に向けて深紅の弾丸を撃ち込んだ。
深紅の弾丸は一直線に突き進み、最短距離でアザミの元へと到達する。
俺は祈る様に瞼を深く閉じると、奪われた視覚を補うように、凄まじい異音が聴覚を襲った。
それがどんな確率だったかなんて、俺に計算できる訳がない。それでも、それがどんな確率だったにしろ、俺はやってのけた。
マニューテの放った金属の弾丸は、俺の放った深紅の弾丸と接触し、その軌道をアザミから逸らし、背後の廃ビルをまた一棟崩していく。
「馬鹿なっ!!」
その言葉がマニューテの本音なのかどうか、それは俺が知る由もない。けれど、その言葉を彼から引き出せたことに思わず表情が緩む。
それが奇跡だったとしても、俺はやってのけたのだ。目の前の大切な者を護ったのだ。
「『奇跡』は人間の専売特許なんだよ。見たか、この野郎!!」
自分でどんな表情をしていたかは知らないが、中指をおっ立てて物凄いドヤ顔をしていたような気がする。
「どれだけ私の邪魔をすれば気が済むのですか?やはり、貴方から壊して差上げます」
そう言いながらマニューテが残った左腕を拡げると、まるで見えない手が大量に彼の背後にあるように、周辺に散在した金属が次々に浮かび上がる。それは一様に蒼い稲妻を纏い、放たれるのを今か、今かと待ち望んでいる。
「だから、お前の能力チート過ぎんだろ」
攻撃力に加えて範囲攻撃まで可能とか、隙が無さすぎる。
「大人しく、死んでください!!」
金属が次々とこちらに飛び込んでくる。数を増やしたためか、これまでの速度とは比べものにならないほど遅いが、それでも銃器と遜色のない速度は誇っていた。
先程から深紅の弾丸を何発か撃った上に、身体中を覆う深紅の壁を創り出せば、容易にエヴァに止められている危険域まで到達する。それでもこのまま何もせずに死ぬよりは……。
俺は襲い来る金属の群れに向けて手を翳し、深紅の壁を創り出そうとした瞬間、身体が物凄い速度で宙へと浮かび上がり、景色が自らの認識速度を跳び越えながら流れた。
「大丈夫ですか?」
流れ星のように流れていく景色の中で、唯一そこに留まる可憐な少女の顔を俺は眺めていた。
「こう何度も女の子に助けてもらうって言うのは、男として情けなく感じずにはいられないよな」
「そんなに悲観することはないと思いますけど。やれることは全力で、やれないことは気にするな。いつも隊長が言っていることです。誰にだって得意不得意はありますから。それに、先程はアキトくんが助けてくれたじゃないですか」
何故だろう。いつもと変わらない声音のはずなのに、何処か優しさを感じる。それが何かを探すように、俺がジッとアザミの顔を見つめているとアザミが再び口を開く。
「それにほら、見てください」
背後から次々と襲い掛かる金属の群れを尻目に、とても落ち着いた口調で紡がれたその言葉に俺はアザミの視線の先へと視線を移す。
そこには、渇いた大地に立ち並ぶ廃ビルの谷間から、統一政府もそれ以外にも区別なく明るく照らす太陽が、一閃の光を放ちながら顔を覗かせ始めていた。
日の出がこんなに綺麗なものだと思えるのは、いつ死ぬかもわからない生死の縁に立たされて、それでもこちらの意など介することなく悠然と天へと昇るその姿に、畏怖を覚えているからなのだろう。向こうの世界では、絶対に感じることのできなかった景色だ。
「もうすぐ夜が明けます。そろそろ、決着を着けましょう」
俺は拳を強く握りしめ、流れていく景色の中に立つ一人の男に焦点を合わせて、アザミに応える。
「ああ、終わらせよう!!」




