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恐怖を狂気に変えて


 そして背後から襲い掛かる凄まじい閃光と爆音。閃光に視覚は奪われ、爆音に聴覚は機能を放棄し、爆炎が巻き起こす灼熱に触覚が狂う。だがそれを感じている時点で、俺の身体は生きている。

 そう、砲弾は俺に着弾した訳ではない。砲弾は俺の背後で爆発し、俺を道ずれにすることなく砕け散ったのだ。

 俺に届かなかった理由など考えるまでもない。それは、誰かが俺を庇ってくれたから。誰かが、自らの代わりに、その砲弾を受け止めてくれたから。

 それが誰なのかも正直わかっていて、けれどそれを認めることは、自分がどれだけ自分勝手なことをしているのかを認めることになるから……。

 それでも俺は受け入れなくてはならない。この事実を。自らの為に犠牲になってくれた相手を。

 俺が恐る恐る背後を振り返ると、そこにいたのは片方の手首から先を失った女性だった。更に、先程の砲撃で片足を失っている。いつもの黒のメイド服はボロボロに焦げ墜ち、そこから覗くのは肌ではなく、鈍く銀色に輝く金属と焼け落ちた導線から飛び散る火花だった。


「どうして?勝手に飛び出したのは俺なのに、なんで俺を庇って……」


 サラはゆっくりと、ボロボロになった顔をこちらに向けると、俺の拠り所だった『母性』を含んだ笑みを浮かべて、そして宙から力無く落下する。


「サラああああああああああ」


 俺は必死に廃ビルの壁を蹴って、落下するサラを抱きとめて着地する。着地で膝から全身に電気が走ったような痛みを感じたが、そんなものどうでもよかった。

 俺は敵の砲撃から身を護るため、廃ビルの中へと身を隠す。


「サラ、大丈夫か?」


 自分の身勝手さが悔しくて、真綿で首を絞めつけるような息苦しさが俺を襲う。

 俺は結局、彼女を巻き込んでしまっただけではないか。あれだけ啖呵を切っておきながら、彼女の手首を斬り落としておいて、それでも彼女に護られている。そんな自分がこれ以上になく惨めで、情けなかった。


「アキト様、もうあなたを止めはしません。あなたを止める力など、もうありませんから。ですから戦って下さい。生き残るために戦って下さい。私のことを少しでも想って下さると言うのなら、どうか生き残って下さい」


 最初から彼女は俺のことだけを考えてくれていた。俺が生き残るために最善な選択肢を選び取ってくれていた。だというのに俺はそれを拒絶して、彼女をこんな目に合わせている。

 酷く自分に腹が立った。殺してやりたいと思う程に。自分のことだけを考えて、それでも今もまだ、我が儘にここに残ろうとしていて。そして彼女は、そんな俺の背中を押してくれていて……。

 だから答えなければならない。背負わなければならない。やり遂げなければならない。


「わかった……。もう迷わない。俺は絶対に生き残って見せる。だから、サラも死なないでくれ。絶対に俺がエヴァの元にお前を連れて行く。それまで、何があっても死なないでくれ」


 彼女はいつもと同じ笑みを浮かべる。俺を癒してくれる、いつもの優しい笑みを。


「約束です」


 そう言って小指を差し出してくる。こんな行為に意味は無いと、いつもならそう切り捨てていたかもしれない。けれど、意味のない行為を嫌うアンドロイドである彼女がするのであれば、きっとこの行為には意味があるのだろう。

 俺は彼女の小指に、自らの小指を絡ませながら力強く頷く。


「約束だ。お互いに、絶対に生き残る」


 まるでその言葉を待っていたかのように、俺たちの頭上で鼓膜を裂くような轟音が鳴り響いた後、周囲の壁が悲鳴を上げるように唸り始め、頭上から瓦礫の雨が降り注ぐ。

 俺はサラを抱き抱えたまま、廃ビルの外へと向かって駆け出す。瓦礫の雨は徐々に強くなるが、多少の痛みなど気にしている余裕はない。

 だが、誰かの意思によって俺の行く道を阻むかのように、巨大な瓦礫が出口の前に降り注ぐ。その巨大な瓦礫によって出口への光は失われるが、こんな障壁立ち止まる理由にもならない。


「邪魔だああああああ!!」


 俺は掌から深紅の刃を伸ばすと、その巨大な瓦礫に目掛けて横薙ぎに振り抜いた。

 俺はそのままの勢いで、崩れゆく廃ビルの外へと飛び出した。背後では跡形もなく崩れた廃ビルが自らを覆い尽くすほどの砂煙をあげる。

 腕の中のサラの無事を確認すると、彼女を抱え直しながら、優しく語りかける。


「大丈夫か?多少乱暴な扱いするけど、その辺は許してくれよ」


「機械ですから、そう簡単に壊れはしません。まあ、すでにほとんど壊れているようなものですが……」


 そう言われると少しだけ刺さるところはある。何しろ、その一部は俺が自らやったのだから。それでも、きっと彼女はそんなことは気にしていないだろう。

 だから俺も今だけは罪悪感を心の片隅に放り投げて、全てが終わった後に飽きるほど謝ろう。感情を持たないサラが、嫌な顔をするくらいに。


「まずはあの野郎をぶっ壊す。もう躊躇ったりしない」


 俺は自分に向けて暗示を掛けるように言い聞かせる。前にいるのは人間じゃない。人の皮を被ったただの機械だ。あいつを逃せば大切な仲間たちが殺される。

 簡単な話だ。それをさせない為に、皆を護る為に、敵の首根っこをぶった斬る。

 他人が聞いたら言い訳がましく聞こえるかもしれない。他人に理由を押し付けて自分の行為を正当化しているだけに聞こえるかもしれない。けれど、それで仲間が護れるのなら別に構わない。

 俺はサラを瓦礫の影に横たえて、敵の姿を見据える。


「じゃあ、行ってくる」


「はい、気を付けて」


 きっと彼女の中で、俺を止めることよりも戦わせた方が、生き残る確率が高くなると算出されただけなのだ。決して、俺を信用してくれた訳ではないだろう。でも、今は自分の都合の良いように受け止めておこう。彼女は俺を信じて送り出してくれたのだと。

 俺の身体を流れる血液が流速を速めて、前に進めと俺を急かす。心配しなくても、これからお前が嫌になる程扱ってやると、俺は自分の身体の中に言い聞かせる。まるで、血液が自我を持っているかのように……。


「お前のお陰で、俺の迷いは瓦礫の中に埋まってくれたよ。もう、躊躇ったりしないからな。覚悟しろ!!」


 目の前で宙に浮かぶ一機のアンドロイドを見据えながら、深紅の刃の切っ先を突き立てて宣言する。もう迷わないと……。

 そんな言葉で相手は動揺などしない。それを目の前の敵がどういう風に受け止めたかは知らないが、その言葉を聞き終えると同時にこちらに砲口を向ける。俺の視線はその砲口に釘付けになり、まるで深い奈落でも覗いているかのような気分になる。

 恐怖はそう簡単には消えてくれない。あそこから放たれるのは自らを殺す凶器なのだ。


「掛かってこいよ……」


 相手に聞こえるかもわからない程の小さな呟きと同時に敵の砲口が火を噴いて、耳をつんざくような砲声が鳴り響く。

 俺はそれを合図に地面を蹴ると、全速力で壁へと向かう。立ち止まれば、相手の凶器の餌食になってお陀仏だ。戦いの火蓋が切って落とされたのなら、もう脚を止めることはできない。体力が続く限り、この身体が引き千切れない限り、俺は俺を止めてはならない。

 相手との接近機会はそう多くない。少ない機会で決めなければいけないのならば、たった一度で構わない。その一撃に全てを賭けて敵を落とす。

 相手に動きを読まれないように、相手の周りを小刻みに移動しながら接近の機会を覗う。

 まるで自分の気持ちだけが先走って、身体を置いて行ってしまうような感覚に陥る。それ程に加速していても、敵と同等かそれ以下の速度でしか動けていない。

 敵はその間にも次々と砲撃を続けるが、アザミとの特訓のお陰で距離さえあれば砲撃も難なく避けることができる。

 そして、何発目かの砲撃を避けた瞬間、俺は壁を思いっきり蹴って敵に一気に接近した。敵は驚いた様子もなく、冷静にこちらに砲口を向ける。

 あの指が俺よりも早く引き金を引けば、俺は粉々に砕け散る。だったら、引き金なんて引かせなければいいだけだ。

 俺の指先から、敵の砲口に向けて真紅の一閃が走る。それは視認できるかどうか怪しい程にか細く、しかし確実に砲口の中に眠る砲弾を捕えていた。

 相手が引き金を引くよりも先に、敵のバズーカの中身が爆発する。その爆発は誘爆を起こし、巨大な爆発に巻き込まれた敵は廃ビルの壁に叩きつけられる。

 俺はそれを追うように、ワイヤーに引っ張られながら爆煙の中を颯爽と駆け抜ける。

 そして、敵の目の前へと踊りだした俺は、線から刃へと姿を変えた深紅の血液を、咆哮と共に相手の首目掛けて横薙ぎに振り抜いた。


「これで、終わりだああああああああ!!」


 迷いがなかったと言えば嘘になる。刃を振り抜いたとき、俺は深く瞼を閉じていた。それでも振り抜けたのは、覚悟が迷いを上回ったから。サラとの約束が背中を押したから。

 数秒して、目の前で爆発が起きる。爆風に巻き込まれた俺は、何とか受け身を取りながら地面に転がり込む。目の前に落下してきたのは、首から上が無くなった人の形をした何かだった。それを『何か』と称したのは、せっかく塞き止めていた恐怖が崩壊しそうになっていたから。

 俺は機械を壊しただけだ。決して人を殺した訳ではない。そう言い聞かせることで、俺は心の安寧を保っていた。

 俺は救いを求めるようにサラのいる方向へと振り返る。彼女はいつもの笑みを浮かべながら小さく頷いた。

 俺がやったことは間違っていない、そう言ってくれているようだった。それだけで俺は前に進める。まだ俺の戦いは始まったばかりで、むしろここからが正念場だ。ヴィンセントやアザミでさえも苦しんでいる相手がいるのだから。

 もう『行ってきます』は彼女に告げた。

 全てを終わらせて帰って来て『ただいま』を言うまで、彼女に掛ける言葉は無い。俺は彼女に背中を向けて歩き出す。この戦いを終わらせるために。

 俺は爆音と爆煙を頼りに、廃ビルの間を駆け巡る。爆音が鳴り響く度に、仲間の命が削られている可能性があると考えると、こんなものを頼りにしていることが心苦しく、この音を聞く度に胸が締め付けられるような痛みに襲われる。

 そしてようやく、砲弾を撃ち合う仲間の元へと辿り着く。敵機はこちらに背を向けていた。この機会を逃す訳にはいかない。周囲が爆炎の熱で犯され、爆煙が視界を奪う。

 相手に気付かれない様に背後から接近すると、さながら死神の如く敵の首を静かに一薙ぎで斬り裂く。

 首は勢いに押されて、斬られた相手を探すようにくるくると宙を舞い、数秒もしない内に爆発し、身体だけを残して散っていく。

 俺は人を殺している訳ではない。ただ、機械を壊しているだけだ……。

 そう言い聞かせなければ、おかしくなってしまいそうだった。精神を落ち着かせるために、そんな言い訳を反芻するように何度も、何度も頭の中を駆け巡らせる。


「なんであんたがここに?サラさんが連れて行ったんじゃ?」


「今はそんなことはいい。戦況は?」


 俺がここに居ることに疑問を覚えるのは当然だ。彼らは一様に指示を受けている。ならば、本当はここに俺がいてはいけないのだ。


「そうはいかねえ。これは隊長からの命令だ。今回の敵の狙いはあんた自身だ。だからあんたをここから逃がす必要があるんだ。あんたがまだここに居るってんなら、まだ壊れてない奴が連れて行くしかねえんだ」


 少し訛り気味の田舎の親父臭い顔をした男は、無理矢理にでも俺を連れて行きそうな勢いだった。俺の腕を掴んで、ジッとこちらを見据える。それにしても、俺自身が狙いと言うのは、どういうことだ。


「お前たちに出ている命令は俺の無事を護ることだろ。だったら、俺を逃がすんじゃなくて、俺と一緒に戦ってくれ。サラだって、それが一番だって思ったからこそ、俺を単独行動させてくれてるんだ」


 少しの間の沈黙に包まれる。彼はジッと値踏みするようにこちらを眺める。俺は信じてもらえるように真剣な眼差しで彼の視線を受け止める。

 そんな俺たちを急かすように、次の爆音がどこからか鳴り響く。もう、猶予は残されていない。


「わかった。あんたの言葉を信じる。今は回線が混線していて、誰とも連絡が取れねえんだ。だから、誰かの命令があるってのは、俺たちにはありがてえ。あんたの言葉をサラさんの命令だと思って俺は動かせてもらうことにする」


 俺は安堵の溜め息を心の中に圧し留めて、コクリと一度だけ首を縦に振った。


「それで、戦況は?」


「こっちもかなりやばい状況だ。相手の戦力が思った以上に強い。少しでも敵の数を減らせれば、こっちにも勝機があるんだが……」


 やはり数で圧されているようだ。『特殊型』が前線に出てしまっている限り、数で負ければジリ貧だ。アジトが近いこともあり、物資はこちらの方が余裕はあるが、それも長くは持たないだろう。


「相手の狙いは俺だって言ったよな。だったら、俺が少しでも目立つように動けば、相手の数をばらけさせることができるはずだ。そうすれば、戦況も少しはこっちに傾くだろ」


「何言ってんだい。あんたを囮になんてできる訳がない」


 そうだ、俺が言ったのは要約すればそういう話だ。だけどそんなつもりは毛頭ない。俺は不敵な笑みを浮かべながら、田舎訛りの男に告げる。


「囮……?勘違いするな。俺が一番敵を倒して、第三部隊のエースになってやる。誰が貧乏くじなんて引くか。引くなら大吉、大当たりを引くまで止めねえ往生際の悪さ、今ここで見せてやるよ」


 たぶん、俺が何を言っているのかわからなかった目の前の男は、言葉を口にすることなくこちらを見ているが、ひとまず俺が囮になんてなる気はないということは伝わったようだ。


「じゃあ、俺はヴィンセントのところに向かいながら、片手間に敵の数を減らしてくる」


 これはただの強がりだ。本当はこの男ではなく、自分に言い聞かせているだけなのだ。自分は強い、自分はやれると……。そうでなければ、すぐに脚が震えて動けなくなるから。


「隊長のところって……、あんた、ちょっと待って……」


 言葉では必死に止めようとするが、身体が動かないところを見ると、すぐに判断できなかったのだろう。それを止めることが正しいのか、正しくないのか。彼らアンドロイドならば、その気になれば俺に追いつくことは難しくないはずなのだから。

 その時の俺は、自分でも自分がわからなくなっていた。感覚は麻痺し、敵を破壊することに躊躇いが失われていく。いつの間にか彼らの写し鏡のように、心を無くし破壊衝動に従う兵器に成り果てていたのかもしれない。そうでなければ、正気を保っていられなかったから。

 次々に現れる敵に対し、時には先程と同じように背後から、時には仲間と協力して、俺は敵の首を斬り裂きながらヴィンセントの元へと向かっていた。

 その時には、両手では収まらないほどの敵を墜としていたような気もする。それすらも、判然としないほど、頭の中が麻痺したようにぐちゃぐちゃに渦巻いていた。

 しかし今はそれでよかった。狂気に染まっているからこそ助けられる命がある。そう思えば思うほど、俺の心は奈落に嵌まり込むように、狂気の谷底に落ちていく。敵の首を斬り落とす度に、一歩また一歩とその谷底に自ら飲み込まれていく。

 俺は強い、俺なら全てを護ることが出来る。俺の身体はまるで誰かに糸を手繰られる操り人形のように、自らの意識が朦朧として、自分の意志が介入できなくなっていた。

 今の自分がどんな表情をしているのか、自分でもわからなかった。感情は何処か別の場所に置いてきたようにとても穏やかだった。

 そんな俺の視界に、巨大な掌の形をした何かが、ビルよりも高いところに顔を覗かせる。それが何なのかはわからない。ただ狂気に染まり思考を失った頭が、あそこにヴィンセントたちがいると、そう警鐘を鳴らしていた。


「いかなくちゃ………」


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