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屍を乗り越えて


-Side of Vincent-


「ノエル、敵の数はいくつだ」


 この緊迫した状況では、流石にアザミを通してノエルと会話する訳にはいかない。ノエルもそれは理解しているようで、今回に関しては素直に俺の問い掛けに答えてくれる。


「妾の心眼が捉えた魔の数は、およそ百と言ったところだろうな」


 いくら汎用型と言えど、百体もの数をこちらに仕向けてくるというのは並大抵のことではない。それだけ相手も、今回の侵攻作戦に力を入れているということだろう。

 しかし気掛かりなのは、これまでこの地区はほとんど無視されているような状況だったにも関わらず、突然これだけの大部隊を送り込んできた理由だ。

 もしかすると、既に我々が人間を匿っているという情報が統一政府に知られているのかもしれない。アキトが逃げていた数時間の間に、彼が人間であるということが露見していたか。もしくは、あまり考えたくはないが、レジスタンスの内部に内通者が存在しているのか……。


「更に凶報だが、奴らの中に神に与えられし器が存在する」


 『神に与えられし器』と面倒な言い回しをしているが、要は『特殊型』のことだろう。ノエルは汎用型と特殊型を見分けることができる上に、接近すれば相手の能力までも見破ることができる。だが、彼女には戦闘能力がないので、あまり無茶をさせる訳にはいかない。


「要するに相手は本気って訳だ。ならば、こちらも全力で行くしかない。出し惜しみは無しだ。俺とアザミとクロスの幹部組が先行して突破口を切り開く」


 汎用型と汎用型をぶつけるのはあまり得策ではない。数に余裕がある統一政府側ならまだしも、数が限られているレジスタンス側からすれば悪戯に兵の数を減らしてしまうだけだ。

 だから多少の無理は承知の上で、俺たち特殊型が敵の汎用型の数を減らした上で、特殊型と相対するしかないのだ。


「ノエルの情報通りなら、相手の司令塔は間違いなくその特殊型だ。そいつさえ叩けば、指揮系統を奪うことができるはずだ」


 多勢に無勢。汎用型も数を揃えて連携を組めば、十分に特殊型と戦うことができる。だから、まずはその連携機能をぶち壊す必要がある。


「ノエルは無理をしないように、敵の情報を透視でき次第こちらに連絡。ノエルの護衛に四機程この場に待機。他は我々の討ち漏らしを掃討せよ。いいなっ!!」


 その場にいた全員が胸に拳を掲げて敬礼をする。その視線はとても真っ直ぐに俺を射抜く。

 この戦闘がどれほどの意味を持つのか、全ての者が理解している。俺がどれだけこの戦闘に重きを置いているかが、数値となって彼らには伝わっている。誰もが俺の言葉を疑うことがない。

 こういう戦場において、皆が信じて動いてくれることはとても助かる。だが逆に、誰一人として俺が間違っていた場合に正してくれる者がいないということだ。それにもし、俺が真っ先に破壊された場合、誰が彼らを纏めるのだ。

 それは敵軍も恐らく同じだ。だからこそ、敵に勝る力が欲しい。数では圧倒的に劣るレジスタンスが、統一政府に勝るためには彼の存在は不可欠なのだ。

 戦場に身を置くことで、俺の中に眠る微かな感情が顔を覗かせ始める。元々、戦闘する為に与えられた『倫理や道徳』が俺たちの感情を形作っている。ならば戦闘が激化すればするほど、感情が表に出てくるのは必然なのだろう。

 俺は久しぶりに感じる、抑えきれない程の気持ちの昂りをその声音に乗せて、後ろで構える仲間たちに届ける。


「絶対に護りぬく、自らの命に代えてもっ!!」


そして、俺たちの戦争が幕を開ける。




 ノエルの透視能力を借りて、俺たちは廃墟の影に隠れながら敵の接近を待つ。卑怯などというものはアンドロイドには関係が無い。その場で最善の策を選び取るのがアンドロイドだ。その方法が最善であれば、卑怯だろうとなんだろうと構わない。

 下手に顔を出して敵に認識されればそれだけでもかなりの不利になることが予想されたため、俺たちはノエルの視界に全てを託し、ノエルの指示を、息を潜めてただひたすら待ち続ける。

 張り詰める空気がまるで冷気のように肌を冷やし、人間のエゴと俺の記憶が生み出した偽りの感情が、俺に存在するはずの無い体温を奪い、肝を冷やすような幻想に囚われる。これが『緊張』と『恐怖』。

 息を呑む喉などありはしないが、自然に喉の辺りに虫が這うようなざわめきを感じる。

 恐らくこの中には、何も感じていない者も多く存在するだろう。人間と共に過ごした時間が多かったからこそ、そして人間が自らの種を滅ぼし合った戦争を眼にしてきたからこそ、俺には偽りの感情が存在するのだ。


「来たっ!!」


 そんなことを考えていたところに、突然のノエルからの合図。

 思考回路を遮断し、戦場に意識を集中させる。そして、背中に装着した六枚羽のブースターが、俺の意思を受けて凄まじい熱と音を撒き散らしながら唸り始める。

 前回のブースターとは訳が違う。前回はただの警備兵しか存在しない区画の侵攻作戦だったが、今回は統一政府の本軍が攻めてきているのだ。今回のブースターは俺の体重ですら、数十時間の滞空を可能とする代物だ。


「突撃!!」


 俺の合図と共にブースターが地面に向けて勢いよく熱を噴射し、俺の身体は一瞬の内に宙へと浮き上がる。背後に構える彼らも、俺に遅れを取ることなく、ぴったりと背後にくっついてきている。

 宙を浮かびながら侵攻してきた統一政府軍は、がら空きの足許から突如として現れたレジスタンス軍に対応が一瞬遅れる。人間と違って、アンドロイドはそこで慌てふためくようなことは無い。だからその一瞬が俺たちにとっての最大の機会(チャンス)だった。

 俺は腕から巨大なグレネードランチャーを生み出し、羽虫のように群がる統一政府軍の足許から、次々にグレネードを撃ち込んだ。


「喰らええええええええ!!」


 俺たちの近くにいた多くの機体にグレネードが炸裂し、周囲に閃光と破砕物を撒き散らしながら爆発する。

 並の弾丸では破壊することができないオーディニウムでも、これだけの威力があれば機体をバラバラに砕き、頭部を破壊し、オーディニウムを地に返すことができる。

 砕けた機体が雨のように降り注ぐが、そんなものは機械の俺たちには関係がない。痛みなど感じない俺たちは破砕物をその身に受けながら、次の獲物へと向かって突き進む。

 俺が巻き起こした爆煙の中に真っ先に突っ込んでいったのは、幹部を務める特殊型の二人。

 彼らは爆煙の中を突き進み、そこに埋もれた機体の頭部を次々と切り離していく。

 本来、汎用型と言えどその機体を動けなくなるほどに破壊するのは骨が折れる。

 この世界のアンドロイドは、オーディニウムでできた本体と頭部に埋め込まれた人工知能を司るCPUで形成されており、頭部さえ斬り離してしまえば相手の動きを封じることができる。

 特殊型であり、本来のオーディニウムよりも更に高い強度を誇るオーディニウム合金を有する彼らは、汎用型よりも効率的に素早く敵を破壊することができるのだ。

 アザミの脚や、クロスの『灼熱』を誇る剣が、次々と汎用型である敵の機体の首を斬り離していく。その狙いは爆煙の中の朧気で不明瞭な視界でも正確さを失わず、彼らの経験の高さと戦闘力の高さを如実に表している。

 爆煙がようやく晴れ、敵の残機の数が目視できるようになった頃、戦況に一瞬の停滞が訪れる。お互いがお互いに、次の相手の動きを待つような睨み合い。


「奇襲で殺れたのは、三十機ってところですかね。あまりクールな作戦ではありませんが、ひとまず予定通りですね」


 相手から一切視線を外すことなくクロスは語り掛けてくる。数で劣るこちらが、これだけの数を無傷で落とすことができたのはかなり大きな戦果と言える。このままいけば、こちらの優位に間違いはないのだが、相手にも特殊型がいるのを忘れてはいけない。

 どうやらまだこの場にはいないが、逃げ出したとは考え難い。だが、特殊型がいないのならば、その間に敵の数を減らしておくのが最善だろう。こんなところで、相手に合せて睨みあう必要などない。


「レジスタンス軍は俺に続け。敵の増援が来る前に、一機でも多く撃破しろっ!!」


 六枚羽のブースターが再び唸り声をあげながら、俺の身体に凄まじい勢いを与える。敵との距離を一瞬で詰めた俺が次に生み出したのは、巨大なオーディニウムの棒。柱と言われても遜色がない程の巨大な棒を振りかぶった俺は、敵の軍勢に向けて思いっきり振り下ろした。

 統一政府の機体が、柱の下敷きになり爆破しながら砕け散る。どれだけオーディニウムが高い強度を誇っていると言えど、同じ金属をそれ以上の質量でぶつければ破壊することができる。

 俺の一振りで分断された統一政府軍の片割れに、アザミとクロスが引き連れた戦闘員が集中して襲い掛かる。数が多いなら分断して数を減らすだけだ。

 俺の思考をダイレクトに受け取っている彼らは、何の迷いもなく一方向に集中し、ほぼ同数に分断された敵軍を次々と落としていく。

 数が変わらなければ、特殊型を有するこちらが圧倒的に有利なのだ。

 だが、敵もただ黙って殺られる訳もなく、携えたバズーカや機関銃を次々と放ちながら応戦し始める。敵が放ったバズーカの一部が俺たちを追い越し、背後の廃ビルへと襲い掛かり、轟音と閃光を放ちながら廃ビルを破壊し爆煙と砂煙の中に溺れさせていく。

 更に、俺の背後へと抜けた敵機が、戦闘員の一人を逃げられないように包囲すると、それぞれが砲口を彼に向け、何の躊躇いもなく引き金を引いた。俺と視線を合わせた一人の戦闘員は恐怖の色に顔を染めることもなく、平然した顔で通信機器を通じて告げた。


「行って下さい隊長。あとは、任せました」


 凄まじい閃光と共に、爆風が破砕物を撒き散らしながら、それに紛れて戦闘員の首が吹き飛ぶ。そして間もなくして、その首が同じように爆煙を起こしながら跡形もなく砕け散った。

 助けることなどできはしない。そうわかっていても、それを受け入れることができないのが人間だ。

 だが機械は違う。自分が逃げられないのなら、それを認めて可能な限り被害を減らすように、最善の動きをしようとする。助けを拒否し、自分以外に余計な被害を増やさないこと。

 囲まれてしまえば、逃げることなど敵わない。数の暴力で敵をねじ伏せる。これこそ俺たちが置かれている現実。俺たちが、統一政府に勝つことのできない理由。


「討ち漏らしを掃討しろ。ただし単独で行動するな。囲まれないように、編隊を組め」


 俺は通信機器を通じて背後に構える汎用型の戦闘員たちに命令を下す。討ち漏らした機体を掃討するために戻っている余裕はない。

 自分たちが数を減らすことができれば、後は汎用型の彼らでも問題ないはずだ。俺がやれることは、全力でより多くの敵機を撃破し、後ろに構える者たちの負担を減らすこと。


「うおおおおおおおおおお!!」


 俺は再びグレネードランチャーを生み出すと、敵の軍勢に向かって次々と砲弾を撃ち込む。今回はこちらの動きを見られているため、先程と比べれば墜とした数は減った。

 それでも敵は散開し、一人一人をばらけさせることに成功した。


「行けっ!!アザミ、クロス」


 敵を散らせば、後は二人に任せる。俺は巣を破壊することは得意だが、バラバラになった蟻を潰すのは不得手なのだ。

 二人はバラバラに散開し孤立させた敵機を次々と墜としていく。これは彼らの専売特許だ。自分がやれることは全力で、やれないことはやれる者に任せる。

 それでも、数体の敵機が俺たちの背後へと抜け、こちらの戦闘員にも少なからず被害が出る。戦場に身を置き戦闘が始まった今、俺の感情は確実に形を成して、俺の偽りの心を締め付ける。仲間が死んでいくことに、得も言われぬ深く突き刺されたような痛みが胸を突き、敵機への怒りが熱となって頭部を犯す。だが、隊長として冷静さを失う訳にはいかない。

 そんな時、一機の敵兵がビルの頭上へと飛び出した。そして、後方部隊が構える我々の居住区へ向けて一発の砲弾が火を噴いた。


「不味い!!」


 あそこにはアキトがいる。機械の自分たちがどれだけ平気な攻撃でも、人間である彼からすればそれが致命傷になる可能性もあるのだ。自分よりもはるかに脆い人間と共に過ごし、そして彼らが滅びていくのを見てきた。人は、自分たちよりも簡単に壊れてしまうのだ。

 俺が指示を出す暇もなく、砲弾は無情にも閃光を放ちながら居住区を爆破した。

 だが、気にしている余裕などこちらには無い。目の前の敵はまだ三十を超えるのだ。今は、後方部隊の彼らを信じることしかできない。


「無事でいてくれ」


 俺は小さく呟くと、再び残りの敵機と相対する。いくらこちらが特殊型とはいえ、まだ安心できる敵の数ではない。


「巣から逃れた蟻退治は、あまり得意ではないぞ」


 そう口にしながら、俺は腕そのものを新たな武器へと変える。腕が機械音を鳴らしながらバラバラに開き、尖った二本の先端を携えた銃器へと形を変えていく。電磁誘導を用いて物体を高速で放つ兵器『超電磁砲』。


「照準を合わせなきゃならんのは鬱陶しいな」


 細かい作業が不得手な俺のために、エヴァがある程度の補助機能を搭載してくれている。そのお陰で、俺の眼が敵を補足すると、敵の動きに合わせて自動で腕が可動する。あとは、照準が合った瞬間に引き金を引くだけ。


「墜ちろ!!」


 照準が敵を捉えて、赤く点灯する。その一瞬で俺は引き金を引き、丸い鉄球が凄まじい勢いでレール上を駆け抜け、その二本の先端から放たれる。先端を離れた瞬間、弾丸は一瞬で大きさを増し、敵機に向かって走り抜けた

 音速を超えるその弾丸は、たとえオーディニウム合金と言えど耐えることはできず、敵機に風穴を空けて、なおも地平線の彼方へと突き進む。やがて熱で蒸発したのか、蛍のような小さな光を灯しながら燃え散った。

 俺が小さな笑みを浮かべていると、耳元から雑音掛かった声が通信機器を通して告げる。


「隊長!!サラ・メリエールです。イガラシ・アキトは無事です。こちらは気にせず、戦闘に専念して下さい」


 雑音で多少聞き取り辛いが、どうやらアキトは無事なようだ。胸のざわつきが解れたような安堵の気持ちに、不慣れな溜め息を漏らすと、まるでそれを合図にするかのように、次なる悪夢が降りかかる。


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