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始まってしまった戦火


 背筋がざわつくようなサイレンの轟きと共に、俺は深い眠りから叩き起こされるように目覚めた。この場所に来てから、こんな悪寒を誘うような鳴動が起こるのは初めてだ。

 思い出されるのはこの世界に来た最初の日。俺というたった一人を追うために、街中を赤く染め上げたあの日のサイレン。


「サラ、何が起こってる!?」


 どうやら彼女もこのサイレンを聞いて真っ先にこちらへと駆け寄って来たらしく、髪に薄い青色の液体の水滴が残っている。


「すみません。私もまだこの状況を把握しきれていません。ですが、エヴァ様からこれを」


 そう言って差し出されたのは、特訓の時に使っている漆黒のパワードスーツ。これを着て戦えと言うことだろうか?


「アキト様は、念のためにこのスーツを着用なさって下さい。万が一、レジスタンスが負けるようなことがあれば、そのスーツを着てこの場所を離脱するように……」


 俺は彼女の言葉を受け止めきれず、彼女の言葉を遮るように問い質す。


「ちょっと待て。それじゃ、まるで俺に隠れていろって言っているような……」


 彼女も焦っているのだろう。普段なら俺の言葉を途中で遮るような真似は絶対にしないのに、今日はそうはいかなかった。


「その通りです。今のアキト様には戦場に立つだけのお力はありません。しかし、アキト様は我々レジスタンスの希望です。私たちが命に変えてもお護りします。私たちが『命』なんて言葉を口にするのは、おこがましいことなのでしょうが」


 俺はそんなサラの自嘲気味な言葉に首を横に降る。何もかもが受け入れられない。きっと彼らは俺よりも余程状況を理解して、それを言葉にしているのだろう。けれど、俺の人間の部分が彼らの言葉を否定する。


「護られてばっかで何が希望だよ。それにいいんだよ。お前らに芽生えているそれは、紛れもない『命』だ。だから、俺なんかのために、その命を捨てる必要はない。俺たちの命の重さなんて、変わりはしないんだ」


 そう、例え彼らが機械だったとしても、意思を持ち、そこに立っているのなら、それは紛れもない命だ。だとしたら、命の天秤がどちらかに傾くことなんてありはしない。


「ありがとうございます。私たちは人間のアキト様にそう言って頂けるだけで、十分に満足です。そんなアキト様だからこそ、皆が命を賭けて護るのです」


「そんなのおかしいだろ。ここに来て、たった一週間しか経っていないんだぞ。なのに、どうしてそこまで……」


 サラは胸の辺りに自らの掌を添える。それが彼女にとってどういう意味を持つのか、俺には理解できない。俺と彼女は根本的に異なる生き物だから。


「時間など関係ありません。アキト様が必死に生きる姿を見せていただきましたから。私たちアンドロイドではできない、踏み潰されても何度も立ち上がる、そんな雑草のような根性を見せていただきましたから」


 それは彼女が自ら選びとった選択肢なのか、それとも俺に奉仕すると人工知能によって定められた選択肢なのか、それを知る術は俺にはない。けれど、こんなことを俺は受け入れられない。それならば、何のために俺は毎日のようにボロボロになっていたというのだ。

 俺が悔しさのあまり、奥歯を食い縛り、拳を握り締めていると、サラは自らの掌を右耳にあてて、何度か頷いた後にこちらへと向き直った。


「急いで下さい、アキト様。敵はもうすぐそこまで来ています」


 どうやら、彼女たちは通信機器を身体の中に搭載しているようだ。恐らく外にいる誰かが今の状況を彼女に報告したのだ。

 そんな緊急事態に、俺は咄嗟に胸の辺りに引っ掛かりを覚えて、その不安をサラに向かって吐露する。


「エヴァは?エヴァは大丈夫なのか。あいつだって、戦えるようなやつじゃないだろ?」


 アザミやヴィンセントはともかく、エヴァはどう考えても戦闘要員ではない。昨日の特訓を終えてから彼女の姿を見ていないが、一体今どこで何をしているのだろうか。


「エヴァ様なら、昨日の夜にレジスタンスの本部へと向かわれました。なのでエヴァ様の心配をする必要は、現状ありません」


 俺は思わず胸を撫で下ろす。自分や周囲の者たちは、今まさに危険な状況であるにも関わらず、彼女がひとまず安全な場所にいるということを知り、少しだけ心が落ち着く。

 自分の状況を顧みず彼女の心配ができるほど、この一週間で彼女は俺にとって大きな存在になっていた。サラが『時間など関係ない』と言ったが、あながち間違いではないだろう。


「今は御自分の心配をなさって下さい。お早くお着替えを……」


 逃げるにしろ戦うにしろ、俺は生身で戦えるほど強くはないことは重々承知している。だが、アザミたちが殺られているのを尻目に、逃げ出すことなんて出来る訳もない。

 とにかく今は彼女たちに余計な心配事を増やさないように、黙って指示に従っておくしかない。それでも、いざとなれば、俺は俺の心に従って行動させてもらう。

 俺はそんな覚悟を胸に刻みながら、サラから受け取ったパワードスーツに身を包んだ。

 パワードスーツを着用した俺とサラは、急いで建物の出入り口へと向かう。外には既に武装した多くのアンドロイドたちが敵の侵攻に備えて準備を整えていた。俺が顔を覗かせると、彼らは多種多様の反応を見せる。

 ある者はこちらを一瞥するだけで直ぐに戦場へと視線を向け、ある者はこちらへと歩み寄り、気さくに話しかけてくる。


「心配すんな。お前の手は借りねえよ。俺たちがお前を護り抜いてやる」


 話し掛けてくる者たちは皆一様に、同じような言葉を掛けてくれる。恐らく、ヴィンセント辺りからそのように指示が出ているのだろう。そして彼らは人間との思い出もなく、人間の黒い部分も知らない者たち、いわゆる第二世代なのだろう。

 俺は大人しく「ああ」と相槌を打つことしかできない。実際、俺が戦場に出ても足手纏いになってしまうことはわかっていたから。それでも、大人しく尻尾を巻いて逃げ隠れしていろと言われて「はい、そうですか」と言う訳にはいかない。それが、男の意地というものだ。

 まだ動き出さない戦場を、皆はジッと見つめている。俺たちの視線の先にあるのは、荒廃した今にも崩れそうな罅割れたビルが並び立つ廃墟群。そのお陰で身を隠す場所に困ることは無さそうだ。

 それにしても、アザミやヴィンセント、そしてクロスの姿が見当たらない。いつもと比べて間違いなく数は減っているので、既にあの廃墟群のどこかに身を潜め、敵からの襲撃に備えている先行部隊がいるのだろう。


「サラ、ノエルはどこにいるんだ?」


 俺は覚えたての名前を口にする。アザミやヴィンセントと違って、彼女に戦闘能力は無いはずだ。なのに、今ここに彼女の姿はない。


「ノエル様は大切な先行部隊の一人です。彼女の『透視』の力は戦場ではなくてはならないもの。戦えないからと言って、後ろで控えている訳にはいかないのです」


「でも通信があるんだろ?さっきお前も耳に手を当てて、ヴィンセントから何か指示を受け取っていたよな」


 先程のサラの仕草は間違いなくそう言うたぐいのものだった。通信技術があるのなら、戦闘能力のないノエルが先行する必要はないはずだ。


「ノエル様の『透視』能力も、万能という訳ではありません。その視界にノイズがたくさん存在すれば、それだけ精度にも関わってきます。こういった廃墟群は、彼女にとってあまり好まれる場所ではありません。特に今回は討ち漏らしがあり、万が一にもアキト様に危害が加わることがあってはならないのです」


 また俺のせいか……。そんな言葉が喉まで出かかったが何とか飲み下す。そんなことを彼女に言ったところで何もならない。悔やむとすれば、己の弱さを悔やむしかないのだ。それが、この事態を引き起こしている原因に他ならないのだから。


「始まった……」


 どこからかそんな呟きが漏れる。自分の無力さに視線を落としていた俺も、その言葉を耳にした瞬間、勢いよく顔をあげて視線の先をジッと見据える。視線の先では早くも、赤い光がまるで星の瞬きのように発光し、流れ星の様に消えていく。

 場の空気が一変する。この場の全員が息を押し殺すように静まり返り、今にも飛び出しそうな表情で廃墟群の先を見据えながら構える。

 一閃の瞬きが視界を奪い、それに追従するように響き渡る爆音。

 目の前の廃墟群が、流れ弾の砲弾によって爆破した。そのままビルは周囲を巻き込んで崩れ落ち、地響きをもたらしながら瓦礫の山を築き上げる。

 自分があんなものに巻き込まれればひとたまりもない、そう思うと先程までの心中の威勢とは裏腹に、膝が笑い始め、身体中が俺の指示を拒むように動かなくなる。


「これが、戦場……」


 ここに来て最初に追われた時は、自分が戦いの渦中にあり、ただ逃げることに必死だったからわからなかった。だが、少し離れた場所で客観的に戦場を眺めている今、自分があの渦中にいたらと思うとゾッとして、威勢を張る気も失せてしまいそうになる。

 だが俺が震えていると、まるで追い打ちを掛けるように、更なる流れ弾がこちらに向かって飛び込んでくる。


「伏せろっ」


 誰かの声が響き渡る。俺も伏せようとするのだが、まるで身体が凍りついたように動かない。流れ弾が自分の視界にも鮮明に映し出され、その流れ弾が驚くほどゆっくりに映り、俺は身体中に「動け、動け……」と必死に命令するが、流れ弾が大きくなれば大きくなるほど身体が凍りついていく。

 そんな俺の身体を無理矢理に押し倒し、俺の身体に誰かが覆いかぶさる。俺は為されるがままに地面へとへばり付き、襲い掛かってくるであろう轟音を待ち続けた。

 そして予想を遥かに超える、地震と比較しても遜色がない程の地響きと、視界を覆い尽くすほどの真っ赤な閃光。そして、皮膚を焦がすような灼熱が一度に襲い掛かる。しかし、覆いかぶさってくれている誰かのお陰で、俺はその身に全てを受けずに済んでいる。

 いや、誰かなんて言うまでもない。今俺を庇ってくれているのは間違いなく『サラ』だ。けれど、いくら機械と言えど、女性に黙って護られたままでいる自分が許せなくて、実際に眼で確かめるまで認めることができない。

 ようやく耳鳴りが止み、辺りを焼いた熱が収まった頃、サラはようやく俺を解放してくれる。そして、こちらを真っ直ぐに見据え、今までの優しげな表情を殺して、こちらへと語りかける。


「わかりましたか?アキト様はまだ戦えるだけの力はありません。迫りくる砲弾を前に動くこともできない者が、あの戦場で戦えると本当にお思いですか?」


 サラがそう言いながら視線を向けた先を追うようにして、俺もサラと同じ場所に視線を向ける。そこは、アザミやヴィンセントが戦っているであろう戦場。俺が動くこともできなかった砲弾が、まるで羽虫のように飛び交い、赤い閃光を放っては消え、それが流れ作業のように次々と繰り返される。


「だから、もしも敵がこちらに抜けてくることがあれば、ここにいる者たちが抑えている間に、私と共にこの場所を抜け出していただきます。わかりましたね」


 サラは念を押すようにこちらに忠告する。俺は首を縦に振ることも、横に振ることもできなかった。ただ、サラにはそれを肯定と受け取られていたことは理解してなお、それを否定することはできなかった。



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