生み出された時代
-Side of Akito-
「なあ、どうしてアザミは俺の力を見ても、えっと……、あいつみたいな反応しなかったんだ?」
俺は頭を抑えながら必死に思い出す素振りを見せるが、どれだけ考えても特にいい思い出のない男の名前を思い出すことができなかった。それでも、エヴァは俺の言いたいことを察してその答えを提示する。
「ああ、クロスのことじゃな……。それはあやつらが生まれた世代が違うからじゃろうな。というか、もう一週間以上も一緒におるんじゃから、名前くらい憶えてやらんか」
なんとなく聞き覚えのある『クロス』という名前に、ようやく顔と名前がパズルのピースのようにピタリと一致する。キザったらしくこちらを見下すような表情が脳裏を過り、俺は思わず苦い表情を浮かべてしまう。
「一週間って言っても、俺とあいつが顔を合わせたのなんて最初の一、二度くらいだぜ。その後は多分故意に避けられてる気がするんだよな。そんなことより、世代ってどういうことだよ?」
俺はじわじわと額から溢れ出す汗を、サラから手渡されたタオルで拭いながら、エヴァに質問を投げかける。『そんなこととはひどいの』と言いながらも、特に気にする様子も無く俺の質問に答え始める。
「クロスのやつは第一世代と言って、まだ人間がこの世界に存在していた時に造られ、人間と共に過ごした記憶を持つアンドロイドじゃ。しかしアザミは第二世代と言って、人間たちが滅んだ後に生み出されたアンドロイドなのじゃ」
つまり、人間が滅んだ後もアンドロイドの製造が止むことがなく、人間がいなくなった世界でもアンドロイドの世界は更に広がったということになる。恐らく、こんな発展した技術がある世界なら、アンドロイドの製造ラインは既にアンドロイドやロボットによって構築されていたのだろうし、技術の発展は無いにしても、新しいアンドロイドを生み出すことは可能だったのだろう。
「つまり、第二世代は人間というものを言葉や知識では知っていたとしても、それと実際に触れ合ったことは無い。じゃから、主の力を見たところで、それに恐怖を覚えることもありはせん」
俺は納得の意を示す為に首を二、三度縦に振る。クロスや数体のアンドロイドが俺の力に反応したのは、人間との記憶が原因だとヴィンセントは言っていた。ならば、そもそもその記憶自体が存在しないアザミが、俺の力に反応しないのは当然のことだ。
だが、エヴァの説明を聞いていたことで、今度は別の疑問が浮かび上がってくる。
「話は変わるんだけど、第二世代は人間が滅んだ後に製造り出されたアンドロイドなんだよな?ならどうして、今も新しいアンドロイドが製造られていないんだ?そうすれば、もっと統一政府との戦いだって優位になるはずじゃ……」
特訓の初日から既に一週間以上の月日が流れ、俺はこの世界の知識を多少は心得ていた。そして、彼らとの戦いの中で、レジスタンスが統一政府に最も劣るものが戦闘員の数だと教えられた。
俺は最初、人間が滅んだことにより新しいアンドロイドの製造ができなくなり、既存のアンドロイドの生き残りを賭けた戦いを繰り広げているのだとばかり思っていた。だが、話を聞いているとどうやらそうではないらしい。
「わしらが、どうやって製造られているかという話を覚えておるか?」
突然投げ掛けられた問い掛けに俺は一瞬言葉を詰まらせるが、何とか頭の中の引き出しからその言葉を探し出す。
「オーディニウムだっけか?」
その元いた世界では聞き慣れない言葉を何とか捻り出すと、エヴァは小さく縦に一度だけ首を振り、肯定を示す。
「アンドロイド製造が中止されたのは、そのオーディニウムの枯渇が問題じゃった」
エヴァはそう言いながら、俺たちの周りを取り囲む荒れ果てた光景に視線を巡らせる。俺もそれに追従するようにその光景を視界に収める。
「オーディニウムはこの世界に豊富に存在する金属じゃったから、昔は採掘が盛んに行われておった。じゃが、オーディニウムが枯渇したある土地で、草花といった緑が一切育たなくなったのじゃ」
エヴァが深刻そうな表情を浮かべて見据えるその視線の先には、実際に緑という色はどこにもなく、罅割れた黄土色の荒野が広がっていた。
「オーディニウムはどういう因果かはわからんが、この世界の命そのものなのじゃ。じゃから、これ以上オーディニウムを採掘することは、この世界を滅ぼすことに繋がる」
彼らアンドロイドの骨格でもあるオーディニウムの採掘が行えなくなったからこそ、新しいアンドロイドの製造は行われなくなった。それが、レジスタンスが統一政府との戦いで劣勢を強いられる大きな理由だった。
「ちょっと待て。俺が最初にこの世界に辿り着いた統一政府の区画には、確か緑がたくさんあったはずだぞ」
俺の頭には再び疑問が浮かび上がる。あの時は何もわからないまま必死に逃げていたが、それでも俺の視界にはいくつかの緑が映し出されていたはずだ。
「それがそもそもの、わしらの戦争の原因なのじゃ」
エヴァは俺に背中を向けて、とある方向を仰ぎ見る。その視線の先にあるのは、こちらの区画と隔絶された巨大な鋼の壁。その先には緑が未だに存在する豊かな統一政府がある。
「奴らは、一部のアンドロイドたちの生活を豊かにするために、アンドロイドの選別を始めたのじゃ」
エヴァは不意に俺の方へと視線を向けると、相変わらずその容姿とは不釣り合いな自嘲の笑みを浮かべる。
「人間がまだ健在だった頃、とある実験が行われた。それはオーディニウムが枯渇し緑が無くなった土地に、もう一度オーディニウムを埋め直したらどうなるか、というモノじゃった」
エヴァのその表情から、その結果がどういうモノだったのか想像することは難くない。
「その結果、なんとその土地に緑が戻ったのじゃ。オーディニウムを再びこの世界に戻すことで、この世界はもう一度息を吹き返す。それを知っていた統一政府は、アンドロイドの選別を行い、その選別から外れたモノを破壊し、そのオーディニウムをこの世界へ返そうとしたのじゃ」
全てが滅びてしまうのなら、犠牲を出してでもこの世界の存続を選び取る。その選択は決して間違ったモノではないのかもしれない。
しかし、それを全てのモノが『そうですか』と受け入れられるはずがない。
それが、本当に意志のないロボットだったのだとしたら、そういう未来もあったのかもしれない。
だが、自らに埋め込まれた道徳や倫理、そして長い間に積み重ねられた記憶が生み出した、かりそめの意思と、そして『生』を渇望する呪縛に囚われたアンドロイドたちには不可能な選択だろう。
「その結果起こったのがこの戦争じゃ。統一政府にやり方に異議を唱えたモノや、統一政府の選別から外れたモノたちが集まってできた『レジスタンス』と『統一政府』との全面戦争。統一政府とそれ以外の土地で、全く景色が異なるのもそれが原因じゃ」
そこで俺は更にこの戦争のレジスタンス側のあまりの無謀さを思い知る。
「ってことは、統一政府は、あの地面の下に、まだ大量のオーディニウムを持っていて、やろうと思えば、更に大量のアンドロイドを製造することもできるってことなのか……」
俺の額に先程までとは全く別の汗が滲み出し始める。そうだとすれば、レジスタンス側が勝利する確率など、毛ほどの確率も残されていないのではないだろうか。
「残念ながらその通りじゃ。その上こちらはこの光景を見てもわかる通り、残されているオーディニウムは絞りカス程度のもの。最早新しいアンドロイドを生み出すことはほぼ不可能。それが、この戦争の現実じゃ」
思った以上に悲惨な状況に、俺は言葉を失っていた。レジスタンスが劣勢を強いられていることは把握していたつもりだった。それでも統一政府との戦力の差が、これ程までに大きく開いているとは思いもしなかった。
それでも俺は何とか言葉を捻り出しエヴァへと尋ねる。
「数では勝てないから、相手を上回るための力が必要だった。それが、俺ってことか……?」
だからこそ、俺はこの世界に異世界転生された。状況としては申し分ないのだが、いざ自分の立場となってしまえば、胸が高鳴ることなど欠片もなく、ただ恐怖で押し潰されそうになってしまう。
エヴァはゆっくりと、そして深く頷いた。その行動は、俺が背負っているものの重さを如実に表していた。俺に課せられていた使命は、俺が思っていた以上に過酷なものだったらしい。
「まあ、それが全てでもないのじゃが、それが大きな理由じゃよ」
そんな、ぼんやりと靄の掛かった言葉に俺が更なる質問を重ねようとしたところで、エヴァではない別のところから声が掛けられる。
「アキトくん、そろそろ休憩を終わりますよ。よろしいですか、博士?」
声の主はアザミだった。俺たちは、あの日から毎日のように特訓を続けていた。今日もそれに漏れずに、廃墟の中でアザミと共にこの世界で生き残るための術を学んでいた。
そんな特訓の休憩中に、俺はこんな大切なことを、今俺が死にそうになりながらこうして特訓をしている理由を聞かされていた訳なのだ。
今日はもう特訓に集中することはできないかもしれない。それくらいに、今エヴァから伝えられた事実は俺の心を大きく揺さぶっていた。
「ああ、話は終わりじゃ。こやつもこの特訓の必要性を改めて理解したはずじゃ。より厳しく指導してやってくれて構わんぞ」
そんな言葉に俺は慌てて被りを振って否定する。今でも身体が悲鳴を上げているというのに、これ以上厳しくされたら、いざ本当に戦闘が起こった時に身体が言うことを聞かなくなる。
「待て、流石にこれ以上やったら、俺の身体が動かなくなる。これは弱音じゃなくて事実だ。俺だってずっと運動してきたんだから、自分の身体はちゃんと理解している。心は別として、身体は割と限界なんだ」
この一週間の経験で、こちらの状態などは関係なく、エヴァの言葉は全てアザミに受け入れられてしまうことはわかっている。だから、早いうちにエヴァからアザミに、その必要が無いと言ってもらわなければならないのだ。
エヴァは少しだけこちらに疑うような視線を向けて、意地の悪い笑みを浮かべながらアザミへと言葉を投げかける。
「まあ、それくらいの根性しか持ち合わせておらんというのなら仕方がない。いつも通りにやってくれ」
女の子の前で、馬鹿にされたような言葉を吐かれれば、思わず歯向かいたくなるが、そうすればエヴァの思うつぼなので、ここはその気持ちグッと堪えて言葉を呑み込む。
だがエヴァの口撃はそこで止むことは無く、更なる追い打ちが掛けられる。
「ああ、本当に男とは思えん根性無しの短小野郎じゃの」
俺の中で何かが千切れるような音がした。そこからはもう、勢いに任せて後先のことなど何も考えてはいなかった。
「ふっざけんなっ。そこまで言うならやってやろうじゃないか。っていうか、お前俺の見たことあんのかこの野郎!!」
男として、女の子の前でここまで言われて黙っている訳にはいかなかった。まあ、結局まんまと乗せられてしまった訳だ。
「はあ、はあ、はあ……。もう無理だ。これ以上は動けない」
俺は黄土色の固いベッドに身体を預けて、荒い呼吸を大気に振りまいていた。あれからすっかり時間も経ち、頂点辺りにあった太陽は既に地平線に沈みかけていた。
「やればできるではないか。少しは見直したぞ」
地面に大の字になって寝転がっている俺の顔の上から、エヴァは覗き込むように顔を覗かせると、そこには素直に俺を褒めてくれているような素直な笑みがあった。
「はい、確かにアキトくんもずいぶん戦いに馴れてはきたと思います。まあ、実際に戦場に出れば、蟻ほども役に立たないと思いますが」
どうやらアザミも以前よりは余程認めてくれているらしいのだが、その言葉の端々には相変わらず棘があり、まあアザミが言うのだから事実そうなのだと実感せざるを得ない。
「蟻のこと舐めてると痛い目に合うからな。蟻だって、すげえ力持ちなんだぞ。噛まれると意外と痛いんだぞ」
俺は苦し紛れの反論をしながら、動かない身体を地面に放り出して視線だけをアザミに向ける。
「それは蟻の世界の話であって、人間世界で蟻が何か役に立ちますか?それと同じで、あくまで人間世界での戦闘能力は認めますが、この世界の戦いでは役に立たないと思います」
社交辞令を言われないのはある意味有難いのだ。自分の能力を見誤ることは無いし、アザミに認められれば実際に戦うことができるという希望を持つことができる。
一週間も彼女と話しているので、彼女の色の無い声音にもだいぶ慣れてはきたものの、やはり違和感を拭い去ることはできない。それでも、今はサラやエヴァがいてくれるから、そこにすがっている自分がいることは否めない。