9.兎耳の彼女
「やあ、デイジー」
見つめ合ったままのわたしたちにお構いなし、店主はいつものマイペースだ。
「え?この子どうしたの?」
「アルバイトのアリスさんです」
きょとんとしてる女性にわたしを紹介する。
「アルバイトって…あんた変な事に巻き込んだんじゃないの?」
彼女は胸をゆさゆさ揺らしながら近づいてくると、店主をにらみつけた。
「他の世界の子なんて連れてきたら…あれっ」
わたしの方を見ると、また言葉を飲み込む。
そして鼻をクンクンと動かし、わたしの匂いをかいだ。
「あれ…この子、本当にあんたの世界の子だよね。なんかちょっと魔法っぽい匂いがする」
「え…」
自分じゃもちろんわからないけど、《運命の女神》の血が入ってるせいだろうか。
店主はいつもの笑顔を引っ込め、珍しく真顔になる。
「やっぱりそう思います?私も初めて会った時、そう感じたんですよね。デイジーやドム爺さんにちょっと似てるような…」
確かにお菓子屋さんで初めて会った時、顔を覗き込まれたっけ。
このままこの話を突っ込まれるのもなんだし、あわてて話題を変える。
「あのっ、この方がどんな病気も治せるお菓子を作った方ですよね」
「そうです。店の小部屋にあった私のコレクションは、こちらのデイジー・ルイス嬢の作品です」
「どんな病気でもってことはないよ。風邪とか胃痛、頭痛、そんな程度ならジャンル問わずなんでもイケるけど」
デイジーさんはわたしに向かって明るく言った後、
微妙な表情で店主を見た。
長いフワフワの耳がピクピク動く。
「でも、あんたの世界じゃ効き目が上がっちゃうかもって…あたし言ったよね」
「上がってましたよ、すごぉく」
店主はゆっくり、にっこり、微笑む。
「どのくらい?」
デイジーさんの声に力が入る。
「余命宣告された人が治るくらい」
「…試したの?」
「はい」
屈託無く店主が答えた瞬間、デイジーさんはシンクにあったレードルを掴むと、彼に向かって振り回した。
「このバカ!この犯罪者!あんたの世界で使うなって言ってるでしょーが!」
店主はそれをヒョイヒョイかわし、デイジーさんも負けずに追いかけていく。
「世界を越えてるだけでも犯罪なのに!こっちの魔法をそっちに持ち込むのは重罪だってのに!」
空のボウルを掴んで投げつける。
店主にかわされ、床に転がったそれは激しい音を立てた。
「あんた個人が使ったり!コレクションにするだけっていうから、提供してるのに!あたしまで犯罪者になるだろうがぁ!」
…どうしよう。わたしもキャンディを使っちゃった。
「まぁ提供してるだけでも、すでに犯罪者ですよねぇ」
よせばいいのに彼は笑顔で余計な事を言って、今度はレードルが宙を飛んだ。
店主はそれを上手くキャッチする。
「一緒にするな!あたしはあんたのそういう所が昔から嫌いなのよ!」
デイジーさんはその場で地団駄を踏む。
「余命宣告された人が治ったって…大騒ぎになったんじゃないの!?」
「なりましたねぇ。それで一旦こちらに来ました」
「はぁ〜もう!」
ため息をついてがっくりうな垂れるデイジーさん。
そして、
「…余命宣告されてた人、あのポップコーンで治ったの?」
と、うつむきながら疲れた声で言った。
「はい、それはもう。奇跡が運命をひっくり返したと、大騒ぎになるくらい」
店主はボウルを拾い、レードルと一緒にシンクへ戻した。
「…そう。そっか」
デイジーさんは顔を上げて、口元を緩ませた。
「あたし、凄いじゃん」
「そう、凄いんですよ!さすがデイジー。天才ですね」
店主はわたしに目配せした後デイジーさんの元へ行き、
「これお土産兼、迷惑料です。砂糖とバニラビーンズ」
懐から2つの袋を取り出して、差し出した。
「やった。助かる〜」
彼女は受け取ると、満面の笑顔になった。
次の瞬間、機嫌が直ったと思われるのが恥ずかしかったのか、慌てわたしを見る。
「違うの!こっちの世界の砂糖やバニラビーンズとやっぱりなんか違って、これを使うと良いスパイスになるというか、アクセントになるというか…」
「持ちつ持たれつ、ですよねぇ」
「黙れ」
言い訳めいたデイジーさんに口を挟む店主。
冷たい一言を投げつけられても、口笛でも吹きそうな表情だ。
「で、アリスっていったよね?その大騒ぎにリアンのせいで巻き込まれた感じなの?」
「私の名はリアンというんです。名乗ってなかったですよね」
「は、はい。お名前聞きそびれてましたね…」
「名前も名乗らないでアルバイトって…。ほんと、あんたのせいで可哀想に」
デイジーさんは呆れ顔。
「可哀想な事に、巻き込んでしまいました。結果的にアリスさんも《涙が出るキャンディ》を人に使ってしまいましたからね」
「えぇ!?」
ちょっと、このタイミングで言わないで下さい!
デイジーさんに怒られちゃう!
心の中で叫ぶ。
「私、ドム爺さん、デイジー、アリスさん。ここまで登場した皆、犯罪者ですねぇ」
わたしの抗議の視線をよそに、嬉しそうに店主改め・リアンさんが言った。