8.到着した場所
階段を上りながら、わたしはふと頭に浮かんだ不安を口にした。
「お菓子屋さんのお店、大丈夫でしょうか?見つかって荒らされたりしてないでしょうか?」
こうしてる間に、あの可愛らしいお店が踏みにじられたりしたら。
馬に乗った男たちが乱暴に入っていく姿を想像して、暗い気持ちになる。
「心配には及びませんよ〜」
お菓子屋さんの声は明るい。
「見つからないように布をかけてもらったんです」
「…お店に?」
彼は振り向いてわたしの顔を見ると、また前を向いて歩き出す。
「お店にですか?布を?それって魔法の布なんですか?」
わたしは諦めずに背中に質問をぶつける。
階段の上り下りで体が辛くなってきて、息が上がってきた。
「アリスさん、見て下さい。ドアですよ」
店主が指差した方向を見た。
階段を上りきった先に黒いノブがついた白い扉があった。
「あれを開けたら、魔法の世界です」
本当に別の世界に繋がってるんだ!
一体どんな世界なんだろう?
ドム爺さんのような小柄な人が多いんだろうか?
奇妙な草木が生えてるんだろうか?
わたしは期待に胸がいっぱいになりながら、店主に続いてそのドアをくぐった。
ずっと薄暗いところにいたから、光が眩しく感じる。
そこは…また室内だった。
白を基調とした部屋。
大きな白い冷蔵庫。
銀色のシンクに黒いコンロ、オーブン。
ズラッと並んだスパイス、調味料。
甘い匂いも漂っていて、ここはお菓子を作るキッチンだとすぐにわかる。
わたしたちのいる世界となんの変わりもない感じがして、少し拍子抜けした。
「アリスさん、ほら。布をかけてもらってるでしょう」
隅に置いてある木のテーブルの上。
白い布をかけられた、こんもりとした塊。
布とテーブルの隙間からかすかに光が漏れていた。
前言撤回。
不思議なことがやっぱり起こっていそう…。
店主は布をチラリとめくって見せてくれる。
光に包まれた板チョコが壁のように立っている。
「これは…もしかして、お菓子でできた家…ですか?」
「ご名答!」
布から手を離し、軽く拍手をされた。
「ここで作ったお菓子の家が、私たちの世界で普通に建物として建ってるわけなんです。店じまいも引越しも楽なんですよ」
そういうことか…。
領主さまの娘さんがお菓子を食べた後、お店が忽然となくなったのも。
そこから離れた場所にあるあの森で、わたしがお店を見つけたのも。
実際に建てたものじゃなかったからなのか…。
それにしても魔法で作られたなんて思えない程のお店だったな。
それくらい、腕のある人なんだろう。
「じゃあ…ここはあのお菓子を作った方のお店なんですね?」
わたしは改めて部屋を見渡す。
「そうです。ここは地下にあたり、調理場兼実験室。あと奥に住居スペースがあります。実際の店舗は上になっています」
確かにわたしたちが入ってきたドアの他に、ブルーのドアとブラウンのドアがある。
「ドム爺さんに連れられて、初めて来た場所がここです。ここの店主さんも変わった方で、余所からきた私を面白がって、お菓子作りを教えてくれたりしました」
「そうなんですか」
「でも今はこの店をお子さんに譲り、悠々自適に旅をしてるんです。きっと『道』を使ってよその世界に行ってるんでしょうね」
「あれ。じゃあ、あのお菓子を作ったり、布をかけてくれてるのは跡を継いだ方なんですね」
「そうです。私の幼馴染みたいな感じでもあります。
小さい頃は本当によくここに入り浸っていましたから」
その時、ドタドタッと誰かが階段を駆け下りてくる音がした。
そして勢いよくブラウンのドアが開いた。
「ちょっとリアン!また急に…」
飛び込んで来た女性は、わたしと目があって言葉を飲み込んだ。
わたしも彼女を見て目を丸くした。
全体的にコケティッシュな雰囲気の女性だった。
胸元が大きく開いた、体にフィットした白いミニ
ワンピースを着ていてる。
思わず豊満でたわわなバストに目がいく。
華奢で貧相な自分が恥ずかしくなってくる程だ。
そして深紅の瞳、その右の方に泣きぼくろが1つ。
栗色の髪はゆるくカールしており、顎くらいの長さ。
そして頭の上には長くて白い、ウサギのような耳が2つあった。