7.『道』を作る人
店主は続ける。
「私たちが暮らしている世界の他にも、本当は別の世界が他にもあるのです。普通は行き来できたりしません。ですが、こうやって私たちは移動中です」
「はい」
紛れもなくスーツケースの中に違う世界は広がっている。
「私たちが向かっている世界はとても不思議なところです。魔法が溢れている。それゆえ、こちらの世界では作れない不思議なお菓子を作成することも可能なのです」
ついに階段は終わり、レンガで出来た平坦な道になった。
薄暗かった階段と比べ、柔らかな光に包まれたその道を真っ直ぐ進んでいく。
「そして、このように世界と世界を結ぶ道を作れる能力を持った方もいらっしゃいます」
「この道を…?」
この広い空間全てが魔法みたいなものなの?
「何もないところに道を作れるわけではなくて、道を作れそうな場所を特定出来るんだそうです」
「こことここなら繋がりそう…って感じですか」
「そんな感じですね。私は道を作って、私達の世界にやってきた方と知り合いになり、行き来できるようになりました。
その方は道を作ることが得意であり、何よりそれが好きなのです。いろんなところに沢山の道を作っていますよ」
「それじゃあ、いつかはいろんな人がいろんな世界を旅行できるようになるわけですか?」
なんだかワクワクして尋ねると、
「残念なことにそれは今のところ無理です」
あっさりとした返答。
「…というと?」
「今向かっている世界では、違う世界の住人が行き来することは禁じられているからです」
「ええ?」
変な声が出て、わたしは足を止めた。
「こうやって行き来することはダメなんですか?お菓子屋さんだって何回も行き来してるんでしょう?」
責めるような口調になる。
店主は気にする様子もなく、相変わらず笑顔だ。
「混乱を招く恐れがありますからね。こちらの犯罪者があちらの世界へ、あちらの犯罪者がこちらの世界へ侵入、なんてなったら大変でしょう?」
「それは…そうですね」
「道を作る事も、世界の移動も大っぴらにすることは出来ません。皆、ひっそりとやっています」
店主は声を潜めて、
「どこの世界にも好奇心の強いものはいるものです。たとえ禁止されたとしても止められない。まるで恋だ」
とイタズラっぽく微笑んだ。
わたしは思わずドキリとする。
店主は立ち止まると、壁の下の方を指差した。
見ると、わたしの腰くらいの高さの小さなドアがあった。
こんなところにドア?
店主は身を屈めると、そのドアを1回ノック、続けて2回ノックした。
「あいよ」
ややあって、中から嗄れた声がする。
「ドム爺さん、私です」
店主が声をかけると、ドアが開き、小さなおじいさんが出てきた。
ヘッドフォンを首にかけ、鼠のような細く長い尻尾がある!
それでもなんとか、驚きが顔に出ないよう気をつけた。
ここはもう不思議な世界なんだ。
何があるたびに驚いていたらキリがない。
「おや、お前さん。珍しく女連れだな」
おじいさんはわたしを見上げる。
「新しいアルバイトのアリスさんですよ。
こちらは道を作るスペシャリストのドム爺さんです」
「は、初めまして」
わたしはお辞儀をする。
「スペシャリストってもんじゃねぇよ。ただ好きで、面白いからやってるだけだ」
ドム爺さんは照れ臭そうに言う。
尻尾が上下に揺れた。
「俺はこいつがほんの小さな坊主だった頃からの知り合いなんだ。繋げた道の先がこいつの家の裏庭でな。今じゃ、こんなにでっかくなりやがったが」
「子供だったんで、不思議な世界をすんなり受け入れられたのです。ドム爺さんにつれられて初めて世界を移動した時はとてもワクワクしました」
店主はわたしにむかって笑うと、ドム爺さんに向き直り、
「最近の調子はどうですか?」
「新しいチャンネルが見つかりつつあるな。もっともっと世界は広がるぞ」
「楽しみにしてます」
「おう。お前さん、気をつけろよ。最近は取り締まりが厳しくなってきてるぞ」
「はい。ドム爺さんも気をつけて」
わたしたちはドム爺さんと別れて先に進む。
すると、今度は上りの階段が見えてきた。