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奇跡のお菓子屋と運命の女神  作者: 源小ばと
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66.運命の女神、再び

辺りはもうすっかり薄暗くなっていて、人通りもまばらだったけれど。


数少ないすれ違う人はギョッとした顔でフレッドさんを見つめていく。


これで兎耳がついてるのをみたら、どんな表情になるのだろう…。


「こっちの方に俺がきた『道』がある。ドム爺に頼んでお前たちに近いところに出れるよう頼んだんだ」


周りの視線も気にせず、フレッドさんが言う。


「リアン。お前はこっちの世界で自分の店を持て。物件探しは手伝ってやるから。情勢が変わった今なら申請が通るだろう」


その話にリアンは頭をかいた。


「それはありがたいことですが…私はなんの力もない

ただの人間です。魔法世界で店を開いてやっていけますかね?」


師匠の前でだからなのか、リアンは珍しく弱気な発言。


「美味しいものに魔法もくそもねぇ。俺が育てた弟子のお菓子が皆に受けいられないはずがない。デイジーと違って、お前は繊細な作業も根気よくやれるし」


フレッドさんが豪快に笑い飛ばすと、リアンにいつもの笑顔が戻った。


「…そうですね。では、やってみようと思います」


あの世界にリアンのお店ができる…!


「じゃあ、お前はこれから俺と一緒に帰るぞ」


「はい」


えっ?


ワクワクした気持ちが一気にしぼむ。

それは…そうなるだろうけど。

急に、今、ここでお別れ…?


わたしはお父さんのこともあるし、すぐに世界を移動したり出来ない。


気づいたら、わたしは立ち止まっていた。


先を進んでいた2人が気づき、振り返る。


何か言わなきゃ、と思うけど言葉が出てこない。


「あの角を曲がってすぐだから。先行ってるぞ〜」


何かを察してくれたフレッドさんが、なんでもないようにそう言って、その場から離れていく。


「ここで…お別れですね」


そう絞り出すように言うと、リアンはおや、という顔をして、その後微笑んだ。


「しばしのお別れですよ。アリスもいずれ、こちらに来るのでしょう?」


「そう…ですけど」


リアンはわたしに近づき、身を屈めて目線を合わせる。


「アリス、貴女に会えて本当に良かった。とても楽しかったです」


「わたしも…いろんな意味で世界が変わりました」


「そして、私のことも変えてくれた。貴女は私にとって間違いなく《運命の女神》です」


そう言って、わたしの前髪を持ち上げると額に唇をあてた。


ひんやりとした感触がする。


「おーい」


時が永遠に止まった…そんな感じがしたけれど。

フレッドさんの声がして、世界はまた動き出した。


「はーい」


リアンはわたしから離れて返事をする。


フレッドさんは角からそっと顔を出し、わたしたちの様子を確認してから近づいてきた。


「これを渡すのを忘れてた。俺たちは『道』から帰るが、アリスは自分の家まで帰るの、大変だろう」


わたしの手のひらに乗せてくれたのはガム。

これは塔に行く時に使った…


「噛んだら空を飛べるガムですか?」


「デイジーのやつは噛み続けなければいけないから、距離がある時は大変だ。これは膨らませたフーセンガムの中に入って、目的地まで自動で行けるんだ」


フーセンガムの中に入る??


「それは凄い」


リアンはキラキラと目を輝かせる。


フレッドさんが言うようにガムを噛み、(味はマスカットみたい)大きくぷぅっと膨らませた。


「それを口から出して、宙に投げるんだ」


わたしは萎まないように注意しながらフーセンガムを取り出し、手を離す。


「わぁ…!」


膨らんだガムはみるみる大きくなり、わたしが中で座れるくらいのサイズになった。


「中にするりと入って、行きたいところを願うだけだ。目的地に着くまで消して壊れたりしないから、安心していいぞ」


「ありがとうございます、フレッドさん」


わたしはガムに近づき、振り返ってリアンを見た。


「また、すぐに会いましょう。向こうで待ってますよ」


「はい、必ず…!」


この包みこむような笑顔…心に深く刻んで。


「それじゃあ、また!」


いつまでも出発できなくなってしまいそうなので、わたしはガムに手を伸ばした。


なんの抵抗もなくわたしの体はすり抜ける。


そして上半身から進み、お尻をつけてしゃがむ。


薄いグリーンの膜の向こうに、両手を腰にあてたフレッドさんと、片手をあげたリアン。


「本当に、本当にありがとう!」


そう伝えて、我が家を思い浮かべる。


わたしを乗せたフーセンガムはふわりと空へ舞い上がる。


「リアン!」


好き、と気持ちを告白しようと思って、やめた。

それは次に会った時に。


「アリス!」


わたしを見上げて、2人が手を振る。

その姿はどんどん小さくなっていく…。


街の灯りがきらめく、眼下。


わたしの魔法の旅はこれから始まるんだ。




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