65.マッチョな師匠
「ご無沙汰しています…!」
リアンが嬉しそうな声を上げた。
「全く、派手にやったなぁ」
男性はずぶ濡れのわたしたちと、後ろの屋敷を眺める。
「あいつは魔法の腕を上げたが、仕上がりが少々雑なんだよな」
あいつ?デイジーのこと…?
わたしの疑問は直後にすぐ解決した。
「初めまして。あんたがアリスだな」
男性は不釣り合いなシルクハットをとった。
その中には白くて長いウサギの耳…!
「デイジーの…」
「はい。お父様であり、私のお菓子の師匠、フレッドさんです」
リアンが紹介してくれた。
全くお菓子職人には見えない、筋肉でおおわれた太い腕と厚い胸板。
そして、よく見るとデイジーと同じ紅い瞳をしている。
「他の世界を旅してる時に魔法士が迎えに来て、一度強制的に元の世界に帰らされた。そこで久々に会ったデイジーにリアンとアリスの事を聞いたんだ。なんだか気になって、勝手にこの世界に来ちまった。母ちゃんもデイジーもまたいなくなった!って怒ってるだろうな」
フレッドさんはシルクハットを被りなおして笑う。
そして、私に固形のラムネのようなお菓子を差し出した。
「この世界で魔法を使って体に負担がかかったんだろ?こういう時は魔法成分が含まれてるお菓子を食うんだ。体に染み込んで楽になる」
「ありがとうございます」
わたしは受け取り、口に入れる。
舌の上でほどけるように溶けて、段々と体が軽くなってきた。
気が緩んで、魔法状態もついつい解除してしまう。
髪がゆっくり黒に戻っていき、きっと瞳の色も薄紫になっているだろう。
「髪も瞳も変わるなんて面白いなぁ」
その様子を見て、フレッドさんは感心している。
「そうだ、リアン。デイジーから渡されたお菓子を見せてくれ」
リアンは袋ごとフレッドさんに差し出す。
「リアン、わたし、もう下ろしてもらって大丈夫ですから」
おぶってもらってることを思い出して、(なんだか居心地が良くて背中でまったりしてしまった)わたしはリアンに囁く。
「大丈夫ですか?」
「はい」
そうしてる間、フレッドさんは袋の中のお菓子をざっと確認している。
そして、グリーンのペロペロキャンディとレッドのペロペロキャンディを取り出した。
風と炎の魔法を閉じ込めてあるものだっけ。
フレッドさんはそれぞれのキャンディ部分を少し割ると、自分の手のひらの上に乗せた。
「2人ともそのまま動かなよ」
そう言って、手のひらにふぅっと息を吹きかける。
次の瞬間。
暖かい、南国の風のような突風が吹き抜けた!
髪と服がはためき、数歩後ろへよろめきながら、目を閉じる。
そして目を開けると服も髪も完璧に乾いていた。
それだけじゃない、びしょびしょになっていた芝生も。
屋敷の扉も窓の辺りも全然濡れていない!
きっとホールなど、中の様子も大丈夫なんだろう。
ソフィアさまの体の事も考えると安心する。
「さすがですねぇ、師匠!」
リアンは明るい声で称賛した。
「愛娘の魔法でびしょ濡れにしちゃったんだからな。親としての尻拭いだ」
フレッドさんはそう言って歩きだした。
「ついてこい」
わたしとリアンはその大きい体を追いかけていく。




