63.香り、光、水
リアンは小型の銃のようなものを取り出した。
そして向かってきた男たちに向けた。
怯んだ男たちの顔にペタッと白いクリームが噴射される。
「!?」
一列目の男たちは皆お揃いで生クリームが鼻に添えられた。
次の瞬間、男たちはうっとりとした恍惚の表情を浮かべ座り込む。
「バニラに良く似た甘い香りが調合されています。これを嗅ぐと何をする気もおきなくなるのです。お試しになりたい方は?」
二列目以降の男たちはたじろぎ、骨抜きになった同僚を見下ろしている。
「鼻のクリームを拭いなさい!」
そこへ鋭いダイアナの声が飛んだ。
「お、おい、しっかりしろ!」
その言葉に慌ててハンカチを取り出し拭っていくけれど、好奇心に勝てず、拭ったハンカチの香りを嗅いでへたり込む者もいた。
「…今さらですけど」
わたしは荒い息で切り出した。
「わたしたち、こんなにこの世界で魔法を使って大丈夫、ですかね?」
「こうなることもレヴィ様なら予想済みでしょう。偉大なお方ですから」
リアンはまったく気にせず、朗らかに答える。
「さて、お次は」
そして取り出したのは、棒付きのペロペロキャンディ。
キャンディ部分はレモンイエローだ。
リアンが大きく円を描くように手を振ると、キャンディ部分が光となり、部屋中を流れ星のように四方八方に飛んでいく。
「う、うわぁ!」
攻撃性のない、ただの明るい花火みたいだったけど、彼らの戦意を削ぐには充分だった。
部屋を飛び出していくものもいた。
「綺麗ですねえ。そう思いませんか、ダイアナさま?」
飛び交う光の奥で、唇を噛み締めているダイアナの顔が見える。
「争いなんて辞めませんか。貴女は何を守っていきたいんですか?プライドですか?私たちを処罰したと世間に発表したとして、それで貴女の評価が上がるのでしようか?それが《運命の女神》ですか?」
「…お前たち、早く2人を!」
リアンの言葉を遮るようにダイアナが叫んだ瞬間、彼は2本めのペロペロキャンディを取り出した。
あれは、わたしがあの時使った…!
そう思った瞬間、ブルーのキャンディは水を産みだした。
男たちはその水流に尻もちをつき、ダイアナも思わず椅子にしがみついた。
リアンはわたしを立ち上がせてくれて、水はあっという間にわたしの太ももくらいの高さになった。
「デイジーは光と水のキャンディの他に、風を起こすグリーンのキャンディと炎をおこすレッドのキャンディもくれました。風はいいとして、炎はちょっと使いづらいですかね」
さすがデイジー…本当に一流の腕を持っている。
「ダイアナさま!」
そこへ、マリーさんがやって来た。
彼女が手を引いてるのは、装飾のない白い服を身にまとった、金髪の老女。
マリーさんの手を握りながら、水の中をゆっくり、ゆっくり進んでくる。
「ダイアナ。…もうお止め」
老女は静かだけど強い力を持った声でいった。
「…お母さま。立ち上がって大丈夫なんですか」
反対にダイアナの声は硬かった。
お母さま…つまり、この方が先代の《運命の女神》、ソフィアさま!
わたしの祖母に当たる人…!
皺が刻まれた控えめな笑顔と深い青い目でわたしを見つめる。
「まさかこんな大きな孫に会えるとはね。ダイアナの娘はまだ小さいから。…ライラとエヴァンズ先生、両方に似てるね」
そう優しく語りかけてくれた。




